193 ラストショット
私は座ったまま移動をして、倒れたままのヴァルガに近付いて、彼に、声を振り絞って聞いた。
「ヴァルガ、大丈夫か?……意識はあるか?」
「……やはり、お前はギルバートだ……」彼は目を閉じたまま、身体から血を流し、疲労に震える唇で、言った。「俺を、殺してくれ。さあ、早く。」
私は首を振った。
「……ヴァルガ。あなたは、惜しい。」
ヴァルガは無言で、やっと開いた瞼の隙間から私のことを一度見ると、また目を閉じた。私は少し笑った。
その時、一人の人間が新光騎士団の中から飛び出してきて、私の方に何かを投げた。
「キルディア!いけない!」
背後からジェーンの叫び声が聞こえた。私の頭上でふわふわ浮く機械は、私をヴァルガを包むように、シャボン玉を出した。膜が地面に降りて、空間が仕切られると、その中で、超重力が発動された。
「うぐっ……!」
オーバーフィールドか……今は少し、やめて欲しかった。私は地面に倒れ込み、ヴァルガは苦痛に叫んでいる。新光騎士団の兵士がヴァルガを助けようとするが、中に入った途端に、地面に打ち付けられた。それはよく見ると、ヴァルガの補佐だった。しかしその彼を跨ぐようにして、そしらぬ顔で、ある人物が入ってきた。
超重力を受けているのに、その人物は平気で歩いている。重力は受けているようだが、耐える力が尋常じゃないようだった。彼女はゆっくりと我々の方へ向かって、歩き始めた。
胸が、熱くなった。戦闘で体力も魔力も消費しきった私は、もう分離が始まってしまった。ヴァルガも同様で、彼の身体はブレている。
「ぐああああ!なぜ、何故だ!?」
ヴァルガが叫んでいる。しかしその女は、高笑った。
「あはははははっ!滑稽よ、滑稽。ねえ、そうでしょ?」
LOZの最前列にいる、ゲイルがスナイパー銃でシルヴァを狙った。しかし魔弾は、オーバーフィールドの重力で勢いよく地面に落ちた。シルヴァはそれを見て笑った。
「無駄よ、無駄。この場所には、我々しか入れないの。ねえ?キルディア。」
シルヴァは地面に倒れ込む私の顔を片手で掴んで、持ち上げた。私の脚が浮いているが、重力でピンと動かない。彼女は、片手で潰すように私の頬を持つので、口がタコのようになった。出来れば、この顔で死にたくない。最後ぐらい美しくありたい。
「哀れな顔ね。さあ、最後ぐらい、楽しませてねキルディア。」
シルヴァはベルトから、ナイフを取り出して、私の顔に近づけた。両軍の兵達が、我々を救出しようと試みるが、超重力の前では、なす術もない様子だった。
ここで大きな魔力を出せれば、ヴァルガだけでも助かるか?魔力をナイトアームから出そうとしたが、それは出なかった。ナイトアームは、変な音を立てて、ガタガタ震えている。壊れたのかもしれない。
しかし、黙って殺される訳にもいかない。私はオーバーフィールドの機械に向かって、手をかざそうとした、その時だった。
「やめなさい!キルディア!」
ジェーンが、オーヴァーフィールド内に入って来たのだ。すぐに地面に押しつぶされて、うつ伏せになった。それでも地を這って、こちらに向かって、進んでいる。
「ジェーン……いいから、来ないで、私が、何とかする……!」
「いけません……ぐっ、うっ、ううう!」
ジェーンの身体が、早くも分離を開始した。それを見たシルヴァは、私のことを手放した。私は重力で、勢いよく地面に打ち付けられた。
「面白い。この男は、プレーンが傷付いているのね。何だかこの女と仲が良いようだし、先にこの女の目の前で、この男を殺すわ。キルディアがどんな反応を見せるのか、やってみましょうね。」
させるか!私はジェーンに向かって歩こうとした、シルヴァの足首を掴んだ。シルヴァはヒールのかかとで、私の頭を思いっきり踏んづけた。
「ぐあっ!」
「何をするのよ、このクソ女!」
「やめろ!」と、叫んだのはジェーンだった。ジェーンの身体は、危険な程にぶれていた。あのままでは、彼が危ない!耐えられない痛みなのか、ジェーンが叫んだ。
「ぐ、ああああ……!」
「何よ、放って置いても、自滅するのかしら?」
