224 伝えられる最後の時
「何が!誰だっていつかは死ぬですか!あなたは死にたいのですか!はあ!」
帰宅して、意外と静かだったので、流してくれたのかなと思ったが、ソファに座りなさいと言われて、座ったらこのザマである。私は肩を縮こませて、彼のお叱りを喰らっていた。彼は私の後ろをウロウロと歩きながら、プンスカ怒っている。
「それはさ、だって、私は戦士だもの……死ぬときは仕方なくない?」
「はあ!?」と、ジェーンが私に一気に接近したので、一瞬食われるかと思った……。「何を、言っているのです?死にそうになったら後退すればいいでしょうが!戦場で死ぬ人間は、引き際を見極められない人間です!あなたは違うでしょう?まさか、そうだと仰るおつもりですか!?」
「お、落ち着いてよ……引き際ね、分かってるって。」
ちょっと自信が無い。引き際が分かってたら、火山でドラゴンと一緒にマグマに落ちてないだろうし、アクロスブルーで腹から血を流しながらチェイスを追いかけようとしない気がする。他にも、騎士団長の時とか、ギルド兵だった時とか、一度熱くなったら止まらない性格もあり、この身体は傷だらけなのである。
「引き際が分かっていたら、その身体もそこまでボロボロでは無かったでしょうに。どうしますか、あなた、その身体で、お嫁に行くおつもりですか?」
言われてしまった……そんなに言う?ジェーンは荒々しくため息をして、前髪をかき上げては瞬きをしている。もうジェーンがイライラしている時にやる仕草が分かってきた。一緒に暮らしていると分かることってたくさんあるなあ。もっと知りたい。
「そりゃあさ、私だって死にたい訳じゃ無い。帰ってくるって言ったでしょ。この身体は……仕方ないよ、もうエステ行っても治らないだろうし、だからこの身体でいいと言ってくれる人を選ぶしかない。」
「そうです、その身体でいいと言うのは、私ぐらいのものだと思ってください。」
「ジェーン、気持ちは分かるけど、さっきからちょっと酷いぞ。」私は立ち上がって、腰に手を当てた。彼はフンと顔を逸らした。
「……貶しているつもりはございません。それ以上、その身体に傷を増やすのなら、私の方がもう、耐えられない。だから、傷があれば魅力が減ると申せば、あなたが、自重してくれると考えました。」
彼なりに心配してたのか。
「そうだったんだね、それにしても、その周りくどく相手をコントロールしようとする方法、どうにかならないの?」
「ああ、そうですね。どうも自然に、こうしてしまいますので。」
「ああそう……。」
諦めた。うん、諦めたよ。お手上げと言った方がいいかな。それか根負け。少し落ち着いたみたいで、ジェーンが私の目の前に来て、私の手を握った。
「戦から無事に帰ったとしても、怪我して帰ってくるでしょう。あなたは、私の気持ちが理解出来ますか?心配に思う気持ち、世界で一番大切な人が、戦の最前線で、しかも大きな力に挑まなければいけない。どれだけ、心配か、どれだけ、帰還を祈っているか。あなたは恋人ではありませんが、こうして少しづつ、距離が縮まって、晴れてデートだってする仲になれたのです。私はとても、あなたを大切に、想っています。私は、あなたがいないのなら、ただの抜け殻です。もう、言葉がありません。」
そしてジェーンは、私を睨んだ。その瞳には、うっすらと涙の膜が張っていた。私は彼のことを抱きしめた。彼は、抱きしめ返してはくれなかった。彼は小刻みに震えた。私の肩に、雫が落ちた。
「まだ……あなたとデートしたい場所がある。まだ、あなたと読みたい本がある。将棋だってしたい。色々なジャンルの動画も一緒に、見たい。それに、まだ……性交だって、していません。縄縛りだって。二人でやることが、いっぱいあるのに、どうしてそう平気に、命を危険に晒せますか?私と離れることが、辛く無いのですか?」
ちょっと気になる表現があったが、彼は至って真剣に涙を流しているので、スルーすることにした。ぎゅっと抱きしめて、私だって、ちょっと涙ぐみながら、彼の胸に頬を寄せた。
「心配をかけてしまって、ごめんなさい。私だって、ジェーンのこと、大事に想ってる。騎士の価値観をこんなに捨てられたのは、あなたが、相手だったからだと思ってる。ジェーンの気持ち、少し分かるよ。」
「……どうして。」
