122 ジェーンの本音
その日の夜は、ベースキャンプのテントを借りて泊まることになった。何故か、私は一人で使用していて、あとの三人は別のテントにいる。簡易ベッドの上に横になって、ランプで照らされているテントの屋根をじっと眺めた。
以前の自分とはまた違う。もう、隠していることは何も無い。それでも皆が、受け入れてくれた。だから、彼らに恩返しがしたい。本当に優しくしてくれる彼らが苦しむのは見たく無い。もしネビリスが彼らに牙を向くのなら、私は全力で抗うだろう。その為に、この身滅ぼされようとも、心に残るものはない。
そうなれば、と私はベッドから降りて、傍に立て掛けられていた、ルミネラ皇帝時代の騎士団を手にした。オーウェン達が貸してくれたものだ。それをテント内で素振りし始めた。眠れない時は、もう起きてしまえばいい。これはクラースさんが教えてくれたことだ。鍛錬あるのみ、私は気合を入れて、懐かしい感触を覚えながら、刃を振った。
するとテントの外で、草が踏まれる音がした。私は剣をテントの入り口に構えて、こう聞いた。
「誰だ?」
「……はあ、私ですよ、私。」
私は剣を下ろして、テントの入り口を開けた。やはりそこにはジェーンが立っていて、すぐにテント内に入って来た。
「全く物騒ですね、もう騎士団の人間のように振る舞い出して。テント越しにでも、私に剣先を向けないで頂きたい。」
やれやれと言わんばかりの様子で、ジェーンがベッドに座った。私は剣を床に置いて、ジェーンの隣に座った。
「……だって、すぐそこに新光騎士団が居るんだから、これぐらい警戒していないと、いつ何時やられるか。私はここで倒れるわけにはいかないもの。それにいくら私でも、テント越しにそこに誰が居るのか、ジェーンかどうかなんて分からないよ。それで、どうしたの?眠れないの?」
「眠れないの?ではありませんよ……」ジェーンは腕を組んで、ちょっと私を睨んだ。「よくこの約一ヶ月間、真相を黙っていたものだ。あんなにギルバート騎士団長との関係を疑われて、よくも、まあ。」
私は思い出して、苦笑いした。
「だ、だって、なんか勝手に、どんどんと話が進んでいくし、でもオーウェン達の動きは応援したいし……なんかリンみたいなこと言っちゃった。兎に角!ボロが出る方がダメだと思った。それが結果的に、嘘で嘘を重ねることになっちゃったもんね、本当に反省してる。ごめんなさい、ジェーン。」
「いえ、私の方こそ謝らなければならない。はあ、オーウェンを応援ですか……。」
「それは、たまたまそうなっちゃったんだから流してよ……。」
急に黙ってしまった。沈黙に耐えきれすに、私が彼の方を向くと、彼は私を見つめていた。私はたまらず視線を落とした。すると彼は、私のツールアームを手に取り、握ったのが見えた。そして彼は、頭を深々と一回下げてから言った。
「キルディア、あなたに、とても辛い思いをさせたのは、私の責任でもあります。私はここ最近、ずっとあなたを距離を置き、あなたを不必要に避けた。大人気ないことをしました、大変申し訳ございません。」
私は首を振った。
「それは、私が嘘をついて、黙っていたからだ。だから、そんなに気にしないで。これから、また仲良く出来たら良いなって、そうは思ってる。それは良い?」
「はい、勿論ですとも……ねえ、キルディア。」
ねえ、とはまた、ジェーンらしく無い。聞いたことはあるけれども。私は目を見開いて彼を見た。彼は照れた様子で、話し始めた。
「あなたが正直に全てを話してくれたので、私も正直に、私の過去を話します。」
「う、うん。でも……、眠く無いの?」
「私は眠くはありません。あなたも眠れなかったのでしょう?昔話のように私の話を聞いてください。途中で眠気が生じた場合、そのまま眠っても構いませんから。」
「う、うん……分かった。」
「では始めます。」ジェーンが一度、咳払いをした。「私は、灯の雪原という、永久凍土の街に生まれました。」
