169 キルディアの願い
ケイト先生がプレーンのところを開けるツールを用意し始めると、ジェーンが手伝い始めた。私は誰かに聞いた。
「そう言えば、ルーカスはどうなったの?クラースさんがノーモアでやっつけたって言ってたっけ?」
ケイト先生がため息交じりに答えた。
「確かにビャッコで買ったノーモア何とかって言う棒が、トドメの一撃だったらしいわね。彼は現在、ユークの収容所で傷の手当てを受けているわ。クラースも言っていたけれど、どうしてあんな人間の名前なんか取ったのよ。彼と戦っている間、あの男は彼のことをずっと馬鹿にする発言を繰り返して、仲間として頑張っている筈のギルドの仲間のことを、クズや虫ケラ呼ばわりしていたのよ?」
「……だって、プラチナランクってインパクトがあったから。」
アリスが笑いを堪えているのが分かった。まあ確かに、彼はそんなにいい人では無いのかもしれない。私もギルドで出くわした時に、女だって馬鹿にされたこともあった。クラースさんがあの高電圧の棒でやっつけてくれたってことで、ちょっとスッキリしている。
白くて細い指が私の胸のカバーを触った。私も生まれて初めて自分のカバーの内部を見る。胸には小さい正方形の機械のようなものが埋め込まれていて、それは帝国民なら皆同じものが胸にあるものだ。ジェーンだって同じものがあるのを、海賊船の時に見た。
先生はその機械のカバーを、先が鍵のようにくねくねと曲がっている極細のピックで開けた。内部には一センチの正方形のプレーンが、かぎ爪のような小さい部品で固定されていた。それを見たケイト先生が、ハッと息を呑んだので、私は動揺した。
「え!?なになに!?何かおかしいところでもあるの!?」
「……これ、あなた!」ケイト先生が私のプレーンをガン見しながら言った。「全く傷ついていないわ!」
じゃあ良かったじゃないの、ビックリした。このビックリに使ったカロリーを返して欲しい。そしてジェーン達も観察をしていて、アリスが首を傾げながら言った。
「本当、全然ヒビ入ってないね。傷ついていると思ったのに。でも、何だか……色が違うね、緑色だ。こんな色のプレーンは見たことがないよ?私のも姉さんのも、帝国民は皆、銀色だと思っていた。」
「そうね」と、頷いたケイト先生が、白衣のポケットから虫眼鏡を取り出して、じっと私のプレートを観察開始した。何だかそんなにまじまじと見られると、くすぐったい感じがする。
「……これ、あなた、インジアビス製なのかしら、刻印がINTだから、きっとそこよね?」
私は頷いて答えた。
「INTはインジアビスです。それに私はそこで生まれたので、多分インジアビス製のプレーンが使われているとは思います。」
ジェーンが頷きながら言った。
「なるほど、これは思い付きもしませんでしたが、このプレーンはスプスタンツィオナリズィルユシミシャー鉱石で作成されたプレーンなのです。ですから、我々が使用している普及品と比較し、かなりの耐久度があったのでしょう。その鉱石は、魔力に対して強度がありますから。」
「なるほど……。」
研究者達は皆、私のプレーンを見つめて思案顔になった。いつまでこの状態が続くのだろうか、私は焦った。
「と、とにかくこれ閉じてください。あと、早く……リン達を助ける方法を考えなくては。」
ケイト先生が私のカバーと閉じながら言った。
「それもそうだけれど、あなたはもう少し休みなさい。お腹も撃たれて、少し大変だったのよ。まだ動いてはダメ。」
皆が私を見て頷いた。カバーを閉じ終えると、ケイト先生は私が、体を起こす事を手伝ってくれた。私は皆に、頭を下げた。
「皆、ごめんなさい。今回は私が、ゆっくりしすぎた。」
「いえ、」私の肩に手を置いたのはジェーンだった。「私がもっと深謀遠慮に事を進めるべきでした。キルディアの責任ではありません。明らかに……。」
ジェーンを見ると、彼はどこか一点を見つめていた。ラブ博士が、私に声を掛けた。
「ボス、」
「はい?」私は博士の方を見た。
「……リン達はきっと無事です。今、いたずらに事を運んで、帝国側にメリットはありません。それに今、リン達の居場所を追跡中です。」
「本当に?リン達はウォッフォンをまだ持っているのかな?」
「持っていることは持っていますが、捕らえられた際に、リンが緊急停止をさせたようです。彼女からは使えず、それを理由に新光騎士団も放置しているのでは。実際は微弱なシグナルが発生しているので、私はそれだけでも追跡出来ます……が、時間がもう少しかかるかと。」
「そっか……ありがとう博士。お願いします。」
ラブ博士は一度頷いて、それから私に言った。
「はい。それにもう一つ、アクロスブルーも本日より大規模な工事を。例のプロジェクトの着工作業に入りました。」
アリスが胸を張った。
「そうそう!グレン研究所とソーライ、主にラブ博士のとんでもない技術が詰まったトンネルになるよ!一応だけど、私も設計手伝ったんだからね!」
早くもあのプロジェクトが完成するのか、いつもラブ博士の仕事っぷりには、驚かされることばかりだ。今回はそれに加えて、スコピオ博士達も協力してくれている。協力しあえるって、嬉しいことだと思い、私は微笑んだ。
