107 海賊秘宝強奪戦
満点の星空の下、クルーザーから何艘ものモーターボートが出発した。一艘につき二十人程乗っていて、ボートの先頭ではレンジャー姿のスタッフさんが立ちながら、海賊にまつわる伝説を語っている。
チェイスが、「子ども達のためにも、身長の高い僕たちは最後尾がいい」と、スタッフさんに頼んでくれたお蔭で、我々は一番最後に出発したボートの、最後尾の座席を確保することが出来ている。何とも素敵な好スタートを切った。
「遥か昔の海賊船が、この辺りの島に迷い込んで……!そしてその後の彼らを見たものは居なくなりました!」
「沈んじゃったのかな。」
「お宝を見つけてパーティしてるのかもよ」
お話を聞いた子ども達が、無邪気な反応をしている。スタッフのお姉さんは続けた。
「今からその島を、この船で見て回ろうと思います!それでは探検するぞ~!ゴーゴーボンボヤージュ!さん、はい!」
「ゴーゴーボンボヤージュ!」
……私とジェーンは無反応だったが、チェイスは皆と一緒にそう叫んで、拳を天に掲げていた。もしかしたら彼は、ちょっと陽気な人なのかもしれない。
ボートの、向かって右端に私が座っていて、真ん中にジェーン、左端にチェイスが座っている。ボートに乗る前にジェーンが何か思い付いたらしく、この座り順になったのだ。そしてその詳細を、彼はまだ教えてくれていない。まあ、任せていていいのなら、私も子ども達と同様、景色を見て楽しんでいよう。
ボートは一つ目の島に近づき、川の中へと入って行った。背を伸ばして前方を見渡すと、奥の方に天然の洞窟があったのが見えた。今回のコースはそれを利用しているようだ。
川のほとりの木には、松明のような照明が掛けられており、木の枝からドクロがぶら下がっていて、おどろおどろしい雰囲気が漂っている。地面にも人間の骨の山や、焚き火の周りで酒瓶を持った骸骨が、ぐったりしている様子もあった。リアルだ。
するとジェーンがポツリと言った。
「ああ……。これは、この会社の演出でしたか。」
私は両手で口を覆って、急いで笑いをこらえた。なるほど、ジェーンは最初に、この一つ目の島に不時着をしたから、自然の中で発見したこれが偽物だと分からなかったに違いない。
そりゃいきなり辿り着いた世界で、最初に目にしたのがこの惨劇だったら、かなり恐ろしかっただろう。想像すると面白過ぎる。
そしてボートは洞窟に入った。真っ暗な洞窟が、ボートのランタンに照らされて、岩肌がゆらゆらと綺麗に光った。ただの岩なのに、思わず見惚れてしまった。前に座っている子どもが、ある方向を指差して叫んだ。
「うわあ!見てお父さん!」
子どもの指差した方を見ると、洞窟の中にちょっとした空洞があり、そこにも骸骨が剣を振りかぶっているリアルなオブジェがあった。
なるほど、これはボートが進むたびにストーリーが進んでいくようだ。ここまでくると私も純粋に楽しんじゃっているが、隣の人はどうだろう?ジェーンの横顔を見ると、彼は必死に例の宝のオブジェを探していた。私に気付いて、私と目が合った。
「どうしましたか?あなたも探してください。」
「う、うん。」
チェイスはさっきから大人しいけど何してるんだろう、今度はジェーンの背後にいるチェイスを見た。すると彼は、まるで天使のような純粋な笑顔で、ウォッフォンを使って写真を撮りまくっていた……。来れてよかったね。ならばと思い、私もちょっと楽しむことにした。
どうやら海賊達はお宝を発見したが、その呪いで全員白骨化した、そんなストーリーだった。少ししたところで、もう一度ジェーンのことを見た。今度は探しているような感じではなく、ストーリーを考えている様子だった。するとジェーンが言った。
