189 ホラーにシフト
夕方になると、更に暗闇は深くなった。雷雨は激しさを増し、流石にこれ以上の交戦は無理だろう。LOZの連中も、俺たちの攻撃を防ぐのがやっとのようで、戦線は今朝と変わってはいない。
これなら、明日、俺が押し込んでやっても良いだろう。展望所から見下ろしていた俺は、満足すると、本部のテント内に戻った。椅子に座り、貧乏ゆすりが止まらないシルヴァ様が居た。気の毒に思えた。
彼女は、フンガフンガと鼻息荒いまま、でっかい独り言を放った。
「……あの役立たずボットが!……全く、あんなガラクタに、金かけるんじゃなかった!電気なんかで、すぐに壊れる戦闘ボットがあるかい!?」
「あの者達が使用していたのは……。」
ホームセンタービャッコで売られているノーモアオヤジ狩りです、という言葉を俺は飲み込んだ。毎年何人かが、それで現行犯逮捕されているのを知っている俺は、民を守ってくれたことに対して、妙に感謝していたあの商品に、今は複雑な思いを抱いていた。
今の機嫌のシルヴァ様に話しかけることは、密林で探知機なしに地雷を探すことと同様に危険だ。話しかけない方がいいだろう。俺はテントの入り口を少しだけ捲り、外を確認した。葉っぱが飛び交い、呼吸も難しい。流石にこれは、戦うには厳しい環境だ。俺はシルヴァ様に言った。
「……今日はこれまでにするべきです。兵達は戦線を押すという当初のミッションが達成出来たんだ。明日晴れたら、俺たちも下に降りて、一気に挟み撃ちにすればいいかと。」
「煩いわねぇ!あんたに指図されなくてもそうするわ!」
顎を諤々と震わせて怒り狂うシルヴァ様は、台の上に置いてあったセラミック製のコップを掴んで、俺に投げた。それを避けることは出来たが、俺は敢えて避けなかった。少しばかり彼女に反省して欲しかったのだ。
コップは俺の頬に当たり、地面に落ちて、砕けた。コップのどこで切れたのか知らんが、俺の頬からスッと温かい物が流れた。それを見たシルヴァ様が、一瞬怯み、俺に遠慮した様子で言った。
「……まあ、明日は私が、あのジェーンを殺して、手柄を立てるよ。あんたは仕方ないねえ、あの女をおやり。」
「しかし、それが……ジェーンはあのキャンプ場にいるようだが、どう探しても、あのキャンプ場にも、前線にも、ギルバートの姿は見当たらなかった。下の兵達も、ギルバートは見ていないと、それらしき人影も見ていないと言っていた。もしや、この戦のLOZ総指揮は、ジェーンであり、ギルバートは戦に参加していないかもしれない。」
シルヴァ様は鼻で笑った。
「ふん、なるほど。あの女はユークを守っているという訳ね。一人で守るなんて、どれだけ自分に自信があるのかしら。片腕を失った存在で、なんと醜い。」
「それでも強いことは確かです。ギルバートが騎士だった頃、いや、今思えば士官学校でも、彼女と手合わせしたことが何回かあったが、女性なのに、俺と同じぐらいに強かった。不思議だ。」
「だからって、あの女一人で何が出来るのよ!あんたはくだらない思い出に耽ってないで、もう休みな!」
シルヴァ様は怒鳴ると、テントを出て行ってしまった。俺はため息をついて、コップを投げられて出来た腕の傷を、タオルで拭いた。拭きながら、俺はシルヴァ様のつけっぱなしのPCをちょっと借りた。幸いなことに、今回はブランド傘のページではなく、地図が表示されていた。
味方の赤い点が、それぞれ二つの山道の、キャンプ場寄りの地点で、停止している。戦線を維持する為に、兵達はそこで今夜は待機をする。
「本当にこの戦、ジェーンだけか?まあ確かに、前線には、いるであろう猛者が居ない。ギルバート……施設を奇襲するつもりか?そうだとしても施設は警備を強化しており、飛んで火に入る夏の虫だ。山道には街灯のような光は全く無く、勿論森の中も暗い。それにモンスターだっている。獣道を通り、夜襲……も考え難い。そしてこの天気だ。くそ、杞憂か?」
この状況、俺だったら、施設に夜襲をかけることはしない。仮に施設に侵入出来ても、内部には自警システムがあり、侵入者を確実に仕留めることが出来るのは、奴は知っているはず。
拘置所は二階にあり、そこに行くには一階の自警システムの前を通らなければならない。外からは進入路がなく、無事に一階を通れる人間は、聞いたことがない。
とすれば、本当に奴はユークの防衛を担っている可能性が高い。ありがたいことに戦力を分断してくれたか。ならば、この地にいるLOZはジェーン含めて全て蹴散らすのみ。少し張り合いが無いが。
俺は椅子に深く座り、その状態で暫く考え事をした後に、仮眠を取る為に、ゆっくりと目を閉じた。
*********
夜更けになっても雷雨は止まないどころか、勢いを増していた。私、リンはビクビクしながらも、監獄の中で、不安に震えていた。この施設が頑丈であることを信じたい。囚人の私が望むべきことでは無いが、この施設が頑丈で強固であることを願っている!
