43 未来への種
「貴様ぁぁ!」
ヴァルガの悲鳴が、トンネルにこだました。くっつく君によって、彼は反対車線の高級車に吸い込まれて行った。ああ、とにかく、逃げ切れたようだ。私は安堵して仮面を外した。バスの屋根の上に、立膝の状態のまま、じっとトンネルの奥の方を見ていると、背後から声が聞こえた。
「キルディア!何をしていますか、早く戻りなさい!落ちたらどうしますか!?早く!」
振り返ると、サンルーフから仮面を付けた状態のジェーンが顔を覗かせていて、必死に手招いていた。私が近づくと、彼は私に手を差し伸べてくれた。彼の大きな手を掴んで、私はバスの中へと戻った。皆が拍手をして我々を迎えてくれている。中には、私のことをハグしてくれるおばさんもいた。
次の人にも手を差し出され、ハグをしようとしたところで、ジェーンが私の手を引っ張り、無理矢理私を空いている席に座らせた。彼が私の左腕に出来ている傷を観察している。二十センチ程の、ヴァルガの剣による切り傷だ。
自警システムもあるし、もう追ってこないだろうと油断して後部座席に座っていたら、天井からサクッとやられたものだ。間一髪、避けたが、結構大きな傷になってしまった。それを唇を噛んだ表情で、じっと見ていたジェーンは、自分のベストを脱いで、それを私の腕に、きつく巻きつけてくれた。止血する為とはいい、彼の綺麗なベストが赤く染まる。
「ジェ、ジェーン、悪いよ。汚れるから、別のでやろうよ。」
「何を言っていますか!こんなに出血する程、深く切れているのです!血が足りなくなったら、どうしますか!?ベストなどいくらでも手に入りますが、あなたという存在は一人しかいません!」
「あ、ありがとう……。」
血相を変えて、私に怒鳴るジェーン。彼がそんなに心配してくれるとは思っていなかった。「怪我しましたか、油断しているからですよ」と、冷たく反応されるだろうと思っていた。
そんな予想とは反して、彼は今、リーフの村の住人達から薬草のペーストが入った瓶を受け取り、私に巻いていたベストを一回取って、傷口に塗ってくれた。優しい行動も取れるのだと、認めたくは無いが、少しドキッとしてしまった。塗り終えると、またベストをぎゅっと縛ってくれた。
彼と目が合った。何か私に話しかけようとしたのか、彼が口を開いたと同時に、近くにいる住人の男性が我々に話しかけてきた。
「しかし!逃げ切れるとは……これもキルディアさんがいなかったら、成し得なかったことだったよなぁ!ヴァルガ騎士団長まで退けてさ!」
おうおうと車内が沸いている。私は笑って答えた。
「私だけじゃ無い、料理を用意して、あたかもそこに人が居るように思わせ、虚偽の足跡を森に残し、住人皆をいっぺんに運ぶために、馬車を作る提案をしたのも、使い終わったブレイブホースで相手に攻撃しようと提案したのも、全てジェーンだ。それに逃げている時に、種を落として協力してくれたのは皆だもの。あの種が、ブレイブホースでも破壊出来ないなんて、意外と硬くてビックリしたよ。それにヴァルガ騎士団長は、くっつく君があったから助かったんだよ!ねえ?」
それを聞いた住人達は、バスの前方で手すりに捕まって立っている、全身黒いライダースーツの男に向かって、拍手をし始めた。くっつく君は彼が、何かの役に立つだろうと思って持って来た、彼の仕事用の道具だった。
「ほらほら」ジェーンがにやりと笑いながら、彼に話しかけた。「照れていないで、ヘルメットを取ったら、どうですか?」
ライダースーツの男はフルフェイスヘルメットを取った。少し頬の赤いクラースさんが、また皆に拍手を受けた。
ビーチに着く頃には夕方になっていた。ユークアイランドに着いたバスは、サンセットビーチの通りに停車した。バスから降りたサウザンドリーフの村の住人は、オレンジに染まる海を見て感激したり、ケイト先生やアリスとの再会を喜ぶ者もいたが、多くは、故郷を失った悲しみに暮れていた。
