194 私にお任せください
LOZの隊員と、新光騎士団の捕虜、それもすごい数になったので、タマラの港では増船することとなった。あの一騎討ちもあり、こちらに来ることに覚悟を決めたヴァルガが、他の捕虜を取りまとめてくれていたので、大きないざこざは無かった。
戦いが終わったあと、イスレ山から帰る時に、ヴィノクールの湖で野営せずに、そこからノンストップでタマラまでやって来た。人数分のテントが無かったからだ。タマラでは宿を全て借りた。それでも部屋がギリギリだった。
私は皆を引導して、とても忙しかった。ジェーンはずっと全軍の位置測定を監視していたので、ずっとリンや技術班と一緒に行動していた。だから、あの戦いの後のハグ以来、彼とは会っていない。夜空の星々を、私はタマラの宿屋のベランダから眺めていた。収穫祭の時のような人の多さで、村の広場では謎のお祭りモードが開催されている。
先程、リンから『一緒に屋台でフランクフルトを買おう!』とメッセージが来たが、私はそれを断った。怪我もあったし、部屋の中でゆっくりと過ごしたかったからだ。夜風に当たることに満足した私は、部屋の中に戻った。
そしてベッドに座って、一人でお茶を飲んだ。ナイトアームはすぐにジェーンが修理してくれて、あの戦いの翌日には元通りになっていた。このアームがあれだけ煙を上げたなんて。ヴァルガのあの手袋も、相当の技術だったに違いない。あの手袋は、シルヴァが破壊してしまったので、もう無い。
ヴァルガも、聞けばプレーンをコピーしてしまった影響で、もう魔力が殆ど使えないようだ。暴走した時に丁度オーバーフィールドがあったので、それと上手く反発したことで彼は助かったらしい。ケイト先生がそう言っていたが、詳しい事は分からない。
あとはユーク側だ。防衛は長引いていて、接戦していると、先程報告を受けた。万が一に備えて、急いで帰る必要だってある。だから、フランクフルトを食べている場合じゃないんだ……。
トントン、と、扉がノックされた。カントリー調の可愛らしい室内を移動し、木製の扉を開けると、目の前に立っていたのはジェーンだった。
「……。」
「いやですねえ、私の顔を、もうお忘れになりましたか?あなたの命の恩人だというのに。」
「いっそのこと、忘れたいかも。」
「何か言いました?何だか村全体が騒がしいので、落ち着いて過ごすことも出来ず、あなたのところへ遊びに来ました。」
と、彼が室内に無理やり入って来た。いつものジェーンだった。私は苦笑いで諦めつつ、テーブルに向かい、彼の為にお茶をグラスに注いだ。ジェーンはベッドに座って、私をじっと見ている。
「何だか、元気ありません。そこのあなたのことですよ。折角リン達を救出し、戦いに勝ちました。しかも、シルヴァの撃破という大きな戦功を挙げたのです……この私が。もう少し、喜ぶべきです。」
「あのねえ」私は呆れた様子でグラスをジェーンに渡した。「確かにとどめを刺したのはジェーンだけどさ。そうだね、私の命の恩人、感謝してるよ。でも……」
「でも?」彼はゴクリとお茶を飲んだ。
「でも……迷う。」
ジェーンは首を傾げた。私でさえ、自分で何を言っているのか分からない。そしてジェーンは私に質問した。
「道に迷ったのなら、ウォッフォンに聞けば、すぐにナビゲートしてくれますが?」
「そ、そうじゃないってば……。」私は項垂れながら窓辺に向かい、外を眺めた。彼はまた聞いた。
「今のは冗談です。何に迷うのか、私にお聞かせください。私が解決して差し上げます。」
「じゃあ!」私は急に振り返った。ジェーンは少し驚いた様子で私を見ている。「じゃあさ、私は……どうすれば良い?私はもう、とても、ジェーンのことを大切に想ってる。でも、いつかジェーンは帰ることが確定してる。割り切って、それまで仲良くしても良いと思ったけれど、同時にこれ以上、仲良くなるのが怖いよ。」
ジェーンは眼鏡を中指で押し上げた。
「あなたを悩ませてしまうのは、私ですね。申し訳ない。私の、希望をお聞かせしてもよろしいか?」
「はい、どうぞ。」
「あなたと、愛し合いたい。」
ぐげえええ……何も聞いてなかったのかな?ジェーンはキザっぽく前髪をかき上げて、私をじっとりと見つめた。私は白目を向きそうになった。
「このムードで、その顔は、どうなんでしょうか、キルディア。」
「すみませんね、だって、しょうがないじゃない。」
するとジェーンが立ち上がった。両手を広げて、私にじりじりと近づいて来た。私は首を思いっきり振った。
「な、何をするの!?」
「ああ、ハグをしようかと思っております。あの戦いが終了してから、私はずっとシステム関連の業務で、てんてこまいでした。その間もずっと、あなたのことを考えていました。ブレイブホースで先導を切るあなた、皆を率いるあなたが、私にしか見せない顔があると思うと、興奮しました。早く、抱きしめたかった。イスレ山のお返しを、あなたにしたいのです。さあ、さあ!」
「さあさあじゃないよ!ちょっと、待って!」ジェーンに腕を捕まれた途端に、一気に引き寄せられ、ぎゅうと抱きしめられた。私の顔は一気に熱くなった。「これ以上、仲良くなるのが怖いって言ってるのに!」
「ああそうでしたね、私がその恐怖を無くして差し上げます。」
その湧き上がる自信はどこからやってくるのだ、ジェーンよ。別に恋愛の達人でもないのに、どうしてそこまで強いのだ、君は。戸惑う私に、彼はなんと、そのまま頭をナデナデしてくれたのだ。妙にそれは気持ち良かった。
「どうです?」
「ああ、それは中々、良い感じだ……どうもね。」
