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LOZ:彼は無感情で理性的だけど不器用な愛をくれる  作者: meishino
誰も止められない愛情狂編
206/253

206 キルディアの婚約者

 調査部ゾーンの通路の壁にぶつかりながらも、駆け抜けて、ロビーの皆に見つからない様に移動して、ジェーンの研究室のドアを、ウォッフォンのマスターコードで開けて、中に突入した。


 ジェーンは優雅にお茶を飲みながら、ソファに座って、膝に乗せたPCを眺めていたが、直ぐに私に気付いて、何か用ですか?と言わんばかりの普通の顔を私に向けた。おのれえええ!


「何してんの!?何であれを投稿したの!?おかしいでしょうが!」


「ああ、二人の記念に投稿しました。それに、こうしておけば、誰も応募などしてきません。このサイトで零細企業が使える募集枠は一件のみですからね……ふふっ、ふふふ!ふはははは!」


 珍しくジェーンが、腹を抱えて笑っている。とても楽しそうだ。こいつ……この野郎め!


「きゃあああああ!何これ何これ!?見てみてキハシ君!」


「おおお!?何だこれは!?スクショしろ!あと音声で読ませろ!」


 開けっ放しの扉から、ロビーの声が聞こえてきた。私はジェーンを睨みながら、両手をワナワナさせて、怒鳴った。


「ほおら!早速、総務の連中が騒いでるじゃないの!もう募集しないから消してよ!今すぐ消して!早く消してよ!あ、そうか自分ので消せばいいんだ!」


 私がその場から去ろうとすると、ジェーンが早口で言った。


「このサイトの管理権限を奪ったので、もうあなたは消せませんよ。あとは余談ですが、彼らは総務ですから、気付くのは早いでしょうね。」


 私は勢いよく振り返った。


「何!?ジェーン!お前えええええ!」


 私は両手でジェーンの首を締めようとしたが、ジェーンが素早くソファから立ち上がって、それを回避した。そして得意げな顔で言った。さっきから得意げな顔だけど。


「ああ、ご存知ない様ですが、今でも私はクラースに度々、体術を教わっております。あなたで霞んでしまって、存在感はありませんが、そんじょそこらの研究員よりかは……あいたたた!」


 素早くジェーンの背後に回り込んだ私は、犯人を逮捕する様に手首を掴んで、それを彼の背中に押し付けて、押さえ込むことに成功した。彼の顔がソファの角に押されて、眼鏡がずれていて、頬が歪んでいる。その顔で、ちょっとこっちを見るな。体勢からしても、変な気持ちになるだろうが……!そう、私はもう既に、手遅れなのである。


「いいか?今すぐに、今すぐに!あの卑猥なやりとり企業PRを消してよ!何で公開したの!?あれはね、帝国中の皆さんが閲覧出来るんですよ!公開すればね!」


「ちょ、ちょっと……」


 フガフガと何かを言っているが、顔が潰れているので言葉になってない。仕方あるまい……私は彼を解放した。ずれた眼鏡を整いながら、彼はこっちを睨んで、そして叫んだ。


「……誰が何を言おうと、ここには明瞭な事実が存在します!それは、あなたは私のものだということです!それを全世界に知らしめたのです!」


「知らしめたのです!じゃないよ……。」


 すると開きっぱなしの扉から、ニヤニヤしたリンと、キハシ君が入って来た。私は頭を抱えて、壁に突撃した。鼻がぶつかって結構痛かった。でもそのまま、壁にくっついていた。紅茶と機械と、ジェーンのコロンの匂いが壁にくっついている……いい匂いとか思ってる場合じゃないよ!


 とんでもなくなってしまった。リンとジェーンが、楽しげに会話してる。内容は聞こえない。いや、聞こえない様に、私はんーんーと唸っている。そして、足音が増えた気がした。恐る恐る振り返ると、他にも、ニヤニヤしたアリスや、タージュ博士、ラブ博士にクラースさんにケイト先生ロケイン……研究所の全職員が大集合してしまった。全体ミーティングは明日なんですけどね!


