106 まとまらない作戦会議
チェイスと一緒の食事は、とても楽しめた。昼間とは違って、ボリューミーで豪華なバイキング、ステーキにシュリンプフライ、そしてレストランの端っこに、ちょこんと存在していたステージで、まさかのユークアイランド名物ファイヤーダンスまで見ることが出来た。バトンの両端に炎が燃えていて、それをくるくる回しながら踊るという荒技だ。
そんなことされると、観客は問答無用に盛り上がってしまうし、私とチェイスだって、手を叩いて喜んだ。ふと隣のジェーンを見ると、この盛り上がりの中、彼は理解しがたい行動をとっていた。
ステーキを全ての面積が均一になるように、ブツブツ独り言で計算しながら、正方形にカットしていたのだ。私は声をかけるなんてことはしなかった。彼の鉄板の上には、何個も何個も、綺麗な四角形の牛肉が転がって、じゅ~とシュールな音を立てていた。
流石にお酒は飲まなかった。こんなに共に楽しもうとも、目の前にいるチェイスは、これから敵になる人。だから、我慢した。チェイスは元々飲めないと言っていたが、やはりそれも私達と同様に、警戒しているから嘘をついたのかもしれなかった。
部屋に戻り、ジェーンがお風呂に入っている間に、私はちょっと喉が乾いたので冷蔵庫を開けた。ボックス型の冷蔵庫の中には、ミネラルウォーターと、パインジュースが入っていた。私はジュースをコップに注いで、飲んだ。
ジェーンが部屋に戻ってくると、次に私もシャワーを浴びる事にした。背を向けて、彼の前で脱いで、ツールアームのベルトを外してもらった。流石にシャワールームは狭いので、助けを借りず、一人で浴びることにした。
片手だと、まともに洗えない。しかも流す時に、目にシャンプーが入った。左手で擦るが、シャワーのお湯が、また頭に掛かってしまい、更に目に入ってしまった。
その激痛に叫んでいると、ジェーンが入ってきて、背後から私の顔を大きな手で洗ってくれた。礼を言うために振り返ると、彼は顔を逸らして立っていた。いつも洗ってくれるときはそうして、私の身体を見ないようにしてくれるのだ。
手伝いもあってシャワーが無事終わり、またツールアームを付けてもらった。それからジュースを飲み、ベッドフレームに寄り掛かるように座った。
だが、彼もまたベッドフレームに寄り掛かっている。ウォッフォンで何かを確認してるようだが、我々の距離が近いので、そのホログラムがこちらにまで、はみ出してきた。
「……何このコード。」
「おやおや覗かないで頂きたい。ですが折角なので説明しましょう。これは変次元装置の改良案です。革新的な改良、私には実現できます。笑いさえ込み上げてきそうだ……ふふ。」
やばい。でもジェーンがゾーンに入っている時に、よく見る現象だった。これまでも彼は私のオフィスで、突然笑いだすことが何度もあった。
「へえ、すごいね。それって先日依頼があった、ウォルズ社の件?」
「いえ、それは適当に、しかし相手方の希望に沿うように改良案の設計図を作って、もう提出済みです。あなたまだ承認してなかったのですか?遅い。」
「ええ?だってそれ、ジェーンが提出してきたの休みに入る直前なんじゃないの?……でもそうだよね。他にも色々報告書が溜まってたから、残業してるけど、処理が間に合わなくて、それはごめんなさい。」
「まあそう言われてみれば、私がそれを提出したのは、この船に乗っている時でした。」
この野郎、今すぐ首を締めたかった。だが見方を変えれば、彼はこの船に乗っている時も仕事をしてくれていたのだ。提出ボタンを押すだけだったかもしれないけど、ありがたいといえばありがたい。
「そっか、まあ、ありがとうね。じゃあ寝るね。」
「はい、どうぞ。私もキリの良いところで、寝仕度をします。」
とすれば、今の改良案というやつは、きっと彼自身の研究なのだろう。何に使うのか、それを予想することを、今夜の睡眠薬にしよう。
そして私は枕を、ベッドの端っこギリギリに置いた。そしてジェーンの腰の下に挟まれていた枕を、無理矢理引き抜いて、ベッドの反対側の端っこギリギリに置いた。ジェーンはそれを見て言った。
「……この位置では、私の半身がはみ出ます。」
「おやすみなさい。」
真ん中には、布団を丸めたものを壁に見立てて置いた。これで完璧だ。掛け布団はないが、この部屋は冷房を控えめに設定してあるので、風邪引かないだろう。
私は改良案の予想を考えながら目を閉じた。すぐに睡魔が襲ってきたが、変な振動で目が覚めた。振り返れば、ジェーンが布団を取り払っていた。