「……予想以上に、中々良く出来ていますね、嫌いではありません。」
「素直に気に入ったって言えばいいのに。でもまだあの宝石は無いね。」
「はい。もうすぐ出てくるのかもしれません。チェイスは何か発見しましたか?」
ジェーンの問いに、チェイスは笑顔で何度も頷いた。
「うん!これは伝説の海賊の秘宝をモチーフにしたストーリーだと思うんだ!ああ!見てくれ!あれだよあれ!」
「あったの!?」
私とジェーンはチェイスが指差した方を見たが、そこにあったのは、頭にカツラが乗っかっている海賊服の骸骨が、宝箱を開いて仰け反っているオブジェだった。別にジェーンのパーツはそこには無い。チェイスは続けた。
「あれ、見ただろう?あれはね、航海士ミカエルが、絶対に開けてはいけない宝箱を開けちゃって、呪いを受ける場面なんだよ!うわあ!自然の洞窟をそのまま利用することで、こんなにもリアルに再現出来るとはね~!自然を大事にしなきゃいけないって考えも納得だよ!それでそのミカエルはね……」
後のことはジェーンに任せて、私はパーツを探すことに専念した。そしてボートは狭く、暗い洞窟を進んでいく。ここではボートの先頭に付いているランタンの炎だけでは、ちょっと暗い。
さらに前に座っているお客さん達で、その灯火は遮られ、私たちの方は暗闇に近かった。足元を見ると、微かに私のピンク色のビーチサンダルが見えた。ここまで暗いと、なんかドキドキする。
すると、左手に何か温かいものを感じた。驚いてボートの座席に置いてある私の左手を見ると、なんとジェーンの大きな手が、私の手の上に乗っかっていた。
え?何してんの……
「何してんの?」私は小声で聞いた。彼はチラリと横目で私を見て、答えた。
「……少し冷えます、あなたはそう思いませんか?」
「思いませんけど?」
「私は冷えるのです、体温を拝借します。」
と、更にぎゅっと手を握られた。一体どうしたのだろう、暗くて怖いから手を握っているのかな。ああ、きっとそうだ。それ以外に理由がない。
こうして手を繋いでいると、火山の時に、アマンダと三人で手を繋いで帰った時のことを思い出す。あの時と同様、彼の手は温かい。それもそうだ、あの時は火山にいて、今は真夏の海の上。手は熱いに決まっている。
「キルディア、」
「ん?」
「松明の灯りが、淡く岩を照らしている、それがとても綺麗ですね。」
「うん……そうだね、綺麗だね。」
ジェーンと目が合った。何故か、吸い込まれそうだった。
「ああ~!暗闇に入ると、僕ドキドキするなぁ!何だか若返った気分だよ!そう言えばジェーンって僕より年下なんだよね、後で知ったんだけどさ!」
私はチェイスの言葉に反応して、ジェーンの背後にいるチェイスに話しかけた。
「え?そうなの!?チェイスそんなに年上なの?」
「そうだよそうそう、え?そう見えない?だったら嬉しいなぁ~!キルディアに若く見られるなんて、僕は嬉しい!」
「チェイス、」ジェーンがマジなトーンで言った。「その話は今必要ですか?あなたは昔から空気を読まないのですから、ほとほと手に負えませんよ……。」
ジェーンに言われるって相当だよチェイス……。その狭い通路の間はずっと三人で話をしていたが、ジェーンは私の手を握ったままだった。
そしてボートが狭い空洞を抜けると、一気に視界が広がった。広い洞窟内の空間には、たくさんの松明が飾られてあり、その炎で、見たことない大きさの金塊の山が照らされていたのだ!その巨大さ、黄金の輝き、これは明らかにクライマックスだ!
