104 ナンパとはまた違う
プールのイベント後に、一度部屋に戻って着替えた私達は、クルーザー内の一階のレストランで、バイキングを頂くことにした。食費は旅費に含まれているので、おかわり自由なのだ。色々な料理を少しづつ取って、なるべくたくさんの種類が食べられるように頑張った。
ジェーンは食後のスープを飲みながら、テーブルにパンフレットを広げた。クルーザーのマップや、七つの孤島の地図が印刷されているページだった。それを覗くと、クルーザーのある箇所に、グルグルとペンで丸く囲まれているのを発見した。その部屋は貨物室だった。この男、まさかあのプールのお宝を盗むつもりだったのか?……私は苦笑いした。
「何です?ディア。気味の悪い笑みですね。」
「いやいやいや、この丸ってさぁ……」
「ああ、これですか。間に合わなかったので、あのイベントに参加したのです。」
「嘘でしょ?盗ろうとしたの?」
ジェーンは一度周りを見てから、小声で話し始めた。
「しーっ、人聞きの悪い……中身を確認してから元の場所に戻すことを、窃盗と言いますか?」
「……。」
それだと確かに窃盗とは言えないかも知れない。私はやや呆れながらも、食後のスープを一口飲んだ。チキンベースにレモンが効いている、さっぱりとした味わいのスープで、この海風とよく合っていて、美味しかった。ジェーンは飲み終えたカップの上に、お上品に両手で、スプーンを置いた。
「例のパーツですが、やはり二日目の洞窟にある可能性が高いでしょう。」
私は頷いた。
「うん、あと思ったんだけど、その洞窟内の宝箱のオブジェ?だよね。そこに本当に、その緑色のパーツがあったとして、それをどうするの?結局盗るんでしょ?」
「シーッ!」
それがうるさいよ……何人かがこちらをチラッと見ている。私はサングラスをジェーンのように中指で押し上げた。この方法、メガネの位置を調節するのに結構便利だった。ジェーンは私に顔を近づけて、小声で言った。
「盗るも何も、あれは元々私のものです。物が持ち主のところに戻ってくる現象を、窃盗と言いますか?」
「まあ……そうだけど。でもその洞窟内をボートで移動するツアーに参加して、しれっと盗るわけ?」
「盗るとは人聞きの悪い、拾うだけです。」
ジェーンはパンフレットを指差しながら説明をした。
「この二日目の洞窟探検ボートに我々は乗ります。このボートは例のパーツが添えてある金貨の山のゾーンを通ります。そして何気なく、このパーツを拾うのです。あなたが。」
「ぶっ……」思わずスープを吹きそうになってしまった。「何で私が。」
「プールには私が入りました。拾うのはあなたが行なってください。私はあなたが行動しやすいように、皆の注意を引き付けます。大事な役割でしょう?」
私は飲み終えたスープのカップを、テーブルの端に寄せてから、冗談交じりに聞いた。
「注意を引き付ける?何だか、すっごい嫌な予感がする。まさか、爆弾じゃないよね?」
「……でしたらプランBです。」
「危なっ!」この男、本当に常軌を逸している。「何でそんな爆弾魔なの?事あるごとに、すぐ爆弾を使用しようとするよね。もういっその事、タールとでも手を組めばいいのに。」
恐ろしい男、しかも爆薬を持って来てたんかい。
「タールと手を組んで、何が出来ると言うのです?因みにヴィノクールの外壁を破壊した水中爆弾、あれも私が改良したものです。私の爆弾は火薬を使用しませんから、どこでも携帯可能ですよ。それに、別に好き好んで爆弾魔になっている訳ではございません。私の爆弾に、あなたは何度も救われたでしょう?少しは感謝して頂きたい。」
「それはそれでしょ……。一生のお願いですから、プランBでお願いします。」
「仕方ありませんね、かしこまりました。ああ……。」
と、ジェーンが目頭を押さえて、椅子に深く寄りかかった。
「先程のプールで非常に疲れました。少し、昼寝をしたいと思います。」
「うん、今日はプールで頑張ったもんね、あとで寝たら?」
改めて周りを見ると、いつもとは違う風景、海の上での豪華な食事、少し外に出ると、ふわりと漂う波風。ああ、旅行って良いなと思った。こんなご時世だけど。
食堂から出ると、ジェーンは早速、部屋に戻ってお昼寝したいと言うので、別々に行動することになった。デッキを少し散策していると、午後の潮の香りが気持ちよかった。先頭デッキに行くと、そこにはビーチチェアが並んで置いてあった。間には観葉植物があり、大勢の大人達がそこで日光浴をしていた。
周りの人を見習って、空いている椅子を見つけて、そこに寝そべった。じりじりと顔が焼ける感覚がしたので、日焼けを気にした私は、サングラスを取ってパーカーのポケットに入れると、被っていた麦わら帽子を顔に乗っけた。
「そうしていると、変な日焼けしそうだけど、良いのかな?」
え?
