185 戦前の余興
しかしここで言える紛れもない事実は、ジェーンに総指揮を放棄されたら確実に困るという事だ。クラースさんに任せればいいかもしれないが、彼は前線に出て欲しいのだ。ジェーンめ、流石だ、やりよる。
「わ、分かった……総指揮はどうか、大切にしてください。分かったよ、期間限定ってことで、前と同じぐらいに、仲良くする。」
『本当に?』
「うん、今を大事にしたい。私だって、ジェーンのこと、とても気に入ってる。いずれ、別れる時が絶対に来るから、それまで。うん、それまで。」
半分、自分に言い聞かせた。ゆっくりと、私の中の、騎士としての自尊心が溶けていった気がした。残念だけど、それは必要なことだ。
『早く抱きしめたいです。それから口づけも、もう一度したい。』
「口づけはちょっと、気分が荒ぶるから……ハグならいつでも、いいから。」
『では、この戦いから帰還する際は、全て私と行動を共にして頂きます。ブレイブホースに同乗して四方山話をしては、はしゃいで、帰りのシロープ島では綺麗な街の夜景を一緒に眺めましょうね。食事だって、私はあなたにお給仕します。誰が見ていようが、強行します。』
すげえデートプランだ。しかも超強気。きっとそれだけ不安だったんだろうと思うとジェーンらしくて、ちょっと笑って、私は頷いた。
「うん、ふふっ……もう分かったって。なんか、吹っ切れたよ。私はもう、騎士失格でいい。ジェーンが帰るまでは、何も気にせず、仲良くすることに決めた。でも今まで通りね。我々は恋人ではない、我々はただ、仲のいい、何か、特別な、ソウルメイト。関係性までは、変えないけど、今まで通り、仲良くはします。それでいい?」
『ああ、それでいいに決まっていますが、あなたは騎士失格ではありません。それに、一つだけ言わせていただくと、私は帰ることは第一に考えていますが、あなたと共にいることも、叶えたいと思っております。期間限定と言わず、それを信じていてください。しかし、何とまあ、仲直り出来て良かった。話し合うべきですね、何事も。ふふっ。』
ジェーンの上機嫌の笑みが聞こえた。ふふっ、じゃないよ。このタイミングで総指揮権をチラつかせ、脅したくせに。でも、確かに仲直り出来て良かった、それは私も同感だ。それもそうだが、何だか騎士の観念を捨てると決めてから、ソワソワする。初めてスカートを履いた時のような、変な気持ちだ。
『ああ、キルディア。ねえ、』彼の甘えた声がする。その声聞くと、あのキスを思い出した。ちょっとやめてほしい、身体が熱くなりそうだった。『今すぐに会いたいです。帰って来てください。早く抱きしめたい。この布団に来てほしいのです。』
「今すぐは無理でしょうが、全く。あ、あ、後でね、帰ったらね。あとは、明後日、施設で合流しましょうね。」
『ふふっ、それはそうですね。素直な気持ちを、伝えてみたかったのです。今宵の私は、無敵です。』
「そうでしょうね、そんな感じがするよ。ははっ。」
その時、飛びかかって来た狼型のモンスターを、私は斬り上げて真っ二つにした。うーん、肉の切れ具合が綺麗だった。私も調子がいいようだ。何と、これが恋なのか。ああ、人生って大変だなぁ。
『ふふっ……おや、ありがとうございます。すみません、お気を遣わせて。』
「ん?何が、ありがとうなの?そんなに気遣ってないけど?」
『ああ、いえ、私の鼻水が垂れたままだったので、ケイトがティッシュをくれました。』
え?
え? え? え?
