120 ギルバート・カガリ
光の神殿、何千年も前から、この地は保護区として、その自然や文明を後世に受け継ぎ、残してきた。その歴史ある地から、天を割る光が刺したことが、全ての原因だった。
いや、前ルミネラ皇帝であったなら、この地へ攻め込むことは無かっただろう。しかし僕が仕えているのはあのネビリス皇帝、元帥への勅命を断れるものなら、断りたかったな。
我々新光騎士団は光の神殿の程近く、住居跡地の崖沿いに、ベースキャンプを構えていた。その本陣のど真ん中にある、一際大きいテントで、僕は簡易的な椅子に座りながら、PCで戦況を確認している。
ジェーンが帝国研究所で、ある程度は位置測定装置を完成させていたので、それが役に立っている。
すると、僕のウォッフォンに着信が入った。小隊長だった。
『チェイス様、伝令です。レジスタンスはどうやら連合の兵、何名かと接触したようです。彼らは一旦、引いていきましたが、如何しましょう?』
あーそうなんだ。僕は丸眼鏡を両手で掛け直した。
「そうか。じゃあもう今日は、この戦いは終わりのようだ。もう夜だし、我々も休んだ方がいいだろう。」
『しかしチェイス元帥、彼らが手を結ぶのを阻止した方が、良いのではないでしょうか?』
「レジスタンスの兵が連合に加わっても、僕達の兵力との差を覆すことは出来ない。今回は神殿内にある光の元を奪取することが、僕達の目的なんだ、古代兵器ともこれから本格的な戦いをするのだから、兵たちを休ませないといけない。だから、彼らは放って置いて良いよ。君も早く休みなさい。」
『承知致しました……』
通信が切れた。僕は椅子に深く座った。ああ、とうとう本格的に、僕達バーサス、連合レジスタンスの図が完成してしまったなぁ。避けられないだろうな、大規模な戦は。僕は独り言を呟いた。
「なるほどな……手を組むか、そうだと思ってたんだ。」
*********
レジスタンスのベースキャンプには、白色のテントが何十と、草原の上に建てられていた。テントの周りを兵士が歩きながら見回りしていて、数々のブレイブホースが周辺に停まっている。
我々は一際大きなテントの中に入った。大きめの机があり、その上には光の神殿の周辺の地図が広がっていた。青い磁石と赤い磁石、それから黄色い磁石が地図上に乗っかっていて、それは作戦を立てるために使用したものだと思った。
私達とレジスタンスの主要メンバーで何が起きていたのか、話合うことになった。私は自分がギルバートだったことを黙っていたこと、また嘘をついていた罪悪感から、何度も胃薬をサクッと飲んだ。
そしてリンが興奮気味な様子で、オーウェンに聞いた。
「つ、つまり、自分たちのリーダーがギルバート騎士団長だと言っていたのは、そう言い続けていれば、いつか必ず本人が現れるだろうと信じていたからなの?」
オーウェンは笑顔で頷いた。
「はい。我々はもう一度、ギルバート騎士団長を必要としていた。だが、どこに行ったのかも分からない。本名でIDを検索しましたが、名前を変えたのか、それもヒットしない。でも亡くなっている訳ではないと信じて、そうして探すしか方法は無かった。それに、我々レジスタンスは結成して日が浅い。街で行動していても、民が不審がる時もありました。しかしその時に、リーダーがギルバート騎士団長だということを伝えると、民は受け入れてくれ、我々の行動がし易くなりました……。その件については、ギルバート様に甘える形となってしまいましたが。」
ジェーンがウォッフォンでメモをしながら頷いた。
「なるほど、確かに彼……いえ、彼女の功績を考えれば、その発言を繰り返すことで、よりあなた達は、行動し易くなったでしょう。そしてその噂を聞いたギルバート本人は、あなた達に何らかのコンタクトを取る可能性も高まったに違いない。しかし、それで」と、ジェーンが真剣な表情で私を見た。「キルディアは何故黙っていましたか?どうして、自分がギルバートだということを隠していたのです?」
もうこれ以上は、正直に生きていたい。私は、少しずつ、自分のことを皆に話す覚悟を決めた。
「……元々、騎士団を去る時に、自分がギルバートだということは、黙っておこうと思っていた。ギルバート騎士団長の良い噂だけが、一人歩きしていたし、そもそも誰も、その素顔を知る必要がないと思っていたし、騎士団を去れば誰でも市民になる。完全にギルバート騎士団長は消えるのだと思った。」
皆が静かに私の話を聞いている。私は、胸に手を当てながら、本当のことを話した。
「でも、レジスタンスのリーダーがギルバートだと噂で聞いた時、私は真っ先にオーウェン達が反旗翻したのだと思った。だから……どうにか、オーウェン達の考えていることを、何か作戦があって、そうしているのだろうから、邪魔してはならないと思った。何か、理由があって、私の名を使っている。それは重要な作戦なのかもしれない。でも、私は嘘が下手だった。だからこそ、何を聞かれても黙っているしか無かった。それしか、出来なかった……。」
