167 箱の中で。
真っ暗で殆ど何も見えない箱の中、何日もここで生活するとは思わなんだ。最初は手を拘束されて輸送車にぶち込まれたが、帝都に着いた途端に別の大きな金属製のコンテナっぽい箱に入れられた。手が自由なのは嬉しい事だが、ずっとこの中にいるのは、正直辛い。
今帝国内のどこにいるのか、移動しているのかすら、分からない。この箱の中には簡易的なお手洗いや、シンプルなシンクがある。食事は小さい窓から、パンが支給される。何もジャムなど付いていない、ただのパン。ベッドは無い、毛布が一枚あるだけだ。
最初は同じ箱に閉じ込められているオーウェンが、小窓の隙間から漏れる光を頼りに手探りで動きながら、支給された、たった一枚の毛布を私にかけてくれた。そんな彼も、何日もここに入れば、もう元気が無く、静かだ。最初の頃のように、私を勇気付けてくれる発言はしなくなった。
仕方あるまい、ここは私が彼を元気付ける番なのだ。私は壁に寄りかかって座っている、ボーボー髭のオーウェンに、こう聞いた。
「ねえ、しりとりしよっか。」
「……今日何回目ですか、それ。」
もうすっかり私にツッコミを入れるようになってしまった。私ったら罪な女ね、また一人の男の心の扉を開けることに成功してしまったのだ。きっと彼が私に告白するのも時間の問題だ。私はちょっと上機嫌になって、冷たい床に寝そべった。ふと、ラブ博士のことを思い出した。
彼はきっと私を心配しているだろう。そう考えると、この状況でも元気になれる。でも待てよ、彼はジェーンとはまた違った感じのサイコパスだ。あの女は死んだか、ならそれまでだ。なんて変に諦めちゃってるかもしれない。
「嫌だ……そんなの嫌だよ……博士……。」
「リンさん、またスローヴェン博士のことをお考えで?」
「そりゃそうでしょ、私は好きな人が居るんだから、こんな状況で考えちゃうのは、その人のことばかりに決まってる。ねえ、そう言えばさ、オーウェンは好きな人いるの?」
「え……」
おやおや?居るのかな?もしかしてキリー……って考えるとちょっと笑ってしまった。
「ねえねえ、どうなの?居るの?」
「……はあ」オーウェンのため息が聞こえた。「そういったことはよく分かりません。私はルミネラの騎士です。騎士は、行きずりの恋にかまけている暇などありません。朝も昼も夜も、己を鍛錬するのみ。その結果、ギルバート様のようになれるのです。」
「ああ、なるほどね……今までキリーに恋人が一人も居なかった理由が、分かった気がするわ。」
「ああ!嬉しきかな!あの戦場に駆けるガゼル、完成された究極の勇姿、かのギルバート様も私と同様「それやめて、お願い」……失礼しました。と、兎に角、私達は士官学校の時から、そう言う風に肝に命じることを教えられ、鍛錬に謹んできました。しかし、こうして囚われの身になるのだったら、一人ぐらい誰かと恋をしても良かったと、思います。改めて実感しますが、我々は囚われてしまいましたね……。」
オーウェンが立ち上がった。仄暗い中で彼は、右手を胸に当てる、騎士団のポーズをした。
「これからあなたは分かりませんが、元々騎士であった私には、きっとこれから、きつい拷問が待っているでしょう。その前にやるべきことがあります。」
え、何だそれは。まさか、まさか彼は拷問を受ける前に、自らの命を絶とうと考えているのでは!?それは良くない、この狭い空間に死体が発生するのは勘弁だ!私は思いっきり叫んだ。
「オーウェン、きっと助けに来るから、大丈夫だから、変なことをしないで!お願い!この密室で、空気穴が何処にあるか分からないドアも何もない、小窓はあるが外側がカバーで覆われて、景色も何もありやしない、こんな世界で!変なことをしないでえええええ!お願い私を困らせないでえええええ!焼肉食べたいいいい!」
ついでに願望を叫べたのでスッキリした。あースッキリしたわ。私は笑みを浮かべて、咳払いした。するとすぐに小窓がガラッと開いて、新光騎士団の騎士が、こちらを覗いて、怒鳴ってきた。
「何をしている、またお前達か!」
すぐにもう一人騎士がやってきて、チラッとこちらを覗いてから、その騎士に怒った。
「だから男女同じ部屋にするなって言ったんだ!いくら元騎士だからって、腹減った時にステーキが目の前にありゃ手を出すだろうが!ここで面倒起こされたら俺が責められるんだぞ!」
「すみません、隊長……」隊長は去って行った。騎士は不満そうな顔で、我々に「お前達、いい加減静かにしろよ、もう……。」と言ってから、小窓をぴしゃりと閉めた。