明らかに自分に発せられた声だと思い、麦わら帽子を取った。自分のことを見下ろすように、男が一人立っていた。背は割と高く、ちょっとけっそりとしたその男は、ニコッと私に向かって微笑んだ。茶色の、流し前髪のショートヘアで、丸眼鏡がよく似合っている、優しげな雰囲気の人だった。
その男は、私の隣のビーチチェアに座った。オレンジ色のハーフパンツの水着がよく似合う。
「僕はチェイス。チェイス・クーパーって言うんだ。よろしくね。君は?」
げっ……!私は一瞬顔を引きつらせた。そしてパーカーのポケットからサングラスを取り出して、掛けた。
「わ、私は、ディア。」
「ディアか~!可愛い名前だね。」
男は微笑んできた。一体何のつもりか。
「ところで、どうしてパーカーを羽織っているの?まあ確かにそう言う薄手のパーカーって、今流行ってるみたいだけどね、でも暑くない?」
げっ……。痛いところを突いてくる。私は首を傾げた。
「ちょっと、あまり日に焼けたくないんです……。でも風に当たりたくて、ここにきたんです。折角なのでね、はは。」
「そっか。ねえ、君は一人で参加したの?」
「今は一人。でも部屋で、えっと……もう一人待ってます。」
「そっか、男の人?」
何でそんなに聞いてくるんだろう。私は質問をし返す事にした。
「でもどうして、そんなに色々と聞いてくるんですか?」
「うーん」チェイスは片膝を抱きながら言った。「君ってサングラスかけてるし、金髪だけど、よく見るとキルディアさんにそっくりだよね?」
「げっ!」
バレた!こいつ何なんだ!私はビーチチェアから急いで立ち上がると、彼をそこに置き去りにした。デッキを走ってはいけないので、競歩で移動した。早く部屋に帰りたい!早く!