 んーんー唸ってばかりの私、皆から何故か祝福されているジェーン。何あの幸せそうな雰囲気、私だけが、一人、不協和音を奏でている。ジェーンのことは祝福するのに、私の方を見てはニヤニヤと笑っている。何だこれは、新手の反乱か。私がムッとしていると、リンが私に近付いてきた。


「ねえキリー。見たよ?」


「ああそう。んーんー。」


「ちょっと現実逃避しないでよ!あははっ!あのさあ、あの文章読んだだけで、なんていうかとても感動したよ。二人の間にはさ、普通の人でもなかなか得られない様な、とても強い絆があると思うんだ。ジェーンだって、とてもキリーのこと想ってるじゃん。そんなにその、カタリーナさんが気になるの?」


 皆が私を見ている。ジェーンもクラースさんに肩を抱かれ、心配そうに私を見つめている。因みにクラースさんの方が、頭ひとつ分背が低かった。それだって、いい友情だ。兎に角、私は、俯いた。


「……そうだ。ルミネラ皇帝が仰っておったのだ、結婚は幸せなものだと。ジェーンは、もう既に結婚している。そしてその結婚までの経緯も理解している。だけれど、私はどうしても既婚の男性と、恋愛関係に落ちることが、許せないのだ。幼き頃から、思春期は痛い程に、心身ともに刻み込んだ、剣術と、騎士の価値観。それに抗うこと、それを例えるなら……飢えて、飢えて仕方ない時に、食べ物が、人間しかなかった時。それに似ている。私は飢えているが、それを食べることが出来ない。」


 私の言葉に、皆の笑顔が消えてしまった。皆は顔を合わせている。誰が話すか、様子を見ている様だ。一人ジェーンだけが、真っ直ぐに私を見つめている。ごめんねジェーン、こんなに気にしてしまって。それさえ捨てれば、我々は前を向けるのに。


 するとケイト先生が言った。


「それ程に騎士達が禁忌としているとは、知らなかったわ。でも、ジェーンは望んだ結婚では無かった。その状態から、彼のことを救ってあげるという見方で、この問題を見てはいかがかしら?騎士は、民を守らなくてはならないわ。好きな人なら、尚更。」


 おおお、と場に声が漏れた。リンはケイト先生に拍手をしている。ならば、この手しかない。私は意を決して、言った。


「確かに先生の言うことには一理ある。私はジェーンを守るべき、いや、もう、そうする資格もない。実は、実はね、私には婚約者がいる。ジェーンが過去の世界に帰るって決めてたから、急ピッチで作ったんだ……こ、婚活サイトで。」


「ええええ!?」と、皆が叫んでいる。ラブ博士があんぐりした口をしていた。そして一番驚いているのはジェーンだった。そうだよね、そうだよね。


「でも私は、もうその人が好きなんだ。好きになれた。いやこれから好きになる。」


「と言うことは、まだお会いしていないのですか?」


 ジェーンがこちらに一歩近づいてきた、と思ったら、スタスタと私の目の前に来て、鼻息荒く私の肩を掴んだ。結構な力で掴まれてるので、痛い。


「痛いって、痛い!」


「全く、少し放っておけば余計なことを私に無断で……!その男のどこがいいのですか?私よりも優れているのでしょうか?まさか、私以上に優れている男など、この世にいますか!?」


 ほらみんな分かっただろう、この人はこう言う人なんだ。面白いだろう、はは。皆は笑いを堪えている様子で、クラースさんはゲフンゲフンとわざと咳き込むフリをしている。私はスーパーのお魚の様な光の無い目をしつつ、答えた。


「優れていますよ「な、ばかな!」A、彼はこの時代の人間です。B、彼は独身です。C、彼は一途です。D、彼は健康的で長生きです。E、彼は私に献身的な愛を、一生与えてくれる。……ほらね。」


