129 初陣の味
どうしてホログラムが終わってしまったのか、僕がウォッフォンを見ると、ホログラムの画面が砂嵐になっていた。
ああ!?僕はハッとして、ジェーンの手元を見た。やはりその手には、電磁パルスを発生させる装置が握られていたのだ。あれで通信機器の自由が効かなくなり、ホログラムが邪魔されてしまっている!
僕がこれを作成したのは、ジェーンがまだ帝国研究所にいた頃だから、きっと彼は僕がこれを持って来ているのを、見抜いていたのか。
ジェーンの隣で、キルディアが飛びかかってきた剣兵を、三人同時になぎ倒したのが見えた。きっと騎士達は、彼女一人にとても苦戦しているのだと、戦いに疎い僕でも分かる。彼女は味方を守りながらも、剣兵もブレイブホースに乗った騎兵も、素早く蜂のように刺して攻撃して、まるで隙がない。
と、暫くその状態が続いた後に、彼女が叫んだ。
「くっ……!このままでは戦況が悪い。皆、一度後退する!下がって!」
まあ確かに、周りが敵で囲まれているから、そうするか。僕は皆に言った。
「逃す訳にもいかないんだよね。皆、追ってくれる?」
キルディアの隊は僕達の隊の隙間を見つけ、そこをこじ開けるように逃げ道を確保し、元々いたであろう、先程の跡地左奥に向かい、後退し始めた。僕達も慌てて彼らを追い、数人を捕まえることが出来たが、肝心の彼女は捕まえられない。
寧ろ、彼女が後ろに下がりながら攻撃をして時間を稼いでいるために、ジェーンや他の先鋒隊に逃げられた。そのテクニック、やっぱり民間人とは思えない……しかし数で勝る僕達は、遂に彼女が逃げ出すまでに押し切った。
「よし、追うんだ!」
「はっ!」
僕の号令に皆が従う。逃げていく敵を皆で追いかけて、射撃兵や魔術兵はそのまま攻撃してもらう。足の遅い人、攻撃を食らって倒れた人から順にポロポロと捕らえていく。
このまま勝ってしまって良いのかな。こうしていると、意外と楽しい瞬間もあるものだと、愉快に思った。先程、僕等がいた門の前を通り、彼らを追って、跡地奥の通路を進んでいる時だった。
ドンと鈍い発砲音が聞こえて、僕の隣を走っていた兵士が地面に倒れたのだ。
「え?」
僕は辺りを見回したが誰もいない。取り敢えずしゃがんで、彼の様子を見た。息はしているが、肩を撃たれたらしく苦痛に顔を歪めていた。まずい、どこかにスナイパーがいる。僕は叫んだ。
「待って!剣兵は止まって!」
僕の言葉を聞いた補佐官は止まってくれたが、他の兵達はキルディア達を追って止まらなかった。皆、作戦が上手くいって興奮している様子だった。
「おい!止まれ!チェイス様の命令だ!」
耳が劈かれる程の補佐官の大声で、漸く兵士が振り向いて、足を止め始めた。何処から撃たれたのだろう?
今、僕の場所にはキルディアたちが逃げて行った通路の他に、もう一本、ルミネラ平原に向かう通路がある。そのルミネラ平原へ繋がっている通路の石壁の隙間から、数々の銃口が、こちらを向いていたのが分かった。
まさか……あのニュースは本物だったのか!?いや、あれだけの人数が、ここにいるはずは無い。ユーク側の防衛だってあるんだ、ここに人数を持ってこれる程、彼らに余裕は無いはずだ。他の地にいる義民兵だって、その地を防衛しているはず。ここにこれたのは、限られた人数しかいないだろう。
そうでなければまずい、そうでなければ……数で押し切られて、僕が援軍を手配しなかったことに、罪が発生する。僕は何とか落ち着きながら、命令した。
「射撃兵、魔術兵は、あのスナイパーと応戦して。彼らは人数が少ないから、惑わされないで大丈夫。剣兵は僕と共に、キルディアを追う!」
「はっ……」
その場を射撃兵達に任せて、進もうとした時だった。僕の周りを固めてくれていた剣兵数人が同時に倒れてしまった。敵からも味方からも発砲音が聞こえすぎていて混乱したが、どうやら僕の周りの兵を撃ったのは先程のスナイパー部隊のようだ。
しかし、もう一度彼らの方を見て、僕はゾッとした。ルミネラ平原側からこちらに向かってどんどんと、エストリーの防具を身に纏っている隊員が合流しているのが見えたのだ。嘘だ、そんな人数……いる訳ないのに。
考える力を失った僕に、射撃兵達が訴えた。
「チェイス様!エストリーが次々に合流を開始しています!更にこの地には見失ったレジスタンスも潜んでおります!このままでは押し切られるのでは!?」