「うわああああ!見てみてえええええ!」
子どもたちのテンションも、うなぎのぼりだ。周りは黄金と宝石だらけ、そしてその中で、ドクロたちが嬉しげにアクセサリーをじゃんじゃら全身に付けて、天にも掲げている。
いやいや、これ本当に全部偽物なんだろうか!?一つくらい本物が混じっているんじゃないだろうか!?私のテンションも上がっていく。
「あ!キルディア、見てください!」
隣の大きいお友達のテンションも上がっている……んじゃない!あったのか!?私は立ち上がって、ジェーンの指差した方を見た。もうボートの上では、大体の人が立ち上がって、煌びやかな景色を堪能している。
パンフレットと同じ宝箱が、金貨の山に位置しているのを発見した。よく目を凝らすと、その金貨の山の中腹辺りに、緑色のパーツがころんと転がっているのを発見した。しかしそれは、メインの金貨の山に存在している。とても目立つ場所だ。
「あ~あそこかぁ……厳しい。」
私は歯を食いしばって苦い顔をした。ジェーンはじっと山の方を見つめている。チェイスが我々に気付いたようで、ウォッフォンでの撮影を終えると、我々の視線の先を見た。
「あ!あれかぁ、あったね!でも、ど真ん中かぁ~……。」
そうなのだ。想像していたよりも、ボートから距離がある。とても手を伸ばして、しれっと盗れる距離ではない。ボートは着々と進んでいく、しかし他のゾーンよりはゆっくりめだ。
「ど、どうする?ジェーン。」
「ええ、私が皆の注意を引きつけます。その間にあなたは、あれを奪取してください。」
「どうやって……?」
するとジェーンは手のひらをチェイスに向けた。チェイスは何かを悟ったのか、首をブンブンと振っている。だが無情にも、ジェーンは言った。
「ボンボヤージュ。」
そして漆黒の水の中に、チェイスが背中から落ちた。どぼんと水に体が沈む音が響いて、皆がチェイスに視線を向けた。今だ!
私はボートから金塊ゾーンの陸地にジャンプして着地すると、金貨が散らばっている地面を走った。不思議なことに思ったよりも走りやすい。そして例の金貨の山を登り始めて、その謎が解けた。これ全部、接着剤で繋がってんのね!
「チェイスー!」
ジェーンの棒読みの心配アピールが聞こえてきた。
「お兄さん!これに捕まって~!」
スタッフのお姉さんの声だ。やばい。すぐに救出されたら、私の姿がみんなに見られる!そしたらきっとジェーンは「あの人何やってるんでしょうね」って裏切るに違いない。
そんなのやだ!私は人生史上最速で四肢を動かして、金貨の山の中腹まで登り、ジェーンの緑色のパーツを掴んだ。マットの輝き、耳を当てると機械音がした。これだ!私はそれをパーカーのポケットに入れた。
スライディングで山を降りていく時に、スタッフのお姉さんとお客さんが協力しながら差し出している浮き輪に、チェイスが捕まろうとしているのが見えた。ジェーンが振り返った。私は間に合いそうにない、だから首を振った。もう少し時間をくれ~!
金貨の山を降りて、陸路を走ろうとした、その時だった。またドボンと何かが水に落ちる音がしたのだ。ボートの方を見れば、そこにジェーンの姿は無かった。
ということは、今度は彼が水の中に落ちたのだろう……。この軍師たちは身体を張って、何をしているのだろうか。私は必死に走って、漸くボートに近づくと、それに飛び乗った。
するとその勢いでボートが揺れて、浮き輪に捕まっていたチェイスの頭にボートが直撃し、また彼は水の中に沈んでしまった。私は水に落ちた二人を覗いた。
「リョーシャ、チェイス!大丈夫?」
浮き輪には、ジェーンとチェイスが捕まっている。
「だ、大丈夫ですよ……私は。」
「僕はちょっと痛い、死ぬかと思った。」
「お兄さん達、頑張って!」
レンジャー姿のお姉さんや、周りの親子さんの声援の中、彼らは無事に救出された。




