196 ジュースゲーム
リンが、クラースさんと、ケイト先生を連れて来た。私は慌ててジェーンから離れたが、二人はあらまあと、微笑ましく我々のことを見て来た……辛い。確かに、私は少し吹っ切れている。ジェーンと仲良くなることは構わない。
しかし、キスはやはり緊張するし、罪悪感もある。それ以上の関係なんて持ってのほか。あんな、あの動画のような行為を、妻を持つ人物となんて、無理無理。私はそこまで騎士を捨てていないのだ。
だから今夜だって、私はリンと同じ部屋で寝るんだ。そう、我々は友人であり、恋人ではない。それはどうしても、境界線を置いておきたいところなのだ。するとリンが手をパンパン叩きながら言った。
「じゃあさ、みんな集まったことだし、クラースさんも、自動操縦にしたんだよね?ちょっとぐらい操縦席から離れても平気でしょ?」
「まあな。波風も安定している。問題はない。」
クラースさんとケイト先生は、釣り用の椅子を置いて、それに座った。私とジェーンは船の出っ張りに座り、リンは立っている。しかしリンは肩にクーラーボックスを下げていて、それを床に下ろした。
クーラーボックスには、片手で持てるような大きさの、ジュースの入った小瓶がいくつか入っていた。それをリンが一人一人に配ってくれた。オレンジ味の、帝国民御用達のジュースだ。その瓶の蓋を開けて、飲もうとすると、リンに止められた。
「ちょっと待って、これは今から行うゲームで使うから。」
「今からゲームか?」クラースさんはウォッフォンを見た。「もう二十二時だ。遅いとは思わないか?」
「いや、思わないね。」リンは口を尖らせて答えた。「ちょっとだけでいいからさ、やろうよ。大体、こっちはずっと部屋に閉じ込められていたんだよ。こんな私が、あの何にも無い部屋にね!それを分かりなさいよ!」
「あ、ああ……すまんな。」
こんなに塩らしいクラースさんは初めてだ。人間、長く付き合っていると意外な一面を見ることが出来るなぁ。特にジェーン。今、私とぴったりくっついて、私の肩に寄りかかっているジェーン。何このラブラブな雰囲気。しかも他の皆は、それについて、もう何も反応しない。何これ。
リンはお構いなしといった様子で、説明をし始めた。
「今からするゲームはね、今ユークで流行っているゲームで、よく合コンとか、仲間内の飲み会でやるゲームなんだ。まあ今回はジュースだけど、きっと面白いからやろうよ。ね!ねっ!」
我々は顔を合わせた。皆、微妙な顔をしていた。しかしリンは続けた。
「これやったら、大切なあの人と、更に仲が深まるかもよ!」
「まあ、仕方ありませんね。」と、答えたのはジェーンだし、
「そうだな、やることもないし。」と、答えたのはクラースさんだった。
ノリノリな二人もいるし、我々はそれをやることになった。リンがゲームの概要を教えてくれた。
「ルールは簡単!順番に、これをやったことがある人、って例を挙げていくの!それでそれをやったことがある人は、ジュースを一口飲む!それだけ!でも際どい例がいいな。例えば、例えば!じゃあ私からね!」
なんだ、それだけか。それで盛り上がるのか知らないが、やってみようと、私はジュースの瓶を構えた。するとリンは言った。
「じゃあ、この中で、恋に落ちたことがある人!」
……なるほどね。周りを見ると、クラースさんとケイト先生、それからリンは迷わずに一口飲んでいた。ジェーンも少し迷ってから、一口飲んで、じっと私の様子を伺っている。皆の視線を感じながら、私はちょびっと素早く飲んだ。すると私以外の皆が、ニヤニヤと笑った。
「やっぱりね、キリー!」リンの煩い声が響いた。「じゃあ次は、ケイト先生!お題を出して!」
そうねえ、とケイト先生が顎に指を当てて考えている。そしてこう言った。
「では、リンのお手本を参考にして聞くわね。この中で、キスしたことがある人。挨拶では無いわよ?愛情表現としての、キスよ。」
「そんなん、この瓶では足りないんですけど!」と、ゴクゴク飲んでいるのはリンだった。皆が笑った。ケイト先生とクラースさんも飲んだところで、ジェーンが飲むと、今、口に含んだばかりの二人はむせそうになってしまった。そりゃそうだ、このことは内緒にするはずなのに。
そしてジェーンは、私に耳打ちをした。
「ルール上では、あなたも飲むべきです。」
私も耳打ちし返した。
「そしたらリンにバレるでしょうが!私の「ちょっとちょっと~!内緒話は禁止だよ!ルール違反なの!」
リンが口を尖らせて、我々を指差している。クラースさんとケイト先生は、楽しさを含んだ変な顔で、私を見ていた。リンがジェーンに聞いた。
「ジェーンのキスの相手って、アイリーンさんでしょ!分かるけど、愛情表現としては違うんじゃないかな?」
「いえ、」彼は答えた。「すぐに、相手は判明します。すぐに。」
