170 過るひとひら
結局、ユークアイランドを攻めきる事は出来なかった。あのトンネルには汗が滴り落ちただけだったが、それは想定内だ。陛下もそのことを理解してくださっている。咄嗟の判断だったが、捕虜を得ることが出来たのは良かった。
あのギルドのプラチナランク、ルーカスがユークの収容所に入ってしまったが、元々彼は今回の戦でお別れするだろうと思っていたし、別にどうでもよかった。と、僕は場内の自分の執務室で、PCの作業をしながら考えていた。この作業は主に僕のサインで承認すれば済むだけの話なので、他のことを考えつつ、いつも行なっている。
「はあ、」
ため息が出た。その時に僕はふと、あることを思い出して、現在LOZの兵が収容されている施設の駐在兵に連絡を取ることにした。急いで画面を切り替えて、音声通話画面を出した。すぐに電話は責任者と繋がった。
『チェイス様、』
「うん僕だよ。オーウェン達は、ちゃんと大人しくしてくれているかな?」
騎士の兜を被った男は、頷いた。
『はい、特に脱走しようともせず、じっと獄内で助けを待っていますよ。』
彼の背景の壁が白くて、その白さが逆に怖さを僕に与えていた。古の時代、その建物では処刑が行われていたのを知っている。あんなに白いのに、そこではたくさんの人が犠牲になった。白は、意外と、この世で一番恐ろしい色なのかもしれない。そんなこと、僕らしくない考えだと、首を振ってから彼に言った。
「そっか、それなら良いんだ。引き続き宜しく頼むよ、彼らは次の戦で、重要な材料だ。あと、ちゃんとご飯は出して欲しい。特にリンという女性、もし彼女が何か欲しいと言った時は、遠慮せずにそれを与えてあげて。」
『は、はあ。承知致しました。』
「それじゃあよろしく。」
僕は通信を切った。リンという女、調べるとどうやらキルディアの友人のようだ。ユークアイランドの警備システムをハッキングすると、彼女と一緒に歩いている姿が履歴に多数残されていた。その時の画像は保存出来たけど、今日また警備システムにアクセスしようとしたら、弾かれてしまった。
ユークの根幹的なシステム変更があったのかもしれないなぁ、また一から調べるのには、時間がかかるんだよな……執務もあるし、陛下は人使い荒いから、帝都の経済的なアドバイスまで僕にやらせるし、以前と比べて今は一人の時間が少ない。
僕はまたため息をついて、制服のコートのボケットからあの時、アクロスブルーでリンが僕に投げつけてきた、リトルキルディアの人形を取り出した。
キルディアの腰を曲げて、机の上に座らせて、僕はもう一回、ポケットから、今度はチョコの箱を取り出した。それをキルディアの前に置いて、箱を開けて、一粒はキルディアのお膝に置いて、もう一粒は僕が食べた。
こんなことをしているとバレたら、僕は反逆罪で捕まるだろうな。でも良いじゃないか、これくらい、誰にも何も迷惑を与えない。そりゃ陛下が見たら機嫌を損ねて、数日間は城内が荒れるだろうから、そりゃ迷惑だろうけど、今は誰も見ていないんだから……。
「おいしい?キルディア。」
「……。」
キルディアは笑ってくれない。人形だからだ。よく精巧に出来ているものだ。一緒に帰宅して、夜は僕と同じ布団で寝んねをして、朝は一緒に朝食をとり、お風呂は……流石にそれはまだ早いだろうから、このお洋服を取ったことだって一度も無い。興味はあるが……それは最終手段だ。
だが思えば、一緒に帰宅するのも、朝食をとるのも、あの男には出来ているのだ。あの男め、もう少しで仕留められたのに。
「それにしても、上手くいかなかったなぁ……。」
あの時のことを振り返った。僕の計画では、あの作戦でLOZの先鋒隊を殲滅して、そして怒り狂うLOZの本隊を冷静に撃破する、予定だった。彼らには他の地方から援軍を呼ぶ時間が無かったから、ヴィノクールの時ほど大群では無かっただろうと考えた。実際その通りだった。
だが、予定よりも早く、ヴァルガ隊がLOZ本隊に追い付かれてしまった。僕が指示した場所よりも、キルディアはヴァルガ隊に近いところで待機していた。彼女は騎士団長をやっていただけある、たまにジェーンよりも、戦いにおいて優れた判断を下すらしい。
それに、あの戦いが始まるまで、僕はオーバーフィールドを完成させることに時間を費やしていた。その間に、ジェーンはキルディアの持っていたあの、魔力で出来た、半物質?とも思える大剣を作り上げた。
それが結果的にはLOZの戦力を底上げすることに繋がり、何よりもリーダーがあれほど強ければ、LOZ全体の士気だって中々下がらない。彼女のような強者と、ジェーンのような、智略に優れた存在がいる。
悔しいけれど、僕の予想以上に彼らは完璧だった。あの時、オーバーフィールド内で、キルディアがジェーンを庇って盾になった時、オーバーフィールドから放出される魔力と、光の大剣から放たれる魔力がぶつかり、結果として僕の発明品は爆発した。彼女の実力もあるかもしれない。しかしそれは、僕の技術が、ジェーンの技術に負けたことを意味していた。
「……そうだよね、キルディア。」
キルディアは朗らかな笑顔のまま、座っている。でも、「そうだよ」と言っている気がした。僕はため息をついて、椅子に深く座った。
勝てない。それだけがこの胸にある。策にしても、魔工学にしても、勝てない。
