219 不穏な帝都
お昼のバーガショップから研究所に戻って来た私は、カウンターのところに立って、キハシくんが担当している備品発注の確認をしていた。その時、リンは勿論、アリスやジェーンもカウンターのところにいて、二人はケーブルが欲しいだのプラグが欲しいだの横槍を入れて来た。
会社のページから発注申請してくれればいいのに、この方が手間が省けると、どんどん欲しいものを言う二人。私はそれを聞きながら、PCで入力をしている。するとアリスは、リンに聞いた。
「ねえねえ、昨日、あのあとジェーンとキリーはラブラブだったんでしょ?だって今朝見たもん、二人が変なことしてるの。」
「えっ!」
反応したのはキハシ君だった。アリスが変にオブラートに包むから、余計怪しく聞こえるじゃないか。私は付け足した。
「別にそんな、込み入ったことまではしてないよ。ね、ジェーン?」
「そうそう。」答えたのはリンだった。「だからアリス、さっきもメールで言ったけど、キリーはくだらない騎士魂を持ってるから、あんなチャンス二度と無いのに、普通のラブラブで終わったんだよ。何も無いの、無かったの。」
「そっか、よく分かんないけど、ジェーンも大変だね。」
何でそこまで言われなきゃいけないのか……私だってジェーンを大切に想ってるし、だからと言って簡単にその先に進めないのに。泣きたくなって来た。でも、さっきからジェーンの様子がおかしい気がする。
あれが欲しいこれが欲しいと、いつものように淡々と話してはいたが、さっきから問いかけにも反応しないし、アリスの言葉にも反応しない。カウンターに寄りかかりながら、ずっと遠くの方を見ていて、何か考えているっぽい。私は彼に話しかけた。
「ねえジェーン、どうしたの?考え事?」
「あ、ああ……。」彼は私を見た。「帝都のことを考えておりました。そろそろ、あの地を攻略すべきですが、まだその期ではありません。」
「でもさ」リンが彼に言った。「見せしめ刑が執行される前には行きたいよね。あと、何日だろう。とにかく、犠牲者が出るのは良くないと私は思うけど。」
するとジェーンは、驚くべき発言をした。
「……一人、二人は犠牲になるしかありません。安全にあの地を攻略するには、それなりの武器が必要です。それを今、私は設計しております。開発までには、時間が必要です。」
何とも言えない、無言の空気が流れた。皆が皆、ジェーン以外は、私を見ている。何か発言しろっての?いやいや、私は笑いながら、ジェーンに聞いた。
「そんな、さあ、ははっ。嘘でしょ?犠牲はやむを得ないと本気で思ってる?」
「私は本気です。」
そう言った彼の顔が、やけに真剣だった。ああ、本気で言っているのか。ジェーンのことだから、そう言うことも言いそうだけど、本気なのか。だからと言って彼のことは嫌いにはならないけど、本気なのか。
「ね、ねえねえ。」と、アリスが新聞を私達に見せてくれた。「ほら、その見せしめ刑罰が行われるまで、あと四日なんだって。ジェーンは、何を開発しようとしてるの?私が徹夜で手伝っても、間に合わないの~?」
「明らかに間に合いません。ただでさえ、まだ設計が終わっていないのですから。時空間歪曲機にかまけていた私の責任だと、お思いください。その合間にも、色々と試行錯誤を机上で行いましたが、未だ帝都の自警システム、それから迎撃システム、更にあの外壁を破壊出来るものが、うまく思いつかない。」
私はジェーンの隣に行って、彼の背中をポンと叩いた。
「既存の兵器だってたくさんあるよ。レールガンキャノンのようなものもある……一発が超高価だけどね。それから大きなドリルのようなものもある。一番厄介なのが自警システムだけど、それを破壊するのには、電磁砲がいい。でも撃ち抜くには相当の腕が必要だ。LOZにそれが出来そうな人間はいないかも。」
「ならば、どうやって今の状態で帝都に攻め込むのです?ですから時間が必要だと言いました。大体あなた、何処でお昼を食べて来たのです?どうして私からのメッセージを返さなかったのでしょうか?」
ぶっ、とリンとアリスが吹いた。不機嫌の理由はそれかい……。確かに、ウォッフォンの受信ボックスを見ると、ジェーンからメッセージが届いていた。『どこで何を食べてますか?私はキルディアのことを考えながら、スローヴェンの研究室で、唐揚げお弁当を食べています。ふふ。キスしたい。a.j.s』と言う内容だった。
