38 迫る
ジェーンは時々眼鏡を取り、独り言をブツブツと呟きながら、アーネルさん達を救う方法を考えている。オフィスにいる時でも見かける、彼が真剣に考え事をする時に、よくする仕草だった。私は彼から名案が生まれるのを待っているしかない。
私は階段に座り、村を眺め始めた。風で木々が揺れている。大工さんが何人かで協力しあって、木工に勤しんだり、女性陣が広場の焚き火のところで、大きな鍋で料理を作っているのが見える。
その時に、階段下のところで若い男性が転んだ。大丈夫か、声を掛ける前に、彼は立ち上がって走って行ったが……まるで怖いものを目の前で見たような、恐怖に満ちた表情をしていた。よく見れば、先程のお鍋のところでも、一人の女性が他の女性達に何かを必死に話していて、皆が驚いた表情をした。私は、まだ空をじっと見て考え事をしているジェーンの腕を揺らし、村を指差した。
「……何かあったのでしょうか。皆の様子がおかしいですね。」
ウォッフォンでニュースを確認しようとしたが、電波が入っていない。
「圏外だ。ニュース見れないなぁ。」
「この辺りは磁場が強力ですからね。その影響で、草木も丈夫なのでしょう。またあなたが、誰かに聞くしかないかと。」
と、ジェーンが言ったその時に、一人の若い自警団の防具を付けた男性が、青ざめた表情で我々の横を通り過ぎて行き、ヒューゴさんのいる部屋の中へと入って行った。私とジェーンも一度、目を合わせて頷き、彼の後を追って部屋の中へ入る。その青年は、肩で息をしながら、ソファに座っているヒューゴさんに言った。
「大変です!騎士団が、新光騎士団が、この地に攻めて来ました!」
「何!?」ヒューゴさんは勢いよく立ち上がった。青年は続けた。
「森の外れにブレイブホースを停めて、平原で牛達に草を……食べさせていたんです。その時に遠方のルミネラ城から花火が……!」
お祭りの日でもないこの時期、帝都の花火が意味するのは、出兵の合図だ。それを我々、帝国民はよく知っている。
「それで!村のこともあったので、その場でニュースを見てみたんです!そしたら村人全員に対して、強制執行だと書いてありました!」
「な、何!?村人全員だと!そんな……!?」
ヒューゴさんは杖を落とし、ソファに力なく座った。まさか、帝国がそのように、過去に例を見ない、残虐な決断をするとは思ってもいなかった。きっとそれは私のみならず、ヒューゴさんやアーネルさんも同じ気持ちなのだろう。皆が皆、迫る現実に打ちひしがれていた。
何とか、何か考えなければならない。何か、方法があるかもしれない。兎に角、状況を確認しようと、私はその青年に聞いた。
「強制執行、それは全員って、もしかして子どもも?」
しかしそれに答えたのは、隣で立っているジェーンだった。
「そういうことでしょう、全員ですから。あれに年齢は関係ありませんよ。」
いつも通りの彼の冷たい声色だった。こんな状況だと言うのに、その冷静さが頼もしいとでも思えばいいのか、彼は全く冷淡な人間だと思えばいいのか、どうでもいい困惑が、頭の中に湧いてしまった。ふとヒューゴさんの方を見ると、かなり狼狽えた様子で、視点が定まらず、独り言のように呟いていた。
「ああ、なんて、なんてことだ……私のせいだ、私のせいで、大切な村人や……子ども達が、なんてことだ!」
ふらふらと頭を揺らしたヒューゴさんが、そのまま倒れそうになったのを見て、私は咄嗟に彼の腕を抱きとめて、彼の細々とした体をソファに横たわらせた。名前を何度か呼んだが、じっと目を閉じたまま返事はない。息はしているので、ただ気を失ったらしい。気付いたアーネルさんが、私の隣へと急いでやって来て、叫んだ。
「お父さん!?」
「大丈夫です。」ジェーンが答えた。「彼は一時的に気を失っているだけです。しかし……この状況はどうすべきか、判断に困ります。アーネル、彼の娘であるあなたが、村長の代理を務めてください。」
ジェーンの言葉に、アーネルさんは泣きながら首を振った。
「で、出来ないわ!私に、皆をどうしたらいいなんて言う判断は出来ない!どうしたらいいのか分からないわ!」
アーネルはミゲルに抱きついてしまった。こんな状況で、いきなり皆を導けと言われても、伝説に出てくるような英雄だったらまだしも、彼女が狼狽えてしまうのは分かる。だが、こうしているうちに一刻一刻と、状況は悪化しているだろう。私はそこに立っている、じっとアーネル達を見つめている青年に聞いた。
「外の様子は、どうなっているのですか?」
「皆、僕の言ったことを信じてくれて、村は混乱しています。村長の指示を待つしかないと思っていたのですが……まさか倒れてしまうとは。」
