150 夜空の宝箱
研究所を出て、夜の街を二人で歩く。話題はキリーとジェーンの仲の良さについてだった。ジェーンは過去に帰るから、その時はキリーが精神的にくるだろうね、っていう他愛のない話題だ。
そして我々が住んでいる住宅街に向かう帰り道にある、セントラルパークの噴水広場に着くと、何故か博士が立ち止まった。
「リン」
「はい?」私は首を傾げた。
「時間はあるか?」
「はい、ありますよ。うちに来ますか?」
「馬鹿、違う。……少しここで、待っていろ。」
と、博士は私を置いて何処かに行ってしまった。どうしよう、どこで待っていようかな。この噴水広場は夜はライトアップされており、周りはカップルだらけだ。ふふっ、この魅惑的な雰囲気の中で押しまくれば、博士のことをお持ち帰り出来るかもしれない。
もし成功したら、この場所をジェーンにも教えてあげよう。そしたらあの二人は、この世界にいる間は付き合って……私はキハシ君からお金をゲット出来る。そう考えてニヤニヤしながら、その辺のカップルを見ていたら、彼らは私の視線に気付いて何処かへ行ってしまった。申し訳ないことをしちゃったかな。
私は近くの石で出来たベンチに座った。博士遅いな。もしかして私を置いて行こうとしているのかもしれない。ちょっと不安になってきた。こう言った現象は、合コンの後で何度も経験している。慣れっこだけど、相手が博士だったら尚更嫌だ。
しかし噴水の向こうから、博士が小走りでこちらに向かってくるのが見えて、私はとっても嬉しくなった。ちょこちょこして可愛い。
「……はあ、待たせたな。ほら。」
博士は私の隣に座ると、缶ジュースをくれた。パイン味のジュースだ。
「これ買ってきてくれたんですか?」
「……まあな。これかコーヒーしかなかった。リンはロビーで死ぬほど飲んでいるだろう、コーヒー。」
「はい!ありがとう~博士。」
私は彼にウィンクをした。これもジェーンの受け売りだ。レジスタンスのキリーのテントから出る時に彼がやっていたように、私も真似をしたのだ。ラブ博士は少し笑った。
「何だそれ、古くないか?」
「え?古いの?まあいいじゃないですか、アピールにはなったでしょ。」
私はジュースを飲んだ。博士も同じジュースを飲んでいるが、何も言わない。でもなんか言いたげな雰囲気があった。博士は手に持っている缶の水滴を、親指で拭っている。
「ねえ博士、どうしたんですか?なんか、言いたげ~。」
「……一つ、言っておきたいことがある。」
「え」
何だろうこのシリアスな雰囲気。ああ、でも既視感がある。分かったぞ、もう俺を好きになるなとか、俺はもうちょっと大人しい人が好きだとか、そういう類の流れっぽいな……合コンで知り合った人達に散々言われてきたやつだ。
「あ~あ」
「何を、ため息ついてるんだ。」
私は死んだ魚のような顔で博士をじっとりと見た。博士は私を二度見した。
「だってさ……俺を好きになるな、とかそういうテンプレを今から言おうとしてるんでしょ?もうそれウンザリなんですよ。何度私にそれを言うつもりですか?」
「お前、俺にそれを言ってもしょうがないだろうが……」
ラブ博士は手の甲で、私の肩を軽くコンと叩いた。
「だって……」
「それに、そう言うことではない。俺を好きになるな、とは言わない。だが、俺について……ボスから何か聞いているか?」
「え?」
何のことだろう。キリーから何か言われてたっけ?私は特に気になることが見当たらない。
「何も目立ったことは聞いていません。博士は帝国大の卒業で、帝国研究所にいたことがあって、家は私のマンションの近くで、コロンはバーバリアンの二番ですよね。」
「……なんだかよく俺のことを知っているな。」博士がため息をついた。「そうか、それだけか、やはりな。それならいい、帰るぞ。」
ラブ博士が立ち上がろうとしたので、私は咄嗟に手首を掴んだ。細かった。
「ま、待って!それ教えてくださいよ!知りたいですよ!何でも言ってください!何でも乗り越えられますから!」
「……はあ。まあ、それを知った方が、もう俺に付きまとうことも無くなるか。」
ラブ博士は私の隣に座り直した。そして膝の上に肘を置いて、話す態勢に入った。何のことだろう。私もゴクリと彼の言葉を待った。
「……実は、リン。俺は子どもの頃、女性だったんだ。気持ち悪いだろう?」