「いつか、永遠の別れが来るのをジェーンは知っていた。でも私だって、ジェーンがいつか過去の世界に帰ることを知っていた。どんどん仲良くなっちゃうのに、いつか、あなたは帰ってしまう。ジェーンが帰るのは、二千年前の大昔でしょ?普通に考えてそれは、この世界での、ジェーンの死を意味している。」
「……。」
「私はそうは思いつつも、今まで協力してきたし、一緒に居た。大切が人が行ってしまうのは、遥か昔。だから、その時代から遥か未来のこの時代、ジェーンはどこか遠くにいる訳じゃなくて、もう、どこかの土になっている。そんなこと、考えたく無いから、世界を分けて考えることにした。ジェーンの世界、この世界。そうすれば、少しは、マシになった?かな。だから、気持ちがわかると言うか……、だからこそ、ジェーンはその世界へ、帰るべきだ。私がこの戦いで死んでも、生きて帰っても、ジェーンは帰るべきだよ。」
ジェーンが抱きしめ返してくれた。あったかくて、気持ちいい。
「あなたの気持ち、理解しました。そうですね、あなたからすれば、私は……遥か昔に消えることになる。もし……私が、過去の世界に帰らないと、決めたとしましょうか。」
「え?」
「そうしたら、あなたは、私と……恋仲になってくれますか?」
迷った。気持ちとしては、なりたい。しかし、彼は結婚している。更に、なると答えれば、本当に彼が帰らなくなるのでは、と思った。それは嬉しいことだが、心配なことでもある。彼が帰らないと、彼があれだけ、過去に帰りたい、その時代でやりたいと言っていたことが、達成出来なくなる。それは、避けたかった。
「恋仲には、なれないよ。ジェーンは、結婚している。だから、残ったとしても……もう、好きじゃない。」
適当な嘘をついた。今まで散々言っていたし、私が騎士の価値観をまだ抱いているんだと信じてくれると思った。でも、ごく自然に、癖みたいなものが出てしまった。気が付いた時には、私は彼のことを硬く抱きしめていて、彼の胸のボタンのところに口付けをしてしまっていた。
「ふふ、それをダブルバインドと言うのですよ。」
「え?」
「嫌いと口では言いつつも、本当は私のことが、好きだから、私の胸に口づけをした。」
「……違う。」
顔が熱くなってしまった。
「どう違うのです?あなたは私のことが好きなのです。」
「違うよ。」
「……っ。」彼が言葉を一回飲んだ。「キルディア、本当に私のことが、嫌いですか?」
「うん、好きではない……あ」
「はい?」
うまく言えない。手から汗が出て止まらないので、抱き締めるフリをして彼の背中で拭いた。ああ困った、引き止めるつもりは無いものの、しかしこれが、本当の気持ちを伝えられる最後のチャンスな気がする。戦で死んだとしても、生還したとしても、これが最後のチャンスだ。
いけ、キルディア。最後の、素直な言葉を出したい。
私は、ジェーンから一歩遠ざかり、彼の左手の甲に、優しく口をつけた。
「……して……。」
「はい?」
「だから、……あい……る。」
「え?」
まだ聞こえないのですか!?もうこうなりゃ、やけだった。
「アレクセイ、愛してる!」
そう叫んだ私は、素早くその場から逃げると、寝室へ駆け込んで、ドアノブを手で押さえた。くそ、ロックもありゃしない!するとすぐに、彼が来た様で、ドアノブがガチャガチャと回された。それを私は必死に手で押さえつけた。右手が金属なので、超滑って足手まといになってる!くそ!
「キルディア!今すぐに開けなさい!」
「無理無理無理無理!素直に伝えました、戦から必ず帰ってきますし、今日はもう頑張ったんだから、あとで私が寝たら入ってきて!お願い!」
「お断りします!今すぐにあなたに会いたい!」
すると、必死に押さえつけているのにも関わらず、ドアノブが回転した。力強い!流石に男だ。
「キルディア!ドアが壊れてしまいます!」
「じゃあ離れてよ!私は、どくつもりないからね!」
「お断り……いえ、ああ、そうですね、分かりました。あなたがそこまで望むのなら、私は離れます。また後ほど、そちらに伺いますので。どうぞごゆっくりと。」
暴れていたドアノブが、静かになった。良かった良かった。諦めてくれた様だ。とは言いつつも、彼の策かもしれないので、暫くはドアノブを警戒していたが、ヒッヒッヒ……どうやら観念した様だ。ドアに耳を当てても、人の気配はなかった。きっとソファに座ったのだろう。
ああ、スッキリした。言いたいこと言えてよかった。私はドアに背を向けて、両手を突き上げて、背伸びをした。ん~、誰かに愛していると言えるのは、ちょっといい感じだった。




