30 駅のホームに着いて
電車を利用するのはいつぶりだろうか、このユークアイランドに越してきてからは、アクロスブルーラインを全く利用していないので、もう二、三年ぶりくらいだ。昔よりも駅構内は改装されていて、以前はレンガの柱や床だったのと比べると、今は床も壁も特殊なガラス製で、駅の蛍光灯の光が、水色のタイルにきらきらと反射している。
ところどころ、ヤシの木や海辺が描かれた大きな絵画が飾られていて、リゾートアイランドの雰囲気が漂っている。なるほど、それで以前と比較して、電車賃が高いわけだ……もし経費が出ていなかったら、プライベートで敢えて利用しようとは思わない。それでも地上階にあるアクロスブルーラインの高速道路を利用するよりかは安上がりだ。自家用車など、金持ちの娯楽なのである。
今回は帝都を経由してサウザンドリーフの村へ向かう予定で、久々に遠出をする私は、少し心を踊らさせながら、駅のホームにあるベンチへと座った。膝の上に革製の大きなバッグを置いて、その中には今朝、ケイト先生が淹れてくれた、お茶の入った水筒があったので、手に取り、蓋を外した。華やかな香りが、ふわっと風に舞った。先生がいつも淹れてくれるジャスミンティーは、私の好物だ。
ゴクリを喉を潤して、その水筒を持ったまま非日常の空間を、じっくりと感じることにした。家や研究所では味わえない雰囲気。今から旅行するのか、ワクワクしている家族と思わしき人々が、私の近くに座って、楽しげに語らいでいる。ホームの白い線のギリギリのところでは、スーツ姿の男性がウォッフォンでニュースを見ていた。
ああ、色々な人生があるものだ。私の人生は普通だろうか、それとも普通と比べて奇妙なものだろうか。私の秘書は何も言わずに何処かへ行ってしまって、それっきり数十分帰ってこない、それも普通だろうか。
広い駅だ、迷っていてもおかしくは無いが、探したくもない。彼は聡いから放って置いても平気だろう、私はウォッフォンで電車の時刻表を見た。電車が到着するまで、あと十分近くある。もう一度お茶を飲もうと水筒の蓋を取った時に、私の隣に誰かが座った。ジェーンだった。
「びっくりした、何処に行っていたの?」
「少し喉が。」と、彼はあたかもそれが普通のことであるように、私の水筒を奪い、飲みながら答えた。「美味しいです……何って、駅の時刻表を確認してきました。」
「時刻表ならウォッフォンで確認出来るのに。」
ウォッフォンを操作し、時刻表を表示させてジェーンに見せると、彼は一度飲み終えた水筒を私のバッグの中に入れて、私の真似をして、自分のウォッフォンで同じく時刻表を出して、じっと眺めた。そういう、細かく時代について行けていないところが、彼が過去から来た人間だという話を裏付けている気がした。
「ジェーンって、やっぱりたまに昔の人っぽさが「キルディア、公共の場です!」
突然彼が大声で怒鳴るものだから、周りの人の視線が一気に我々へと集中した。それも、彼らのちょっと怪訝な表情からすると、私が公共の場であるにも関わらず、ジェーンに迫ったように思われただろう。
やや怒りの意味を込めてジェーンを睨んだが、彼は怯むどころか、まるで自分が被害にあったと言わんばかりの表情で私を見ていて、腕を組んでいる。何も言えなくなった私は、視線を移して、じっと反対側のホームを眺めることにした。周囲の人々が我々を見るのをやめると、隣のジェーンは私に小声で怒鳴った。
「公共の場で、一体何を仰いますか!私のことが他人に知られたら、どうするんです?どう責任取るおつもりですか?」
「もうバレてもいいんじゃないかな。」
ジェーンは私の足を踏んだ。彼は革靴を履いているので、私の赤いスニーカーは、いとも簡単に潰され、つま先に痛みが走った。私の足を踏むし、私のお茶を勝手に飲むし、どうして彼がそこまで、私に対して横柄な態度をとるのだろう。その理由が心底知りたい。
古の時代には、こんなことが当たり前に行われていたというのだろうか、そんな筈はない。私は彼の足を蹴り上げるようにどかして、自分の心臓を守るように、背中を丸めてぎゅっとバックを抱きしめた。
