225 創世記
その時だった。バンと勢いよく扉が開いた音がしたのだ。恐る恐る振り返ると、してやったり顔のジェーンがゆっくりと歩みを進めて寝室に入ってきた。それに彼の顔は真っ赤である。
「あ、あはは、ジェーン、落ち着いて。顔が真っ赤だよ……。」
私は、犯人を刺激しない様に交渉する騎士の如く、彼に向かって手のひらを構えた。
「誰のせいでしょうか、誰の。全く、あなたはやはり、詰めが甘い。ふふ。」
じりじりとこちらに近付いてくる。私は逃げようと素早くベッドに飛び乗ったが、その瞬間に、ジェーンが両手を広げて、私の方にダイブしてきて、私は彼と一緒にベッドに倒れた。ジェーンは抱きしめてきて、離してくれない。
「何してんの!ちょっと!離してよ!」
「落ち着きなさい!こら!落ち着きなさい!」
「落ち着くべきなのは、ジェーンでしょうが!何してんの……もお。」
根負けである。私は抵抗をやめた。するとジェーンは満足したのか、私の頬に、すりすりと彼の頬を擦りつけ始めた。ちょっと眼鏡が痛い。
因みに今、彼は両手両足で私に抱きついていて、そのスタイルはお猿さんが木に登ったみたいになっている。ちょっと揺れてみたが、お猿さんは全然取れなかった。
「……眼鏡が食い込んでる。」
「すみません、」と、彼が眼鏡を取って、放り投げた。そして頬に、今度はちゅっちゅっ音を立ててキスをしてきた。くすぐったい。
「……すごく、ちゅうしてるね。」
「ええ、ふふ。私の可愛いパートナーに、愛情表現をしております。」
「ぶっ……、ああそう。パートナーね、それは便利な表現だ。」
「そうでしょう?」
このキスは暫く終わりそうにないので、兎に角、私は、変な気持ちにならない様に、天井を観察することにした。あの木目が顔に見えて怖いんだよね、消そうかな。でも消したら逆に祟りとかありそうで怖いな。それを考え終えても、まだ彼はちゅっちゅを繰り返していた。何だか嬉しいけど、困った。
「キルディアが、私のことを男性名で呼んでくれました。それに、私のこと……そんなにも、深く、想ってくれていたのですね。すごく嬉しいです。」
「うん、それは良かった……。」
私はもう天井を見るしかない。木目の顔が、何だか微笑んでる様に見えた。君も応援してくれるのかい?でも、我々は君が思っている以上に色々と複雑なんだよ。でも、彼のことは、とても好きだ。そう思うと、胸がすっきりする。きっとこれが、本心なんだろうと思った。
ジェーンは何度も私の頬にキスをしていたが、それを止めると、耳元でこう言った。
「私も、キルディアのことを、愛しております。とても、とても強く、愛しています。」
私は静かに目を閉じた。そう、これは世界の始まりなのだ。創世記なのである。
「……キルディア、どうしましたか?」
「正直に言うと、これは何と言う天国なのだろうかと思っていた。あと、もう帰ってくるしかないと思った。それしかない。帰って、またジェーンと少しだけこうしたら、バイバイする。それを、絶対に、やりたいの。」
ジェーンがまた一段と、きつく私を抱きしめてきた。もう、このままいくと、我々は融合して一つになりそうだ。
「絶対に帰還してください。私たちを引き裂くことは、例え、パラドックスが相手であっても、不可能です。チェイスをこき使い、私自身も全力を尽くして、私は必ずや、あなたとの未来を手に入れます。その為にも、絶対に、無事に、帰還してください。ですから、ネビリス皇帝を殺す覚悟で行きなさい。」
「ええ!?」私は大声を出してしまった。「何てこと言うの!?ジェーン、びっくりだよ!」
私はジェーンに顔を向けようとしたが、彼の顔がかなり近かったのでやめて、横目で見ることにした。彼はじっと私を見つめている。
「ヴァルガの話の通り、陛下は、あなたに対して、殺す覚悟で挑みます。あなたもそれ相応の覚悟でなければならない。」
私は、少し考えてから頷いた。
「……分かった。全力で行くよ。全力でね。だから、ジェーンはもう、そう言う物騒なことは言わないで。」
「はい、分かりました……あと、」
「ん?」
ジェーンは、ボソッと小声で言った。
「一緒に、お風呂に入りましょう。」
「何言ってんの……無理でしょ。」
私は顔を隠しながら笑ってしまった。ジェーンも少し笑っている。
「水着で入りましょう?一緒にお風呂に入りたいです。」
「本気で言ってる?」
「本気です……私は不安です。決戦は明日の夜。もうひと時も、あなたと離れたくはありません。」
私は少し考えた。世間一般では、付き合う前に一緒に風呂に入るのはどうなんだろうか。でもこの世にはホットタブという、ジャグジー付きの風呂がある。
あれには家族だろうが友人だろうが関係無く、水着姿の男女が一緒に入って、ワイワイと話し、交流を深める。スパの様な施設だって、水着のまま施設内を移動して、勿論男女一緒だ。そう考えると、別にいいのかな。
あとは、この人は不安になると、何を言っても絶対に、この人が望む方向に持っていこうとするからなぁ……抵抗するだけ無駄。そんな未来が見えてしまうのだ。私は苦笑いで答えた。
「まあ、そうだね。水着でならいいよ。」
「おや!」ジェーンは無邪気な笑顔を見せた。「では早速、私はお湯を沸かしてきます。ふふ、また思い出が増えますね。」
「ああ、そうだね。」
たまに、純粋な発言をするのが、ちょっと笑える。そそくさと、ジェーンがキッチンに行って湯沸ボタンを押してから、すぐにこちらに戻ってきて、一緒にベッドの横になった。
お湯が沸くまで、私とくっつきながら、彼は読書をするというので、私はウォッフォンで適当にニュースを見始めると、彼はサイドテーブルの引き出しから本を取り出した。チラッと見るとそれは、オフホワイトだった。辛い。




