118 呼ぶ青の光
それから約一ヶ月間、ジェーンは仕事を普段通りにしてくれるが、二人きりになろうとはしてくれなくなった。
帰るときは勿論バラバラで、帰宅してからも目も合わせないで、すぐに寝室にこもってしまう。それでもここから出て行こうとはしないのだから、と良い方に考えても、他に住む場所が無いんだと言う事実に気づく。
嘘なんかついて、悪いことをした。でも他に、方法が無かった。私の中では決めていたことが、彼を、周りを混乱させている。罪悪感でいつの間にか、私の胃はチクチクと痛むようになった。胃薬を飲み始めたのは最近のことだ。ケイト先生に、処方された。
自宅のカーテンの部屋で、マットの上で横になった。暗い室内で、何も見えなくても、じっと目を開けていた。
このカーテンの私の部屋から、ドアを隔てた先、ジェーンが寝息を立てているベッドまでは、実際の距離で言えば近いのだろう。でもそれが最近は、まるで世界の端と端のように、とても遠く感じるのだ。考えすぎて胃が痛くなったので、私は目を閉じた。
何かの音がして、眠りから覚めた。何の音だ?違う、ジェーンの声だった。
「キルディア、起きてください。」
「んん……。」
私は体を起こして、目を擦った。彼が私のカーテンの部屋を開けて、手招いていていた。まだ暗い、真夜中の時間だが、天井には薄っすらと何かの光で照らされていた。見たことない、青い光だった。
私は急いで起き上がって、リビングのカーテンの方に向かうと、カーテンをガラッと開けた。すると遥か遠くの夜空を割るように、青い光の柱が、地上から天空に向かって放たれていたのだ。それが夜空全体を照らしていて、私の部屋にまで入り込んでいた。何なんだ、あの光は?私は開いた口が塞がらなかった。
家の前の海岸には、多くのサンセット通りの住人たちが、部屋着姿で青い光の柱を眺めていた。その中に、部屋着姿のアリスとケイト先生、そしてその横に何故かクラースさんの後ろ姿があった……。お泊まりしてたんかい。
「この光、もしかすると例のパーツかもしれません。」
そのジェーンの言葉に、私は驚いて彼の横顔を見た。彼はじっと真剣な表情で、夜空を見つめている。
「本当に!?この方角だと、」私は光の柱を指差した。「もしかしたら光の神殿、の方かもしれない。」
「ええ、私も同意です。それに最後のパーツは他のものと比較して大きく、衝撃を与えると、あのように激しい光を伴います。破損していないことを願うばかりですが……。早速ですが、明日、調査許可を。」
私は頷いた。
「うん、うん。勿論、明日研究所に行ったら、皆でその事を話し合おう。」
私達はそれからも暫く、窓のところで青い光を眺めていた。
翌日、研究所の私のオフィスに職員全員が集合すると、昨夜の青い光の柱について、話し合うことになった。やはり皆も自宅からそれを見ていたようで(クラースさんも一応は自宅からと嘘をついていたが)、ジェーンがそれが例のパーツかもしれないと発言すると、それぞれ驚きを隠せない様子だった。
ジェーンの貼ったポスターは、あと一つレ点があれば完成する。そしたら、その機械が組み立てられて、今度は試作段階じゃなくて、ちゃんと完成させてからそれに乗れば、彼は無事に彼の世界に帰ることが出来るのだ。
ソファに座ったリンが、PCとオフィスのモニターをリンクさせて、ニュースを表示させた。それを皆が見る。
「ほら見て!やっぱり昨日の事が、ニュースになっているよ!帝国天文台の発表によると、その光はやっぱり、光の神殿から発せられたみたい!」
モニタを見ていたキハシ君が、何かに気付いた。
「あ、ここ見て!ネビリス皇帝が、光の元を確保する為に、光の神殿に騎士団を派遣したらしい!あー、遅かったか。」
皆の表情が硬くなった。キハシ君が続けた。
「帝都から神殿に向かうとなると、サウザンドリーフの森を抜けて、本当にすぐのところにあるから、もう新光騎士団は光の神殿に到着しているらしい。」
その時、ピロンと通知の音が鳴り、ニュースが更新された。リンがPCを操作して、新しいニュースを確認した。だがその画面に表示された文字を読んで、私は絶句した。
「見てみて、これ……え!?騎士団、古代兵器破壊だって!それって保護条例違反だよね!?」
タージュ博士が頭を抱えて、その場でグルグルと回り歩いた。
「寧ろ、光の神殿に入る事自体、保護条例違反だよ。あそこは太古の昔から自然環境をそのまま維持されてきたんだ。あの地に生えている草木だって、生き物たちだって、あの古代兵器だって、未知の文明を証明している。それら全ては自然科学者の夢の集大成なのに……ああ、それを破壊するなんて!」
リンが画面をスライドさせると、何かを発見した。
「あ!でも見て、まだ神殿内には彼らが侵入していないみたいだよ!なになに?新光騎士団は、進行を食い止めようとする……え、え、え!レジスタンスとも衝突だって!じゃあ今、レジスタンスと交戦中なの!?」