「そこから?」
「まあまあ、背景は大事でしょう?ふふ。幼い私は自分から他者に関わろうとはしませんでした。イオリは私を慕っておりましたが、実は彼のお爺様と、私を引き取ってくれた義父様は、兄弟だったのです。実はそういう、縁戚関係がありました。」
「ああ、そう言えば、ジェーンのご両親は早くに……。じゃあ、ジェーンは養子に出されていたの?」
「はい。私の両親は優秀な科学者でしたが、実験中の不慮の事故で、二人同時に亡くなりました。当時私は三歳で、妹はまだ生まれたばかりでした。」
「それは……」大変だったね、と言おうとした時に、ジェーンが私のツールアームを握る手にギュッと力を入れたのだろう、ギシッと優しく金属音がした。私は何度か頷いて、無言で、気持ちを表すことに変えた。
「私の実の祖父母と、養子先の義父様、義母様は、大変仲がよろしかった。彼らは元々は魔法学園で知り合ったようで、よく当時の話を聞かせてくれました。必然的に、イオリと顔を合わせる回数は増えました。しかし私は、それ以外には友達を作らず、ひたすら読書に明け暮れました。義父様は富豪だったので、屋敷には使用人が何人もおりました。彼らは私が部屋に引きこもる様子を見て、奇妙な子だとか、本ばかり読んで変わった子だとか、影で色々言っていました。」
「何だそれ、許せないな。」
「まあまあ、私は特に気にしておりませんでした。そして学校に通い始めると私はすぐに、勉学で力を発揮するようになりました。ですが、数日もすると、授業に参加することが苦痛になりました。」
「え?どうして?色々勉強出来るのに……。」
「私にとって、学校ですか。授業速度が遅く、その拘束時間は私にとって何の意味ももたらさない、苦痛の時間でした。テストも堪え難い苦痛でした。理解していることを何度も何度も聞かれるのですから。私は教師に訴えました。このままでは私は、才を潰すだろうと。当時の先生は理解してくれました。私は特例で最年少で大学院を卒業すると、すぐに中央研究所に就職しました。」
「え?それって……何歳の時?」
「確か、七歳だったか、それくらいです。周りは勿論、大人ばかり。私に仲間は当然出来ませんでした。科学者たるものが、実績やデータを信じるべき職務を全うしている人間が、私を見かけだけで判断している様、実に滑稽でした。しかし上は、私を評価してくれた。自分専用の研究室を与えられて、自分の研究を没頭することが出来ました。その頃は帝国も存在しておりません。私は戦いの必要を考えずに、ただ研究に没頭しました。」
「そうか……」
滞在能力は全然違うが、ジェーンも一人で過ごしてきたんだ、私と似ているかもしれない。彼もまた、一人で色々と悩んで生きてきたに違いない。何だか、繋がるものを感じた。
「大人になると、私の評価はどういう訳か上がりました。大人になろうがなるまいが、それまでの功績に変わりはありません。実績を年齢で判断されるとは、馬鹿げた世界だと呆れました。二十歳になったばかりの時、少しすると所長が、私を副所長にすると言いました。それには民の了承も必要でしたが、昔から私がその座に就くだろうと勝手に思われていたこと、更に著書を何冊も出していたこと、研究の成果を上げていたこともあり、私は何の苦労も無く、了承を得ることが出来ました。私の生きていた世は、戦いが無いとはいえ、小さないざこざはありました。とても面倒臭い世の中でした。その世で私は簡単に地位を手に入れてしまい、とてもつまらない人生だと悲観しました。今思えば、あなたではありませんが、私にも感情が無かった。」
「うん……。」今も感情無いと思うけど。
