228 力の種
「キルディア、」
「ん?」
「戦から、帰ってきたら、私の恋人になってください。」
「それは出来ない、ごめんね。」
はあ……、と彼のため息が聞こえた。
「頑なですね。全く、頑なだ。はあー……、私に何度ため息を与えれば、あなたは満足するのでしょうか。全く。」
怒り始めてしまった。私は少し笑いながらジェーンを見た。彼はムッとしていた。
「ふふっ、もう、それはだってさ、いろいろ話し合ってきたじゃない。恋人になるって、とても難しいことだ。」
「難しいと考えるから難しい。簡単だと思えば、簡単です。しかしあなたの心情も理解しております。私はただ、素直に言葉を発しただけ。無視していただいて構いませんよ。」
「無視は絶対にしないよ。」
「はあ!」なんだよそのため息は、私は笑ってしまうと、彼も少し笑った。「突き放しては、甘い褒美をくれる。何ですあなた、どこでその技術を習得しましたか?ふふ。兎に角、次の戦は、絶対に勝ちましょう。」
「そうだね、絶対に勝とう。厳しい戦いの中で、心が負けそうになったら、ジェーンの笑顔を思い出すよ。ふふ。」
「もう我慢出来ません。」
えっと思ったその時だった。彼が私の腕を引っ張って、私は彼の胸に飛び込む形になってしまった。急にそんなどうしたのか。彼はギュッと私を抱きしめている。いつもよりも服がないので、肌と肌が触れて何だか、生々しい。
「びっくりするよ、ジェーン。」
「それは申し訳ございません。」
私は彼の首元を見ている。それしか視界に入っていないからだ。こんなにくっついて、何だか、緊張する。ドキドキする。でも明日は戦なんだから、ちょっとぐらい激しいスキンシップでもいいかと、自分を甘やかした。すると彼は、私の手をとり、その甲に口づけをした。
と、ここで私は、あることに気付いた。現在、私のお尻は彼の股の間に位置しているが、何かが当たっているのだ……なるほど、彼がお手洗いに行きたいのは、そういうことだったのだ。
「ジェーン……あのさ、」
「はい。」
「あ、当たってるんだけど。」
「……。」
彼が手の甲にキスするのをやめて、はあ、とまたため息をついた後に、バスタブに肘を置いて、やれやれと言った様子で、髪の毛をかき上げた。
「当たり前です。好いている人物の、露出の高い姿を視界に入れて、何とも思わぬ男がいますでしょうか。はあ、キルディア。生物学的に考えてみてください。オスがメスに発情するのは、そんなにいけないことでしょうか?」
「べ、別にこれがダメって言ってないよ。あと、メスって言うな、オスとも言うな!」
「注文が多いですね。では、雌しべと雄しべ。」
「それもやだ……。」
何そのオーガニック。笑っていると、彼も、ふふっと口を押さえて笑った。でもまあ、言いたいことはわかる。これは仕方ないことなのだ。彼だから冷静でいられるが、もし私がケイト先生で、ジェーンがクラースさんだったら、この湯船は大変なことになっていただろう。それよりは良い。
いずれにしても、明日、私は人生で最大の尽力を見せることになるだろう。少しだけ甘えたい。彼の肩に寄りかかってみると、彼は私を優しく抱いてくれた。
「また、一緒にお風呂に入りたいです。キルディア。」
「うん、私もです。」
「私を男性名で呼んでください。」
「え?あ、ああ……アレクセイ。」
暫く、そのままの姿勢で、我々は静かに互いの感触を想っていた。視界に、ジェーンの胸が入っている私は、ゆっくりと手を動かして、彼の鎖骨あたりを撫でた。ゴクリとジェーンの喉がなったので、面白くなった私は、ゆっくりと手を下に移動した。
「キ、キルディア……何を。」
「撫でているだけだよ。それだけ。」
ジェーンの胸筋を触った。固いと感じると、さらにドキドキした私は、あろうことか、そのタイミングで大きなくしゃみをしてしまった。
「バッシュ!」
「ふぁっ……!」
すっごく、勢いよく手を振り下ろしてしまった私は、結果的に、彼の胸の先っぽにある桃色を、ギロチンのように指先で激しく弾いてしまった。もう本当にごめんと、笑いが止まらないでいるが、ジェーンは変な声を出してしまったこともあり、私を何度もベシベシ叩いている。
「ごめんってば!わざとじゃないの!本当に!あっはっは!」
「不測の事態に備えて日頃から行動すべきです!」
「ごめんってば!」
「触れましたね!私の禁断スポットに!無事で風呂から出られると思わないことですね!私を本気にさせたのですから!」
「いやいやいや!」
私は浴槽から出ようと試みたが、ジェーンに両腕を掴まれて阻止された。私は何度も頭を下げた。ジェーンは頬を膨らまして、ムッとしている。
「ごめんね、本当に事故だったから、ごめんね、ふっふっふ。」
「……私にも触らせてください。」
「それは何卒、何卒お許しあれ。分かった、まだ、出ないから。ね?」
「分かりました……ではまた、私に寄りかかりください。もう少し、くっついていたい。」
「でも、色々と、ジェーンのあれが……。」
「無視してください。何卒。」
何卒返しが面白かったので、私はまた、ジェーンの肩に頬を寄せてくっついた。刺激的で癒される風呂は初めてだ。できればまた、味わいたい。
ジェーンが私の顎を掴んで、彼の顔の方に向けた。少し見つめあってから、キスをした。剣先と剣先がぶつかるような、優しくて尖ったキスだった。我々は今、同じ感情を抱いでいるんだと、確信した。
キスが終わると、鼻をくっつけたまま、互いにうっとりしながら見つめあった。そしてジェーンが、静かに言った。
「キルディア、あなたは、明日、死ぬ確率が高い。」
「そうだね。」私は、彼を安心させる為に、微笑んだ。「いいさ、この命、帝国民の為に、くれてやる。」
「ふふ、誰よりも凛としている。」彼も微笑んだが、瞳は真剣なままだった。「しかし、帝国民の為に、その命を散らすのは、勿体無い。ならば、どうかその命、私にくれてください。」
今までで一番、彼も凛々しいと感じた。何だか、それには、逆らえないと思ってしまった。
「分かった。生きて帰ったら、君にくれてやる。ふふ。」
「言いましたね、」と、彼は私をきつく抱きしめた。「私は覚えていますよ。絶対に、覚えています。」
私も彼のことを、抱きしめた。ずっとずっと、私たちは抱きしめ合っていた。戦場で諦めかけた時、この感触が、私のお守りになるに違いない。胸の中に刻まれた、一番の温もりだから。




