42 落葉逃亡戦
あの料理は一体、何だったんだ?俺たちを欺くためか?あののんびりした爺さんに、ここまで村人にさせる考えなどあったのか?
倉庫前の地面には、不自然なほどに落ち葉が舞い落ちていた。腰から剣を抜き差し、一振りして、その風で落ち葉を飛ばすと、地面にはブレイブホースの足跡が微かに残っていた。これは十年以上前の、旧型ブレイブホースの足跡だ。ふん、時間を食ってしまったが、今からでもまだ巻き返せるだろう。
「旧式のブレイブホースで逃げたか。所詮、庶民の足よ。こっちだ、追うぞ!」
「はっ!」
ブレイブホースの足跡を見ながら、アクセルを踏んだ。どういう訳だ?資料を見る限り、この村には住人の数ほどのブレイブホースは無い。無理して三人乗りでもしたって、足らない。まあいい、追えば全てがわかる。彼らの足跡は、森の小道を通り、大陸を南下していた。
「ここから抜けると、光の神殿がある。あんな何も無いところに行ってどうする。今日、あの神殿は赤く染まるだろうな。」
独り言を呟きながら進み、ついには森を出てしまった。しかし、目の前に広がる平野には、人一人見当たらない。しかも足跡まで、俺のいる場所でピタリと終わっていた。
「ど、どういうことでしょう、ヴァルガ様。」
「……ああ。ここから見渡す限り、光の神殿まで誰もいないということは、ここにはいないということだが……それにこの平原、隠れる場所などありはしない。地下?な訳ないか。」
「兵達に調べさせましたが、どこにも地下室はありませんでした。それに木々の上も、動物しかおりませんでした。人っ子一人、いやしない。ブレイブホースの足跡は、ここで途切れていますね。」
「ああ」と、生返事をした時に気が付いた。ここにある足跡は、村で見た旧式ブレイブホースの足跡とは少し違って形が細い。まさしく俺たちが乗っているものと同じ、新型ブレイブホースの足跡だった。一気に息が荒くなった。何が起きている?どうして村には無いはずの新型ブレイブホースがここまで……。
「俺たちは、間違ったものを追ってきたのかもしれない。まさか、まさか逆方向か!?」
一気に出力を上げた俺は、ブレイブホースの頭を浮かせて方向転換をし、森に沿うように平原を帝都に向かい進行した。後に俺の部隊も付いて来た。平原で走りやすい地形は、俺たちの進軍速度を大幅に上げている。
「くそっ!どこに行った!」
森の外側を、ぐるりとしばらく進み、森の西側まで回り込んだところで、前方に何かを発見した。奴らだった。馬車の大群が、草原を駆けている。
「あれは……荷車か?」
旧式の灰色のブレイブホースが、真新しい木製の荷車に繋がれていて、その荷台には何人ものリーフの村の住人が乗っかっていた。それが何十台とある。木製の装備を、肩にも腹にも引っ掛けて、ブレイブホースを走らせているのは、リーフの村の自警団の連中だろう。
「見つけたぞ!お前ら続け!」
「おおお!」
俺はアクセル全開にした。徐々に徐々に、その姿がはっきりと見えるようになっていく。そのうちに俺たちに気付いたようで、ルミネラ平原には女性の悲鳴が響きだした。一人、その中から小柄な、自警団の防具を身につけた女が立ち上がった。すると悲鳴が徐々に治っていった。木の仮面をつけたその女は、ガタガタに揺れる荷台の上で、まるで平地に立っているかの如く、体を安定させている。
「……なんだ奴は。」
妙な胸騒ぎがする。ひしひしと、ただの人間では無い気がした。その時、その女が俺に向かい、弓を構えた。するとそれと同時に、荷台に乗っていた他の自警団の男達も、俺たちに弓を構え始めた。交戦する気か!
