111 ギルバートの本名?
「でもリンって、確かギルバート騎士団長が好きって言ってたよね。」
リンは両手を組んで、目をパチパチと輝かせながら答えた。
「ギル様は憧れなの!ああ、ギル様に会えるなら、その手を繋げるなら、私は何でもするわ!初めて会ったあの日、あの幻想的な空気を吸い込んだ私は、優しいため息しかつけなくなった。何度でも言うけれど、彼の為なら何でもする。考えていたらドキドキしてきた……!ギル様って何が好きなんだろう。ギル様って、なんて言う名字なんだろう。」
名字ねえ、私はPCを操作しながら答えた。
「うーん、確かカガリだったよね。」
「え?」
「ん?……え?」
リンが私のことをぽかんとした表情で見ていた。その瞳には先程のような輝きはない。
「キリー、何で知ってるの?」
私がギクッとしてしまった。この話題はすべきものでは無かった。確かに、ギルバート騎士団長は、名字を公開していないのだから。
「……え、いや。あの、士官学校でね、ちょっとお会いしたことがあるから。」
「士官学校で、ですか……ほお」ジェーンが腕を組んで、私を見下ろしている。「ギルバート騎士団長の名字をご存知でしたか?ならば彼のミドルネームは何でしょう?」
「それは知らない、本当に知らない。カガリも実は、別の人だったかも。ごめん。余計なこと言った。」
「余計なこと?それって誰にとって余計なの?ねえキリー、ねえキリー!」
リンが思いっきり私の首を絞めてきた。
「ぐっええ!」
「ちょっと待って、ねえ本当のこと言ってよ!本当のこと……ねえねえ!」
「お、落ち着い……グエエ」
「ねえ、もしかしてキリーって、ギルバート騎士団長のこと知ってるんじゃないの!?親しいんじゃないの!?今から嘘ついたら、ロビーの窓から崖下に落とすからね!この研究所は岸壁に作られてるんだ!そうしたらキリーなんかすぐに海の藻屑だよ!」
「待って……ぐるじい」
何故かジェーンが助けてくれない。仕方ないので、私はちょっと力を入れて、リンの手から逃げた。この話題、本当にしたくないのに。ところが、リンとジェーンは私を睨んで立っている。ジェーンは眼鏡を中指で上げて、私に質問した。
「どうやら、あなたがギルバート騎士団長をご存知であることは、事実のようですね。では何故黙っていたのでしょうか?ライネット博士を始めとし、我々全員が彼を探していたと言うのに。火山の時も、ヴィノクールの時も、彼に連絡すれば、事足りたと言うのに。」
「ごめん……。」私は頭を下げた。「彼の事を知っている。でも、彼が今どこに居るとか、そう言うのは知らないんだ。連絡しようが無い。もうだいぶ、会っていないから。」
「てか、頻繁に会ってたの?どれくらい親しいの?ちゃんと話してよ……!ギルバート騎士団長と、どこで出会ったの?」
どう説明すればいい?言いたいくないけど、話さないと、リン達は納得しないだろう。私は迷いながら答えた。
「……ギルドの本部が帝都にある。そこで会ったことがある。それと士官学校。それから……小さい頃通っていた剣術道場。」
「うおおおおおおお!」
リンが奇声をあげながら、私に向かって突進してきた。私は咄嗟に彼女の両肩を掴んで、食い止めた。何故タックルする……。
「そんなのほぼ幼馴染じゃねえか!何故黙ってたぁぁぁぁぁ!」
「ご、ごめんなさい!だって、あまり言わないでって言われたから……!本当にごめん!」
ジェーンのことをチラッと見ると、彼はドライアイスの煙が出そうな程に、冷え切った視線をこちらに向けていた。そうだよね、黙っていたから、怒るのは分かる……。
リンが急に落ち着いて、私に聞いた。
「え……?もしかしてさあ、キリー、ギルバート騎士団長と、恋愛関係に会ったりするの?彼のことが好きだから、私はずっと待ってる的な。だから合コンとかも行かないの?」
「そんなこと……!違うって、リン。」
ジェーンの表情が更に険しくなった。
「そ、そうなのですか?先程からの煮え切らない態度、確かにリンの言い分には、一理あるように見えますが。」
「ねえキリー、」リンが冷たい声で聞いた。「これだけ教えて。ギルバート騎士団長の出身ってどこなの?」
私は正直に答えた。
「インジアビス。」
「それは」ジェーンが反応した。「昔で言う、深淵の地という場所ですね。ここよりも更に地下に存在している、一年中、日の光の差さない暗い地域。そこに順応した人間は変異を起こし、魔族と呼ばれる生き物になった。その魔族が主に住んでいる地域ですか?」
私は答えた。
「そうだね。」
そしてリンがまた、私に聞いた。
「そっか、じゃあキリーって出身はどこなの?」
「……帝都。」
「あ!今嘘ついた!帝都出身なら、帝都のことを城下って言います~!本当はどこなの?」
「……インジアビス。」
「おや、そうでしたか。私には一人も友人が居ないと仰っておりましたが、蓋を開けてみれば、そこには幼馴染がいた。それは……私に嘘をついたということになりますが。」
だったら、ジェーンだって友達が居ないと言っておきながら、イオリさんが居たじゃないか。まあ彼は、ジェーンを利用したから良い人じゃないんだろうけれど。私がギルバート騎士団長のことを黙っていたのは、確かに嘘だった。つくべき嘘でも無い。だが、これ以上のことは今はどうしても言えない。
リンとジェーンが同時にため息をついて、目を合わせた。次に私を見たが、そのどちらも私のことを軽蔑するような目で見てきた。
「キリー、ギルバート騎士団長が大切な人だったのなら、合コンはまた今度でいいや。ってか、これからも別の人を誘うね。今までしつこくしてごめん。じゃあ、業務に戻りまーす……。」
リンが足早にオフィスから出て行ってしまった。静かになったオフィスで、ジェーンが口を開いた。
「そうでしたか……なるほど。大変申し訳ございませんが、グレン研究所から頂いた設計案を熟考したいので、今日は研究室で業務を行います。そうすれば、あなたのくだらない重ね重ねの虚言を聞かなくて済みます。」
「ジェーン!ごめんなさい!」
私は頭を下げた。彼は静かな声で言った。
「……正直、見損ないました。これ以上、偽りの無いことを願うばかりです。それでは。」
ジェーンはオフィスから出て行った。本当に彼らにも、皆にも申し訳ないことをした。今まで築いていた信頼の柱は、いとも簡単に粉々に崩れてしまった。私は涙を腕で拭いて、ソファで一人頭を抱えた。