ああ、気のせいか、私の檻の前を、騎士達が忙しない様子で、バタバタと通っている。きっとこの激しい嵐のせいだろうと思った。オーウェンに話しかけようとしたけど、檻の前を横切ってく人が多いので、それは出来なかった。
だから私は、盗み聞きすることにした。ベッドの下に、取っておいた紙コップがあり、布団の中で寝たフリをして、それを壁に付けて、遠くの音に耳を澄ませた。するとバタバタ煩い足音や、バラバラ煩い雨音の奥に、比較的近くの兵の話し声が聞こえた。
「こんな酷い天気だってのに、戦いなんて。シルヴァ様もおきついなぁ。」
「おい、大臣に聞こえたら大変だぞ、何されるか分かったもんじゃ無い。そりゃあLOZの奴らがここを襲撃してきたんだから、応戦するしか無いだろうが。俺たちはラッキーだぜ?ずっとここにいりゃあいいんだから。地上階の連中が、もし倒されたって、俺たちは、状況によっては、あわよくば逃げられるだろ?」
え?まじで?この悪天候も甚だしい嵐の夜に、皆が私たちを助けにきてくれたの?ちょっとタイミング的にはどうかと思うが、私は眠気を勢いよく吹き飛ばして、ワクワクしながら、更に耳を済ませた。
「お前さあ、何言ってんだよ!俺のこと言えないじゃねえか!」
「おい!」今までの二人とは違う、声色だった。「無駄話をするな。」
先程のお喋り二人組が叱られたようだ。「は、はいすみません!」と、二人とも慌ただしく謝罪している。そして呆れた様子で、「全く」と、聞こえて、その声は聞こえなくなった。すぐにまた例の二人の声が聞こえた。
「お前のせいで、隊長に怒られたじゃねえか。」
「何言ってんだよ、お前から話し始めたんだろ?」
突然、ビーっという謎の警報音が鳴ったと思った瞬間に、目の前が真っ暗になった。私は慌てて上半身を起こして、通路の方を見ようとしたが、暗くて見えない。停電だった。どうしよう、よく分からないけど、怖い。足音が少なくなり、代わりにザワザワと声が響いている。他の部屋の人も慌ててるようだ。
通路の方から、紙コップで盗聴した人と同じ声が聞こえた。
「お、おい!停電だ!」
「おおお!」ちょっと大きめの声だったので、私はビクッとしてしまった。「なんだ、お前かよ!いきなり俺の腕掴んで、びっくりさせんな!落雷による停電か。だったら、そのうち予備電力が動くはずだ、落ち着け馬鹿。」
そうだよね、落ちついた方がいい。私はまた布団で寝そべり、先程と同様に紙コップを壁に当てた。ここまでくると、ラジオみたいで楽しい。私は彼らのリスナーなのだ。
「しかしこれじゃあ何も見えん……。」
「お前達、ライトを使え。」
先程の隊長の声がした。すると、通路からぼんやりとした光が見えた。ウォッフォン独特のライトの青白い光だ。それでも暗すぎる。この地下には、官房内に手のひらサイズの小窓があるだけで、あとは金属の塊の壁で埋もれているからだ。ふと、どうやって換気をしているのか気になった。
先程の隊長の声が聞こえた。
「……まだ停電のままか、仕方ない。俺はちょっと一階の様子を見てくる。お前らはここで待っていろ。」
「は、はい。」
通路を照らすウォッフォンの光が、ちょっとだけ暗くなった。隊長が見に行ったのだろう。勇気がある人だなぁ、これホラー映画だったら、隊長が一番先に死ぬだろうに。私はちょっと名残惜しい気がした。
「お前さぁ、もう離せよ。俺の腕を掴んでたって、何も変わりゃしないだろう。」
「いや、気が紛れるよ。この建物古いしさ、電力回復しないしさ、おかしいぜ。」
「LOZの仕業かも。」
「LOZは麓のキャンプ場から全然こっちに来れてないって、さっき聞いたよ。」
キャンプ場?キャンプしてるの彼らは?しかしうーん、そうなんだ。じゃあこの建物の異常は落雷が原因っぽいな。ちょっと残念だ。