「そうか、アリスもラブ博士も、皆も、ありがとう。リン達の居場所が分かり次第、方法をすぐに考えて、助けに行こう。」
「おう」
と、その場にいた私以外の四人が拳を上げた。普段そんなことをしなさそうな四人だったので、私は少し面白くなって笑うと、皆も照れながら少し笑った。ケイト先生達がこの部屋から出て行き、ジェーンは椅子に座りなおして、私の顔をじっと見つめてきた。
「な、なに?」
「……いえ、ふとあの時のことを考えておりました。私が今日ここで、こうして生きていられるのは、あの時、あなたがオーバーフィールド内に入ってきてまで、私のことを守ってくれたからです。よく、ヴァルガを超えて、私のところまで来てくれたものだと、あれから何度も思ってきました。」
褒められているっぽいと思った時に、私は顔が熱くなった。幸いにも、顔に巻かれた包帯で、それは隠せているだろうが、でもやっぱりまだ少し恥ずかしい私は、ジェーンから目を逸らして、言った。
「戦いの時は、私は兵士であり、ジェーンは軍師だもの、兵士が軍師を守るのは当然のことだから、そんな、別に……それに、ジェーンだって怪我をしたでしょ?それは大丈夫なの?」
「ええ、打撃痕が身体に残っていますが、痛みは鎮痛剤を服用しているので、気になりませんよ。」と、ジェーンは微笑んだ。「しかし初めて見るあなたの本気の姿、少し私から見ても、恐ろしいものがありました。まるでシリアルキラーの瞳孔の開き方でした。」
「シリアルキラーって言わないでよ」と、私は左手でジェーンの腕を軽く叩いた。「……表情までは自制が効かないよ。あの時は特に、私の目の前で、ジェーンが膨大な魔力の渦の中で苦しんでいて、今にも死にそうだった。そしたらどうにかしなきゃって、止まらなくて。私の身体なんかどうでもいい、どうしても彼を助けることに成功したいと思った。それに、ジェーンが苦しんでいる声、それを聞いて笑っている騎士達が憎かった。」
何故か、ジェーンの喉元から「ゴクリ」と、大きな音が聞こえた。それに彼は頬を染めていた。今の話の何処に、顔を紅潮させる要素などあったのか、私は疑問に思ったが、ジェーンがボソリと放った言葉に、私も彼と同様に、顔が熱くなった。
「……それは、心配してくれたようですね。それとも、私が苦しんでいる姿は、あなただけのものなのでしょうか?私をいじめていいのは、あなただけですと、解釈しても宜しいのか?」
「ば、ば、ばか。」私は手でパタパタを顔を仰いだ。「そんな解釈はよろしくないです!違うよ、なんていうか……普通に心配したの!普通にね!もうそれは仲間が苦しんでいるんだから、どうにかしたいと思うでしょ!?」
「ああ。」
彼はなるほど、と納得したかのように、紙コップに入っていた水を飲んだ。とにかく、とにかくとにかく!そんなこと言ってる場合じゃないのだ。
「兎に角、リン達を助けなきゃ。きっと今も、怖い思いをしているだろう。皆だって、元は市民だったのに、捕虜になってしまうなんて……兎に角、早く助けなければ。」
ジェーンは紙コップを再度テーブルの上に置き、私の背中をさすってくれた。背中がじんわりと温かくなった。
「ええ、チェイスのことです。きっと捕らえられた彼らを、何か策に使用することでしょう。とは言え、私もスローヴェンの言う通り、今の段階ではリン達の命の危険はないと考えます。ただ処刑するよりも、策に使った方が効率的です。チェイスが、私の知っているチェイスなのなら……。」
ジェーンが一点を見つめて黙ってしまった。いつもと変わらない無表情だが、やはりチェイスが裏切ったことで、彼は傷ついたのだろう。私は背中をさすってくれているジェーンの腕を掴んだ。ジェーンは私を見て、それから言った。
「……場所が分かり次第、救出方法を考えましょう、キルディア。」
私と一緒に居なかったら、ジェーンはこんなに頑張ることも、傷つく事も無かっただろう。もうこれ以上、彼を苦しめるのを避けたいのなら、今すぐにでも、彼の世界に帰らせれば良いのだ。しかし、それが言えない。今はどうしても、彼が必要だ。
じっと黙っていると、ジェーンは私に聞いた。
「何か、考えていることがあるのなら、素直に私に仰ってください。」
「え?そんなに考えてた?」
「明瞭です。」
ジェーンが微笑んだ。その微笑みが苦しい。私は、目を逸らしながら、言いづらいことを言ってみることにした。
「ジェーン、お願いがある。」
「は、はい。」
彼をチラッと見ると、彼の顔面、そして耳の先までもが、綺麗に赤く染まっていたので、驚いた私は、もう一度彼の顔を見てしまった。じっと私を見つめて、私の質問を待っている。なんだかその空気が耐えられず、私はまた何処かに目を逸らし、彼に頼んだ。
「……悪いけど、これ以上巻き込みたくない。のだけれど、でも、今の私には、どうしてもジェーンが必要です……だから、だから、帰らないで。」
彼の腕を掴んでいた手を、彼にもう片方の手で握られた。彼のほうを見ると、優しく私に微笑んで、それから頷いてくれた。まだ顔は赤かった。
「ふふ、ご依頼を受けるまでもない。私はあなたと、最後まで共に居るつもりでしたよ。一緒に、力を合わせて、リン達を助けましょう。」




