139 彼女の真相
「博士、」
ジェーンは振り返らずに聞いた。
「はい?」
「……キルディアさんを呼んでください。」
「何故です?」
「別件の話です。」
まじか、今度は私と話すのか。隣のクラースさんと目が合った。彼は歯をくいしばった顔で、何かをサイレントで私に言っている。(行くな、行くな)だった。そりゃ私だって行きたかないよ。でもジェーンは「かしこまりました」と、こちらに向かって歩いてきた。
私は階段を降りて、ジェーンの手招きにあった。私はアイリーンさんに近付いた。しかしアイリーンさんの視線は私の隣に向いていた。横を向くと、隣にはジェーンが立っていた。
「シードロヴァ博士、私は、彼女と二人でお話がしたいのです。」
「誰も、二人きりで話すことを許可していません。」
「ですが、」と、アイリーンさんが私を見た。「私は何も、あなたをどうこうしようとは思っておりません。どうか博士に離れる様、あなたからも伝えてもらえませんか?」
「う、うーん……」私はジェーンを見た。彼の真剣な瞳と目が合った。私は、まあいいか、とジェーンに言った。「じゃあ、二人で話すから、ジェーンはクラースさんのところで待ってたら?」
ジェーンが振り向いて、階段上にクラースさんが居るのを発見すると、彼はふっと少し笑いを漏らしてから、クラースさんの方へと歩いて行った。腕を掴まれた。アイリーンさんが、もう少し砂浜に近いところまで歩を進めて、立ち止まった。
彼女は私に顔を近付けて、誰にも聞かれない様になのか、かなりの小声でこう言った。
「……あなたは、シードロヴァ博士の結婚の邪魔をしたいのですか?」
「いや、べ、別にそういう訳では無いけれど……。」
ただ仲が良いだけだ。危険な程に。私だって、元騎士として守りたいものがある。でもそれがちゃんと出来ているのかキルディア?うーん、それは自信のないところです。今日は帰ったら、お尻を触る実験をするみたいだからです。
でも我々にはそれ程、経験が無いのだ。知識だって……それは調べれば良いのだろうが、そうか、今度自分で如何わしいサイトでも見て、勉強してみよう。そうすればスキンシップのボーダーラインが見えるはずだ。
「ねえ、あなた聞いてる?」
「え?何でしたっけ?」
「全く……博士もそうだけれど、結構酔っているみたいね、お酒くさい」アイリーンさんがため息をついた。お酒くささについては、申し訳ないの一言だ。「じゃあどうして一緒に暮らしているのでしょう?今夜はデートをしていたのでは?」
「一緒に暮らしているのは、その時、不動産に空きが無かったから。今夜は職場の友が合コン開きたいって言うから、私もジェーンも人数合わせの様なものだよ……。」
「あら、そうなの。」
と、満足げに私を見下ろした。絶対この人私を下に見ているだろうと、態度からモロに伝わってきて、悲しい。私は苦笑いして言った。
「もう良いですか?」
「いえ、実は、大切なことをあなたに伝えたいのです。」
アイリーンさんが更に近付いて、私の耳にこそこそ話をした。
「実は、シードロヴァ博士は、私の先祖なのです。」
「エエエッ……!?」
先祖!?と言うリアクションを取ろうとしたが、アイリーンさんに口を塞がれて、しーっと釘を刺された。それにしても、まさか、アイリーンさんはジェーンの……子孫だったの!?ええ!?驚き過ぎて、酔いが吹っ飛んだ。私は彼女に聞いた。
「それは何処で分かったの?」
「帝国研究所で行った、遺伝子研究の為のサンプル提出で、このことが判明しました。博士は知らない様ですが、確かに私は、彼の子孫です。」
「じゃあ何でこんな、夜に訪れて口説いたり、あんな、自分の先祖に接吻すると言う、破廉恥な真似を?」
私の質問にアイリーンさんが眉をピクッと揺らした。
「接吻っていつの時代よ……別に、従兄妹同士でも恋に落ちることはあるでしょう?だけど私は、あくまでも博士が元の世界に帰るまでの間、共に研究をしたり、仲を深めたかっただけ。キスはただの好奇心の結果、してみたかったからしただけです。兎に角、あなたに伝えたいのは、この現実において、何よりも大事なのは、博士が元の世界に帰り、奥様と親睦を深める様になって頂くことなのです。」
「え?じゃあ今のままじゃ、アイリーンさんは生まれないってこと?き、消えるの!?」
「なるほど、奥方様とはうまく言っていない様ね、だからあなたと仲が良いんだわ。そう、このままでは私は消えてしまう。だからあなたからも、帰って奥様と仲良くする様に彼を説得して欲しいの。でなければ、私は消えてしまう。」
アイリーンさんはとても辛そうな顔をした。ああ、そうだったのか。ジェーンは、カタリーナさんと仲良くすべきなのだ。そうしないと、アイリーンさんが生まれない。確かに言われてみれば、アイリーンさんは目元が何処となくジェーンに似ている。
そうか、ジェーンは帰ったら子どもを作るんだ。まだ私がよく知らない、情愛の猛りをカタリーナさんと……つい、泡を吹きそうになったが、何とか堪えた。胸を押さえて呼吸をし、二人が子どもを作る場面を想像した。
しかし私の知識は保健の教科書止まりなので、テキストの挿絵を参考に、断面図になっている二人を想像してしまった。どうやって子どもが出来るのか、その仕組み分かる。だが、その詳細は知らない。それはやはり、帰ったら如何わしい動画でも見ないといけない。怖いけど。
「う、うん……まあ私は元々、ジェーンが帰って幸せになってほしいと思っていたから、その働きかけは出来るんだけど、そうか……ジェーンが。そうだよね、二人は結婚しているんだ。帰ったらきっと、今まで会えなかった分、情が湧いていることに気付くのかも。」
「あなたの言う通りなのか、それとも、あなたが説得したから彼の気持ちがこれから変わるのか、分かりません。でもこれだけは定められている。近い未来、彼は帰る。そして私が生まれる理由を作ってくれる。あなたもこの重要性、理解しているわよね?」
うん、と無言で頷いた。とても頭が重く感じた。アイリーンさんは、微笑んでくれた。
「よかった、それだけあなたに言いたかったの。博士にこのことを話せば、きっと彼は動揺するはず。繊細な問題だから、どうか他言はしないで。」
「うん、うん、分かった。それとなく、奥方様と仲良くしてもらう様に、伝えるよ。」
「ありがとう、キルディアさん。それでは、あの階段上の彼にも宜しく。」
「あ、ああ。」
アイリーンさんは手を振って、夜のサンセット通りを歩いて行った。私は暫く彼女のすらっとした後ろ姿を見て、確かに、体型も何処となくジェーンに似ていると思った。
色々と考えながら、肩を落として歩いて行くと、クラースさんとジェーンが不思議そうな顔で、一階の玄関前に立っていた。私は何も言わずに玄関を開けて、中に入った。ジェーンはクラースさんに「そ、それではお休みなさい」と言い、「あ、ああ」とクラースさんの返事が聞こえた。
ウォッフォンで電気を点けたと同時に、パタリと扉が閉められた。彼は、そうか、これから子どもを作るのだ。そうしなければ、アイリーンさんが、消えてしまう。彼女だけではない、この世界にいる彼の子孫の全員が消えてしまうのだ。
私は眉に力を入れて真剣に考えて、額に手を当てた。これ以上、下手なことをしてはいけない。親友では危険なら、友人、いや、ただの仕事仲間に戻るべきだ。