ジェーンが顎を人差し指でトントンと叩きながら、言った。
「つまり、光の神殿前で、新光騎士団とレジスタンス、それから古代兵器が三つ巴……厳密にはレジスタンスと古代兵器は同盟関係ですが、古代兵器にとって人間は全て敵なので、その概念は無い。兎に角、その三つの勢力が、戦いの最中にあると。」
私は頭を抱えた。
「なるほど、すごい状況だ。」
タージュ博士が私の肩をポンと叩いた。
「ねえボス、折角なんだからこの際、レジスタンスと接触するのはどうだろうか?」
「ええ!?」反応したのはアリスだった。他の皆も、様々な反応を見せた。アリスは、ため息混じりに言った。「タージュ博士さぁ、結構何も考えないで発言するよね~。いいのキリーは?レジスタンスに会うの?」
皆の視線が私に集中した。私は伏し目がちに答えた。
「……まあ、これからのことを考えると、仲間は多い方がいいかもしれない。その青いパーツさえ手に入れれば、ジェーンは元の世界に帰れるんだ。後のことは、我々だけで考えればいい。」
「ええ」ジェーンは頷いた。「そうですね。早くこの世界から、おさらば御免と行きたいところです。」
私は少し胸が苦しくなった。彼がそう言う気持ちも分かる。私は嘘つきだから、そんな私とはもう一緒に居たくないのだろう。仕方のない事実が辛くて、私はポケットから胃薬の小瓶を取り出すと、サクッと水無しで飲み込んだ。
「そっか、それはそうだね……。じゃあまずは、レジスタンスに接触しよう。それからパーツを探す手立てを考えようか。」
皆が頷いた。その中で、リンが手を挙げたので私が彼女を指名すると、彼女は答えた。
「私も行く。」
「リンも?でも、危険だよ?」
「それでもいい。生のギルバート様を見たい……。例えそれが、キリーのものだったとしても。」
リンは最近あまり元気が無い。それもそうなのかもしれない。私は頷いた。
「分かった。」
その会議の後、私とジェーン、リンに、それからクラースさん四人が、登山用のリュックを背負って、タクシーを手配して、アクロスブルーラインの出口まで移動した。その車内は、この四人とは思えないほどに静かだった。またサクッと薬を飲んだ。
タクシーを降りると、私達はアクロスブルーラインの横にある細長い通路、これはこの橋の管理室へと繋がる道だが、その前に停めてあったブレイブホースを借りた。これは事情を説明したら、ミラー夫人が用意してくれたものだった。二台のブレイブホースで、私達は光の神殿の方へと向かった。
何時間も移動に費やし、ルミネラ平原は夕色に染まり、すぐに空は暗くなり、藍色に変わった。そして満天の星空の下、光の神殿の手前に到着した我々は、ブレイブホースを石で出来た建物の陰に止めた。
この地は大きな半島の上にあり、光の神殿は崖っぷちに建てられているので、跡地の両サイドには海がある。微かに、潮の香りがした。
光の神殿の前には、遥か昔にこの地に存在していた、一つの街が廃墟化していて、今となっては、その建物の石畳の残壁が、草原の上に広がっている。
ジェーンによるとこの街は昔、ブラウンプラントと呼ばれる荒野地帯だったようだ。彼のお祖母様は、この街に存在していた魔術学園で教鞭をとっていたらしい。なるほど、その頭の良さは血筋なのだと思った。
我々はレジスタンス軍を探すべき、適当な隠れ場所を見つけると、リュックからライダースーツを取り出して皆で着替えた。
そしてそれが終わると、リンとジェーンは銃を手に持ち、私とクラースさんはそのまま、建物の影を縫うようにして進み始めた。歩みを進めるにつれ、跡地の上空が魔術の光でパッと照らされたり、銃声や叫び声が聞こえたりするようになった。
漸く、敵なのかレジスタンスなのか、兵士達が戦っている様子を見ることが出来た。私達は隠れて、彼らが戦っている様子を見た。剣や槍をぶつけて、その後方で互いの魔術兵や射撃兵が撃ち合いをしている。私の隣に来たクラースさんが小声で言った。
「あの白い鎧を着たのが、新光騎士団だろう。すると、あの白色に青のラインが入っている鎧は、レジスタンスの兵士だろうな。前のルミネラ皇帝の時の、騎士団の防具だ。するとあの、ちょっと遠くでぼーっと突っ立っているのが、光の神殿のゴーレムか?」
え?……確かに、彼らの戦闘を見守るように、建物の影に、金属とも粘土とも見える、滑らかで硬い素材で作られたゴーレムが、立ち尽くしていた。
まあ、まだここは光の神殿から遠い場所なので、彼らもそこまで重要視はしていないのだろうが、じっと見つめて立っているので、ちょっと笑えた。私が皆の方を振り向くと、リンがしきりにウォッフォンで写真を撮っていた。
「と、とにかく、白と青の方へ行ってみようか……。リン、シャッター音がうるさい。」
「あ、ごめんごめん。ちょっと撮っちゃった、えへへ。」
彼女は棒読みでそう答えた。この見えない壁も、全ては私のせいで作られたものだ。これから起こるであろう出来事に、私は震えながらも、歩みを進めた。




