184 ポンポコボンゴ
ブレイブホースで暗い草原を駆けること三時間、平原で時々出くわす獣型のモンスターを、ブレイブホースに乗ったまま、光の大剣でぶった切った。何もして来なければ、こちらも手は出さないが、襲いかかってくるもんだから、仕方ない。私も生きたいのである。
さっきからずっとジェーンのことを考えていた。いや、最近はずっとジェーンのことを考えてしまっている。あのキスは本当に過ちだった。彼が元の世界に帰らないと言い出しそうで、それが怖かった。騎士として、いや、もう騎士ではないけれど、人様の愛を邪魔してはならないのに。
ケイト先生にも、「ちょっとあなた冷たすぎるわよ。」と言われたが、それぐらいで本当は丁度いいんだ。あのキスで最後、それでいいんだ。と、真実を胸に仕舞い込む。今にすぐ慣れるさ。
運転に集中を戻した時に、私のウォッフォンがまた鳴った。サンプル三番の優雅なメロディは、また彼からの着信を知らせてくれるものだった。これでもう連続で十回ほどだ。私はまた無視をした。すると今度は、サンプル五番のポンポコ楽しげリズムの、ボンゴが鳴った。クラースさんからの着信だ。私はそれに出た。
「はいはーい?」
『キルディア、あなたも詰めが甘い。』
……なんでよ。クラースさんのウォッフォンを借りたのか。全く、仕方ないので、ジェーンと会話を続けることにした。その間にも、もう一匹、モンスターをぶった切った。
『……走ったままでは危険ですから、止まってください。』
「止まったほうが危険ですよ。まあ、運転しながらの通話には慣れてるから大丈夫だよ。どうしたの、何か用事……?はあぁ。」
『何だか、本当に嫌われてしまいましたね。そんなに嫌そうに仰らなくても宜しいのに。』
「嫌じゃないけど、でも移動してるから……別に、明後日でも話せばいいでしょう?何も一週間とか一ヶ月、会えない訳じゃないんだから、また会った時に話せばいいでしょう?それとも何か、急な用事なの?」
『いえ、特に何も急な要件はありません。軍の動きはポータルで伝えますし、私個人としても、緊急事態ではありませんが。』
じゃあどうしたのさ。私は口を尖らせて彼の話を待った。
『あなたの声が聴きたくなったので、ただそれだけですが、連絡しました。それはいけないことですか?』
あんなに冷たくしているのに、まだこんなことを言ってくる。それが彼の愛の大きさを示してるようで、ちょっと照れる感じがして、片手で運転しながら、耳を少し掻いた。
「そんな状態で、過去の世界に帰ったらどうするの?私はもう、そこにはいない。もう二度と、話せなくなるんだから。」
『だから先程、逃げたのですか?』
「え」
やはり彼は鋭い。ジェーンの質問で動揺した私の手元が狂い、一瞬ブレイブホースのバランスを崩しそうになった。なんとか体勢を立て直したが、彼は続けた。
『あれから少し考えましたが、別に明日でも、ここを発てば明日の夜には間に合うはずなのです。私がテントを一緒にしたと言ったから、あなたは逃げたのでしょう?』
「はあ……嘘をついても仕方ない。それはそうかもしれない。ごめんね、ジェーン。嫌いってことではなくて、自分でもどうしたらいいのか、分からないんだ。ただこれ以上、ジェーンと仲良くなるのが怖くて、ジェーンと一生離れ離れになるのが、逆に辛くなりそうで、それで自分を守りたかった。ごめんね、でもこの距離感が、一番良いはず。お互いに、そうでしょう?」
『そうですか……しかし、私としては怖がらないで頂きたい。そうあなたに思わせてしまっている時点で、男性として失格なのでしょうが、私も経験があまりないもので、あなたを包容仕切れずに、お恥ずかしい。先程のように、ここ最近のことのように、距離を置かれるのは正直、とても辛いものがあります。将来のこと、私も真剣に考えております。ですから、私の望みとしては、あなたには、今までと同じように、仲良くして頂きたいのです……寂しいですから。』
難しい問題だ。だからって、仲良くすることは考えられない。私が返事に悩んでいると、彼がまた話し始めた。
『キルディア、私を泣かせるおつもりですか?指揮官が士気を無くしているのです。さあ、すぐにお慰めください。戦いに関わります。』
「新しい攻め方で言ってきた……そりゃあこんなタイミングで、こんな状態になっちゃって、それは悪いと思ってる。ジェーンが集中出来ないなら、私は団長として、いけないことをしている。でも、難しい問題だ。」
『あの夜以来、あなたは私に対して、本当に冷淡になりました。こんなに生きた心地のしない日々、ああ、昔の私に戻りそうです。そのほうがいいですか?機械的に、打算的に、合理的な私の方が都合がよろしいか?』
「そんなことは、絶対にない。今のジェーンの方が、いいよ。」
胃が痛くなってきた。私だって、私だって。
『以前の私は、人生に苦しんでいました。それを、最近は思い出しました。あなたと言う存在で忘れかけていた、あの苦しみ。あれは確かに私の過去でした。そうだ、どうやら素敵な人を見つけたいと、仰っておりましたね。タージュなどはどうでしょうか。』
「急に方向転換するね……うーん、タージュ博士はちょっと、お母さんがね。」
『違うでしょう?そこは、いいえ、私にはジェーンがいるから、もうそう言うのはいらないの、と答えるべきです。それすらも分かりませんか?』
何だろう、もう切っていいかな。何でダメ出ししてきてんの……ちょっと苦笑いしてしまった。私は笑いを漏らしつつ、言った。
「もう切っていいかな、運転が狂いそうだ。」
『私が、あなたが眠っている間に、何度もキスをしたことが過ちだったのでしょうか?そうは言われましても、私は……実は、その前にも一度、あなたが寝ている間にキスをしました。』
ブレイブホースがブウウウン!と空回りしてしまった。何をしてんのこの人!?何をしたって!?私のキスが我々の初めてじゃないんかい!私は甲高い声で「いやぁぁぁ~」と叫んで、首をブンブン振った。それを聞いたジェーンは「ふふっ」と少し笑った。ふふっじゃないよ!