食堂の隣にも、二階への階段があるのを発見した私は、早速その階段を利用した。歩いているのに足がもつれそうだ。階段を上がった時に後ろを確認したが、あの男の姿は無かった。でも油断は禁物だ、速度を落とさずに移動して、やっと部屋の前に着いた。
ドアノブに手を掛ける、よし鍵は掛かっていないようだ、いやいや一人で寝るんだから掛けとけよ、と一人で突っ込んでしまった。部屋の中に入って、ドアを閉めて鍵をかけ、ドアのチェーンロックも仕掛けた。
「はあ、はあ……!」
日頃から鍛えていて良かった。競歩の選手と同じぐらいの速度は出ていたと思う、通りすがりの人たちに驚かれたし。私は振り返り、セミダブルのベッドを見ると、ジェーンが大の字になって仰向けになり、寝息を立てていた。
私はジェーンを起こすべきか迷った。プールで頑張って疲れてるだろうしなぁ、でも黙っておいて、あとで責められるのも嫌だなぁ。少し迷ったが、私はジェーンを起こす事に決めた。ベッドに近付いて、ジェーンの頬を、指先でツンツン突いた。
「ジェーン……ジェーン……!」
「……ん。……今、何時ですか?」
私はウォッフォンを見た。
「今はね、十四時半くらい。」
「……十六時まで、寝かせて、ください。」
スヤア、とまた眠りの世界に落ちていったジェーン。私はまた少し悩んだが、引き続き起こす事に決めた。
「大変なの……!ジェーン」
ツンツンしているのに、それに慣れちゃったのか、むにゃむにゃ言って全然起きようとしない。はあ、致し方ない。私はジェーンの金色のすね毛を二、三本掴んで、思いっきりむしった。するとジェーンが飛び起きた。
「ううっ!な、何をしますか!」
「ごめん、でも大変なんだよ!私のことキルディアだと疑う男に、さっき声をかけられたんだよ!」
「はあ、それで逃げてきたのですか?」
ジェーンは不機嫌な表情で、サイドテーブルから眼鏡を手に取り、掛けてから若干私を睨んだ。
「それでは、私はキルディアです、と公言しているようなものですよ、全く。平気な顔して嘘もつけないのですか?」
「ごめん……平気な顔して嘘はつけなかった。結構怖かったんだもん。」
その時、コンコンと扉がノックされた音がした。あの男に違いない!ああ、撒いたとはいえ、ここは同じ船の上。いくらでも私の居場所を調べる方法だってあったはずだ。どうしよう、どうしよう、あの爽やかな笑顔が、今思い出すと非常に怖く感じる。
ジェーンはテーブルの上に眼鏡を置いて、サングラスを掛けながら言った。
「先程の男でしょうか?」
「た、多分……!でもジェーンが扉を開けるのは、やめたほうがいい。私が前に出る。何が起こるか分からない。」
「いえ、あなたにしては、かなり怯えた様子です、私が出ますよ。あなたは風呂場にでも隠れていてください。どうせステーキ屋で出くわすような、あなたの取り巻きの進化系でしょう。」
そう言ってくれるのなら、たまには彼に前に出てもらおう。サングラスを掛け直して、ジェーンの背後に立った。これなら相手が何か仕掛けてきても、すぐにジェーンのカバーに入れる。
ジェーンがドアを開けると、そこにはやはりチェイスを言う名の男が立っていた。チェイスは少し息を切らしているようだった。
「いやあ、歩きでもあんなに速く移動出来る人が居るなんて、本当に驚いたよ。ごめんね、そんな驚かせるつもりは無かったんだけど。」
いや、怖い。何が怖いって、チェイスは目の前のジェーンを無視して、ジェーンの背後にいる私を凝視しているのだ。正直、どんなホラー映画よりも怖い。しかし次に、ジェーンが意外な言葉を放った。
「チェイス?です、か?」
え?
「あ!やっぱりシードロヴァ博士じゃないか!何だか全然雰囲気違うから、分からなかったよ~!イメチェンしたんだね。すごいやんちゃそう。」
笑顔のチェイスは、ジェーンのコーンロウの編み込み部分を触りだした。なんだ、ジェーンの知り合いだったのか……。私はサングラスを取ってテーブルの上に置いた。ジェーンが彼を部屋の中へ入れて、サングラスと眼鏡を交換してから、私に彼を紹介してくれた。
「彼は、帝国研究所の今の所長です。ミドルネームは謎ですが、確かそれ以外は、チェイス・クーパーという名です。」
「ふふ、それだけでも覚えててくれて嬉しいなぁ。どうも、僕はチェイス・レイチェル・クーパーです。この椅子に座っていいかな?ちょっと急いで歩いたり、その辺の人に聞き込みしてたりしたら疲れちゃって。」
「どうぞ」
私が言うと、チェイスは椅子に座った。私とジェーンは並んでベッドに座った。




