35 重報
姉さんと私のこと、全てをキリーとジェーンに話してからは、私は毎朝、目覚めよく起きるようになれた。それから姉さんも機嫌がいいし、何より仲間が多いのって、本当に心強い。
驚いたのは二人に話した翌日だった。朝、研究所に着くなり、リンさんに抱き付かれるし、クラースさんは姉さんに、何もされていないか?とか、怪我はしていないか?とか執拗に聞くし、タージュ博士とキハシ君は、何やらロビーの端っこで脚立を使って作業をしていたので、訳を聞いたら、なんと改良した監視カメラを天井に付けていたのだ。
それはラブ博士っていう普段、全然研究室から出てこない博士が徹夜で作ってくれたみたいで、侵入者に対して射撃も行える恐ろしいカメラだった。聞けばラブ博士は本当は武器を開発したいらしいし、自由研究でタレットを作成しているらしい。あまり行き過ぎた武器や兵器は帝国研究所のみ作成可能なので、自粛はしているらしい。
急に変わり始めた研究所を目の当たりにして、一体何が起きたのか分からなかったけど、リンさんがパソコンを見せてくれてもっと驚いた。ポータルというタイトルのサイトが表示されていて、それはキリーから真っ先に事情を聞いたキハシ君が、徹夜で作ってくれた従業員専用のサイトだった。
そのトップページにニュース欄があって、そこに何と、私達のことが詳しく書いてあって、それを見たみんなが、それぞれ私達のためにこうして動いてくれたのだった。これがあるなら何かあった時にウォッフォンから情報を共有出来るし、みんながいつもそばに居てくれるようで心強い。
私はみんなの優しさにまた泣いてしまって、特にキハシ君は、目の下に大きな青黒いクマが出来ていていたから、思わず抱きしめてしまった。するとリンさんも私とキハシ君ごと、また抱きついてくれて、いつの間にか姉さんとクラースさんと、訓練場へ向かう途中のロケインも巻き込んだグループハグになってしまい、皆で笑った。それもあって今日はとっても機嫌がいい!もう今なら徹夜で設計出来るぐらいに!
「おはようリンさん!」
「おっはよ~アリス元気になったね!私も嬉しいよ!はい、新聞。微妙に憤慨~。」
リンさんから手渡された一面の見出しには「消費税、全地域一パーセント上昇」と書いてあった。確かに、微妙に怒りたくなる。どうせ上げるならもっと、と思いかけたが、それは違う。この程度に食い止まってくれてよかった。いや、やはり微妙な心境になった。
「ね!そうだ聞いて聞いて、アリス!」
リンさんが突然、カウンター越しに身を乗り出して、私の両肩を掴んで勢いよく振った。私の持っているマグカップのジャスミンティーが大きく揺れている。
「ちょっと、溢れる……。」
「あのね、聞いて。爆弾なの!いつも通りに出社して、パソコン起動するでしょう?それが爆弾なの!」
「え?爆弾?まさか仕掛けられたんじゃないですよね、だって誰も騒いでないし……。」
「違う!でも気持ちはそんな感じなの。あのね聞いて!」
キラキラした目で、大きな口の角を、ぐいっと頬骨の方まで上げている。こんなにテンションの高いリンさんは異常だ。何があったのか聞くと、彼女は一度咳払いをしてから話し始めた。
「今、キリーとジェーンがサウザンドリーフの村に行っているじゃない?でも!一昨日は帝都に宿泊したみたいなの。ほら、雨とかすごかったでしょ?」
「確かにそうでしたね、一昨日は予報では晴れだったのに、急に土砂降りの雨が降ってきて。小休止で外に出掛けていたタージュ博士が、びしょ濡れの白衣で帰ってきて大変そうだったから、よく覚えてる。」
「そうそう!それでね、この外泊申請を見て欲しい。」
リンさんはパソコンをカタカタと操作した後に、モニターをぐるりと回転させて、私の方へと向けてくれた。画面に表示されていたのは、外泊申請とタイトルの付いたフォーマットが二枚並んでいる状態で、既に手書きで何かが記入されている。一枚は丸みを帯びた字で、もう一つは達筆で、どちらも見覚えがあった。これはキリーとジェーンが書き込んだ後に、それをウォッフォンで撮影して、このパソコンに送ったのだろう。
