13 ゆるい部屋着
ジェーンが推理を私にぶつけた。
「これ、男性用の衣服でしょう?しかも私は、男の中でも背が高い方で、私の体に合うサイズの服を探すのに、苦労するのです。きっと、あなたの部屋に部屋着を置いていく誰かさんも、私と同じくらいの背丈なのでしょうね。」
薄ら笑いをこちらに向けた彼が、何を考えているのか理解出来た。なるほど、服のサイズが大きいから彼氏が置いていった部屋着だと思って……って、そんな訳あるかい。私は連日の疲れに、思い通りに行かないプライベートに、もう精魂疲れ果ててしまった。脱力しながら、ゆっくりと椅子から立ち上がって、彼の着ているジャージを指差しながら言った。
「あのね……あのね……それも私のなの。貴重な休日、たまに、このゆるーい洋服を着て、アイスを食べながら、この部屋で過ごすことが、どれほど幸せなことか!これがあるから私は、今まで生きてこれたんだ!彼氏なんか、もうずーっといないよ!あなたと違ってモテませんからね!」
ああ、知り合って間もない人間に、恋愛事情まで言わなければいけないとは、この世は恐ろしい。
「なるほど。敢えて、緩い部屋着を用意していたのですね、日々の職務での窮屈な思いから解放される為に。」
「そうですよ、そう。」
「そうでしたか、いや失敬。中々、それも良いと思います。それに、私はあなたが思っているほどモテません。」
「中々良いとか、そんなフォローは要らないよ……いやいや、ジェーンはモテるでしょ。この」
外見で、この物腰の柔らかさで、紳士的な装いで、モテないはずがないじゃない、と言いかけて、喉の奥へと飲み込んだ。お金持ちのお嬢様とかが好みそうな男性のイメージを、そっくりそのまま実態化したようなものだ、ってリンが言っていたから、そうなのだと思う。私はとにかく恋愛や色恋に疎いから、いつも街コン合コンに行っている百戦錬磨のリンの意見を参考にしたのだ。腰に手を当てて仁王立ちをしつつ、私は彼に聞いた。
「ジェーンの方こそ、彼女さんは?私に聞いてきたのだから、そっちだって答えてよ。」
「この世界ではいません。」
「ほう……!」
この言い方は何かあるとみた。
「過去の世界には居るとか?」
「いません。」
あれ?そうなのか?てっきり居るから、限定的な言い方をしてきたのだと思ったのに。ジェーンは使い終わった食器を重ねながら言った。
「妻がいます。過去の世界には。」
この人、結婚していたのか!それは早く帰りたいはずだ。それにしても、どうしてそのことを言ってくれなかったんだろう。過去の話をしても部下や上司、友人が待ってるって言って、全然、奥方様が居ることを話してはくれなかった。別に気にしないのに。
「それじゃあ、早く帰らないといけないね。何て言う名前ですか?」
「カタリーナです。」
ジェーンは俯いて、そう喋った。きっと彼女のことを思い出しているのかもしれない。きっと彼女のことを思い出してしまって辛いから、話そうとしなかったのかもしれないと気付いた。ああ、もう少しジェーンのことを考えるべきだった。私が彼の肩に手を置くと、その手の上に彼の手が置かれた。
「じゃあ……早く、カタリーナさんの為に帰らないとね。パーツ集めて、レア鉱石集めて、あの機械を元通りに修復しよう。私も全力で手伝うから。」
「まあ、彼女は放っておいて大丈夫です。半ば政略的な結婚で、彼女との間に子どもはいません。別居していますし、ご存知の通り私は研究馬鹿なので、彼女に会う時間が勿体無いと考えます。ですから私には、彼女に対する感情はありません、彼女の方はどうだか知りませんが、多分私に感情など持っていないでしょうね。」
「……。」
何て言ったら良いのか分からなくて口を開くことが出来なかった。こう思うのは別に初めてのことじゃ無いが、ジェーンはたまに、感情が全く無いロボットのように感じる。例え政略結婚だったとしても、普通は自分の妻がいるなら、研究よりも優先して会うのでは無いか?離れていても会いたいと思うのでは無いか?もしかしたらきっと、彼はそうは言いつつも、そのポーカーフェイスの下に、本心を隠し持っているのかもしれない。そうに違いない、と頭の中で結論付けた時に、彼が言った。
「私にも色々と事情があります。しかし、私を待っている部下や友人がいることは確かですから、早く帰ることを望みました。」
「うん、そうだね。みんな待っているから、頑張ってパーツと鉱石を探そう。それに、この世界にいる間は、ここの一階の部屋とか研究室とか、ジェーンが居たいと思った場所が、ジェーンの居場所だからね。それは約束する。」
「居場所ですか……分かりました。ありがとうキルディア。」
ジェーンが微かに笑ったので、私も彼に笑顔を向けた。長い夜だった。