「何してんの?」
「私は布団を使います。そして枕の位置は、ここです。」
ジェーンはほぼ真ん中の位置に枕を置いた。近くない?私は笑った。
「ふはは……それはいけないよ。狭いし。」
「大丈夫です。私だけが掛け布団の中に入る状況ですし、こうでなければ同じテントの中で過ごせません。このようにして寝る事自体は、問題は無いと考えます。まあ、もし二人とも、同じ掛け布団の中にいたら、それはいけないことでしょうね。誰もがそう答えるはず、世間の常識ですよ。」
本当かよ。世間の常識を、まさかジェーンが知っているとは……。そうは思ったが、もう逆らう気力はないので、私はまた背を向けて、瞼を閉じた。
ジェーンが電気を消した。そのあとの静寂に、妙に緊張感を感じたが、すぐに夢の世界に落ちていった。
夜中、寝返りをうった時に、掛け布団でサナギのように丸まっている彼を蹴ってしまったが、彼は「うっ」と少し呻いたものの、目覚めはしなかったので、また私はすぐに寝た。
翌朝の目覚めは最悪だった。私はいつの間にか、掛け布団の中にいたことが分かった。私の背中にピッタリとくっついて寝息を立てていたのは、当たり前だがジェーンだ。おでこを私の背骨にくっ付けられている感覚がした。
私はそろりと体を静かに動かして、そこから脱出し、布団をめくってジェーンのことを見た。船のベッドで一緒に寝てしまった時のように、彼はまた膝を抱えるように丸まって寝ていた。普段の彼とはギャップのある寝相に、一瞬でも可愛いと思ってしまった自分に、すぐさまビンタをした。
そして二日目の昼、この日の夜に始まるツアーへの、最終的な作戦会議がこの部屋で行われた。テーブルには食堂からテイクアウトで買ってきたバーガーやポテトが、三人分ある。私は改めて聞いた。
「でも、本当に協力してくれるの?」
「だってジェーンのなんだろう?その宝石は。」
「そうなんです。業者が手違いで、元々は私の所有物であったその宝石を、混入させてしまったんですよ。」
ジェーンはチェイスにさらっと嘘をついた。そのサイコパス並みの嘘つきスキルを少しばかり分けて欲しい。チェイスはそれを信じきっているようで、テーブルの上のポテトを一本、口に入れてから言った。
「まあスタッフさんに言って、事情を分かって貰えるような感じでもないよね。このパンフレットの写真を見ると、もうセットの一部みたいだし。それに僕だったら、一人でこの旅行に参加してて時間あるから、協力するよ~。」
良い人すぎる……。こんな良い人を犯罪に加担させるのは、なんだか悪い気がしてきた。だがジェーンはさらっと受け入れた。
「あ、そうですか。それはありがたい。」
「因みに、もう策は決まっているのかい?」
チェイスの質問に、ジェーンが思案顔になった。昨日から色々考えてはいるが、正直何も思いつかないのだ。当初の彼の予定は、爆発で気を逸らしている間に私に取りに行かせる、と言うものだったが、私が爆破を禁止してしまった。
ならばと用意したプランBは、夜間にボートを勝手に借りて、二人で七つの孤島に乗り込んで回収するというものだった。
しかしそれも、今日の午前中に、ジェーンがウォッフォンで船内の監視カメラをハッキングして分かったことだが、船内のボートの周りには屈強そうな見張りのスタッフが数人居たのだ。
そしてボートを使うことは諦めた。そうなると……ツアー中に他の客の気を逸らす、という当初の計画がしっくりくる。しかし爆弾は避けたい。
ジェーンは唸った。
「んん、そうですね。色々と考えてみたものの、どれもしっくり来ません。あなたは、どういう作戦がいいと思いますか?システム関係でしたら、私は協力出来ます。」
「うーん、そうだなぁ……。確かに監視カメラの自由を無くせば、ボートを使えるかもだけど、そこにはスタッフさんも居るらしいしね。そうだなぁ。」
考え始めたチェイスに、私は付け加えた。
「爆弾は無しでお願いします。」
「はっはっは!」チェイスが膝を叩きながら笑った。「爆弾なんて使ったら皆が危ないじゃないか!はっはっは~!キルディアは本当に面白いなぁ。」
私はジェーンを睨んだ。そう、これはあんたが考えた案だ。ジェーンは横目で、私の視線を知ってはいるが敢えて気付かないフリをして、ハンバーガーをかじった。チェイスが言った。
「兎に角、ボートに乗って、現場を実際に見てから判断してもいいかもね。意外と手の届くところにあったら、それをそのままサッと取っちゃえば、誰にも分からないだろう。」
そしてその日の夜、その時は訪れた。




