110 エステのお誘い
夏休みも終わり、研究所での普段通りの生活が始まった。その日の昼過ぎ、私はグレン研究所のスコピオ博士と、ビデオ通話していた。
私のPCには、ドアップで笑顔のスコピオ博士が映っている。もう少しカメラから離れることは出来ないものかと、少し笑いながら聞いた。
「ふふ、その後、火山測定装置はどうなったんですか?」
『それがさぁ、もう最高よ!何が最高って、ジェーン様の設計図が最高なのよ!もうオリジナルは完成したよ、アマンダも喜んでる!』
その声を聞いたジェーンが私の隣にやってきて、PCの画面を覗いて、スコピオ博士に聞いた。
「おや、もう本体が完成しましたか?随分とお早い。」
『あ!ジェーン様!我々グレン研究所の職員は、三度の飯より火山のことを考えますからね!ほらほら見てくださいまし!』
スコピオ博士がPCをずらすと、彼のラボの真ん中に、あの時火山に置いてあった測定装置の、ちょっと色違いバージョンが置いてあった。キラキラとメタルの輝きを放っている。
『このオリジナル本体に、グレン流のパーツを、各所にちょこちょこ付け足していったら、もう完璧だ!いやこのままでも行けるんだが、これからあと何千年も動いてもらわないと困るからな、補強しないと!』
ジェーンが聞いた。
「そうですか、そのパーツの設計図、私にも送って頂けますか?時々、あなたの技術は意外性があって、いい刺激になるもので。」
『えんっ!?』
スコピオ博士が嬉しさのあまり、喘ぎに似た声をあげた。あまり聞きたくないからやめてくれ……。
『もうそりゃ、もうそりゃ、ご献上致します!ジェーン様!我々グレン研究所は、ジェーン様の為なら、悪にでもチクワにでもなれます!なんでも致しますから、なんでもお申し付けくださいませね!大天使様!んまっんまっ!』
熱のこもって来たスコピオ博士のキス画面を、ジェーンが無表情で消した。私は笑ってしまった。
「ふははっ、そんな急に切ったら、博士驚いちゃうでしょ!」
「ああ構いませんよ、ウォッフォンに掛かってきた電話も、大体こうして切りたい時に切っていますから。大体……彼、と言っても、グレンの研究員達が全員そうなのかもしれませんが、私があれの作成者だと判明してから、私に対して盲目的に好意を寄せているのです……。危機感さえ覚えますよ。キルディア、私はあなたの可愛い部下でしょう?どうかお守り下さい。」
「火山が絡んだスコピオ博士達を、誰が止められるの?帝国中の火山マニアが、あそこに集まってるんだよ?無理だよ無理。」
「はあ……。」
と、ジェーンがため息をつきながら、ソファに戻っていったので、私は引き続きPCで作業をしようとした、その時に、ドアがノックされて、リンがオフィスの中に入ってきた。
「あ、リン、どうしたの?」
ニコニコしながら胸に何かの雑誌を抱えて、私の机の前までやって来た。なんか嫌な予感がする。予想通りの発言をリンが放った。
「キリー!私、決めたの!合コンに行こうよ!ね!」
「ぶっ」
紅茶を吹き出したのは、ソファに座っていたジェーンだった。彼はコーヒーテーブルの上にPCを置いて、ティッシュを数枚抜いて、こぼしたお茶を拭き始めた。またくだらないお誘いをして来たな、と作業を続けながら私は答えた。
「何言ってんの……。今は仕事中なんだから、もっとマシなこと言ってよ。」
リンは少し頬を膨らました後に、一回地面をガンと蹴った。こええ。
「あのね、夏休みアリスに聞いたよ?あんた妻帯者と旅行に行ってる場合じゃないよ!いいから行こう、もう今夜、予約したから!」
あれ?リンって、私とジェーンをくっ付けさせようとしてなかったっけ?私が疑問に思ってリンを見つめていると、言いたいことが分かったのかリンが小声で、そして芝居掛かった様子で、話しかけて来た。
「あのねキリー、男は独占欲が強いの。俺の女が他の男に肩を抱かれてる、あの男め許さん!それは俺の女だ、俺の女なんだ!え?なんだこの気持ちは!?何なんだ?俺は……ああ、そうか、俺は、俺はあの女のことが好きなんだ!ってね。」
「ってね、じゃないよ。何それ、仮にもジェーンがそんなこと考えないでしょ。それも私に対して。」
「じゃあお願い、合コンに行こう。大学時代の同期はみんな忙しいし、この世の中だから、そんなことしてる場合じゃないって感じだし、ケイト先生は最近クラースさんのこと気にしてるっぽいし……。良いから行こう?もう今夜とっておきのバーを予約したから。相手も確保済みだよ、ウォルズ社の社員さん。」