「ふふ、私の方からでも、心地のいい感触です。あなたが気に入ったのなら、毎晩でもして差し上げます。」
もう、何も考えなくて良いか。彼の好きにさせてみようか。そう思っていると、彼はふと私から少し離れて、私の肩を掴んだ。微笑んで、私を見つめて、何だか甘い空気が、流れた。ずっと前から、存在していた空気だ。
「キルディア、私は気付きました。」
「何を?」
「この空気です。これが、良いムードだという事なのではないかと。」
「ああ、」納得した。「なるほど。確かに、そうだね。」
「ええ……。」
と、おもむろに彼は眼鏡を外し、LOZのコートのポケットに入れた。何をするんだろうと思っていると、彼は両手で、私の頬を包むように持った。
「え?え!?」
「キスをします。良いですね?」
「言いわけ」
あるか!と、言おうとしたが、勢いよくぶちゅっとされて、私は回避出来なかった。すぐに彼のことを突き飛ばし、彼の背中をドアの方に押しながら叫んだ。
「急に何してんの!?やめてよね!全く!」
「キ、キルディア、これからなのです!私は様々な情報網から、人の愛し方を学んできました!大事なのは、このあとすぐです!」
なんだその情報網、なんだその次回予告みたいなのは……そんなことより動揺の激しい私は、彼のことを部屋から締め出した。
「おやすみ!」
「キルディアこのあとすぐ」
バタンと閉めた。すぐにガチャガチャとドアノブが回ったが、そう来るかと思って鍵をかけていたので、それ以上、彼からの動きはなかった。何がこのあとすぐだ。キスしたんだから、それで勘弁してほしい。私にはまだ、最後までの覚悟はないのだ……。暫くして、彼は諦めたようで、彼の足音が遠くに消えていった。
*********
我々の兵と、騎士の捕虜を乗せた、何艘もの船が、無事にピア海峡を渡っている。タマラの村ではキルディアを驚かせてしまったので、その後は彼女の警戒心を解く為に、同僚のように、普通に接することに徹した。
すると彼女は表面上では戸惑いを見せる事はなく、私と過ごしてくれるようになった。このクラースの船には、私やキルディア、ケイトにリンが搭乗していた。澄み切った夜空には星が輝き、三日月が漆黒の海をゆらゆらと照らしている。
前方デッキにある船の出っ張りに、私はキルディア、リンと共に座り、夜の海風を堪能していた。本当なら、出来ることなら、もう少し強く、キルディアとスキンシップをとりたい。
だが、彼女は恐怖を抱いている。それを解きほぐすまでは、私は無理強いは出来ない。時ほぐせた暁には、私がここ数日間で調べた、あの手この手の愛情表現を彼女にしたい。
ああ、彼女といると胸がそわそわする。これが恋なのか、愛なのか。何日間でも、二人きりで過ごしたい。部屋の中でも外でも構わない。魔工学から、暫く距離を置いても構わない境地に達している。一体私はどうした?もう、彼女の虜である事は間違いない。
すると、リンがキルディアに質問をした。この船の出っ張りには、私、キルディア、リンの順で座っている。
「ねえ、キリーはヴァルガさんに斬られたところ、それはもう治ったの?大丈夫なの?」
キルディアは遠くの海を見つめたまま、頷いた。手にはココアの入ったマグカップを持っている。
「もう大丈夫だよ、キュアクリームがあるからね、ふふ。」
「え?もう痛くないの?」
「はは……そりゃ痛いけど、大丈夫ってこと。ありがとうね、リン。」
儚げな印象のある、彼女の横顔に、私はなんと言葉を掛けるべきか、身構えた。取り敢えず、私はウォッフォンでLOZポータルを確認した。
「そう言えば、ユークアイランドはどうなったでしょうか。先程確認した時は、スローヴェン側が勝利かもしれないと……。」
リンがキルディアの方に手を回しながら、私のウォッフォンの画面を覗いた。ホログラムにはリアルタイムの戦いの詳細が、記されている。
「おお!もう大丈夫みたいだね!ニュースでも、チェイス率いる新光騎士団の部隊は、半分のEエリアぐらいで行軍が止まったって、書いてあった!チェイスの師団って相当の人数だったらしいから、それが無理だったって事は、あのトンネルはもう完全に要塞だと思う。さすが、ラブ博士~ん。」
「はは、それはすごいな。ラブ博士が敵じゃなくて良かった。」キルディアがココアを飲んだ。私は彼女に言った。
「これでユークも安全が確保されました。新光騎士団は今回の二つの戦で、ガクッと戦力を減らしましたから、当分は彼らから、こちら側に向かって動く事は、無いと思います……が。」
私が言葉を詰まらせると、リンが首を傾げた。キルディアも私を見たので、私は言った。
「いえ、確証の無いことを話す事はどうかと思いますが、今後、帝国は兵を補充する為に、無理のある徴兵をしそうだと、私は考えます。」
キルディアはココアを飲み干したようで、大きく足を開けて深く座り、カップの取手を、ぶらりと二本の指に引っ掛けた。
「そうなってくると、大変だよね。帝都の民は、今きっと、とても不安だろう。」
リンがキルディアの肩を、ポンと優しく叩いた。
「そしたらキリーが助けてあげれば良いじゃん!みんなだって、それにジェーンだって、いるんだからさ!」
「ジェーンね……。」
キルディアはポツリと呟いた。今の一言は一体、どういう意味を含んだ発言なのか、私には見当が付かないので、私は彼女に聞いた。
「私が何でしょうか?」
「いやあ、もう、ジェーンは帰った方が良いのかなって。」
私はふと、リンと目が合った。一体何故、彼女はそのように思考するのか。詳しく聞きたい。