隣に座り込んだオーウェンが、ため息を漏らした。
「はああ……また何もしていないのに、そんなつもり微塵も無いのに、誤解されました。やるべきことは、覚悟を決めること、それだけでしたのに。」
「まあまあ、どうにかなるって!」
私はオーウェンの肩をさすった。可哀想に、自分を追い詰める程に、彼は憔悴しきっている。ここは私が励ます番なのだ。
だが、あとどれくらい、この生活は続くのだろう。ウォッフォンはデータを抜かれるのが怖くて、輸送車にぶち込まれた瞬間に、私の隊とオーウェンの隊、全員のウォッフォンを緊急停止させたのだ。ユーク大でシステムを専攻していたこともあり、それくらい出来る。キハシ君ほどじゃ無いけど。
それもあって、ウォッフォンはライトもつけられないガラクタだと判断したチェイスは、我々のウォッフォンを回収しなかったのだ。私は今となっては飾りのウォッフォンを暗闇の中で触った。好き勝手にネットを見て、ラブ博士に「起きてる?」だの「寝てる?」だのメッセージを送りまくってた頃が懐かしい。
ウォッフォンのボタンを押した時だった。がたんと床が揺れた。オーウェンが私を庇うように壁ドンの姿勢を取ってくれた。何度か揺れた後に、ふわっと落下した時のような無重力を味わった。
そして、この部屋の小窓が開いて、何人かの騎士が覗いてきて、それから、この部屋の重い扉が開いた。騎士が入ってきて、我々に手錠をかけながら言った。
「時間だ、移動する。」
久しぶりの日光に、目が眩んだ。それでも早く行けと騎士が煩いので、さっさと部屋から出ると、何処かの建物の通路だった。他にもLOZの兵士達がぞろぞろと歩いている。みんな無事だったんだ!私は嬉しくなった。
古い、牢屋みたいな場所で、土の甘い匂いがした。通路の窓からは真昼間の太陽の光が注いでいる。こんな状況だけど、その光で少しだけ気持ちが明るくなった。暫く歩いていくと、ある檻の前で我々は止まった。
「お前はここだ。」
私は手錠を外され、一人で中に入れられた。あれ?オーウェンは何処なんだろうと思っていると、彼は隣の部屋に入れられたようだ。何だ、お隣さんならまだいいやと、私は鉄格子の部屋の中にある、錆びた鉄パイプが特徴的な、ボロボロマットのベッドに腰掛けた。箱の中より快適じゃん。
様子を見ていると、他の皆も続々と各個室に分けて入れられているようで、我々の身柄はこの地で固定されたのだろう。ああ、移動が長かった。通路に誰も通らなくなって、新光騎士団の兵士が姿を消してから、私は檻を両手で掴んで、隣にいるオーウェンに向かって声を出した。
「オーウェン」
「……はい?何ですか?」
「ここは牢屋かな?」
「そうですね、騎士団の収容施設です。しかし何処の施設も同じ構造なので、場所までは分かりません。移動時間からして帝都では無いはずで、イスレ山には三ヶ所あって、帝都とヴィノクール間のルミネラ平原にも二ヶ所ありますし、あるいはハウリバー平原……はもうLOZの管轄ですからね、そのいずれかでしょう。」
しかしまあ、同じ階に収容されているだろう隊員の皆は、シーンと静まり返っている。もっと話せばいいのに。私はオーウェンに聞いた。
「これから何か、拷問でも実験でもされるのかな?我々って罪人?」
「まあ、反逆罪は堅いでしょうね。我々は皇帝に背いた罪人であることは間違い無いでしょう。しかし、私はこの行いを悔いたりはしません。今の皇帝は酷いものだ。民の幸せより自分の幸せを優先してしまっている。あの陛下のことだ、我々を拷問して情報を吐かせる、いや、戯れに拷問することだって考えられる。でも……我々にはLOZの皆がいます。信じて、ギルバート様達を待ちましょう。」
他の部屋から、おお……という皆の声が聞こえた。そうだ、信じて待っていれば必ず助けに来てくれるよ。他の隊員達は同じ部屋に何人か一緒に入っているようで、ヒソヒソと話し声が聞こえた。いいなあ。
「ねえオーウェン、何で私たちは別々の部屋になっちゃったのかな?」
「煩かったからでしょうね。」
「そうなの?あれぐらいでそんなに思われるの?」
オーウェンは何も答えてくれなかった。なんだつまんない、もう話終わりか。やっぱりツンツンしてても、いつまでも話に付き合ってくれるラブ博士の方がいい。
私は檻から離れて、ちょっと歩いた時に、手がベタベタになっているのが分かった。手のひらを嗅いでみると、鉄の匂いがした。部屋の中にある年代物のシンクの蛇口を捻ると、水がチョロチョロ出たので、手を洗った。きっとみんな来てくれる。大丈夫。そう思うしかなかった。