涙がこぼれてしまった。恥ずかしい、でも堪えきれない。私は、仲間を騙して、悪い人間だった。
「ジェーンや、リン達には、こんな大事なことを黙っていて、本当に、本当に申し訳無かった。本当にごめんなさい、不器用で、こうするしか無かった……。」
私は頭を深く下げた。何故か私のおでこに、ジェーンの大きな手が当てられたと思った次の瞬間に、私は頭をぐいっと押し上げられた。何その体の起こし方……。でも彼なりの優しさに、また涙が溢れた。ジェーンが、申し訳なさそうな態度で言った。
「なるほど、あなたの事情を理解しました……。私もここ最近は、随分と、あなたに厳しい態度を取っていたと思います。ですから「でも!」
割り込んだのはリンだった。私がリンの方を向くと、彼女も目が赤かった。
「でもさ、どうして騎士団を去ったの?」
私は反射的に言葉を飲み込んでしまった。俯いて考えて、本当に話すべきか、それもすごく考えて、でも私はもう皆に正直でありたいから、話すことに決めたのは、何分か後のことだった。
「……私は、ネビリスを知っている。」
皆が私をじっと見つめている。リンだけは驚いた表情をしていた。
「彼は、ルミネラ皇帝時代の大臣だったから、素顔こそ彼にも見せたことはないが、何度も直接会ったことがある……少し、ごめん。」
私はポケットから胃薬の瓶を取り出して、またサクッと飲んだ。クラースさんがジェーンに目配せをしたのが見えた。一呼吸して落ち着くと、また話し始めた。
「この話はまだ、少し後にしたい……。私が去ったことで、オーウェン達には迷惑をかけたと思う。ごめんなさい。」
オーウェンは首を振った。
「迷惑など……。しかし、何故我々を置いて行かれたのでしょう?それほど、ギルド、いや研究所の仕事をしたかったのか……?」
「いいえ、私が研究所の仕事に就いたのは偶々だった。何故、ソーライ研究所で勤務をし始めたのかと言うと、騎士団を抜けて、最初はギルドで働いていたが、ある日気が付いた。私は無我夢中でゴールドランクを取ってしまったが、このままプラチナランクにでもなって、有名になれば、私の素顔を知る人に見つかるかもしれないと。そこでギルドを辞めて、ユークアイランドに母の持ち家があったことを思い出した。幸い、私はその家に住むことが出来た。そしてユークアイランドで職を探して、偶々空きが出ていたソーライ研究所の調査部の仕事、それを志望した。結果的に、そこで働いて、私は変わった。」
「変わったって?」リンが聞いた。
「ギルドや騎士団長をしている頃は、私には何も感情が無かった。ただ毎日、任務を遂行する。言われたことを期限内に実行すれば、誰も私に文句は言わない。それがソーライ研究所で働いていくうちに、変わった。少し、家族の話をしたい。」
皆は頷いてくれた。暗闇で光る父の眼、今もまだ、頭のてっぺんに残り続けている母の手の温もりを、思い出しながら、話した。
「インジアビスで生まれた私は、他の子と比べると、よく体調を崩す子どもだった。医師によれば、それは瘴気による影響だった。それを知った父は……魔族だった父は、私の為に帝都に越すことを決めた。昼間は勿論、満月の夜でさえ、父は外に出ることが出来ない。それでも父は、部屋の中で曲を作って、それを売り、何とか生計を立てた。父は近い将来、自分が死ぬことを知っていた。だからいつその時が来てもいいように、私が職に困らない様に、ありったけのお金で私を剣術道場に通わせた。魚は陸では暮らせない。分かっていた様に、父は、帝都に越してから四年後に他界した。私が六歳の頃だった。」
こんなことを話して、許してもらおうなどと厚かましいことは思えない。でも皆が聞いてくれるなら、もう少しだけ話したい。私は続けた。
「父の死後、私はそれから遺言通りに、父が必死に地上で作ってくれた貯金を、剣術道場と最低限の食事、それから士官学校の学費に充てた。父の命に恥じぬ様、私はずっと戦う練習をした。そして時が来て、私は騎士団の試験に合格した。それからは騎士団の中で、鍛錬に励む様になった。何も考えずに、与えられた任務を全うしていく中で、私は何回も昇進した。ある日、とうとうルミネラ皇帝から騎士団長に任命された。でも私は迷った。自分ではない方がいいと思っていた。私には、任務を全うする事しかできない。他の誰かのことなど、そこまで考えが至らなかった。向いていないと、思った。しかし陛下は、私を……騎士団長にすることを諦めなかった。」
「それもそのはずです。」オーウェンがそう言ってくれた。




