113 サマーニットの編み物
アリスの言葉を聞いて納得したのか、タージュ博士は腕を組んで、何度も頷いた。
「そうか、なるほどな。まあでも、今回もジェーディアの名の通りに、二人一緒に行く訳ですし、仲良くしてもらわなきゃ、ふふっ。全く、ヤキモチなんか焼いちゃって、部長はそんなにボスのこと、大切に想っているというか、愛しているのですか?ヲヲヲヲッヲッヲヲヲ!?」
突然バグり出したタージュ博士には原因がある。なんとジェーンが彼の首根っこを掴んで、高速で振っていたのだ!タージュ博士の頭がブラブラと前後に激しく揺れている!
「誰がなんですって!?」
ジェーンがそう叫んだ。驚いた私は、タージュ博士からジェーンを引き剥がした。解放されたタージュ博士は、何度も咳き込んでいる。それを見ていたアリスは……お腹を抱えて笑っていた。私はジェーンに言った。
「ちょっともうやめて!私が黙っていたのが、悪かったんだ!もう、それは本当に心の底から反省してる。私ともう関わりを持たないって決めたならそれでいい……。だから、ごめんなさい。迷惑をかけたのは私だ。」
ジェーンは乱れた白衣を羽織り直して、眼鏡の位置を直した。
「まあ準備をしましょうか。アリスも。あと陸地は新光騎士団が屯ろっていて危険ですから、火山の時同様、海路から向かうのがよろしいかと。クラースにも同行を頼みましょうか。」
私は力なく頷いた。
「そうだね、うん。私が頼んでくるよ。」
クラースさんは二つ返事で了承してくれた。丁度ジェーンやアリスの担当している案件が落ち着いたということもあり、その翌週に、我々はまた海路を渡ることになった。
海の上にも新光騎士団の船があるが、クラースさんの船は、それを避けるように進んだ。ジェーンとアリスがレーダーを改良して、より遠くの船も察知出来るようにしたのが大きかった。
ヴィノクール湖があるナディア川より東にある広大な大地、ハウリバー平原は、今となっては連合側のエリアなので危険は少ない。
此処よりも更に地下の世界、インジアビスへ繋がる入り口は、ボルダーハン火山の近くにある。そう考えるとやはり、シロープ経由でタマラの村まで船で行き、インジアビスに向かうのが一番いい。
前にも通った海路だが、今回は別の件で、全然生きている心地のしない、船旅だった。ピア海峡に入っても、シロープ島に着いても、ジェーンはクラースさんとばかり話をする。私のことは極力無視した。
船の上で、私のため息は、星空の何処かに消えていった。私も消えてあの星の一つになりたい。これしか、方法が無かった自分を憎んだ。今でさえ、私は嘘を付いているということになる。真実が分かった時、皆は私をもう一度恨むだろう。
すると私の元へ、薄手のオレンジ色のカーディガンを羽織ったアリスが、ココアの入ったマグカップを片手に持ってきた。
「ねえキリー、どうして本当のことを言わずに、隠していたの?」
私は海を眺めながら答えた。
「言えなかった。言わないようにって、一人で思っていた。でもそれが良くなかったんだね、言ってしまうと、全てが元に戻らない気がした。結果的に、私は多くの嘘を、ジェーンや皆に、つくことになった。皆が怒るのは当たり前だ、ジェーンだって……怒るに決まってる。」
「ちょっと意外だったな、ジェーンがあんなに怒るなんて。」
それは私も思った。でも裏切ったのは私だ。怒って当然だ。
「きっとそれだけ、キリーのことを特別だって思ってたんだよ。私だって、ロケインに嘘つかれたら平気だけど、姉さんに嘘つかれたら、はぁ!?ってなる。やっぱり、それだけ信じてるから。」
ああ、アリスの言っていることは正しい。私は落ち込んだ。
「ねえ、今度さぁ、ジェーンと二人で、もっと話し合ってみたらどうかな?やっぱり言いたいことがあって、黙っているのは良く無いしさ、私と姉さんも喧嘩したら、よく話し合うようにしてる。きっと上手くいくよ!」
アリス、心優しい人だ。私は頷いた。
「うん、ジェーンが応じてくれたら、話し合いする……。」
「ウンウン!大丈夫だって!明日さ、タマラの村に着くから、美味しいのみんなで食べようよ~!」
アリスの笑顔を見て、少し安心した。私は頑張って微笑んだ。
「ありがとう、アリス。」
*********
邪念を晴らす、その方法はこれしかあるまい。
操縦室にいる私は、ソファに座りながら、一心不乱にそれに集中した。オートパイロットに運転を切り替えたクラースは、一通りの確認を終えると、私の目の前で仁王立ちをした。私は作業する手を止めて、クラースを見た。
「何でしょう?」
「なあ、俺は思うんだが、キリーは何か事情があって、ギルバート騎士団長のことを黙っていたんだ。だって、あいつがそんな大事なことを隠していたなんて、どう考えたって異常じゃないか。」
事情がある、それを理由に、黙っていいことだろうか?私にそう質問するクラースにさえ、憤りを感じる。何が具体的に問題なのか、黙っていたこと?彼女がギルバート騎士団長に頼まれて、内緒にしていたのなら、仕方のないことでは?