私は何度も、ナイトアームで光の大剣を出そうと試みるが、失敗した。でも、避雷針が必要だ。私は思いっきり魔力を出そうと、何度も挑戦していると、いきなり背後から、熱い炎が吹き出した。
振り返ると、ヴァルガが私と同じように手を天に掲げ、右手の手袋から魔力を出していた。
「……ヴァルガ!?」
「こ、こうか?……うおおおおおおっ!」
ヴァルガは炎の長剣を取り出し、大量に魔力を放出し始めた。その魔力の勢いは、止まることを知らず、どんどんと沸き上がって彼の剣から流れていった。
「く、くそ!?何だ!?魔力が押さえられん、止まらない……!だが、今は都合がいい……ぐああああっ!」
明らかにヴァルガの魔力が暴走している。そして彼が、避雷針になった。一瞬だけ、重力が消えたのだ。しかしまた復活し、私はその瞬間に座り込んで、体勢を変えるだけしか出来なかった。
「何を!?」
シルヴァが慌てた様子で、ヴァルガに近づき、彼の腕を掴むと、手袋を取って、それを狂った様子でブチブチに破り裂いた。そしてヴァルガの身体を何度も蹴った。
力を使い果たしたヴァルガは、抵抗もしないで、地面にぐったりと倒れている。しかしオーバーフィールドはダメージを受けていたようで、シャボンの壁が揺れ始めた。
「……もう時間が無いようね。キルディア、あんたを殺して、私も死ぬわ。」
シルヴァは私の首を掴んで持ち上げた。兵達が何かをずっと叫んでいる。クラースさんが超重力で潰されているのが見えた。ジェーンは、先程の位置から消えていた。視界の中に、彼はいない。
最後ぐらい、彼の姿を見たかった。シルヴァがナイフを振りかぶっている。それが降ろされた時、私の顔が貫かれるだろう。
「これでおしまいよ!死ねええええ!」
パァン、と、聞いた経験のない銃声がした。私は何が起きたのか、分からなかった。急に、シルヴァが重力に負けて、どさっと地面に崩れ落ちた。私も地面に強烈に尻餅をついた。シルヴァの頭からは、どくどくと血が流れていて、見るも無残な姿だった。
故障したのか、ゆっくりと地面に落ちたオーバーフィールドの機械を、殴って破壊した。それで超重力は全て無くなり、オーバーフィールド内にいた人間は解放された。仲間達が、近寄り始めた。
私のすぐそばに、ジェーンが仰向けで倒れていた。皆が見守る中、私はジェーンのそばにしゃがみ、ぐったりとしながら胸いっぱいに呼吸をして、私を見つめているジェーンの腕をさすった。生きてくれていて、本当に良かった。よく見ると、手には、見慣れない小銃が握られていた。
元の位置から、あの重力の中を、このシルヴァのそばまで、這って来てくれたのだ。いっそのこと、私を見捨ててくれた方が、どれだけ良かったことか。これではまた、彼のことを、愛してしまう。
私はジェーンに、聞いた。
「大丈夫?」
「……ええ、」虚な瞳で、少し微笑み、声を絞り出した。「これが、効いてくれて良かった。」ジェーンは持っていた小銃を私に見せてくれた。「これは地上出身の、祖父の、形見です。魔銃ではない、鉛の銃弾です。」
ジェーンは慣れた様子で、片手でシリンダーを回転させた。空のシリンダーだった。
「これは、最後の一発でした……。」
その銃身にはSAKURAと刻印されていた。私は、脱力したままのジェーンの脇から、手を滑らせて、彼の上半身を持ち上げて、座ったまま、強く抱きしめた。
「ありがとう、ジェーン……ありがとう。」
「キルディア、嬉しいですが、皆が見ています……。」
「構わない。」
「私も、抱き締め返したい……が、何も出来ません。少しも、力が、入らない。」
ヒューヒューうるさいLOZの皆を無視して、私はジェーンを抱きしめ続けた。すると涙目のリンが、誰かのウォッフォンで我々の写真を撮りながら言った。
「もう!本当にラブラブなんだから!」彼女は映り具合を確認した。「よし、血は写ってない、大丈夫だ。ちょっとキリー達の近くは、怖くてあまり見ることが出来ないわ。あ、そうだ!ヴァルガさん、大丈夫~!?」
リンがヴァルガに気付いて駆け寄っていった。新光騎士団の騎士達は、彼女の為に道を開けてくれた。ヴァルガは補佐官に手当てを受けていたが、リンにそう聞かれて、拳を空に突き挙げた。その仕草に、LOZや騎士達から、笑いがこぼれた。




