114 いざ、深淵の地へ
我々一行は、タマラの村でブレイブホースを借りて、ハウリバー平原をずっと進み、火山近くの洞窟から、ずっと地下へ通じる道を何時間も進んだ。ここは火山の近くなのに、進むにつれて、どんどんと肌寒くなる。私の後ろにいるアリスは、パーカーを二枚も重ね着していた。
洞窟内はブレイブホースのライトでも前を見渡せない程の暗闇に包まれている。速度を落としつつ、前後の感覚すら無くなりそうな闇の中を暫く進むと、洞窟を抜けて巨大な地下空間に出て、インジアビスに着いた。
太陽の無い世界、空は昼夜と問わず暗いままで、その上、地面も建物も黒く、道の外は崖になっていて、そこから下に落ちたらどうなるか分からない深淵の漆黒があった。
整備された道は、縁が明るい水色に光っていて、それがネオンの様に世界を照らしている。奥にある一つの大きなお城に向かって、我々はブレイブホースを押しながら歩くことにした。
私にとっては懐かしい、故郷だった。小さい時の記憶しかないが、両親と過ごしたほんの数年間は、全てこの暗い世界での出来事だった。だが、アリスたちは少し怖がっている様で、さっきからずっと黙っている。アリスは震える声で言った。
「なんか、まだずっと寒いんだけど……これが瘴気なのかな。ってかこの世界、暗すぎでしょ。どれか一つくらい明るくすればいいのに。キリーはどう思うの?」
「そうだね、これでも昔に比べると明るくなった方だと思う。しかし久しぶりに来たなぁ、皆は我々を攻撃してこないだろうか。」
私の言葉にアリスもクラースさんも、ジェーンまで立ち止まってしまった。私は首を振って、手招いた。
「ごめん、怖がらせた……。大丈夫だから行こう。」
「また嘘ですか。」
はいはい、すみませんね、ジェーン。私は先へ進んだ。
山頂の様な場所に位置するこの街は、人一人も居らず、静かだった。いつもそうだ、地上から部外者が来ると、皆はあの城の様な建物に集まり、我々を遠くから監視する。アリスが怯えた様子で、私の腕を抱いて歩き始めた。道路から下を覗いでしまったらしい、深淵を見るものはまた、深淵からも見られているのだ。
暫く歩いて、城の黒い建物が見えてきた。所々、水色で光っていてとても綺麗だが、私以外の三人は黙ったままで何も話そうとしない。もっと綺麗だねとか、ちょっと言って欲しかったが、そんな余裕は無いらしい。
私は門の中を覗きながら言った。
「この城に皆が住んでいる。中に入ろうか?」
クラースさんが門の中を覗きながら言った。
「しかし、勝手に入って大丈夫だろうか……?誰かに、って言っても誰もいないから入るしか無いのか。」
「うん、入ったら誰かが近づいてくるから、事情を説明すれば大丈夫だよ。鉱石を見つけるためには住人の許可が必要だし、ね。」
私は身長よりも遥かに高くて大きな門の柵に、手を掛けた。アリスが私の肩を叩いた。
「ねえ、チャイム鳴らしたら?」
「たぶん無かったと思うよ、あるのかな?」
皆で門の周りを隈なく探したが、チャイムらしきボタンはどこにも無かった。仕方ないので、私はそのままその大きな門を、両手で体重を掛けて開けた。ギィと不気味な音が、辺りに響いた。
城の中庭には珍しく黒い草花が生えており、近くで見ると、その城は蔓で覆われていた。とうの昔から使われていないと思われる噴水は、ひび割れている。まるで人の気配のしない静寂の中、アリスが震える声で言った。
「誰も居ないのかな……?みんな出かけてるんじゃ無いの?なんか、怖い。」
「ええ?多分居ると思うよ。ごめんくださーい!」
さーい……
さーい……
私の声がエコーした。アリスが慌てて私の腕を掴む。
「ちょっとキリー!いきなり大声出さないでよ!ってあれ……?あれ!あれあれあれあれってレア鉱石じゃない!?」
アリスが中庭の隅で鈍く光っている結晶に向かって、走っていった。確かにその緑色の輝きは、タージュ博士が解析した泥に混ざっていたものと酷似しているし、それもたくさんモリモリと生えている!ジェーンとクラースさんも嬉しげにアリスに付いて行った。皆が確認している間に、私は誰かを探そうと目を凝らした。