「そうですか。CからEに関しては、私の方が優れています。Dなど特に!私は時空間歪曲機の爆発を生き延びたのです!健康的な食事をして、運動だってしております。それからA、Bにおいても、私が今後対策を施しますから、心配には及びません。」


 なんか採点された気分だし、どれがAでどれがDなのか忘れてしまった……論じて突破出来ないなら仕方あるまい、感情的になろう。私はプンプン怒った様子で言った。


「やだ!もうアレックスと結婚するって決めたんだ!私はアレックスが好き!」


「誰だそれは!」


 初めて聞いた、ジェーンのドスの効いた怒鳴り声だった。古典の劇で出てくる厳格的な王様の様な、腹の底から繰り出された声に、皆がビビっていた。私もビビった。眉間にシワを寄せるジェーンに、私は丁寧に答えた。


「つい先日、婚約したんだよ。ごめんねジェーン黙ってて。あんなこと、今だから言えるってことで、素直に文章にしたんだ。だからこんな酷い、尻軽な私のことはさっぱり忘れて、その投稿をキャンセルしなさいよ。」


「ほ、本当に、婚約を……?会ってもいないその男の方が、今まで一緒にいた私よりも、いいのですか?」


 彼は一変、戸惑った様子になった。顔が青ざめている。


「本当に、そんな男の方が、将来の伴侶にふさわしいのですか……?その人が、あなたに何をしたのです?はあ、仕方ありません。その男に、私も会わせてください。」


「それはちょっと、彼も緊張するだろうし。」


「いいえ、お会いします。あなたにふさわしい方かどうか、確認したい。それに、私の気持ちの落とし前にも、なります。して、その方は、何と言うお名前なのでしょうか?」


 やばい。詳細プロフィールは、やばい。ミドルの設定なんだっけ。


「アレクセ……アレックス。アレックス……ジェイド……あとは知らない。」


 ジェーンが一瞬、口角を上げた。もう終わった、さようなら私の計画。


「ほお」彼が疑わしい声を出した。「心なしか私と似た名前ですね。ファミリーネームも存ぜぬ、その人物、アレックスの職業は何でしょうか?」


 皆がじっと私を見ている。ケイト先生は勘付いたのか笑いを堪えているが、隣のクラースさんはメロドラマの行方を見守っている主婦の様な、真剣な顔で私を見ている。私は答えた。


「海の男だよ。海に潜って、海藻なんかを取ってると思う。よく海に潜ってる。海に詳しいんだ。それからやっぱり健康的で、寿命が長いの。素敵でしょ?」


 ジェーンが思案顔になった。


「そうですか、彼、いえ、それは、何類の生物ですか?」


「えっ!?」


 声を漏らしたのはクラースさんだった。周りの反応から、察して無かったのはクラースさんだけっぽかった。私としても、切ない。どうしても嘘が下手なのね……。私は答えた。


「……両生類。」


「なるほど、両生類ですか。それでいて海に育ち、長生き。両生類は全て淡水育ちのはずです。海生の両生類など聞いたことがありませんが、この時代には存在しているのでしょうか?」


「ジェーン、もしかして亀のことじゃないか?よく間違える奴多いぞ。」


 なんでそこだけ聡いんだよクラースさん……さすが元海の男だよ。ジェーンは納得した様子だった。


「ああ、確かに。そうですか、キルディア?」


「そうです、そうですとも。私は亀と結婚します。」


「あははははは!」


 リンが非常に煩かった。でも皆も笑ってた。ジェーンも笑って、口を手元で押さえている。その上品さが、今はとても辛い。


「ふふ、キルディアったら、亀は爬虫類です。それにペットは必要ありません。あなたが望むのなら、私がその役割も担います。ペットの席も、確保願います。亀さんには、縁談お断りの連絡を私からしておきましょう。ふふっ。」


 リンとアリスが、興奮した様子で笑っている。他の皆だって、(はや)し立てる様に我々に声援を送ってる。ああ、アレックス、またね……。


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