14 騒がしい街の理由
彼女の部屋の一階に住まいを確保出来たのは幸いだった。この島で部屋を探す場合、彼女の自宅の近くに、住居を構えたいと願っていた。私は過去から来た人間、まだ、この世界での微細な部分の文化や習慣を、完璧には理解しておらず、些細なきっかけで、私のことが周囲に漏洩してしまうことを一番恐れている。
故に、緊急時や事件が発生した際に、迅速に彼女と連携を取ることが最重要だと考えていた。一時は、帝都に住むかもしれないとなった時は、正直失意を感じたが、あの不動産屋で、彼女の自宅の部屋が空いているのを発見出来て良かった。キルディアは渋々、と言った態度だったが、あれから彼女は、度々下に住む私を気遣ってくれて、たまに手料理を差し入れてくれる。
それは、私が秘書であるからか、部下であるからか、私は彼女の親友でもあるから、もしや他の従業員に比べて、私は特別扱いを受けているのではないか、と浮かれた気分になることもあった。しかし、その雲の上にいるような気分はすぐに砕かれた。彼女は手料理をタッパーに詰めて、アリスやリン、キハシにまで与えていたのだ。彼女にとって、手料理を他人に振る舞うことは、特別なことでも何でもない事だった。彼女は優しい、しかしそれと同時に、私にとっては残酷に感じられた。
未だ説明のつかない感情を抱く私は、彼女がキハシ達に手料理を振る舞うのを見た翌日から毎朝、早めに玄関から出て、階段下で彼女を待つようになった。少しでも二人きりの時間を作りたかった。いくら私は秘書といえど、研究室で彼女と一緒に居られる時間は少ない。執務に、電話会議、来客応対、彼女にしか出来ないことは、山ほどある。その間、私は研究開発部の方で依頼をこなし、アリスやタージュ、ラブ博士と共に、設計の確認を取る。
昼休みはキルディアと共に、街のレストランに行くが、その時の彼女の食べる速度は、とても速い。ギルドで培った技術らしいが、私は未だに付いて行けず、食べる量を減らすことになった。おかげで今は、少し体重が落ちている。そんな忙しい昼休みの食事で、何を話すことも出来ない。それもあり、私は毎朝彼女を、玄関前で待つようになった。
最初は「待っていなくても、先に行ってていいのに。」と、困った様子だったが、それも数日間続くと「おはよう、じゃあ行こうか」と、変化した。この経験から、私はやりたいこと、したいことが、他人を対象に生じている場合、当初の相手の意見を真に受けずに行動しても、続けていれば、受け入れてもらえる可能性がある、と言うことを学んだ。それまでは、もし他人が断りでもしたら、そのことだけを信じて、私はそれ以上の行動をとろうとはしない考えを持っていた。この学びは、見方を変えれば、ただの我儘かもしれないので、慎重に判断すべきだが、良い経験だと考えた。
その日の朝、私とキルディアは、共にユークアイランドの常夏の街中を通り、研究所へと歩いて向かっていた。しかし通常よりも、街が騒がしい雰囲気を持っていた。人々は立ち止まり、しきりにウォッフォンでニュースを確認しては、何やら真剣な面持ちで話し合っている。そんな様子に気付いていないのか、キルディアはウォッフォンで時間を確認しながらスタスタと歩みを進めている。私は彼女の腕を掴んだ。彼女は驚いた表情で私を振り向いた。
「な、何?」
「何って、何だか様子がおかしい。やけに騒がしくありませんか?」
「本当だ……今日の会議のことばっか考えてたけど、なんか騒がしいね。」
「訳を、誰でも良いので聞いてきてください。」
「えー?自分で聞けば良いのに。ジェーンがその辺の女性に聞いたら、みんな喜んで答えてくれるよ。」
「何を言いますか。それに、聞いたはずみで、私が普通の人間でないことが悟られたらどうしますか?あなた責任を取れますか?」