「私は研究に没頭しました。思えば、妹の誕生日は、幼い頃に一度祝ったまま、今もなお、二度目はありません。私には魔工学しかなかった。自分の技術のその先に、何が存在しているのか、その部分を、敢えてうやむやにすることで、私は生きる希望を保持していた。研究に明け暮れて、気が付けば二十八になっておりました。すると周りは、結婚を急かしてくるようになった。何の興味もない、何の意味があるのか分からない、人生の儀式です。しかし独身の私には、お見合いの話が何百と届きました。」
「えぇぇ……まあでも興味ないんじゃねぇ。」
「はい、出来ればしたくなかった。しかし、ある財閥の令嬢が私にお見合いの申し出をした時、所長の目の色が変わりました。当時、その財閥は巨大な資産を所持していた。私の属していた研究所、ノアズは、その資金を得たかった。」
私は首を振った。だってそれでは、ジェーンの気持ちはどうなる。
「所長は、私にノアズへ多額の投資をしてくれるだろう、その資産家の娘と結婚するよう命令しました。命令は絶対です。断れば、私はあの最新設備が整っている研究室で実験が行えなくなる。一瞬、悩みましたが、了承しました。その資産家の娘、それがカタリーナです。私たちは結婚しました。」
「それは本当に結婚って言えるのかな、結婚を利用してるだけって思えるよ。」
「そうですか?」
ジェーンが私に聞いた。私は彼の目を見て、頷いた。
「だって、結婚は好きな人とするべきだ。結婚は、二人が幸せになるためにすることだ……って、ルミネラ皇帝が仰っていた。ジェーンも、そうであるべきだと思う。そんな資金の為に、二人をくっつけるなんて、あっちゃ駄目だ。」
ジェーンが微笑んだ。
「ふふ、そうですね、この世界ではそうでしょう。私の世界では、政略結婚はよくあることでした。お分かりでしょうが、我々夫婦の間に愛情はありません。カタリーナは時々私を食事に誘いましたが、私はそれを断り、研究に没頭しました。」
「えええ……歩み寄りを拒否したの?」
ちょっと苦笑いすると、ジェーンが私の肩を軽くぺしんと叩いた。
「ええ、私は酷い人間です。家も別々ですし、会うのは資金を移動させる時だけ。それ以外は連絡も取りません。彼女とは何一つ夫婦らしいことをせず、私はただひたすら、今度は時空間歪曲機の制作に没頭しました。そして、ある日の晩、カタリーナのお父様がカタリーナと共に、私の元へ頭を下げに来ました。」
「何で?」
「カタリーナはどうやら、他の男性と関係を持ったようでした。」
まじか……それは、どっちが悪いんだろう。謎だ。
「元々愛情は無かったので、そうですか、と二つ返事で玄関を閉めようとしましたが、突然カタリーナのお父様が怒鳴ったのです。お前は、氷よりも冷たい、まるで人間ではない感情欠落の化け物だ、それでもお前と居てくれるカタリーナに感謝するべきだと。私は、そうですか、と二つ返事で扉を閉めました。」
「ふふっ、結局二つ返事でドア閉めてる……。でも、その人の言うことなんか聞く必要は無いと私は思うよ。確かにジェーンは少し感情が薄いかもしれないけど、それでも化け物なんて酷いこと言うのは、許せないよ。」
「ふふ、あなたがそう言ってくれるのなら、この上ありません。まあ私もカタリーナとは手を繋ぐどころか、キスもしなかったので、彼女の父の言い分も分かりますよ。しかし彼女よりも何よりも、私は完成させたかった、時空間歪曲機を。では一体、どうしてここまで、これに没頭したか……それは、いつか別の世界に逃げたかったのです。」
「ああ、」私は納得した。「それで、その後イオリさんとゴタゴタして、試作段階の機械に乗って、この世界に来たんだ……お願いだから、もうそんな危ないことをしないでね。」
「ええ、あなたと約束しましたから、もうこれ以上は無茶をしません。しかし私はどうにかあの時代に帰りたいと思いました。前にも言いましたが、イオリは私を利用しましたが、それは不本意だったようです。彼にもう一言、伝えたいことがあるのです。それに、あの時代には妹もいます。」
「うん、じゃあ、帰らないといけないね。」
「……。」
ジェーンが黙ってしまった。