しかし、何処が一体爆弾なのか。キリーの手書きで、ホテル名と宿泊費と部屋番号が書かれているだけだ。別に異常は無い。全く話が見えなくて頭を傾げると、リンさんが画面を二本指をスライドさせて、外泊申請の画面を拡大させた。二人の部屋番号が並んで表示されている。五号室と、五号室……だった。
「え、同じ五号室?」
「ね!分かったでしょ、一緒の部屋に泊まってたの!」と、言ったリンさんはエンターキーをターン!と勢いよく押した。すると画面が閉じた。
確かに二人は同じ部屋に泊まったのだろうが、きっと急な雨で、何処の宿も埋まっていたに違いない。私は言った。
「べ、別に他に部屋が空いていなかったからですよ、突然の雨だったから、きっとそれでですよ。やましいことがあったら、こうして公にしないと思う。」
「ゲフッ」と、話を聞いていたのか、キハシ君がコーヒーをちょっと咳き込んで零してしまったようだ。リンさんはちらっとキハシ君がデスクを吹いているのを見た後に、またさっきの調子で言った。
「アリスの言っていることも分かるよ。でも私は恋愛ドラマとか、周囲の人々の恋愛模様とか、そういうのを考えている時が、人生で一番幸せなの。だって見てて面白いもん。だから今回のこれもいい方に期待しちゃう。ジェーンは頭が良いし策士だよ。きっと堂々と、この外泊申請を送ることで、やましくないですよって証明しているに違いないよ!だって普通に考えてさ、いくら他の部屋が埋まってたからって、上司と部下が同じ部屋に泊まりますか?それも男女なのに。」
それに答えたのはキハシ君だった。
「俺は別に平気だな、雨で他に部屋が無かったら、ボスだったら同じ部屋でも構わない。だってボスってこう……頼もしいじゃん。だからこう、女性として見れないというか。」
「え?キハシ君平気なの?そうなんだ~男の人ってそうなんだ。割り切れるんだ。」
リンさんは考え事をしているのか、口を開けたまま固まった。その後ろでキハシ君がコーヒーメーカーで新しいコーヒーを、彼の黒いマグカップに注ぎながら言った。
「割り切れるって言うか、人によるよね。もしリンやアリスだったら遠慮する。でもキリーなら大丈夫。ボスに手を出そうなんて、俺には出来ないことだし、彼女は何て言うか、たくましい雰囲気があるからさ。あの鍛え上げられた二の腕、たまにコーンロウの髪型だってする。もし俺が酔って何かの間違えでキリーに抱きついても、彼女なら俺をボコボコにしてくれる。」
キハシ君は熱々のコーヒーに息を吹きかけながら席に着いた。リンさんは噛みしめるように静かに頷いている。
「確かにね、確かに。じゃあさ、キハシ君。そのキリーがだよ?お風呂上がりにちょっと可愛らしい部屋着を身に纏って、キハシ君に可愛らしいこと言ってきたらどうする?」
私は想像して笑ってしまった。リンさんとキハシ君も笑っている。私はリンさんに聞いた。
「可愛らしいことって例えば?」
「可愛らしいこと!何でも良いよ、例えばほら、いつも一緒にいてくれて、ありがとうみたいな、分かんないけど、兎に角、キハシ君がグッとくるようなことを言ったらどうする?そしたらいつも強そうなキリーにしてはギャップがあるじゃない。キハシ君、グッとこないの?」
「確かに」キハシ君が頭を掻きながら答えた。「とは思うよ?でも俺は無いかな。ギャップがあってもそこは上司だし、部屋が空いてなかったから、一緒にいるだけだって割り切れる。」
「いや!私はジェーンは絶対にギャップに弱いと思う!」リンさんがキハシ君の背中を強めに叩きながら言った。「見てな、あんたたち!あの二人は結構相性いいと思うよ。なんなら賭けても良い!私はチームイエスで、あの二人は将来的に、そう言う関係になると思う。アリスは?」