「お前、一体何年ここで勤務してるんだ。もう慣れただろうが、全く。しかし、まだ電力は回復しないのか」
その時、ドンドスンと何かが階段を転がるような音が響いた。その後はすぐに場が静まり、そしてすぐに男の悲鳴が、闇の奥から流れてきた。
「や、やめろ、やめてくだ……うわああああああっ!」
先程の隊長の声だった。だから一人で行動するなって、言ってはいないが言ったのに。私はギュッと毛布を抱きしめた。すぐに震える声が、紙コップから聞こえた。
「隊長の叫び声だ。お、お前、見てこいよ。」
「……やだよ、俺、こういうの苦手なんだ。お、お前が行けよ、騎士だろ?」
「お前だって騎士だろうが。全く、仕方ねえ。……おい!誰かいるのか?」
その時、通路に漏れているウォッフォンの微かな光の中に、スッと何か黒い影が移動したような気がして、私はハッとして身体を起こした。
そして生唾を飲み込んでしまった。黒いオーラの人影が、私の檻の前で直立不動で存在していたのだ。ついに、いけないものを見てしまった。夏になると放送される特番に動画投稿したいが、ウォッフォンが死んでる。
私は再び、布団の中に入ることにした。こういう時は静かに対処するべきだ。そして私を諦めて、ターゲットを隣のオーウェンに移すがいい。私は壁にぴったりと寄り添い、またコップで聞き耳を立てた。
「……人の気配がしないか?」
「しないこともないが、物音が全然しない。どうなってる?」
そうそう、足音だって全く聞こえない。だから絶対に見てはいけないもの確定だ。私は彼らの行く末に気を配った。そして、急に悲鳴が聞こえた。
「うわああああ!」
「急に大声出すな!驚くだろうああああああ!」
どすん、どすん、と二人分の尻餅の音がした。
「い、いつの間に背後に……?お、お前、な、なんだその形は?一体?」
「……お前達は、この牢獄の守り人か?」
新しいタイプの声が聞こえた。低く、威厳というよりは畏怖に近い感情を抱かせる、人間離れしている声だった。こりゃまずい。私の人生のジャンルが、ラブコメからホラーにギアチェンジしている。こりゃまずい。
「……は、はい。看守です。はいはいはい。」
「ならば鍵を渡せ。持っているだろう?」
だめだめだめ!渡すな!こっちにくるだろうが!私はブンブン首を振った。すると、もう一人の看守の声が聴こえた。
「だめ、渡すな!見てみろ、この手。人間のものじゃないぞ。異様に指だって長いし、灰色だ。変な、どす黒いオーラが出てて、この世のものとは思えない。絶対に渡すな、人間の姿をしたモンスターだよ!」
「え、え、でも……」
押せ押せ押せ!そんな恐ろしい存在に、私の部屋の鍵を渡すな!オーウェンのならいいけどね!
「な、何だ、その垂れているものは?」
「ん。これか……先ほどの者、哀れであったな。あのような最期は醜い醜い……んほほほ。」
リン、分かりました。きっとその人に近いモンスターらしき存在は、自分らの食物である人間を頂きに、この施設を強襲したに違いない。ああ、もう少しキリー達が頑張って早くここまで来てくれたら、こんなことにはならなかったのに、と私は歯を食いしばった。
しかも、看守達は鍵を渡してしまったようだ。
「こ、これ、これです……。」
「うむ、感謝。それでは、今度はお前の番だ……。」
「え?」
二人とも、悲鳴もなく、やられたっぽかった。どさ、どさ、と地面に何か、重たいものが落ちる音だけが聞こえた。他の看守さんを呼ばなきゃ、そうは思ったが、再び暗くなってしまったこのエリア、新光騎士団の兵士は誰一人、私の独房前を通らない。
更には、黒い影がまだそこにいたのだ。ああ、終わった。ラブ博士、御達者で。私はあなたを大変、大好きでしたよ。