反対側のホームを見つめていると、天井に近い高さに、パブリックビューイングの大きなモニターがあるのを発見した。それにはユークアイランドの、夕焼けに染まる海岸通りの映像が映し出されていた。
「先程から流れている映像は、この街の観光用の広告ばかりですね。余程、他のエリアから観光客が来るのでしょう。」
私はジェーンの言葉に頷いた。
「まあ、そうみたいだね。帝都や、近くのシロープ島の住人は勿論、ヴィノクールや、サウザンドリーフ、タマラ、帝国中の街から、年中人が押し寄せているみたい。最近は、この島に企業も増えてきて、ビジネス街のエリアも拡がってきたけれど、ベースはやっぱり観光業だろうね。大家さんがこぞって賃貸から宿屋に変えているようだし。」
「そうですね、確かにそうでした。」
すると今度は、リゾートの映像から雰囲気が一気に変わった。ソファにおじいさんが座っていて、別の部屋からやって来たエプロン姿の若い女性が、おじいさんの前にあるコーヒーテーブルに紅茶を置いた映像だ。これには見覚えがある。
『ウォッフォンォォォ!』
『あらやだ、おじいちゃん!また風邪を引いたの?』
『違うんですよ節子さん、これこれ、これじゃよ。ウォッフォン☆』
おじいさんがドヤ顔で、手首に付いているウォッフォンを節子さんに見せ付けた時に、キラーンと効果音が鳴った。
『あら~何かしら、これ!』
『これは、新型の通信機能付きの腕時計でな、通話機能は勿論、これ一台で、ほうら!ネットもテレビも観れる!動画も!それから家にある電子機器のリモコン代わりにもなって、勿論、玄関のパスコード入力にも使える!』
おじいちゃんが説明を加えるたびに、バーンと大きな音が駅に響き渡っている。ふと隣を見れば、ジェーンが真剣な顔をして、その映像を見ていた。
『極め付けはこれじゃ!ライト!暗いところもこれ一本で、丸々三日は完璧じゃ!しかもこれで、お値段たったの二万九千カペラときたもんだ!』
『まあ!それは凄いわ!たかしさんにも教えなきゃ!』
タンタカタタンという軽快な効果音と共に、ウォッフォンを開発した会社のロゴが表示されて、映像は終了した。そしてまたリゾート風の映像が流れ始めた。
「キルディア」
「はい?」私は彼の方を向いた。
「……お爺様一押しのアレを、あなたは使用している訳ですね。」
「ジェーンだって使用してるでしょ!結局これが」と言ったところで、私は彼の太ももを叩いた。「一番機能的で使いやすいんだから!」
「痛いです。まあそうですか、私はこの広告を見ずにただ、帝国研究所時代の部下の勧めで購入しましたが、あなたは「だから私だって、この広告が魅力的で購入したんじゃないよ!」
「そうですか?」
ああ、このおちょくり、きっと彼なりのコミュニケーションなのかもしれないが、それにしても彼の私への横暴な態度は、他の人間に対する態度よりも、かなりおかしいと思う。どうしてこうなったのか本当に理由が知りたいが、きっと彼に聞いても、クラースさんの挨拶のハグを真似した時のようにわかりません、と答えられるのがオチだろう。
彼は研究に人生を捧げて、地位と知識を手に入れた反面、人との関わり方に代償を受けているに違いない。かく言う私も、士官学校時代は鍛錬に没頭しすぎて、人との交流に関しては自信がないが……彼ほどではない。
早く電車が来ないだろうか、何度も溜息をついてウォッフォンを確認すると、まだあと五分ほどあった。それにもし電車が来ても、それに乗って帝都を経由して、サウザンドリーフの森に向かうから、あと十四時間は掛かる。この旅はまだまだ長いのだ。私は静かな声で彼に話しかけた。
「ジェーン。」
「はい?」
「ルール作る?もう、私語禁止というルール。」
「二人で行動しているのに私語を禁ずるとは、あなた変わっていますね。却下します。別の話題を用意しました。聞きたいですか?」
秘書に提案を却下されてしまった。そんなことあるのだろうか、少し笑えてきてしまって、必死に堪えながら、彼の話の先を望んだ。