悪いことをしました。そうね、これで相手から帰ってこなかったら、そう言う態度にもなるよね。真顔で怒りを隠したくもなるよね。私は苦笑いしつつ、『ごめん。本当に気付かなかった。帰ったらキスしましょう。k.g.k』とだけ返信した。すぐにジェーンが確認して、ちょっとだけ口角を上げた。お気に召してくれたようだ。
「う、ヴン!」
わざとらしい咳払いをしたのはリンだった。彼女はカウンターに上半身を乗せて、ジェーンに聞いた。
「でも兵器を開発しなくても、今の状態でも帝都に行けるんじゃないの?頑張れば。」
ジェーンが答えた。
「難しいでしょうね。今の我々の装備だけでは、あの地の攻略は無理かと。何か、地下通路から通り、数で押し通せば、或いは。」
「あと四日かあ、何とか、その刑罰だけでも防ぐことは出来ないだろうか。」
「四日では無理です。」
そんなに即答する?でもまあ、ジェーンの言っていることも分かる。ここにいる誰よりも、帝都の防衛力に詳しいのは私だ。
もし、見せしめ刑罰の男を助けるとすれば、高い外壁に囲まれた帝都にどのようにして侵入するか、その壁には自警システムがびっしりとくっついているし、自警システムというのは、自然の魔力でチャージした弾力を自動的に撃つので、弾切れが無い。それ自体を破壊するにも、その射程内に入っただけで、蜂の巣にされる。
ラブ博士が開発した、アクロスブルーの自警システムは電磁砲で破壊されたようだ。第六師団は帝都一のスナイパー部隊だ。彼らだからこそ、遠距離からでも破壊出来た。エストリーだって負けていないが、彼らは魔銃専門だから、電磁砲の発砲は素人だ。訓練するにもその電磁砲が、ここにはない。
グレンから持ってくる?あれは磁気砲だった。磁気砲は近距離型の範囲射撃タイプだ。全然違うわ。どうやって助けようか、見当もつかない。私は皆に言った。
「確かに、ジェーンの言う通り、彼を救うのは難しい。何か方法があればいいが、自警システムもあるし、今は全ての門が硬く閉ざされているから、それを攻略するのにも時間がかかる。」
「でしたら」ジェーンがまた、ボッーっとした様子で答えた。「地下通路から行くしかありません。保証がありませんが。」
どうしたのだろうか、彼らしくないぐらいに、ボーッとしている。私とアリスとリンは目を合わして、彼の心配をした。そしてアリスが、ジェーンの様子を伺いながら言った。
「ジェーン、地下水路って下水道のことだよね?あそこもさあ、自警システムがあるらしい。今、調べたらそう出たよ。」
「そうでしたか、それは失敬。」
どうしたんだ彼は。私はジェーンに再度聞いた。
「本当にどうしたの、ジェーン。なんか、らしくないぐらいに考え事してるよ。」
「……大丈夫です。色々なことを思考しておりました。帝都のことですが、方法を考えてみます。それには時間が必要です。とても、四日以内では結論は出ない。諦めることも、時には必要です。我々は、完璧な正義の味方ではない。」
「ええ、だって……」
リンがジェーンに抗議しようとしたその時だった。ロビーの迎撃システムのアナウンスが急に聞こえた。
『未認証の人物が侵入しました。迎撃準備に入ります。ウォッフォンから指示を与えてください。』
ちょっと気になったのは、アナウンスの声は何故かタージュ博士の声だった。もっと、誰かいなかったのかな。私はちょっと笑いを堪えた。振り返ると確かに、エントランスから見知らぬ女性が入って来ていて、今のアナウンスを聞いたようで、両手を上げて突っ立っていた。
五十代か?それぐらいの女性で、髪の長い、ふくよかな女性だ。彼女の履いているベージュのズボンは所々汚れていて、膝は擦り切れていた。私はウォッフォンで迎撃システムの警戒を解き、並々ならぬ様子の女性に駆け寄った。
「どうしました?何か、あったのですか?大丈夫です、システム切ったから。」
「あ、ああ……。」
女性は恐る恐る両手を下ろして、私をジロジロを見た。私のアーム部分を見て、私が誰だか分かったようで、彼女は私に聞いた。
「ニュースで、拝見しました。キルディアさんでしょうか?ギルバート騎士団長だった人。」
「あ、ああ。」なんか改めて言われたので、吃ってしまった。「ま、まあそうですね。そうですけど?」