いやいやいやいやいやいや、いやいやいやいや
「いやいやいやいやぁぁぁ!ジェーン!どう言うこと!?ケイト先生、そこにいるの!?」
もしそうなら、確実に今の会話は筒抜けだった。我々帝国民は、怪しい取引でもしない限り、スピーカーで話すからだ。それが周りの人に対して、隠し事をしていないですよっていう、礼儀に繋がるのだ……泣きそうになって来た。しかしジェーンは、淡々と彼の状況を話し始めた。
『現在私は、クラースとケイトのテントに居ます。何故ならば、クラースにウォッフォンを借りに来たからです。最初は立って話しておりましたが、今は二人分の敷布団に、三人で寝転んでいる状態で、ちなみに私は真ん中です。今夜は三人で、夜を過ごす予定でして、ね、クラース。』
『まあな。軍師様が駄々こねるんなら、傭兵は従うまでだ。』
……終わった。終わりました。もう帰りたくありません。何がクラースさんだ、何がクラースさんのウォッフォンだ。確かにクラースさんのウォッフォンで彼は通話しているけど、本体だけを借りて、別の場所で話しているのだと思っていた。何この虚無感。何この、羞恥による全身の麻痺は。
このまま誰も知らないエデンに行きたい。それってどこにあるの?誰か教えてよ。もう誰でもいいから、今すぐ私に教えなさいよ!気がついたら私は、ファ~と甲高い声をずっとあげていた。するとクラースさんの声がした。
『キリー、今の会話は俺とケイトも黙っておく。だからお前も、俺とケイトのことを黙ってくれよ。これは取引だ。どうだ、俺もジェーンらしくなってきただろう?『やだ、真似しないで頂戴。そのままのあなたがいいのだから。』……聞いたかキリー、お前も早くジェーンと一緒に、俺たちに追いつくといい。』
割り込んだケイト先生が変に優し声だった。悪いが、ちょっと不気味だった。それに取引を持ちかけられた。私はそれを飲み込むしかないじゃないか。何この気持ち。何この、クラースさんの上から目線な言葉……エデンを誰か、早く。
「分かったよ、クラースさん。それにしても、クラースさん達も、二人で過ごしたかったでしょうに。ジェーンが邪魔じゃないの?」
それにはジェーンが答えた。
『邪魔とは傷つきますねえ。ですが今は、私が最高指揮官です。敵はもう目と鼻の先にいるのです。この湖畔が夜襲されたらどうしますか?誰が私を守るのでしょうか?私一人では太刀打ち出来ません。それに風が強くなって来ました。テントが揺れるのです。ええ、ええ。この時代のテントは素晴らしい機能が付いています。簡単に建てられる割には、暴風に耐えられる。ですがね、幾ら風除けが付いていても、テントは大きく揺れるのです。』
「ああそう。」
『キルディア、今はどの辺りですか?』
私はブレイブホースのモニターで地図を確認した。
「えっと、もうすぐグレン研究所辺りだけど。」
『ああ、そのようですね。これはクラースのウォッフォンなので、あなたの位置が確認出来ました。それはそうと、私の位置測定を許可してください。もう不便でたまりません。あなたがどこにいるのか、私は四六時中知りたい。』
「もうそれは、無くても大体どこにいるか分かるでしょう。」
『分かりません。あなたが許可しないのなら仕方あるまい、私はこちらから許可に変更します。もう容赦しません。私という名の才能を、あなたは勝手に恨むがいい。ふふっふふははははは!』
ああ、とても楽しそうだ。もう彼を止めることは誰にも出来ない。私は仕方なく、片手で運転しながらジェーンの位置測定の設定を変更した。
『ああ、確認出来ました。有り難いです。さて、インジアビス到着まで、まだ時間がありますね。それでは私が、この位置測定装置、いかにして既存を改良したのか、それをお話しすることにします。まずはビーコンに着目しました。あれは』
「ねえ、寝なくていいの?もう結構時間が遅いから、明日は大事だし、早く寝たら?流石に心配になるよ。」
『ああ、心配には及びません。それに私は何だか、まだ眠れないのです。あなたとお話ししたい。そしてそのビーコンの小型化、更に……』
私はその後も、ベーコンだの物理だの魔工学だの、そっち系の彼の話を聴きながら、ブレイブホースを走らせることとなった。きっとこれは、彼が眠くなるまで続くのだろうと思った。
だけど、何かあったら溜め込まずに、積極的に吐き出してくるジェーンのおかげで、よく考えると我々の関係はあまり淀みがないのかもしれない。そう考えると、彼には感謝しかない。って言っても、この関係自体が淀みなのかもしれないが……。
『バインド技法は流石に時代遅れです。そこで私はマロイチップを使用し……キルディア、聞いていますか?』
やばい、聞いていなかった。仕方ない、怒られるのを覚悟で、適当に知ってる単語でも放ってみるか。私は中学院の授業を思い出しながら答えた。
「はいはい、セルパーティクルラインでしょ?」
『何故それを!?まさしくその通りです!え!?何故それだと、いや、ああ、興奮してきました!そうです!そのセルパーティクルラインを増やしたのです!ああ、キルディア、あなたと魔工学について語れる日が来るとは!』
やばい。当たっちゃった。そして興奮させちゃった。こりゃまだ寝そうにないな……。彼と一緒にいるクラースさんとケイト先生の表情が思い浮かぶよ。こんなに夜遅い時間まで、可哀想に。戦の前、二人の時間を大切にしたかっただろうに、可哀想に。それも半分は私のせいなのかもしれないけれど。
それから暫く、この状態は続くのであった。インジアビスへの洞窟を通っている時に、ジェーンが静かになったので、私は通話を消した。明日は予報通り、晴れるといいな。