「くるぞ!魔術師、構えろっ!」
俺の叫びが、平原を包んでいるブレイブホースの轟の中に響いた。後方の魔術部隊が、俺たちの目の前に防御壁を作った。それに向かって先方の馬車から、ひゅんひゅんと矢が飛んでくる。
「それしき!」
自分の顔に向かって飛んできた矢を、剣で何本もぶった切った。俺の頭を、的確に射抜こうとしてくるのはさすが、噂にもよく聞く、サウザンドリーフの自警団の腕だ。少しづつ、少しづつ距離が縮まって行くが、エンジンの出力を上げても、どうも距離が長い。追いつけない。
俺は馬車の荷台を見た。クリーム色のリケットの木?で出来た素材の荷車には、濃い茶色のサウザンドリーフの木で出来た、頑丈な車輪が付いていた。その間にはロコベイの花の油が差してあるのだろう、車輪の摩擦で、村から香って来たクッキーと同じ匂いがした。油で、木製の車輪とは思えないほどに、高速で回転している。
だが、引っ張っているのは旧式のブレイブホースだ、すぐに追いつけるはずなのに、やたらに足が速い。そうこう考えているうちに、荷台にいる子どもらが、何やら濃い茶色をした、こぶし大の丸い物体を、地面にぽろぽろ捨てているのが見えた。地面に落ちているものを、はっきりと見たとき、確かにそれはサウザンドリーフの木の種だった。こんなものを落としてどうする。マキビシがわりにでもしてるつもりか。
背後から、兵の悲鳴が聞こえた。俺は急いで振り返る。兵達がブレイブホースごと、ひっくり返っているのが見えた。彼らの足元に、ごろりと落ちているのは、サウザンドリーフの種だ。あれを踏んで、ひっくり返ったとでも言うのか?毎日この為に訓練してきたのか?一気に、俺の頭に血が昇った。
「何をしている!こんな種ごとき、踏み潰せ……」
手本を見せてやる!地面に転がった種を、ブレイブホースで踏んだ。すると、岩をも破壊するブレイブホースの蹄が、サウザンドリーフの種を潰すことが出来なかった。つるりと足が滑る感覚がした。
「くそ!」
転倒しかけたのを、何とかハンドルを切り替えて、バランスを整えた。だがその時に、横を走っていたトレバーと、ぶつかりそうになった。トレバーは俺にぶつかるまいと、ハンドルを急転換し、避けて、地面にブレイブホースごと派手に転倒してしまった。
無意識に俺は、後方で地面に倒れたトレバーの元へと向かった。呻きながら倒れているが、何とか立ち上がろうとしている。脚を強打したのか、痛そうに手で押さえ込んでいる。
「おい!大丈夫か!?」
「私は平気です、ヴァルガ様……」
「くそ!衛生兵、手当てしてやれ!」
「ヴァルガ様、それよりもあれを!」
補佐が指差した先に見えたのは、ルミネラ平原の海岸沿い、アクロスブルーラインの高速道路のトンネル入り口には馬車が停まっていて、荷車から降りたリーフの住人達が次々と、ユークアイランド観光バスに乗り込んでいる様子だった。
そのままバスで、海底トンネル内に逃げられると、ブレイブホースの禁止区間に突入する。このままでは奴らに、暴れるには少々めんどくさい、ユークアイランドに逃げられてしまう。
「あいつら……ぶっ殺す!行くぞ!」
「おう!」
俺はブレイブホースのエンジンを、ターボに切り替えた。それだけでバッテリーをかなり食うので、長距離は使えないが、今はあいつらに追いつければそれでいい。俺の後ろに続く隊も、ターボエンジンに切り替えている音が聞こえた。凄まじい速さで、観光バスに近づいて行く。
しかし自警団の仮面の女と、同じく仮面を付けた長身の男と、バスから現れた全身ライダースーツの男?が、どう言うことか、無人のブレイブホースを、俺たちの方へと向けている。何をするんだ?そう思った時に、縄でつながれ、荷台を付けたままの旧式ブレイブホースが何台も、俺たちに向かって、勢いよく突撃して来たのだった。
「……くそおお!」
正面に向かって来た、荷台付きブレイブホースを、エンジンの出力を上げて、何台ぶんも飛び越えた。しかし後続の部隊は、ターボで制御しづらい状態と、前に進む隊で前方が見えなかった為に反応が遅れた。
俺が一度振り向いた時に、後続の部隊は、荷台付きブレイブホースをまともに喰らい、大転倒していた。もう一度、前を向けば、また同じくブレイブホースが向かって来ていた。「避けろ」と指示したいが、俺自身避けるので、精一杯で指示が遅れた。
もう一度飛び越えた時に、何も的確な指示が出来なかったことに対して、部下に申し訳ない気持ちになった。しかしそれと同時に、こんな気持ちにさせた奴らを、ぶち飛ばしたくなった。帝国の命令があって良かった。これで正式に、何しても許されるのだからな!
