175 元帥との通話
チェイス元帥が優しく微笑んでいる。
『おはよう、リン。』
「お、おはようございます……初めましてと言うべきか。でもあの時会ってますもんね。」
『そうだね、君は僕に、爆弾の代わりに人形を投げ付けた。戦場で人形か、あれは面白かったよ。』
ああ、あれね。せめてあの人形がチェイスに一矢報いろ!と思って、投げやりになって投げつけたあれね。私は笑顔で聞いた。
「あの人形はどうなりました?やっぱり捨てた?結構高いんですよ、写真で人形作るの。」
チェイスの顔が一瞬、歪んだ。あまり突っ込んじゃいけなかった話題だったかな。そう思っていると、彼は指で鼻を掻きながら答えた。
『あれはね……よく見たらキルディアに似ていたね。あれがどうなったのか、僕もよく分からないと言うか、えっと、でも似ていたね。そっかそっか、後のことは部下に任せているから。そうか、写真で人形を作るサービスがあるんだね、その手があったか、じゃなくて、初めて知ったな。うん……。』
えっ、嘘が下手!嘘でしょ!?私は動揺を何とか無表情で隠した。この人、もしやあの人形をまだ持っているのだろうか?まさかまさか、敵軍の大将の人形を、大切そうに持ち歩く参謀がいる訳ない。いやいやいや、まさか!深く考えたら負けだ。そう思った私は、この変な空気を打開すべく、元帥に聞いた。
「それで、お話って何ですか?私の処刑の話?」
『うん……よく眠れているかい?先日は僕が酷いことをしたからね、僕のことを恨んでいるだろう?』
「そりゃまあ、」ちょっと本音を言うか迷ったが、正直に言うことにした。「まあそれなりに恨んでます。でも今は眠れているし、ビーフジャーキーもらっているので、割と充実してます!」
チェイスが笑った。彼の薄茶色の前髪が揺れた。ちょっと憎いな。
『ふふっ、そうなんだね。君みたいな子がいるから、きっとソーライ研究所の皆は明るいんだと思ったよ。何か欲しいものがあったら、何でも言ってくれ。勿論また、ビーフジャーキーでも良いけれど。甘い物でもいいよ。』
「え……これはチェイス元帥のお戯れなのですか?」
『うーん、そう言うことになるね。』
そうだったんだ……いや、急にきたな。私は顎を触りながら考えた。急にモテ期が来た。いや、私にはラブ博士という運命の相手が居るから……でも、彼は元帥か。いや、博士も博士だしなぁ、特許もあるから収入の安定はそこそこだ。私は下唇を指で弄りながら、未来について真剣に考えた。
ここでチェイスに気に入られたら、私は無罪放免になるのかな。でも待てよ、そうするとキリー達を敵に回すことになる。この戦いの行方、正直私は五分五分のように感じている。
だって、ネビリスを倒すまでいく想像が出来ないんだもの。そうするとチェイスに付いた方が……いやいや、ラブ博士はどうなる?彼を裏切るなんて出来ない!後少しでキス出来る関係なのだから!
