178 準備は万端に
日没の時間を知ったのは、私が病室での鍛錬を終えて、カーテンを開けた時だった。窓の外に広がる夜空は、ここが病院の最上階ということもあり、近く感じた。
小さい頃に、父親に、物干し竿で星を取ってくれとせがんだ事を思い出した。父は笑って、大きくなったらあれがどれほど遠くにあるか分かるはずと言っていた。今は分かる。あれは、近くにあるように見えて、とても遠くにあるのだ。
そうでしょ、ジェーン。そう聞きたかったが、今この部屋にはケイト先生もいて、私の体に新しい包帯を巻いてくれている最中だったので、言葉を飲み込んだ。今日はLOZの主要メンバーとポータルで会議をした。次のイスレ山での作戦を考えたのだ。
それも終わると、ケイト先生が来て、今の状態になった。ジェーンはベストを脱いで椅子に置き、シャツ姿になって、病院から借りたホワイトボードに、今日話し合った内容を整理しながら書き込んで、考えている。彼が腕を組んで、ホワイトボードを見ながら私に聞いた。
「大体の陣形はこれで決まりましたね。今回参加するLOZは、グレン研究所、ヴィノクール、タマラのハウリバー組と、シロープにエストリーの島組、総出の戦力です。相手はユークに侵攻する隊とイスレ山を防衛する隊に分かれます。我々はユークをスローヴェンら、技術班に任せて、彼らを足止めしてもらいます。この戦い、我々は戦力を割く事はせずに、相手のみ、戦力が別れる訳です。陣取りの位置は劣勢ですが、兵数では勝るでしょう。」
「うん、そうだね。ラブ博士に期待してる。きっと彼なら、ユークを守れるはず。」
「ええ、私もそう考えます。いつも彼の設計を拝見しますが、彼は中々、若さの割りに、頭の切れる男です。私は彼を信頼します。さて、イスレ山の防衛をするのは、相手の作戦では我々をあの地に引き止めることが目的ですから、イスレ山には、ヴァルガ騎士団長が総指揮を担い、駐在すると考えた方が妥当でしょう。チェイスは手近なユーク侵攻の任を受けるはず。侵略する方が、色々と考えることがありますからね。これは、正解だと思いますよ、キルディア。」
ケイト先生が包帯を巻き終わったのか、私の肩をポンと叩いた。私は彼女に「ありがとう」と礼を言った。彼女は微笑んだ。それから、私は首を回しながら考えていると、ケイト先生がジェーンに聞いた。
「イスレ山のことだけれど、山道以外は深い森に覆われているわ。その収容施設の周りもだけれど、あまり夜遅く行動するのは野生の猛獣とかもいるし、森からの伏兵にも気をつけた方がいいんじゃないかしら。それに単純に、道筋に陣を置くのは、どうなの?」
ジェーンは眼鏡を中指で上げてから答えた。
「その通りです。深い森、それは人の群れを隠し得る。しかし彼らにとってもモンスターの存在は危険ですからね、刺激したくないはず。夜の行動は出来れば我々も控えたいですが、夜間に逆落としに遭い、危機に陥る可能性もあります。それも考慮して、山道の他にも……これは私は現地を見てから判断しますが、伏兵を考えております。今回は地形を十分に活かして行きますよ。」
「ちなみになんだけど、」
私が挙手すると、ジェーンとケイト先生が私を見た。夜間、という言葉を聞いて、ある事を閃いたのだ。
「今回初めてLOZ側から侵攻するのだけど、今回の戦い、もうジェーンに総指揮を頼んでいい?」
二人は同時に驚いた顔をした。それもそうか。そしてジェーンが慌てた様子で口を開いた。
「私が総指揮を担うのは構いませんが……し、しかしその理由は何です?理解しかねる。」
私は微笑みながら答えた。
「収容施設、それは時には罪人を捕らえておく場所だけれど、時には堅牢な要塞になる。相手がバッチリした状態でスタンバイしてると、攻めるのが本当に難しいし、時間が掛かれば人質になってるリン達が危ない。そこで、私はその施設に、夜襲をしようと思っている。」
ジェーンが思案顔で答えた。
「ふん……戦いが始まれば、夜とて警備の人数が減る訳ではないのでは?寧ろ動きを読まれて、山頂の部隊が合流し、侵入したあなた達がしてやられる可能性があります。私は支持しかねる。」
何だか、ジェーンとこうやって話し合えるのは、変だけどちょっと楽しい。私は説明を続けた。
「あの建物は古く、中は複雑な構造をしている。夜になり、私は施設の主電源を落とす。そして停電すると、建物が古いから復旧までに時間がかかる。それもまあ一瞬だけど。でもその一瞬でも、暗闇があの施設を包めるなら、勝機はある。リン達を救出できる。」
ジェーンが難しい顔で答えた。
「それを、あなたが行いたいから、私に総指揮を任せたいのは分かりました。しかしその一瞬で、果たして本当にあの施設を無力化出来ますか?賛成しかねる。」
さっきから色々と、しかねてばかりだ。私はちょっと笑いながら言った。