「どうして……!あれは、嘘じゃなかったのか?それじゃあ!」
物陰に潜むのは、小動物ではなくなった。統率された動きで次々にターゲットを変えて、遂には僕の隊の射撃兵長を撃ってしまった。
「チェイス様……このままでは!」
「待って、待ってよ!」
補佐官が僕を庇って、物陰に隠れた。気付けば、意気揚々と追っていた剣兵達も、キルディア隊に押され始めていた。次にキルディアの大声が響いた。
「よし、エストリーと合流出来た!今です!反撃の狼煙を上げろ!」
「おおおおお!」
一気にレジスタンスの士気が上がった。何が起きたんだ?挟み撃ちをしていたはずの僕たちが、いつの間にか二方向から攻められることになった。
これはまずい、まずい事になった。一旦逃げて態勢を立て直すことも考えたが、ニュースが本物だとすると、兵力も彼らの方が圧倒的に上だ。僕がこの地で、彼らに捕まる可能性さえ出てきた。だったらここは、兵達を無事に城の元へ返すことだけを、考えるしかない……。
今回の戦は、あのパーツだけが目的だったんだ。陛下もそこまで、僕を責めないだろう。僕は背後の通路を見た。そこはまだ、誰もレジスタンスの兵が居ない。逃げるにはここを行くしか無い。その先は崖になっていて、崖下には海がある。その後のことは、万が一のことを考えて準備してある。
「みんな!」僕は物陰から出て、ウォッフォンに叫んだ。「戦いをやめて!下がって!早く!」
「下がれ!撤収だ!」
僕の声はまだ戦い向きでは無いのか、補佐官が叫んでくれないと皆が聞いてくれない。エストリーと応戦している隊も、キルディア達とぶつかっている隊も、状況を理解すると僕について逃げ始めた。
「なんてことだ……。」
ジェーン、僕は甘く考えていた。息を切らしながら走って、海へと向かう。こんなに走ったことは人生で無くて、何歩めか地面に足をついたときに足首をひねってしまったが、不思議と身体は、その後も動き続けてくれた。
今は陛下の顔色など考える余裕も無い。下手すれば僕自身が捕まってしまう。それが一番恥ずかしい。キルディアにも、陛下にも、向ける顔が無い。息を切らして我先にと走って、僕は海を見下ろせる崖際までやってきた。
崖と言っても落ちても死なない程度の高さだろう。飛び降りて、僕が隠して用意していた船に乗る。それしかもう残された方法は無い。隣にいる補佐官が、銃弾を魔術で防ぎながら叫んだ。
「チェイス様!早くお逃げください!」
「き、君も来るんだ!早く!みんな海に飛び込め!船があるから!」
兵達はブレイブホースを捨てて、海に飛び込み始めた。僕も口と鼻を押さえて、海に飛び込んだ。何とか着水すると、必死に泳いで、船に向かった。
「チェイス様!おつかまりください!」
やっと船に着くと、船乗りが僕に手を差し伸べてくれて、僕を引き上げてくれた。僕は船の上に上がると、びしゃびしゃの髪をかきあげて、彼に言った。
「補佐は?まだこの船に付いていないか!?彼を助けたい」
「し、しかし彼は……!」
船乗りが崖を指差した。嫌な予感がした。僕が急いで振り向くと、僕たちがいた崖の上にキルディアが立っていた。海に飛び込んだ兵は、こちらに向かって泳いできているが、崖の上で追いつかれてしまった兵達は、レジスタンスに拘束されていた。
僕の補佐官も、崖のすぐそばで、後ろ手を拘束されて座っているのが見えた。僕は彼を置いてきてしまったんだと、情けない事に今気が付いた。そして、僕はこの戦いに負けたのだと、実感した。時が止まったように感じる、羞恥にも罪悪にも似た感覚、これが敗北の味か。
「チェイス様……。」
ずぶ濡れの兵達が、船の上で何度も水を吐いている。僕はそのうちの一人に近付いて、彼の背中をさすった。
「僕のせいだ、僕が、中途半端な気持ちでいたから、みんなを巻き込んでしまった。ごめんね……。」
その兵は首を振った。彼の口から水が垂れた。
「いえ……チェイス様が船を用意してくれていなければ、我々はおぼれ死んでいました。ゲホッ!」
僕は彼の背中をたくさんさすった。僕のせいだ。深く考えずに、後追いして、こんな結果になった。誰に言うでも無く、僕はつぶやいた。
「……彼らは侮れない。本当にそう思ったよ……今後、僕はもっと、気を引き締めなければならない。」
僕は次々に船に泳いでくる兵達を、海から引き上げる手伝いをした。彼女がギルバート騎士団長と同一人物だと知ったのは、城下に帰還してからだった。




