34 休憩室で迎える朝
灯りの方へと向かっている最中、我々が近づいていることを自警団の人間が知ったことで、一つだった灯火が、ポツポツと増えていき、ついにはサウザンドリーフの村の大きな壁全体が、灯りで照らされた。
太い丸太を土に挿したものが連なっており、それがこの村の防御壁のようだ。壁の向こうには櫓があり、その上に松明を持った自警団の人間が立っていて、こちらを見ていた。村の門のところに到着すると、門が開き、一人の男が出てきた。肩に木製の防具を付けて、背中には弓と矢を背負っていた。私は男に頭を下げた。
「すみません。本当、夜分遅くに。」
「いえいえ」男は優しく微笑んでくれた。「初めまして、私の名はミゲル。自警団の人間です。ユークからここまで、大雨も降ったのに大変だったでしょう。ささ、どうぞ中へ。と言っても、村の皆は寝静まっているので、我々自警団の休憩室へと案内します。朝まで、そちらで待機していてください。」
「はい。」
私とジェーンはブレイブホースを降りて、ミゲルに付いて行った。門の中に入り、門番が丸太の重い扉を閉めると、櫓の上で松明を照らしていた自警団の皆が、灯りを消した。夜は人の目だけで警備をするのか、そんなことが出来るのかと驚きながら、またもや暗くなった道を、ミゲルに続いて歩いた。
この村の建物は全て、巨大なサウザンドリーフの木の中に穴を開けて、まるでリスのようにそのまま人が住んでいる。休憩所の部屋も、木の中をくり抜いて作られていた。木製の扉をミゲルが開けると、中には木製のテーブルや椅子が、いくつも置いてあり、奥には木製のベッドがたくさん並んでいて、木の甘い匂いがふわりと香った。他に人は誰も居なかった。中に入った男は、奥の棚からお皿を取り出して、テーブルに置きながら言った。
「さあさあ、どうぞくつろいでください。ベッドも好きに使って。みんなバラバラにいつも使っているから何も気にせず。」
そしてミゲルは、私とジェーンが取り敢えず座った席のテーブルに、クッキーの乗ったお皿とお茶を二人分、ことりと丁寧に置いてくれた。私たちは礼を言いつつ、自己紹介をした。ミゲルはまた優しく微笑んでくれた。温厚そうな人だ。
「それではキルディアさん、ジェーンさん、朝になって、みんなが起き始めたら村を案内します。この村には何せ、時間の概念があまり無くて、一体何時に起きることやら、でも帝都やユークの人よりかは早起きかもしれません。兎に角、それまではベッドでも何でも、勝手に使ってくれて構いません。自警団の皆にも伝えておきましたから。それでは、僕は持ち場に戻ります。」
そう言って、ミゲルはこの部屋から出て行った。出て行く時も彼は、ドアが音を立てないように閉めていた。何とも細やかな、優しさ溢れる人だ。
「優しいお方でしたね。」
ジェーンがお茶を飲みながら言った。私もご馳走になることにして、お茶とクッキーを食べた。そのどちらも香りが強く、今までに食べた経験の無い味だった。どうやら、どちらも手作りのようだ。
「あなた、休んでいても構いませんよ。私は起きていますから。」
「え?」私は驚いてジェーンを見た。目が合った。「いいよ。私まだ、眠く無いし、まだこの部屋にも慣れなくて。だからジェーンこそ休んだら?さっきは眠そうだったじゃない。」
ジェーンは首を振り、お茶を飲んだ。
「私は起きています。いくら彼らが歓迎してくれたとは言え、何があるか分かりません。」
村の人を信用していないのか、この人は……。ケイト先生の話を聞いて、彼らがどれだけ温厚なのか分かったんじゃないのか。確かにさっきは、弓で狙いを付けられたけど、それは村の自警団として当然のことだった。そもそも我々が、深夜に尋ねてしまったのがいけなかったのだから。
しかしまあ、彼がそう言っているのだから、彼の勝手にさせよう。確かにブレイブホースを運転し続けて、腕が疲れている。