「私はその建物の複雑な構造を、騎士団時代のおかげでよく知っている。それに、援軍を迎えに行くから、人数も確保出来る。」
ケイト先生がホワイトボードを見ながら、首を傾げた。
「でも、もうLOZの全ての隊が、ルミネラ山道とハウリバー山道に配置されているわよ?援軍って?」
「うんまあ、LOZとしては全軍配置済みなんだけど……彼らはLOZでは無いけれど、暗闇に慣れているし、怖いほどに足音がしない。暗視に優れ、夜間に威力の増す闇魔術の手練れの集団。あれほど夜間の潜入に向いている人々は居ない。ああ、チェイスが東棟に移してくれたおかげで、夜の間に行動して、彼らを日の光に当てない様に、帰らすことが出来る。それにきっと彼らは助けてくれるよ、人数分のウォッフォンがあれば。」
ジェーンが分かった様で、物ありげに笑った。
「ほう、それは面白そうな展開ですね。それでは私は、キルディアが帰ってくるまで、LOZの皆と共に、イスレ山で新光騎士団と交戦します。そうですね、もし一日目でトントンと上手に事が運んでも、深追いはしない事とします。夜を迎え、あなたから連絡を受けてから、我々はあなた達と合流をして、山頂で勝鬨をあげましょうか。なるほど、中々素敵だ。」
ジェーンがホワイトボードに今話した内容を書き上げて、満足そうにそれを眺めて、頷いている。良かった、私の案はお気に召した様だ。しかしまだ訳の分からないケイト先生は、私の肩をぽんぽんと叩いて、私に質問した。
「ねえ、結局援軍って誰なのよ?」
「……ちょっと変わった人達。あ!そうだ」私はジェーンに言った。「ホームセンタービャッコに、クラースさんの棒を大量発注しない?きっとまた、新光騎士団はボットを使ってくるかもしれない。」
ウォッフォンに何やらメモをしていたジェーンが、頷いて答えた。
「そうですね、あれは必要になるでしょうから、私から連絡をしておきますよ。」
「ありがとう。」
「……もういいわ、」ケイト先生がドクターバッグを手に持った。「本番のお楽しみにしておくことにするわね。一体、援軍が誰なのか、クラースの棒が何のことを意味しているのか。あ、クラースの棒ってあれね、ルーカスの……あとは、まあいいわ。」
最後の方はぶつぶつと呟きながら、ケイト先生は病室から出て行った。別に教えても良かったけど、その前に「もういいわ」とか言うから、タイミングを失ってしまった。
ピシャッと病室のドアが閉まった途端に、ホワイトボードを見つめながらウォッフォンでメモを取っていたジェーンがドアの方を振り返り、誰もいない事を確認してから、ベッドに座る私の隣に素早く座ってきた。急に隣にぴったりとくっついて座るもんだから、驚いてしまった。
「な、何?急にこっちに来て。」
「……ふふっ」
何だその微笑みは。怖いけれど、可愛らしい笑みだった。ああやはり、私はジェーンの笑顔に弱いのは変わらない。私の左側に座るジェーンは、私の手を握った。もう彼はこうして握りたい時に握る様になってしまった。それではいけないとは思いつつ、今だけだからと流してしまう自分がいる。
私が握り返すと、ジェーンが手の握り方をいきなり変えて、二人の手は所謂ラブ繋ぎになってしまった。指と指が絡んでいる。ジェーンの指、長くて、大きい……。
「……。」
「先程の作戦、援軍とは、よく思い付きましたね。正直なところ、私の考えた陣形では少し、リン達の救出の可能性が揺らいでいました。上手く行くのか不安な部分はありましたが、あなたのおかげでこの作戦は良い物となりました。」
「褒めてる?」
「ええ、褒めています。」
まいったな、貶されるどころか、ジェーンに褒められるとは。つい、顔が熱くなってしまい、私は顔を逸らした。彼の手がギュッと私の手をさらに強く握った。それも熱い。な、何か返事をしよう。
「で、でも作戦がいいものになったのは、ジェーンのおかげだよ。ジェーンが一生懸命考えてくれたからだよ。それにこの作戦、本陣は敵を引き付ける部分があるから、ジェーン気をつけてね。今回は私はジェーンのそばに居ない。一応ジェーンと一緒にシロープのマクレガー隊が居てくれるけれど、ヴァルガの奇襲がもしあったら……。」
「大丈夫です。奇襲があれば、マクレガーを置いて真っ先に逃げます。」
まじですか、すごいな。私は苦笑いでジェーンを見た。でもジェーンは、優しい笑みで私を見つめていた。なんかセリフと表情がミスマッチしている気がする。彼は続けた。
「……それに、あなたこそ道中気をつけてくださいね。まだ傷も完全には癒えていないのですから。私は、あなたが無事でいられる様に、祈るばかりです。大切なあなた。あなたは私のものです。そうでしょう?」
「そ……。」
そうでしょう?じゃないよ。ジェーンはカタリーナさんのものだろうが。そう、ジェーンはいつか過去の世界に帰るのだ。




