172 彼らの狙いは
怪我を気にしながらも、病室の中で鍛錬を続けた。あの大剣の使い方は、練習あるのみで、私はつい没頭した。次の戦い、絶対に私はリン達を救出しなければならない。
情報によれば、帝国側に捕虜を使った動きはまだ無いが、いつ何が起こるか分からない。自分のペースでいられるのも今のうちだろう。捕虜が遠くで被害に遭えば、我々は今すぐにでも、ここを出ていくだろう。早く、身体には治って欲しかった。
その日もまた、ユークアイランドは快晴だった。窓の外の青空は雲一つなく、たまに鳥が群れで飛んでいた。それだけで気持ちが上がった私は、ベッドの上で腕立て伏せを開始した。すると例の如く、ジェーンが私の病室に入ってきた。
「おはようございます、今日は晴れましたね。」
「おはようジェーン……毎日来てくれるんだね。」
「当たり前です。」彼は手に持っていたPCとタンブラーを、サイドテーブルに置いた。「どこに新光騎士団の兵士が潜んでいるか分かりません。ですから私は、あなたのそばに居ないといけないでしょう?」
ジェーンは病室の端に置いてあるパイプ椅子に座り、いつもの様子で例のオフホワイトの本を読み始めた。私は腕立て伏せをやめて、彼を見つめた。まさか、彼に私を庇う気持ちを生まれているとは、それほど私は大事なのだろうか、ちょっと嬉しかった。
「へえ~!ついにジェーンにも、私を守ろうと言う気持ちが湧いてきたんだね!」
「何を言いますか。光の大剣があるでしょう?あなたが戦ってください。今のは、私が危険なので、あなたと一緒にいると言う意味です。それが何か?」
「いや、何も、別に何も……その通りだ。私はあなたを守る。」
いつものジェーンだった。それ以外の何者でも無い。そう、私は彼を守ると誓った身なのだ、淡い期待など抱いていないし、何もおかしいことはない。よし、身体を鍛えよう。私はまたベッドの上で腕立て伏せを開始した。
そうだ彼にはもう魔力が残っていないのだ。私が守らなくてどうする。男女の役割など、とうの昔に消え去ったのだ。私のミドルネームはギルバート、ほらね。例えばケイト先生とクラースさんの間には男女っぽさが残っているが、そんなのは時代遅れなのだ……ダメだ、涙が出そうになってきたので、もう考えるのをやめよう。
もう一度、読書をしているジェーンの方を見た時に、何故か目が合った。ジェーンはちょっと目を見開いた。私も彼と同じく、少し驚いた。何か言おうとしたが、ガラリと病室のドアが開いて、ラブ博士が急いだ様子で駆け込んで来て、私のベッドに彼の赤いPCを置いた。
「やっと見つかりました!リン達の居場所はここです!」
私は腕立て伏せをやめて、博士のPCを覗いた。後から来たアリスも真剣な表情をしている。よく見れば、PCを操作しているラブ博士は、目の下に大きなクマが出来ていた。寝ずにずっと、リンの居場所を探していたのだろう。
博士のPCには地図が表示されていて、私はその点の位置から、彼女達はイスレ山にいると理解した。ジェーンも博士の背後から、PCを覗いていた。
「ここに間違いない、」ラブ博士は言った。「イスレ山の収容所です。」
私は過去の記憶を辿った。
「イスレ山脈は広く、その中に大きな収容所が三箇所ある。これはヴィノクール湖の上流の辺りかな?」
私の質問に、ラブ博士は頷いた。
「そうです。私が発見した時から先程までは移動を繰り返していて、信号がぶれていたのですが、この場所で落ち着いたようです。」
「じゃあ東棟だ。リン達は東棟にいるんだ。」
アリスが思案顔をしながら言った。
「その、わざわざ山脈の中を、大勢で移動した意味とかあるのかな?東棟だと、元からいた場所と何が違うの?」
帝国内の収容施設は全て、建物の作りも設備も、間取りだって同じだ。それを言おうとしたが、ジェーンが何かを閃いたらしく、パチンと指を鳴らした。
「なるほど、理解しました。チェイスは我々がリンの電波を受信していることに気が付いているのです。ですからリン達を移動させた。きっと東棟には……そうですね、ここです。」
ジェーンがPCの画面を指さした。そこはイスレ山と、ルミネラ平原と、ハウリバー平原の狭間だった。片方はハウリバー平原から、もう片方はルミネラ平原から伸びている山道が、合流した先にイスレ山道がある。その一本道の山道を登ると、中腹あたりに収容施設がある。
ルミネラ山道、ハウリバー山道の入り口には大きなキャンプ場があり、そのキャンプ場から二つの山道に入ることが出来る。そしてキャンプ場には、ナディア川という大きな川が隣接している。
キャンプ場からは二つの山道のどちらかを通り、この川に架けられたどちらかの橋を渡り、道沿いに行くと、二つの山道は合流して、川の向こう岸に着く。そこから上はイスレ山道だ。
「彼らは我々と、この場所で戦いたいのでしょう。」
その言葉に皆が驚いた。私はジェーンに聞いた。
「な、何もここで戦いたい訳じゃないでしょう?リン達を移動させただけで……また移動するかもしれないし。」
「我々が傍受を始めてから、リン達が移動するまでのタイミングが良すぎます。チェイスのことです、彼には技術がありますからね。わざとウォッフォンを装着させたままにして、我々が彼女のシグナルを受信するのを待っていた。それで次の手に打って出たのでしょう。彼の思う壺ですが、しかしこれは、私の思う壺でもあります。」
「じゃあ」アリスがジェーンに聞いた。「彼らの狙いって、何なの?山道の方が、私達をボコボコにしやすいとか?施設だと戦いやすいとか?」
ジェーンがラブ博士の地図を二本指で摘むようにして、何度も縮小し、世界地図を表示させた。
「彼らの狙いはこれです。」
ジェーンは指さしたのは、ユークアイランドだった。私は驚いて首を振った。
「そんな、だってどうして、また?」
ジェーンは眼鏡を取り、ハンカチでレンズを拭きながら説明した。
「仮に、もしあの戦いが次への布石だったとしたら、と最近考えておりました。チェイスは意外と侮れません、私はもっと深謀遠慮すべきだと。彼らが捕虜を得て、次にすることは何かと考えました。それに彼らが一番手にしたいものについても考えました。彼らが今、一番手にしたいのはユークアイランドの財力です。ここには最新テクノロジーの企業が集中し、商業も観光地としても金銭的に潤っています。比べて彼らにはもう帝都しかありません。帝都は歴史に縛られた街です。その多くの建物が重要文化財で、それが街の、芸術的な価値を上げていますが、経済の足かせになっていることは確かです。帝都は人口こそ最大ですが、やはりLOZが力を持てているのは、ユークアイランドの力が大きいでしょう。その力を我々から奪いたい。しかもそこは帝都の比較的近くにあります。攻めて攻めて、この地を帝国が抑えれば、LOZは急速に力を失い、全てが丸く収まります。彼らの狙いは、この地に間違いありません。」
私は頷いた。
「確かに……となると、我々がリン達を助けに行っている間に、新光騎士団がユークを攻めてくることも考えられるよね?」
ジェーンは眼鏡を掛けて、頷いた。
「その通りです。かなり高い確率で、我々が救出に向かっている間に、この地が襲撃に遭うでしょうね。ですから、ユークからより遠くの、東棟にリン達を配置させたのでしょう。」
そう来たか……私は頭を抱えた。ユークを守る部隊と、救出部隊、戦力を二つに割かなければならない。しかし相手の出方によっては、そのどちらも潰される可能性がある。




