201 アイリーンのかけら
何だったんだろう、今の放送は。
僕と同じ名前、僕と同じ役職の人間について、陛下が何か仰っていたけれど、何だったんだろう。あれって誰のこと?え?僕のこと?あ、そうなんだ、僕のことについてか。
本当にこれは、現実なのだろうか?僕は机に突っ伏して、力が抜けている。脱力しすぎて、机によだれの水たまりが出来ている。何これ。
僕は今、一体何処にいるんだろうか。陛下のかき混ぜるコーヒーの中で、ぐるぐると回転する泡になったのかな。早く弾けないかな、その泡。きっとゼラチンか何かが入れてあるんだ。泡が弾けて消えないように工夫されて、陛下はそれを見て、心から楽しんでいるに違いない。クラシックでも聴きながらね……。
ドアがドンドンとノックされた。僕は身体を起こす気力も無く、そのままの姿勢で答えた。
「はい、何でしょう?」
「俺だ」
ああそう、そうですか。僕はそのままの姿勢でいると、執務室に入ってきた陛下が僕の前までやってきて、僕を見下ろした。真顔だった。いけない、無礼なことしちゃった。僕は慌てて身体を起こした。
「そう言うことだチェイス。」
「は、はい。そのようですね。」
「もうお前は、俺に逆らえなくなった。もしお前が逆らったとしようか。お前には家族がいなかったな。ならば、民を無差別に誰か選んで、見せしめの刑の材料にしよう。どうだ。」
どうって何だよ……どうしてそこまで僕を苦しめようとする……。
「……。」
「俯いているだけでは分からん。チェイス。しかし、お前のおかげで、俺の評価は上がった。このまま民の信頼を得た状態で、兵の数を増やし、LOZのキルディアを倒す。その策は、もう俺が考える。どうやらお前は、俺より頭が弱いらしいからな。」
何だよ、それ……。机の下の僕の手が、わなわなと震えた。僕がどれだけの覚悟で、どれだけ思考して来たと思っている?それに、誰かに頭が悪いと言われた経験は、生まれて初めてだった。激しい怒りを覚えてしまった。
「これからお前が、変な真似をしないように、監視する。あのカメラでな。」
「え?」
陛下が指を刺した方を見た。天井の隅、確かに小さな黒い穴が開いている。更に目を凝らすと、それは鈍く光った。監視カメラか、いつ付けられたのか、今まで気付かなかった。だから陛下は、僕がキルディアと接触をしたことがあるのを知っていたのか。僕のPCの画面だって、見えていたはずだ。
「……お前には色々と思うところがあるが、せいぜい最後まで、俺の為に命を尽くしてくれよ。お前はこの部屋にいるだけでいいのだから、ここから出るな。出たら分かっているな、お前に命は無い。まあ食事だけは用意してやる、その奥の部屋のシャワーも勝手に使え。LOZとの戦いの時が来たら、最高のタイミングでお前は天に昇るのだ。」
僕はもう、陛下のおもちゃなのだ。最後の最後まで、僕は陛下の駒に過ぎなかった。どんな扱いを受けたって、それを受け入れるしかない。
「分かったな。あと、変な人形は捨てろ。大人だろ?」
陛下は念を押すように言ってから、この執務室を後にした。執務室……いや、これから此処は、ちょっと豪華な監房になった。
こうなるなら一人でひっそりと生きていれば良かった。こうなるなら帝国研究所で働いていなければよかった。僕は静かに涙を流した。人形を奪われなかっただけ、良かった。僕は独りじゃない。部屋には鼻水をすする音が響く。
僕はPCをつけた。きっとこれも、あのカメラで見られていたに違いない。待ち受け画面は、海賊船のボートに乗って、洞窟ツアーから帰還しているときの、キルディアだった。自撮りしたものだが、僕の部分はトリミングしてある画像だ。僕はジェーンに突き落とされて、びしょ濡れだったから。
接触していたのもそうだし、僕の想いに、陛下は気付いていたかな。それほどに、キルディアを恨んでいると、今度来たら言い訳しよう。自分を奮い立たせるために、敢えて待ち受けにしてるんだと。
僕は今までだって、自分の気持ちを押し殺して来た。アクロスブルーではキルディアを救おうとしてしまったけれど、結局彼女は自分で、オーバーフィールドを破壊してしまった。確定したことは、さっきの放送で、僕はもう彼女達の方へといけなくなった。最後の望みが絶たれたってことだ。
『本当にそれでいいの?』
「え?」
僕はポケットから人形を出した。もう見られたって、どうせ回収されないならいいやと思って、机の上に座らせた。キルディアは僕に言った。
『チェイス、本当にいいの?そのままだと、死んでしまう。』
「いや……良くないさ。僕だって、望んでなどいないよ。生きたいけど、無理なんだ。」
キルディアは相変わらず微笑んでいる。そしてその顔のまま、言った。
『やりたいと思ったことを、やってね。私は、応援するよ。』
「……。」
彼女の台詞は、僕が作り出した幻聴に過ぎない。だけど、いつもよりもキルディアの声が違った気がした。やりたいこと、何だろう。僕は考えた結果、PCでニュースを見るフリをして、机の下でウォッフォンを操作した。カメラで監視されているんだ、監視員に気付かれないように、僕に何が出来るだろう。
ウォッフォンを見ないで操作することは、思ったよりも簡単だった。時々PCを操作するフリをして、机の下ではウォッフォンでコードを入力した。僕は、やりたいと思ったことをする。人生の最期ぐらい。そうだ、この状況で苦しんでいるのは、何も、僕だけじゃない。みんなだってそうなのだ。
だから僕は、自分の全力を出す必要があるんだ。どんな状況に置かれても、僕に出来ることだったら、全てやり通すべきなんだ。
僕はその後もずっと机で作業をした。それしかすることが無かったし、順調に事は進んだ。あの見せしめの刑が執行される前に、行動をしなければならない。
僕のPCに一通のメールが届いた。僕はウォッフォンを止めて、それを見た。差出人はアイリーンだった。タイトルは無題。これを開けば、中身は確実に他の騎士に見られるが、開かないと返って怪しまれて、アイリーンが危ない。仕方ないか、と僕はそれを開いた。
『私は、最後まで城下にいます。帝国研究所の、職員ですから。』
それだけだった。えっと、何が言いたいのかな?何かの暗号かな?色々と考えたけど、何も分からなかった。僕は、彼女の身を案じて、返事はしなかった。やりとりしてたら怪しいものね。実際、彼女はもう僕の差金でも何でもない。
きっと彼女なりに愛情表現をしてくれたのかな。まあ、気持ちだけはありがたく受け取っておくことにした。