村の様子を見るために、私はドアを開けた。外では村人が慌ただしく、あちこちに走っていて、時々、肩と肩がぶつかる人が見えた。若い母親は、まだ小さい子どもを抱きかかえて、辺りをキョロキョロと見回していたり、自警団と思われる木製の防具を付けた男達が、弓を持って櫓の方向へと走って行ったり、食料や家具を、荷車に乗せている人もいた。
何人かの子どもは、見たことない村の様子に不安になっているのか泣き出してしまい、大人は何をするべきなのか思い浮かばず、オロオロするばかりだった。そして自警団が丸太の防御壁の上で配置につき、守りを固めようとしているのを見つけた。
「この状況……自警団は、新光騎士団と戦うつもりでしょうか。」
いつの間にか、隣に来ていたジェーンがそう聞いた。私は答えた。
「そうだと思う。だって、そうしなきゃ……皆が今にも殺される。」
「しかし」
ジェーンが何か言いかけたところで、私たちの隣に、アーネルさんとミゲルさんがやって来た。村の様子を見て、表情がさらに曇っていく。アーネルの瞳は揺れていた。すると一人の村人が彼女が居るのに気付き、アーネルの方を指差した。それに気付いた村人達が、アーネルに視線を向け始め、一人の男が階段下の所まで、駆け寄って来た。
「アーネル様!お待ちしておりました!村長は!?村長はなんて言ってるんです!?」
村人達が荷物を積むのをやめ、自警団は配置を一時解除し、続々と階段下へと集まって来た。皆が皆、ヒューゴさんの指示を待っているが、しかし彼は……。それを中々言い出せないアーネルは、ただ涙を流しているばかりだった。ミゲルが彼女の背中をさすっている。次第に村人達の表情は曇っていった。息をスーハーと整えて、漸くアーネルは話し始めた。掠れた、小さな声だった。
「父は……今倒れていて……。」
きっと私の隣にいるアーネル達は、非難されるだろう。そう思って私も身構えていたが、村人たちの反応は、私の予想とは違うものだった。
「ど、どうしたんだ!村長は大丈夫なのか!?」
「村長!無事ならいいけど。」
「おじいちゃん大丈夫かな、」
「驚いて、気を失ったのよきっと。すぐに良くなるわ。」
こんな状況にも関わらず、サウザンドリーフの村人は、ヒューゴ自身の心配をしている。ケイト先生やアリスが受けて来た、彼らの優しさとは、こういうことだったんだと衝撃を受けた。心配する声が大きくなり、場が騒々しくなってきた頃に、アーネルが言った。
「父は大丈夫です、気を失っているだけで、今はソファで休んでいます。皆様ありがとう。でも……。」
導く者が居ない。アーネルの言いたいことが皆分かったのか、俯く人が増えていった。後からポツポツと集まってきた村人も、誰かから村長の話を聞いては、絶望的な目をして立ち尽くした。ひときわ大きな身体つきをした男性が、人を掻き分けて、こちらに向かって来た。そのゴツい手を挙げて、しゃがれた声を放った。
「ならば、お嬢様が代理を!我々はもう、戦う覚悟が出来ております!」
「ごめんなさい!」アーネルは涙声で答えた。「どう考えても、私には出来ません!皆を率いるどころか、戦った経験のない私がどうしたら皆を救えるのか、どう考えても分からないのです!ゲイル団長ごめんなさい、私は足手まといになるだけです、父が起きるのを待つしか……。」
「……。」
ゲイルと言う名のその男は、挙げていた手をゆっくりと下ろした。アーネルの言いたいことも分かるが、ヒューゴさんが起きるのを待っていては、状況が悪くなるばかりかもしれない。しかし方法が見つからない。そうだ、ジェーンなら何か思いついているかもしれない、そう思って彼の方を振り返った時、私の後ろに立っていた先程の青年が、ゲイルに話しかけた。
「ならば、団長が、我々を導いてください!」
ゲイルは大きく首を振った。
「……がむしゃらに抵抗なら出来る。捨て身戦法で、皆が逃げる為の時間を稼げるかもしれない。だが相手は騎士団だ、ブレイブホースに乗ってくるだろうから、俺たちが走って逃げても、すぐに追い付かれる。一番いいのは、ここで撃退することだが……俺はそういう、指揮官向きじゃない。俺がもし、ギルバート騎士団長だったら、話は別だったがな。彼ならこの状況でも、どんなに兵士の人数が少なかろうと、必ず勝利するだろうけど……俺はそうじゃない。」
そう言ったゲイルは、持っていた弓を地面に投げつけた。木の鈍い音が辺りに響いた。どうするべきか、このままでは私達だって危うい。ここで死んだらジェーンはどうなる。生まれた世界とはまた別の世界で死ぬことは、きっと彼の本望じゃない。私だったら別の世界でなど、死にたくはない。大切な人のそばで、少なくとも同じ世界で死にたい。きっと彼もそうだろう。