「それって本当に!?ねえ、何で私にキスしたの!?全然気づかなかった!」
『だって……あなたの寝顔が可愛かったものですから。それはまあ、アクロスブルーの前夜です。おかげさまで、私はあの時、自分の実力以上の力を発揮して、チェイス達の猛攻に耐えられました。』
そう言われて悪い気はしない。うーん、でもこれは本当に厄介ごとになってきた。
『私があなたを誘惑したことが過ちだったのでしょうか?私は、こんなにも心を痛めているのです。あなたが……あなたが愛おしいから。』
「……。」
機械馬が地面を蹴る音が響いている。「私だって、」そんな言葉が喉元まで上がってきている。もしかしたら別のものかもしれないが、私はそれを飲み込んだ。するとジェーンが静かな声で言った。
『すみません。あなたに、もうこれ以上、迷惑をかけたくない。この通話が、我々の最後の、業務外での、通話です。』
もう一踏ん張りだ、キルディア。私は辛い気持ちを必死に隠した。
「……うん。分かった。」
それから、数秒間、沈黙が続いた。これで良かったのだ。もうこれ以上、続けていい関係ではない。どうして、こんなにも仲良くなってしまった?どうして、彼を愛してしまった?彼がこの通話を切ってくれれば、もう我々の関係は終わるのだ。その裁判の時を待っていると、鼻を啜るような音が聞こえた。それはまた、聞こえて、段々と間隔が狭くなった。
『……っ、……はぁ……』
泣いている?ジェーンが泣いているのか?私は自分の眼元の滴を、ばっと手で拭き飛ばした。
「ジェーン、泣いているの?」
『……泣いて、など』あまりにも震えている声だった。絞り出して、必死に声を出そうとしているぐらいに、彼は泣いている。『はぁっ……!』
「ジェーン……っ、これで良かったと、思ってる。あなたは、自分の世界に帰る。私はこの世界で必死に生きるから、それだけだ。」
ポロポロと、私の目から滴が落ちた。「泣かないでジェーン、我々は、もうこれ以上、話してはいけない。」
『嫌です……』そんなことを、言うから!私の目からも涙が出た。『今のは、もう業務外の通話をしないと言ったのは、嘘です。嫌です、この関係が終わることなど、決して許しません。私を嫌わないで。私を、忘れようとしないでください。私は、どこにも行きません。私が愛しているのは、あなた、たった一人です。以前私に、他の誰も、愛さないと、言ってくれたでしょう?私だって、あなたの他に、誰も愛せない……っ、抱きしめて欲しい、強く、私が満足するまで、ずっと。それがどうして、いけないことなのです?私が!本気で人を愛することが、どうしていけないことなのですか!』
一瞬、両手を離して、私は両手の涙を同時に拭いた。何度も鼻をすすって、私は人生で初めて、誰かに愛していると言われたのが、ジェーンなのかと、とても辛くなった。嬉しいのに、嬉しくない。だってこれは、どうあがいても手に入らない恋なのだ。私は、彼に言った。
「ありがとうジェーン。あなたの気持ちはとても嬉しいよ。でも、過去の世界に帰るのでしょう?それは確定なのでしょう?」
『……ネビリスが居なくなったときには、私は帰らなければ、ならない。やり遂げたいことが、あの世界にあります。』
とうとう、彼がはっきりとそう言った。老いてから帰るとかじゃなくて、やはり、この長々と続いた戦いが終わった時に、彼は帰るのだ。寧ろ、そのほうがいいのかもしれない。その方が、割り切って、ジェーンと仲良く出来る、気がした。期間限定の恋か、しかもそれは初恋だ。切ないけど、仕方ない。
『キルディア?ですが、聞いてください。』
「いや、帰るのは知っていたから大丈夫だよ。」
『そうではありません。』
「だから、大丈夫だって。だから、ジェーンが居てくれる間は、私きっと、ジェーンと仲良くするよ。口づけはアレだけど、ハグぐらいならいつもと同じぐらいの頻度でする。」
『何だか、生返事ですね。まあ……あなたがこの段階で折れてくれたので、私は総指揮権を放棄する、と言う最終カードを出さずに済みました。』
「え!?」私の声が草原に響いた。「私があのまま、冷たくすると言ったら、総指揮を放棄するつもりだったの?」
『ええ。それが何か?目的の為なら手段を選ばない、私がそう言う人間だったことをお忘れでしょうか?いつかクラースの船の上で、私は迷わず、我が身の為なら、列車の乗客を見捨てると話したのを、お忘れか?私は、そばにあなたがいるから、人間で居られるのです。あなたがそばにいるから、暴走しなくて済みます。それを忘れないでくださいね。』
やばい、彼によれば私が人柱になってるっぽい。何そのポジション、望んでいないんですけど……。私は苦笑いしすぎて、よだれを垂らしそうになった。