バスを貸してくれた、ツアー会社の会長のボルトさんも、近くの自宅から駆け付けていた。私は砂浜と道路の境目にある、石の階段に座って、ケイト先生の治療を受けながら、夕陽がきらめく波を見ていた。何も考えずにここまで来たけど、これからどうしよう、どうすればいい?そう考えていると、隣にヒューゴさんが来てくれた。切ない笑顔をしている。
「キルディア、本当にありがとう。私達を全員、助けてくれた。」
でも私は喜べなかった。彼らは故郷を失ってしまった、皆が助かったのは、いいことだろうけど、果たしてこれで良かったのか、分からない。
「……私は何も。皆はこれからどうするか、それもまだ分かっていないのに。」
ヒューゴさんの声に気付いた住人が、私たちの周りにやって来て、話を聞き始めた。ヒューゴさんはアーネルの力を借りて、私の隣に座った。リーフの村の住人の中に、この辺りサンセット通りの住人が混ざっているのが見えた。皆、騒ぎを聞いて、やって来たのだろう。
「キルディア。」ヒューゴさんが少し笑顔になった。「確かに、我々の故郷は、遠くに行ってしまったのかもしれない。あの木々も、一人では生きていけないだろう。それでも我々の中には新しい命がある。これだよ。」
ヒューゴさんは私の手を取った。手のひらにずっしりと重たい、サウザンドリーフの種を乗せてくれた。なんともたくましい、木の種だった。昔の私だったら、木の種を手にしても、何とも思わなかっただろうが、今は何故か赤子のように愛おしく感じる。それをそっとヒューゴさんに返した。ヒューゴさんはじっと種を見つめながら言った。
「私の勝手な判断で、村人達を、危険な目に合わせてしまった。アーネルの件でもな。」
それを聞いた村人は首を振る人ばかりだった。ヒューゴさんの喪失感は計り知れない。こんなことは慰めにはならないだろうけど、言った。
「そんなことはないと思います。私も、村長と同じ判断をしたと思います。」
「ありがとう。……あの木々は、私達に取っては家族同然。サウザンドリーフの種が騎士団のブレイブホースの足を止めてくれたのも、リケットの荷台に、サウザンドリーフの車輪、それにロコベイの花の脂が、力を合わせて我々を救ってくれたのも、森が我々を……助けてくれたのだと感謝しているんだ、ああ。」
ヒューゴさんの涙を見て、住人が涙を流し始めた。私も目頭が熱くなってしまって、でも誰にも泣き顔を見られたくなくて、大きく深呼吸をして、我慢した。
「でもな、キルディア。私にとって、森と同じぐらいに大事なのは、村の皆だ。皆がいるだけで、それが未来への希望となる。だから、本当に、本当に!ありがとうございました!」
ヒューゴさんが私に向かって頭を下げてしまった。私は驚き、ヒューゴさんの肩を掴んで、彼を起こそうとするが、力が強い。隣に座っているケイト先生が私の肩をポンと叩いたので、顔を上げると、何と……村の人達が皆、私に頭を下げていた。私だけが、やったわけではない、と言葉にすることが出来ず、涙が溢れる前に、素早く手の甲で目を拭いた。息が落ち着いてから、私は口を開いた。
「……だけじゃない、私だけじゃないんです。私やジェーンの作戦に協力してくれたのは、皆さんです。それに迎えに来てくれたユークアイランドの観光バスや、遠くで支えてくれた研究所の皆のおかげでもあります。だからヒューゴさん、もう顔をあげてください。これからのことを考えなきゃ……まだ何も決まってないから。」
うーん、と唸ったジェーンが、私の目前の砂にしゃがんだ。
「そのことについて考えておりました。しかしどうしますか、これから。」
「……。」
流石に皆を、うちに呼ぶことは出来ないし、ジェーン一人の家を探すのに、あれだけ苦労したのに、村人全員分の住居を確保出来ることは、想像出来なかった。