「じゃあ、少しだけ横になろうかな。あとは宜しくね、ジェーン。」
私は椅子から立ち上がった。ジェーンは「はい」と答えて、バッグから魔工学の本を取り出して読み始めた。ベッドに向かい、枕の横にバッグを置いて、私はベッドに座った。そしてその状態で背中を倒して、足を床に付けたまま、お腹に毛布を掛けて目を閉じた。いつ何時でも動けるように、外では靴は履いたまま寝るべしと、士官学校で教わった癖が身に付いていた。
そのまま頭を横に傾けると、ジェーンがテーブルに片肘を置きながら読書している、彼の背中が見えた。長くサラサラとした髪の毛が、彼がページをめくった時に揺れた。綺麗だった。彼は生きている。彼は呼吸をして、この世界で生きている。過去の世界で生まれた彼が。
私は相当疲れて居るのだろう、この旅で何度も彼の世話を焼いて、彼には疲れているはずなのに、いま彼がここに居てくれていることに、私は何故かありがたい気持ちになった。ありがとう、小さく呟いて目を閉じた。
翌朝、ハッと目が覚めた。いつの間にか眠りについてしまい、眠りにつくまで何を考えていたのか思い出せない。どれくらい寝ただろう、手首を傾けてウォッフォンを見ると、デジタル時計の表示は朝の六時だった。結構寝てしまった。
ジェーンはまだ本を読んでいるのだろうか、体を起こして、彼の座っているテーブルの方に目を向けたが、そこにはジェーンの姿は無かった。
「ジェーン?」
部屋の中を見回してみるが、私以外に人が居る気配は無い。彼の身に何かあったのだろうか。それとも彼は、気分転換に朝の散歩を……するような人間では無い。私は急いでベッドから降りて、ドアに向かって走った。木製のドアを勢いよく開くと、そこには丁度、昨日我々をこの部屋に案内してくれたミゲルが、トレーを両手で持って、立っていた。
「おお!」
「おお!キルディアさん!おはようございます。昨夜は眠れましたか?」
ミゲルは優しそうに微笑んだ。トレーの上には、お茶とパンが乗っている。朝食を届けに来てくれたのか……しかし、私の連れが居ない。私は彼に聞いた。
「おはようございます。ところでジェーンが、何処に居るかご存知ですか?あの、私と一緒に居た背の高い……。」
「分かりますとも、彼ならそこに居ますよ。」
「ええ?」
ミゲルは私の背後を指差した。誰も居ない。もう一度ミゲルの指を見ると、それはベッドの方へと向かっていた。確かに、私の隣のベッドの布団が、もっこりと膨らんでいた。あの中に入っていたのか、気付かなかった。私は彼の元へと向かい、布団を掴んで思いっきり捲ると、ジェーンが猫のように丸まって、寝ているのを発見した。
「本当だ、ここに居た……ありがとうございます。それにしても寝ていたとは。あれだけ起きていると宣言したのに。」
「ははは」ミゲルが笑いながらテーブルにトレーを置いた。「早朝に見回りが終わったので、この部屋を訪ねたら、あなたはベッドで寝ていて、彼は机に突っ伏して寝息を立てていたから、僕が彼を頑張ってベッドに運んだのです。抱き上げても全然起きなかったので、余程疲れていたのでしょうね。」
「そうでしたか、ありがとうございます、そうでしたか……。」
早くもリーフの村の住人に、お世話になってしまっている。それにあれだけ自分が見張っていると言ったのに、もうジェーンのことは頼らないことに決めた。
ミゲルがドアのところに向かい、ふと何かを思い出したかのように私の方を振り返った。
「そうだ!村長が是非お会いしたいと。」
これは好都合だ。
「そうでしたか、実は我々も、是非お会いしたいと思っておりました。」
「そうでしたか、では伝えておきます。」
微笑みを残してミゲルが部屋を去った後、私は自分が寝ていたベッドから枕を取ると、ジェーンに向かって思いっきり投げつけた。するとやっとジェーンがブツブツと文句を垂れながら起きた。