では、彼女がギルバート騎士団長と蜜月だったことは?同じような環境で育ち、私の知らない、色々なことを共有出来る間柄だっただろう。だからなんだと言うのだ?それが私に何の関係がある?
考えれば考えるほど、頭の中が整理出来ない経験など初めてだった私は、まるで怒りをクラースにぶつけるように、自分でも分かるほどに無愛想にしながら、質問に答えた。
「そうでしょうか。人の表面というものは氷山の一角です。一度触ってみただけで、その全てを理解することは不可能。ですから厄介な存在なのです。あなたはキルディアのことを相当信じているようですが……。」
「ですが、何だ?お前は違うのか?奴は、お前が過去から来たって言う、ぶっ飛んだ事実を、出会ったばかりでも信じたのだろう?お前はそれっぽっちで、あいつを信じるのをやめるのか?」
「落ち着いてくださいクラース。」私は作業を続けた。かちゃかちゃとその音が響いた。「やめるとは言っていません。少し時間が欲しいだけです。」
はあ、とクラースがため息をついた。確かに、ギルバート騎士団長がキルディアの幼馴染、それも一緒の布団で寝たことのある仲の人物だと判明した時、耐え難い感情が胸に広がった。それを彼女のせいにした。私は、幼稚なのかもしれない。
だが、黙っていたのはどうも納得がいかない。そのことについて彼女は謝罪ばかりをしているが、私の気は収まらない。私にイオリが居るのと、彼女にギルバートがいるのでは、訳が違う。
イオリとは彼女とギルバート程、親しくないのだ。私だけが、彼女を全て理解していると思っていた、だがそこには先客がいたのだ。そしてその先客を、彼女は庇っていたのだ。
「なあ」クラースは、頭をボリボリ掻いた。「少し、多めにみてやってくれないか?無視したり、冷たくあしらったり、お前はそれで気がすむのだろうが、見ている俺の気も、ちょっとは分かってくれ。別にギルバートが居たっていいじゃないか、ジェーンにだって奥さんがいるんだ。それと同じだろ?」
「分かりません、同じではないでしょう。確かにこの胸に、くだらない感情があって、それに私は押し流されています。そうですね、あなたの気持ちもある。ですから、あなたの意見は参考にしますよ。」
「そうか。」
カチャカチャと、また私は作業を続けた。クラースは操縦桿を雑巾で拭き始めた。そうだ、と私は彼の背中に質問した。
「一つ聞きますが、ケイトとの関係は進展しましたか?」
「んガァ!」クラースが機械の角に、足の小指をぶつけてしまった。ぶつけた箇所を痛そうにを抑えて、ぴょんぴょこ跳ねている。「な、何を言っているんだジェーン……。」
「いえ、夏休み明けから、あなたの機嫌がいいと考えたので、試しに質問してみたところ、そのザマです。なるほど図星でしたか、おめでとうございます。」
「……どうもな。あとその赤い編み物は何なんだ?お前、編み物が趣味って初めて知ったぞ。いつからやってるんだ?」
「ああ、これですか。」私は編み棒を持ち上げて言った。「最近始めました。サマーニットの毛糸でベストを編んでいます。こういう単純作業を繰り返し行うことで、余計なことを考えずに済みますからね。癒されますよ。」
「そ、そうか、じゃあおやすみ。」
クラースは床に寝袋を敷いて、その中に入って、ジップを閉じた。私は編み物をテーブルに置いて、窓から夜空を眺めたが、窓が曇っていて星が見えなかった。
「はあ……。終わりですか。」