だが、今回の戦は次への布石。新光騎士団を束ねるものとして、頑張らなきゃ!と、僕は自分で頬を叩き、きちんとした姿勢で椅子に座りなおした。次だ次、次で結果が出れば……いいのだから。
その時に、僕の執務室の茶色い木製のドアがコンコンと叩かれた。急いでキルディアをポケットにしまって、僕は立ち上がり、声を掛けた。
「はい、誰です?」
すると無言で入ってきたのは、訓練着姿のヴァルガ騎士団長だった。あの時、僕がアクロスブルーから脱出した後、彼の補佐、トレバーが煙幕を爆発させて、彼の部下達が盾になっている間に、まだ動かせる輸送車を使って、どうにかそこから抜け出せたらしい。聞けば、キルディアは撃たれて重傷を負い、意識を失っていたとか。その時彼女が元気だったら、彼はここに居なかったかもしれない。
彼は部屋に入ると、ドアを後ろ手で閉めて、手を背中で組んで、こちらをじっと見てきた。あまりじっと見られると怖い……ので、僕はソファを指差して言った。
「座ってください、どうか。」
「いえ、大丈夫です。元帥にお話があります。」
一度も僕から目を逸らさずにそう言った。彼の頬は大きく腫れていて、青黒くなっている。キルディアに殴られた時のものだろう。見てて痛々しいが、手当てをした痕跡はない。それに触れてもきっと、彼の機嫌を損ねるだけだろう。僕はそれを無視して、ヴァルガ騎士団長に聞いた。
「話、というのは?」
「……ギルバートのアーム、それから彼女が握っていた、奇妙な光の大剣について、話をしたい。」
「うん。」僕は腕を組んだ。
「あれはどう言った技術か?魔力で出来た、見た所、重さも無いのに威力だけはある、光の大剣。あの兵器は初めて目にしたものですが。」
ヴァルガ騎士団長の低く、威厳のある声が、僕の執務室に響く。それを質問されても、僕にはどうも答える術はないと、僕は首を傾げた。
「僕もさっぱりだ。あの技術、僕もあの時初めて見たんだ。詳細は全く分からないが、あれは確かに、まるで次元の違う技術だろうね。」
これで会話が終わりであってほしい。が、彼は身じろぎひとつせずに、僕をまだじっと見つめている。正直、とても怖い。早く家に帰りたい。帰って、今日の夕ご飯は、キルディアと豆腐のステーキを食べるんだ。だが彼は、まだ話を終わらせないで、しかも僕に突飛な質問をした。
「チェイス元帥は、あのアームを作成することは出来ますか?」
君は僕の話を聞いていたのかい?そうとは言えず、僕はわざと大袈裟に首を振った。
「ええっ!?僕!?どうかなぁ……あれは見ただけでは、仕組みが分からないよ。」
「……。」
表情を一つも変えずに、ヴァルガ騎士団長は僕を見つめている。納得していないらしい。僕は一度席に座り、机の引き出しから白紙を一枚、机の上に置いて、制服のコートの胸ポケットから銀色のペンを取り出して、その紙に図を書きながら説明をしようとした。ヴァルガ騎士団長は僕の机に近付いてきて、上から僕が書くのを見ている。近寄られると威圧感が凄い。
「見てくれ。これが彼女の義手、魔工学の技術で出来たアームだ。」
「この、腕の絵が?」
「ああ。そして僕が推測するに、アームの内部に、何かしらの魔力の動力源がある。そして彼女は、アーム内にある大剣のデータに彼女の魔力を送って、その動力源を経由して、こう……」僕は手の先に剣の図を足した。「光の大剣を持つことが出来ていたのだろう。故に、この複雑怪奇なアームでなければ、魔力で構成された大剣を握ることが出来ないんだろうとは思う。」
「そうか……」ヴァルガ騎士団長は僕の書いた図を、人差し指でなぞった。「細かいことは済まないが、よく分かりません。このアームの動力源というのは、一体何だと思いますか?」
「それは分からないなぁ……魔力の動力源か、うーん。」
そりゃあ動力源といえば、この世に色々と存在しているが、あのアームの場合どれを利用しているのだろうか?僕が腕を組んで考えていると、ヴァルガ騎士団長が言った。
「もしや、プレーンが入っているとか?」
「ああ……確かに、プレーンのような動力源だったら、可能かもしれないなぁ。でも空のプレーンだけではいけない。誰かが、人間が、プレーンに魔力を教え込んだ状態じゃないと動力として使えない。でも今の技術では、魔力を教えた後の超複雑なプレーンをコピーすることなんて、人体に危険で、出来たもんじゃない。仮にプレーンを現存の装置でコピーしてみたとしても、コピーの元となったプレーンは著しく傷つく。そうなれば、その人間は魔力が破壊されたことになるから、その場で身体が分離して、死んでしまうんだ。ここまでは理解した?」
「……まあまあ。」
多分、理解していないかもしれない。でも僕は自分の考えをもっと突き詰めたくなって、敢えて説明を続けた。話していくうちに、何か閃きそうな気がしたからだ。
「コピーは極めて難しい。では視点を変えて、あれはビームサーベルの技術が使われていると仮定しよう。魔力を放出して、それを具現化し、武器として使用する技術はあるにはあるが、それを行うには巨大な魔力が必要だ。人間一人が携帯出来る……には程遠い。どんな技術なのか、やはり僕にはさっぱり分からない。あーあ、確かに分かっていることはただ一つ、シードロヴァ博士は偉大だってことだけだね……。」
やっぱりダメだと分かった僕は、投げやりな気持ちになり、握っていたペンを紙の上に放り投げた。ヴァルガ騎士団長は紙を見つめたまま、静かに何かを考えている。