「どれどれ。これは……確かにこの輝き、この冷たさ!いやあ、こんなにもたくさんありますか!」
ジェーンの歓喜の叫びが聞こえる。よかったね、たくさんあって。
「ほお、これは見事に綺麗なものだ……。一欠片ぐらい持ち帰って、ケイトにあげたいな。」
クラースさんの純粋無垢な感想まで聞こえた。しかし誰も居ないなぁ、ここ以外に行く場所なんて、魔物狩りでもしに行っているのだろうか。私が首を傾げた、その時だった。
ガシャンと何かの音がしたのだ。私は皆の方を振り返った。すると、何故か三人が、緑の鉱石の前で、大きな檻の中に入っていたのだ。慌てて私は駆け寄り、両手で檻をどうにか動かそうとするが、地面から生えているその鉄格子は全く動かない。
「ちょっと待って、うおおおおお!……ああ、ダメだ、ビクともしない。」
上を見た。この檻は空高くまで続いている。なんだこのクオリティ。
クラースさんやジェーンも、中から檻を掴んで動かそうとするが、少しもぐらつくことがなく、ただ二人の顔が真っ赤に染まるだけだった。アリスが檻の隙間から手を外に出して、私の腕を掴んだ。
「えええ!?キリーどうにかしてよ!ここの出身でしょ!?」
「どうって……これを解除する方法?そんな、こんなの初めて見たよ!」
「おい、お前。」
背後から声がして、ハッとして、私は振り返った。モンスターの頭の骨のような不気味な仮面を被った、黒いローブの集団が、私たちに向かって、鈍く光る剣を構えていたのだ。彼らはこの世界の住人だ。どうしよう、私は取り敢えず拳を構えた。背後から、アリスの声が聞こえた。
「まずいんじゃないの……?どうするの、キリー……。」
中心に立っている、一際大きな仮面を被った、黒ローブ集団のリーダーと思われる人物が、その言葉に反応した。
「キリー……もしかしてキルディアか?」
私は構えるのをやめた。もしかしたら、私を知っている?
「はい、そうです。キルディア、ルーカス。」
「ルーカス?それは知らないが、キルディアか。んほほほほ!」
その男がいきなり天を見つめ、笑い始めた。すると周りにいた仲間たちも、呼応した。
「んほほほほほ!」
ここの住人達はそんな笑い方をしてたっけ?ああ、してたかも。たまにお父さんもそんな笑い方していたわ……。変な懐かしさに、私は苦笑いをした。そしてそのリーダー的な男は言った。
「皆、剣を構えるのをやめよ。キルディア、そなた魔族ではないな。だがこの血の匂い、半分は我々と同じ物。間違い無い。お前は、牛の血、特に人間の血を好むか?」
ゲッ……皆には黙っていたのに、何故カミングアウトさせようとするんだ。でも、もう隠し事をしたく無いので、私は正直に答えた。
「そ、そうですね、人間の血は飲んだことないから知らないけど、牛の血は結構好きかも。」
「ゲェ、キリーまじで、そんなの飲むの?オエ。」
そんな反応しなくたっていいのに、アリスよ……その男は、さらにもう一つ質問をした。
「そうかそうか、良いぞ。キルディアよ、そなた、メルディスという男を知っているか?立派な男だった。我が子を救うために帝都という魔境にたった一人で行ったきり、この地に戻ってくることは無かった。その男を知っているか?」
男はじっと仮面越しに私を見ている。仮面の奥でキラリと目が光った。その独特な輝きも、懐かしい。私は頷いた。
「……メルディスは私の父です。」
「んほほほほぅ!」男は笑った。「これはこれは、中々いいぞ……お前、ここの生まれだな。ということは魔属性か?」
「魔属性って何ですか?」
すかさずジェーンが質問をした。私は答えた。
「魔属性は、地上で言う闇属性のこと。そう、そうです。確かに、私は父と同じ、闇属性です……。」
振り返ると、アリスとジェーンが目を丸くしていた。アリスが小声で私に「そうなの?」と聞いてきたので、頷いた。