「ハアハアハア……!」
『……多分だけど、君が想像していることは本当じゃないと思うんだ。』
「え!?チェイス元帥が私を好きってことがですか!?」
その時、PCを持っていた看守のおじさんが「えっ!」と、驚きの声をあげた。チェイスはブンブンと首を振った。
『馬鹿なことを言わないでくれ。僕にはもう既に、大切な人がいる。何が理由で、君にそんな突飛な考えが舞い降りたのか、理解出来ないが、君の言うことは真実ではない、それを忘れないでくれ。違う違う、そうじゃなくて、僕には聞きたいことがあるんだ。』
なんだ……色々とガッカリした。
「聞きたいことですか?なんですか?」
『うん。君はどうやら、キルディアの友人のようだし、ジェーンとも付き合いが長いよね?』
「そうですね……キリーとはずっと一緒に働いてきたし、ジェーンとも、もうかれこれ半年以上は一緒にいますし。」
『そうだよね、そこでだ。ちょっとジェーンについて、教えて欲しい。彼はどんな人間なんだろうか?君はどれほど知っている?』
え、過去から来たことは秘密にするとして、何から話そうか。私は考えながら答えた。
「どんな……えっとまず、キリーに対して並々ならぬ忠誠心を持っています。キリーが棒を投げれば、ジェーンはそれをキャッチして帰ってくると思います。因みに私が投げても無視ですけどね。あとは、ヤモリの唐揚げが好きで、よく昼休みにオフィスで食べているのを見かけます。あと……よくトイレに新聞を持って行きます。その時はお分かりですよね?長引きます!」
『う、うーん……。』
何だか納得いっていないようだ。じゃあ違う部分を伝えようかな。
「それから合コンの時は綺麗なタキシードを着ていました。あれはボロビアのメーカーのだと思うので、一時期は家が無かったとはいえ、彼はちょっと財力ありますね。あのメーカーのスーツは、ただうちで働いてるだけじゃ買えないくらいに高級ですもん。キリーは分かってなかったけど。」
『ええ、合コンしたのかい?ふーん。』
ボロビアのタキシードについて、「え!?それはお金持ちだね!」って突っ込んで欲しかったんだけど、さっきからチェイスの着眼点が見えないな。仕方あるまい、これも話そう。
「ジェーンの趣味的なことを言えば、そうですね、よく読書をしてます。魔工学とか、プログラムの。それから……ああ、これはみんな知っている事実ですけど、キリーと同じ部屋で暮らしています!出社する時も一緒で、帰宅する時も一緒。ね、仲良いでしょ?」
これなら面白いだろう!私はニヤッとしながら、彼がこの話に乗ってくるのを待ったが、チェイスはそれどころか、顔を青ざめてしまった。おやおやおや、もしやもしや、これは私のモテ期ではなさそうだ。いやいやいや、嘘でしょ……。しかし彼は、更にその事が事実であるような質問を私にした。
『聞くけど、同じ部屋というのは、同じ家の同じ部屋ってことかい?それって、同棲ってこと?彼らは付き合っているの?恋人同士?』
まずい、早くここを出て、アリスに連絡をしたい。チェイスの真剣な表情が更に拍車をかけている。にやけそうになる顔を必死に誤魔化しながら、私は答えた。
「それがですね、同棲って感じでもないんですよ!空き部屋がなくて一緒に住んでるだけって、本人たちは言ってる。それに何より、ここからです!ジェーンには奥さんが居るのです!だから二人は恋人じゃないってこと。キリーだって、元は騎士だったから、そんな泥沼の関係を望んでいないっぽいですね。でもそれもいつまで保つことか。」
チェイスは目を見開いて、何度も頷いていた。
『そうなのかい!?そうか、彼は既婚……そうだったのか!』
「はい、そうですね。他は特に、あとは知ってると思うので。」
『うん、分かったよありがとう。それじゃあ、今からちょっと用事があるから、また連絡したい時にするよ。またね!』
「は、はーい。」
私は画面のチェイスに手を振った。彼も私に手を振ってから、通話が終わった。もしかしてチェイスはキリーのことが?いや、そんなこと、状況を考えれば、絶対に違うとは分かるけど……。でもまあ、久々に人とこんなに会話したので、ちょっと変に楽しかった。
PCを閉じた看守のおじさんが去って行ったところで、隣の独房から懸念の声が聞こえてきた。
「……そんなにジェーン様のことを話してしまって、よろしかったのでしょうか。」
「大丈夫だって。LOZに関することでは無かったでしょ?ジェーンとキリーが仲良いのなんか、新光騎士団も皆知ってる事実だもん。チェイスも改めてそれを知っただけ。大丈夫だよ。こんなの知ってどうするの。」
「しかし、ジェーン様がどこからきたとか、奥方様の存在が確認出来なければ感づかれるのでは?過去の文献に、ジェーン様が載っているかもしれない。」
「ああ、」私はため息まじりに答えた。「どう言う訳か、過去の文献には一切ジェーンのことは載っていないらしい。探るとか、やれるもんならやってみろだよ。」
「そうですか……。」
そうなのだ。それはちょっと悲しい事実だ。だって、ジェーンが過去に帰って、情報をもみ消したと考えるのが、妥当だからだ。キリーもそれを知っている、と言うのを、いつかのお昼休みに話した。だからジェーンは帰るべき。
チェイスよ、やれるもんならやってみろ。元帥のお前だって、時の流れに逆らえないのだ。なんてね。