私は唸った。正直、彼らがどうなろうがどうでも良いが、まあ人生初の賭け事で、少し面白そうなので乗ることにした。今となってはキリーもジェーンも好きだから、あの二人がくっつくのを想像したい気もする。
「え~私ですか、まあ、どちらかと言えばイエスかな……。」
「じゃあ俺はチームノーだ!キリーはガード固いし、ましてや自分の秘書に、手を出すなんてこと考えられる性格じゃないよ。これは固いね。期間は一年間の間でいい?まじで俺、儲かると思うけど。」
「いいよ。」と私とリンさんが同時に答えた時だった。調査部の通路の方から、クラースさんが慌ててカウンターまで向かって突っ込んで来て、肩で息をしながらリンさんのことをじっと見ている。見たことない、いつも頼りになるクラースさんの青ざめた顔に、今までの空気が一変した。研究所の戦闘服のまま、額から流れる汗を二の腕で拭いながら、クラースさんが話し始めた。
「ウォッフォン……見てみろ、ニュース!」
クラースさんが言う通り、私はウォッフォンでニュース画面を開いたが、リンさんはパソコンでニュースを開いたのを見て、それを覗こうと思い、私もカウンターの内側に小走りで向かった。キハシ君も立ち上がって、パソコンを見ている。
そしてそこに書かれている言葉に私は息を飲んだ。リンさんが指でなぞるように、赤く染まっている文字を読んでいる。
「重報、サウザンドリーフの住人……立ち退き勧告に応じず。強制執行は本日?こ、これって、どう言うこと?」
私は足の力が入らずにカウンターに捕まった。それを見ていたクラースさんが、私の体を支えてくれ、リンさんの質問に答えた。
「強制執行は、簡単に、率直に言えば、住人を全て手に掛けるということだ。」
「ええ!?そんな!」リンさんが両手で口を押さえている。「じゃあ……早くキリーたちに知らせてあげないと!早く逃げなきゃ!逃げたら、その場所から居なくなったら、騎士団もお咎めないでしょ?」
「リン、そうじゃない。」クラースさんが首を振る。「何処へ逃げてもダメなんだ。何が原因でこうなったのか、ニュースには何も書いていないが、温厚なサウザンドリーフの住人たちが何をそこまで帝国に対してやらかしたのか、本当に想像出来ないが…兎に角、逃げてもダメなんだ。一度帝国に逆らった以上、反逆罪になる。普通ならば、ここまで酷い仕打ちはしないが、今の皇帝であるネビリスは違うのだろう。強制執行、生まれてから初めて現実に起こる事態だ……。今そこにいるキリー達も危ない。先程、ウォッフォンでキリーに通話をかけたが圏外だった。あの森は磁場が強いから、村にいくつかある固定回線じゃ無いと通じないんだったな。何も、今じゃなくても良かったと思うが、それも違うか。」
私は涙が溢れた。
「そ、そんな……村のみんなは?キリーは、ジェーンはどうなるの?」
「これからどうなるかは分からない。かなり危険な状態であることは分かるが。」
事情を知ったのか、顔を真っ青にした姉さんとタージュ博士、それにラブ博士もロビーに集まった。クラースさんの後に続いて来ていたロケインも、下をじっと見つめて黙っている。私は奇跡を信じてキリーに電話を掛けたが、圏外だと自動アナウンスが流れた。
リンさんのパソコンが一番回線が早いので、皆はカウンター内に入って、ニュースの更新が無いか、肩を寄せ合って見つめた。隣のキハシ君はパソコンでポータルを開いていた。昨日の夕方頃に「もう少しで森に到着」と、キリーから掲示板に書き込みがあってから、更新は無かった。
どうしてこんなことになったんだろう。村の人々が何をしたって言うんだろう。皆に、キリーにジェーンに、どうか無事でいて欲しい。何も起きないで欲しい。また涙が出てきた。肝心な時に私は泣くことしか出来ない。私をクラースさんが抱きしめてくれた。また、涙が出た。