そんな前置きされると、余計に飲みづらい。躊躇して、中々口をつけない私に、ジェーンがムッとした表情になったので、あとで責められるのも面倒くさいと思った私は、またちょびっと飲んだ。
するとリンが驚いた。そりゃそうでしょうね……ああ、私は恥ずかしくなって、頭を垂れた。リンが私の肩をブンブン振りながら聞いた。
「え!?え!?いつ!?いつやったの!?あんた、ジェーンとキスしたの!?」
「ジェーンとって、言ってないでしょ……。」苦肉の策じゃ。
「いやいやいや!じゃあ誰なの?」
「チェイス。」
私は嘘を言っていない。ジェーンは顔をとても引きつらせた。そしてリンたちは鳩が豆鉄砲を喰らった顔をしている。クラースさんが、吃りながら私に聞いた。
「そ、そうなのか?え?ジェーンじゃなくて、チェイスと?いつ?ど、どうして?」
それにはジェーンが答えてくれた。
「あの大馬鹿元帥は、私のパーツの回収を目的とした海賊船の時に、あろうことか無防備のキルディアに、無理矢理キスをしたのです。あの時、やはりSAKURAを使っておくべきでした。それに今回のケイトの質問は、愛情表現をしてのキスをしたか?です。されたか?という受動態ではありません。よって、彼女はジュースを飲むべきでしたが、相手にチェイスを選ぶのは妥当ではありません。言わずもがな、この私です。」
「えええええええええええ!?」
リンの叫び声で、周辺の船からスポットライトがこちらに向いた。クラースさんが慌てて、プップーと汽笛を鳴らして、何もありませんよ的なことを伝えるとスポットライトは収まった。何が言わずもがな、だよ。言わずもがな、なら言わないでくれよ……ジェーン!
「ああああ……ジェーンどうして~……」
私はデッキの床の上で、苦しんだ。ジェーンは私の背中をさすってくれた。お前が原因だろうが!
「え?え?いつキスをしたのジェーン!教えてよ!」
「ええ、構いませんよ、ふふ。」やだ、この人上機嫌だ。「一度目は自宅です。キルディアが眠っている時に私が(何度も)しました。二度目は……ユーク市立病院で彼女が入院している時です。それは彼女の方から、していただきました。(その後は私から何度も)」
「え!?そうなの!?キリーーーーー!あんたもやるねえ!」
ベシベシと私の背中がリンによって叩かれている。痛いよぉ、痛い。
「彼女の方からキスをして頂いた時のことを説明します。私が彼女に正直な気持ちを述べていたのですが、すると彼女は、私は騎士失格だと言いながら、私の頭を彼女の方へと寄せたのです。とても凛々しい、キスの仕方でしたよ。それがまた、良いのです。」
「それがまたじゃないよ~……。」
私の声は、切り干し大根のように力が抜けていた。リンが声にならない笑い方をしている。そしてこれまた笑いの混じった声で、クラースさんがジェーンに聞いた。
「キスをしたのは、それだけか?」
「いえ、この戦いから帰る時、タマラの村の宿屋でも私からしましたが、彼女にすぐに拒まれてしまいました。私としては、もっと彼女と仲を深めたいのです。その方法をよく存じていない私は、ネットで色々と調べました。そのキスの後、ベッドで彼女に」
「ええええ!?なになになにっんなっ!」
興奮しすぎだよリン……変なところで噛んでしまって、むせて、ケイト先生に背中をさすってもらっている。そしてジェーンは続けた。
「マッサージをしようと思っていたのです。お分かりでしょう?普通のマッサージではありません。気持ちの高まるような、綿密なマッサージです。しかしそれを説明するまでもなく、部屋から追い出されました。」
「お前……はっは!」クラースさんが笑いを堪えながら言った。「真顔でなんて事言うんだ……それで、キリー。この愛情狂に絡まれて、嫌ではないのか?寧ろ、この愛情狂を気に入っているのか?」
私は顔をあげた。ジェーンはボソッと「愛情狂……」と噛み締めていた。私は答えた。
「嫌だったらもっと拒んでるよ「あっは~!」リン煩い……でもさあ、怖いの。彼は帰るし、奥さんだっている。キスとかして、ハグとかして、とても仲がいい。でも、でも、はっきり言うけど。」
皆がじっと私を見た。
「ジェーンとは、親友以上にはなれない。」
「……。」
思ったよりも、ジェーンがショックを受けた顔をしている。いやいや、うーん!
リンが彼の背中をさすっているが、彼は時が止まったような様子で、一点を見つめたままだった。クラースさんとケイト先生が目を合わせて、ケイト先生がクラースさんに何か言わせたいようで、顎で合図した。クラースさんはジェーンに聞いた。
「あ、あ、あれか?ジェーン。」
「何でしょう……?」
「お、お前は、キリーと、恋人になりたいのか?」
ジェーンは、空虚な瞳でクラースさんをじっと見た。クラースさんはそっぽを向いて、笑いをごまかしている。まあ、そりゃそうなるよ。そんなダイレクトに聞いちゃって……私のことだけど。