私は驚いて、つい大きな声で反応してしまった。
「ちょっとそれって、武器の変次元装置について、依頼して来た会社だよね?ジェーンが設計図出したところの!なんでお客さんのところの社員さんと、そんな約束してんの!」
「ええ!?いいじゃん、向こうの営業さんと、ちょっとメッセージIDの交換したら、ホイホイ話が進んじゃったんだもん……。人との出会いは大切にしなきゃ。アンテナ閉じてたら、どこに運命の人が居るかなんてわかりゃしないよ!だから今夜ね!」
「馬鹿馬鹿しい。」そう答えたのはジェーンだった。彼はソファに座って、背を向けたまま言った。「キルディアは相手を探していないのです。その集まりは、遊び半分に参加するようなものではないでしょう?真剣に相手を探している人に、失礼ではありませんか。ねえキルディア?」
「いやいや!」リンが身振り手振りを交えて反論した。「相手探してるって!遊びで行くんじゃないのは、こちとら一緒だよ!ね?キリーだって相手探してるよね?これからどんどん不安な世の中になるんだし、あのネビリスにだって、奥さんいるんだから、キリーだって心の支えになるような恋人欲しいでしょ?男でも女でも。」
私は苦笑いをした。
「男でも女でもって……うーん、今は要らないかな。なんか、そんな誰かを愛することなんて、合コンに行ったところで出来ない気がする。心の支えと言うなら、私には親友がいる。」
「ふふっ」笑ったのはジェーンだった。彼はソファに深く座って、満足げに紅茶を飲んだ。「至極その通りです、漸く、私の重要性を理解しましたね。」
「でもジェーンなんか、そのうち自分の世界に帰るじゃん。もしジェーンが帰ったら、その後キリーは何を心の支えに生きていくの?私がその代役を務められればいいけれど、それは無理だと思うの。この性格だし。」
何だ、自覚症状あるのか。私はちょっと笑ってしまった。でもまあ、彼女の言い分は理解できる。ジェーンはいつか帰るのだから。
「……まあね、」と私が呟いたところで、ジェーンが急にブンと振り返ってビビった。真顔だった。でも言い続けた。「誰かと恋愛して、その先にあるものを、一度は見てみたい気はするよ。でもほら……あまり自信が無いんだ。」
「何が?」リンが心配そうに私を見た。
「その……、ほら、グレンの寮の大浴場で、私の体を見たでしょう?アマンダが言う通り、私はボロボロくまちゃんばりに、身体が酷い状態になってる。傷だらけの身体なのに、他の女性と恋愛という土俵で張り合うことに、自信が無い。」
「何だ、そんなことか。」リンが笑顔で答えてくれた。「大丈夫!だからこの雑誌を持って来たの!これ見て、この記事を見て!」
リンは手に持っていた雑誌を、私の机の上に広げて、見せてくれた。そのページはエステ特集の記事だった。ページの左下には初回無料という、切り取りが出来るクーポンが付いている。
タオル姿の女性が台の上で、うつ伏せで寝そべっていて、彼女の背中にガタイのいい男性が、透明のジェルを塗っている、よく見かける写真だった。海藻を使ったエステで、美肌になれるらしい。
「へえ、美肌コンシェルジュ……。これを塗ると、肌が若返るんだ。」
「そうなの!友達が何人も彼にお世話になっていて、本当に肌が透き通ったように綺麗になるんだから!一緒に受けに行こうよ!」
「でも、私の傷跡って、これで解決する問題じゃ無い気がする。」
「どれどれ」気が付けば、ジェーンが私の隣に来て、机に手をついて、雑誌のページを覗き見て、言った。
「施術者は、ユークアイランドでは有名なボディセラピストのようですね。ただ、男性なので却下です。」
「それに見てよ」私は立ち上がってTシャツをめくり、二人にお腹を見せた。「こんなにボロボロだよ。」
お腹には切り傷、咬み傷の痕が、いくつも残っていて、特に先日、ドラゴンに噛まれた部分の皮膚は、肌の色が薄い。それがちょっと自分で見てもギョッとするものなのだ。しかしリンは怯まずに言った。
「アンタねえ、この傷だって愛してくれる人は居るの。皆が皆、パインソテーが好きなのか?いいえ、ドリアンソテーが好きだっていう人も居るの!問題はキリーに自信が無いことだよ、それをね!このエステで自分磨きして身に付けるのよ!だから仕事終わったらエステ受けて、それから合コンに行こう!」
諦めないねえ……。でも、そんなに誘ってくれるんだから、リンのお誘いについて行ってもいいかもしれない。