「そうか!」男の大きな声が響いた。「魔属性なら話が早い、お前は我らの仲間に違いないな。娘よ、我の名はベルンハルト、この地を管理する者だ。そうか、それにメルディスの娘か、勇敢であるに違いないだろう……見た所、腕に覚えがありそうだ、キルディアよ、協力してほしい。ククク。」
私は首を傾げた。
「何に協力をすればいいのですか?ベルンハルトさん。」
「少し前に、この城の玉座の間が、地上から来た奇妙なロボットに奪われてしまったのだ。そのロボットを殲滅し、玉座の間を奪還して欲しいのだ。ククク。」
私はジェーン達を手で指して言った。
「そ、その前に彼らを解放して欲しい。出来れば。」
ベルンハルトさんは檻の中の三人を少しじっと見てから、私を方を見た。
「……彼らを解放するスイッチはどの道、その玉座にある。故に、玉座の間を取り返してからになる。それに、その鉱石に近付いたのは、その者達ではあるまいか?欲深き人間共に、お前まで付き合うことも無し。瘴気に喰われる様は、見ものだぞ?」
「そ、そんなこと!」私は叫んだ「そんな、彼らが瘴気に喰われるところなんて見たくありません!私の母だって、この地の瘴気に喰われた。まだその時私は二歳だっだけれど、今でも頭に残っているんです、彼女が苦しむ様を!彼らは私の大事な仲間です……だから、玉座を奪還しても、手は出さないで。」
「では何故この地に来た?瘴気があると知りながらも、何故?」
「実は、あの鉱石が必要なのです。」
私はジェーン達の後ろにある鉱石を指差した。ベルンハルトさんは私に聞いた。
「ふむぅ……どれくらい欲しい?」
すると檻の中からジェーンが答えた。
「大体、五キロです。」
突然、ベルンハルトさんは首だけを真後ろにぐるりと回して、背後にいる住人達と、何やら早口のような言語で相談し始めた。だが私には分かった、「あれが必要なようだ」「なら玉座奪還後に鉱石をやればいい」「我々に危害を加えないか?」「それはキルディアは望んでいないだろう」と話し合っている。
そしてベルンハルトさんはまた、ぐるりと顔を私に向けた。
「その鉱石を与えても良い。その代わり、玉座の間を奪還すること。分かったな?」
「分かりました、必ずや。」
「ついてこい」ベルンハルトさんはローブを一度空中にばさっと上げて、城の方へ歩き始めた。「久しぶりだろう、向かうついでに、城の中を軽く案内しよう。ククク。」
私はふう!と大きく息を吐いて気合を入れて、彼らの後ろに付いて歩き始めた。
「キリー、ちょっと来い!」
背後でクラースさんが私を呼ぶ声が聞こえた。私が振り返ると、クラースさんがしきりに手招きをしていた。ベルンハルトさん達に「ちょっと失礼」と言って、私は檻のところに戻った。クラースさんは腰にかけているポーチから、何か棒状のような黒い物体を取り出して、檻の隙間から私に渡してきた。
「何これ。」
「いいから持っていけ、いいから。」
「だから何これ」
「いいから!……いつものホームセンターのやつだ。」
毎度の事ながら、クラースさんはいつもホームセンターの何かしら、新商品を持っている割には、その名前を言いたがらない。私はそれをベルトに挟んで、笑顔でクラースさんに礼を言った。
「ありがとう、それじゃあ。」
アリスは心配な眼差しを向けてくれたが、ジェーンはそっぽを向いて黙っていた。ちょっとだけ、いや結構、悲しかった。仕方ないか、とベルンハルトさん達が待っている方に走った、その時だった。
「キルディア!」
ジェーンの声が聞こえて、私はすぐに振り返った。ジェーンは檻に手をかけて、そっぽを向いたまま言った。
「……くれぐれも気を付けて下さい。それと、今からウォッフォンに着信を入れます。通話状態にしたまま、私と交信を続けて下さい。」
こんな私を、彼が気遣ってくれた。それで少し泣きそうになった。歯を食いしばって堪えて、私は何度も頷いて、それからベルンハルトさん達と共に、城の中に入った。