「分かったよ……。」
キルディアは、あからさまに嫌な顔を私に向けて肩を落とした後に、辺りを見回した。私たちの周りには、通勤途中のスーツ姿の男女や、通常なら家で支度をしているはずのエプロン姿の主婦や、その子ども、お年寄りの方々も、外に出ていた。これは何かがあったに違いない。私はウォッフォンでニュースを確認し始めた。彼らの不安げな表情を見て、キルディアも悟ったのか、彼女は真剣な声で、私に話しかけた。
「何かあったっぽいけど、なんだろう。」
「何も、目新しいニュースはありませんが。何かあったのでしょう。」
私はニュース画面のホログラムを閉じた。この世界は、この腕時計で何でも確認できる。テレビ番組もネットも、このホログラムで映される。私の時代では考えられなかったことだが、街の人々は当たり前と言った顔で、ウォッフォンを操作しては、不安げな顔をしている。兎に角、我々には、何故彼らが不安げな顔をしているのかが理解出来ていない。早くキルディアに、その理由を聞いてもらいたい。私の想いが通じたように、彼女が、こちらに向かい歩いてきたサラリーマン風の男性に話しかけた。
「すみません!急に話しかけて。何かあったのですか?騒がしいけれど。」
その二十代前半と見える、眼鏡をかけたスーツ姿の痩せた男性は、キルディアの声に立ち止まり、混乱している様子を何とか抑えているのか、手に持っているハンカチで何度も額の汗を拭って、我々を交互に見て話し始めた。
「いやあ、確かな情報じゃない。さっき僕も、誰かに聞いてみたんだが、どうやら皇帝が、暗殺されたらしい。」
『なっ!?』
私とキルディアの声が重なった。ルミネラ皇帝が暗殺された?帝国研究所時代に、何度か謁見の機会を与えてくださったことがある。まるで陽だまりのような優しい笑顔と、幾つになっても謙虚さを忘れないお方で、初めて会った私にでさえ、手厚く城まで来たことへの感謝の気持ちを述べてくださった。そんな非凡な人柄の良さを感じられた、あのお方が……この帝国に彼を嫌う者など居ないと、だからこそ、この世界にこの帝国しか無くとも平和だったのだと、私はそう思っていた。私は彼に聞いた。
「それは、誠ですか?」
「お、俺は、頻繁に取引先がある帝都行きのアクロスブルーラインに乗るんだ。今日も乗る予定だったが、電車がいつまで経っても来なくって。それで、駅で誰かに聞いてみたんです。そしたら、そうだって話されて……でも多分、本当らしいです。ニュースにはまだなっていないから、詳細は分からないですけどね。それもあって、見た通り街中がかなり混乱してて、電車も止まったんだと分かりました。ああ……大事な商談が控えていたんだが、いや仕方ないことなんだけど。お、お姉さん大丈夫?」
彼の一言で、私は隣立っているキルディアを見た。かなり青ざめた表情で、彼女は一点を見つめて、何も答えなかった。それほどに、悲しみの衝撃を受けているのか。
「キルディア?かなりショックを受けているようですが……。」
私の言葉に、彼女は何も答えなかった。目の前の男性は彼女の様子を見ながら、額の汗をまた拭いながら言った。
「確かに、そういう反応をするのが、帝国民として妥当なんだよな。なんたって皇帝は、我々の全てなのだから。ああ、それなのに俺は、仕事の心配ばかりしててダメだ。ああ……もう先に行きますね。」
「え、ええ。お話しして頂き、ありがとうございました。」
男性は軽くお辞儀をして、足早に去って行った。隣にいるキルディアを見ると、彼女は顔を両手で覆って、肩を震わせていた。もしや泣いているのか。この場合、私はどうすれば……。つい軽く挙げてしまった手のひらを、そのままに、いつか妹と共に観た、映画のことを思い出した。