すると女性が飛びかかって来て、私の首を掴んだのだ!咄嗟の出来事で、私は避けることも出来ず、顔を真っ赤にして、彼女の手首を掴んで剥がそうとするが、結構力強い!このふくよかな腕は、脂肪じゃなくて筋肉だったのね!女性は見た目では判断しづらい時もあるのだ。
「ぐええ!」
「キルディア!迎撃システムを回復させます!」
ジェーンの声が聞こえた。いやいや、ダメだって!それきっと、君が思ってる以上に、やばいシステムだからダメだって!そう言いたかったが、グエエしか声が出ない。すると女性が、私に叫んだ。
「どうか、どうか!私の息子を助けてください!うちの息子は天下一のパン職人なんです!死にそうなのです!助けてください!お願いです!私はいくらでも払います、何でもします!作戦のために、命が必要なら喜んで差し上げます!だからお願い、助けて!」
ブンブンと頭がシェイクされている。え?助けを求めているのか?私を殺そうとしてるんじゃなくて?しかも結構本気で、助けを求めている気がするけど、助けに行く前に私の脳味噌が泡を吹きそうだ。
「兎に角、彼女を揺さぶるをのおやめください!」
隣に来たジェーンが叫ぶと、女性はハッと我に帰り、私を解放して、頭を下げてくれた。
「ごめんなさい、もう、何が何だか、私も混乱していて……助けて欲しいのです。」
「そうでしたか……お話しを、聞きます。こちらに。」
私はよろける足で、彼女をソファへと案内した。彼女は怯えた様子で、座り、私をじっと見た。頭がぐわんぐわんする。顔を何度か手で拭って、私も彼女の前に座ると、隣にはジェーンが座った。ロビーのところでリンとアリス、キハシ君がこちらを見ている。
「ニュースで見ました。あなたたちのご活躍を。」
女性が言った。私は彼女に聞いた。
「そうでしたか、それで、助けて欲しいとは?」
女性は私の目を見つめながら、答えた。
「私の息子は、あと四日後に、見せしめの刑で噴水広場で殺されるのです。」
彼女の声は震えていた。あの男性のお母様だったのか。ああ。衝撃を受けていると、ジェーンが彼女に聞いた。
「あなたの御子息様が、あの刑罰の最初の対象者なのですね。それは、耐えられませんね。」
「ええ、本当に。」女性が頷いた。「私の名はシルビア。息子はチャーリー。一人息子です。我が家は先祖代々、パン屋を営んでいます。って言っても私は、嫁にきた身ですが。うちのパン屋は評判も良く、城下で行われた大会で優勝したことだってあるんです。その時にパンを焼いたのは、うちの息子でした。」
「もしかして、べアズベーカリー?」
私の問いに、シルビアさんは笑顔になった。そのパン屋はとてもうまいと、城内で聞いたことがあった。
「それです!ああ、ギルバート様も知っていたなんて、嬉しい!私や夫の希望通り、一人息子はパンを焼くのが私達よりも上手になってくれました。大会で優勝したら、あの子の作るパンを買いに、帝国中からお客様が来るようになったんです!でも、」
シルビアさんの笑顔が消えた。
「ちょっと話題になって数日が経った時のことです。城の、チャーリーに城の調理番として仕えるように申し出がありました。」
なんか、ヴィノクールのパターンに似ている。その時の陛下が、ネビリスでないことを祈るが、ルミネラ皇帝はそんなことをするお方では無いので、ネビリスなんだろうけど……。
「勿論、お店のことがあります。焼いても焼いても、すぐに売れてしまうので、私たちは家族総出で、えっちらほっちら毎日たくさんのパンを焼いています。お店を改装したいという目標もあったので、チャーリーも、私たちのお店でやっていきたいと考えていました。だから彼は、断ったんです。」
「それでどうなりました?」と、ジェーンが聞いた。彼女はジェーンに答えた。
「断った日の翌日、新光騎士団の騎士が数人、家にやって来て、チャーリーを無理矢理連れて行こうとしました。どうしてなのか、うちの息子は何もやっていないと私が言うと、調理番を断ったのが原因だと言われました。しつこくすると、お前も連れて行くと怒鳴られて、チャーリーがもういいよ母さん、と諦めました。息子は、反逆罪のようです。騎士だって、昔と違って、今は全く、恐ろしい存在になりました。」
「全く、何と身勝手なことをする……。」
私がそう呟くと、シルビアさんが私の手を握ってくれた。熱い手だった。