背後は、部下達の悲鳴や呻き声が広がっていた。その間にも住人を乗せ終えた観光バスが、何台も走り始めて、全ての住人達がアクロスブルーラインのトンネルに入ってしまった。
「待てぇぇえ!」
許さない。一般市民に、いいように弄ばれたようなこの状況。羞恥心が殺意に変わる。背後の部隊は、またブレイブホースに巻き込まれて、被害が拡大していた。ここより先はブレイブホースが使用出来ない。面倒臭い、自警システムのせいだ。俺の後を追っていた先行部隊には、後続部隊の手当てを命じ、俺は単独で追うことにした。
「俺だけでも、俺だけでも追いつければ、あとは皆殺しだ。」
高速道路からトンネルに入る瞬間、俺はブレイブホースを乗り捨てて、大きく飛んだ。瞬時にトンネルの迎撃システムでブレイブホースが破壊され、爆発した。ブレイブホースによる事故を無くすためという建前で、民間企業に兵器を作らせるからこうなるんだと、前の皇帝を憎んだ。
爆風を利用して勢いよく飛んだ俺は、最後尾を走るバスの屋根の上に、何とか着地出来た。バスが俺を振り落とそうとしているのか、右往左往に揺れるが、何ともない、俺は平気で立ち上がった。この辺りか?誰でもいい、犠牲者第一号になれ。俺は鞘から剣を取り出して、屋根から下に突き刺した。
するとバスからの悲鳴が、トンネルの残響の中に聞こえた。剣を抜き、下を覗こうとした時に、前方にあるバスのサンルーフから、細く、土で汚れた薄汚い手が、這い出て来た。そしてひょいと現れたのは、先程の仮面を付けた女だった。屋根に上がった女は、左腕の側面が切れていて、血が流れていた。なるほど、あの一撃は彼女に当たったか。面白い。
俺は女に向かって、炎の魔弾を放った。しかし女は腰にかけていた木刀を素早く切り上げ、俺の魔術をかき消した。
「……なるほど、ここまでこいつらが抵抗出来たのは、自警団の中にお前のような者がいたからか。まずはお前からだ!」
つまらん。俺の魔術を簡単にもみ消したのも、ここまで彼らを逃がしてしまった事が帝都中に知られることも、俺のプライドを、踏みにじられているようで、つまらん。俺は女の方へと、突進して剣を一薙ぎしようとした。しかし、そこに女の姿は無い。
「なっ!?」
背後か。振り返ると、俺から少し離れた場所で、女が何か、ボールのようなものを手にして立っていた。
「何だそれは、そんなもの、あ!貴様!」
気付いた時にはもう遅かった。それは巷でよく見る『窓拭きおじさんの強い味方 くっつく君』だった。強力な粘着ボールが二つ、ワイヤーで繋がれているこの商品は、高層ビルで窓を拭く職の者が、命綱として、よく使用している道具だ。
その粘着ボールが一つ、俺のお尻あたりにくっついていた。取りたいが取れない。それもそうだ、高所で人の命を扱う商品なのだから。ワイヤーに付いているスイッチを押さない限りは、取れない。そうだそれを奪えばいい。女に向かって飛びかかったところで、女が反対車線にもう一つのボールを投げて、スイッチを押したのが見えた。
女が押したのは、ワイヤーを縮めるスイッチだった。ボールは反対車線を走る、高級車の屋根にピタッと着地していた。一気に俺の体が高級車の方へと吸い込まれた。一度バスの屋根にしがみついて堪えたが、とてつもなく強い力で、バスの屋上から引き摺り下ろされた。
「貴様ぁぁ!」
騎士の防具が、道路に引きずられて火花をあげている。ワイヤーを引っ張っていき、高級車の屋根に登ったが……もうバスは、遥か遠くに行っていた。このままこの車を帝国の命により奪い、彼らを追いかけるべきか?
いや、追いついたとしても、あの地は半分自治区域のようなものだ。帝国が無断で勝手なことをすれば、経済的な反抗をけしかけてくる、非常に面倒臭い地域だ。これは一度、陣を立て直すべきだと思った。
あの女。次会ったら、生かしてはおけない。