「……。」
私は空いた口が塞がらなかった。そして咄嗟にラブ博士の胸を触った。博士は私のその手を叩き落とした。
「な、何をしている……!」
「だって胸がない!」
「だから子どもの頃、と言っただろうが!はあ。」
なるほど……なるほど、なるほど。しかし博士の声はソーライ研究所内だと、ジェーンとクラースさんぐらいに低いし、タージュ博士とロケインなんか高すぎて、博士と比べるとオクターブ違うと思う。
それに女性らしさはさっきの胸もそうだが、全くない。肩も腕もゴツゴツしているし、手だって骨っぽさが出てる。そうだ、体の匂いを嗅いでみよう……。
「お、お前、息が荒いな……。」
「ハアハア、それでどう言う話なんですか?」
博士は黒色の髪をかきあげた。嗅いでいるとラブ博士からバーバリアンの二番の匂いが、ほのかに彼の匂いと混ざっている。それも嗅ぐ限り、男らしい匂いだ。もっと嗅いでもいいぐらいです。
「どうって」博士は私を手で追っ払おうとしながら言った。「そう言うことだから、あまり俺に期待するなって。あと嗅ぐな!」
「いや!期待しますとも!それにいくらでも嗅ぎます!いい匂いですもん!」
その時、私は博士の膝に置かれた彼の手を見つけて、素早く握った。ただのごつい手だ。だが、ちょっと小さい。可愛い!なるほど、リン今テンション爆上がりしてます!
「なるほど!これがその名残か~!」
「お前……何なんだ、その湧き上がる力は……怖い。」
そうだそうだ、博士が秘密を打ち明けてくれたんだから、私もちゃんと自分の気持ちを言おうと思った。ラブ博士は本当のことを言ってくれたいい人だ。私だって正直に話す!
「博士、私はそんなことで、かっこいい博士のことを嫌いになんてなれませんよ。寧ろこう!ムラムラ……いやこれは取っておこう。レーガン様はレーガン様です。それに性別など関係ありません。リンは何とも思いませんし、皆だって思いませんよ?」
「途中ちょこちょこ気になったところがあるが、それは置いておこうか……しかし、そうは言っても気になるだろう。」
「何言ってんの!」私は立ち上がり、手首のブレスレットを短機関銃に変えて叫んだ。「あんたは男だ!誰だそんなことを気にするやつは!私がそいつをこの銃で蜂の巣にしてやろうか!」
と、銃で撃つふりをした。それを見た博士は、微笑んでくれた。初めて見る優しい笑みだった。オーマイ。
「ふっ……そう言ってくれて、ありがとうな。」
今ならいけるだろう。
「テイラー様ぁぁぁぁ!」
私は口を突き出して博士に突撃したが、サッと避けられて逃げられてしまった。
「まったく、すぐに調子に乗る!はあ、いっそのこと嫌ってくれたら楽だったかもな。」
「それはあり得ません。もうリンはロックオンしています!残念でしたね!」
「ああ、非常に残念だよ。じゃあ俺は帰る。」
「ああん!私も帰ります!待って!」
ラブ博士が歩き始めたので、私も急いで彼の隣へ行って、並んで歩いた。博士とは近所だから、あと少しだけ一緒に居られる。そしてちょっと気になることがあって、私は博士に聞いた。
「ねえ、ボスっていうかキリーは、博士のそのことを知ってるんですよね?」
「ああ、まあな。あとはケイト先生も知っている。」
「ああ、ならいいや……。」
もしキリーだけがラブ博士の秘密を知っていたなら、ちょっとヤキモチの対象になったかもしれないけど、そうで無かったのでよしとする。でもよく考えたら私に博士を紹介してくれたのは彼女だったので、寧ろ感謝するべきか……。
まあ、少しだけラブ博士と近づけたような気がして、ふと見上げた星空が宝箱のように感じた。
「お前さあ……」
「はい?」私は博士の横顔を見た。
「さっきの銃で戦おうと思っているのか?」
「そうですとも?スコピオ博士に頂いたこの銃、結構使いやすいですよ?今までこれで戦ってきましたもん。」
「はあ……明日俺に貸せ。結構コストかかるけどいいや、改良する。」
「じゃあ!ジェーンの銃みたいにスコープ付けてください!それから火力を増すのと、デザインも変えて「煩い」
ラブ博士は一度もこちらを見てくれないまま、歩くスピードを速めた。私はちょっと口を尖らせて、博士に必死について歩いた。彼は遥か昔、性別の壁を乗り越えただけなのだ。私、リンは男も好きだ。ラブ博士みたいな男の人が好きなのだ。




