102 七つの孤島のミステリー
「ねえジェーン、」
パンフレットにガリガリとペンで何かを書きながら、彼は返事した。
「はい?」
「このベッドさあ、私が大の字になって、ギリギリ落ちない程度の大きさなんだけど、やっぱりもう一部屋借りようよ。帝都の時はツインだったじゃない。セミダブルって……。私の部屋にあるベッドと同じサイズだよ?それってジェーンが普段一人で使ってる物だよ?それで普段使ってて丁度いいでしょ?それがプラス私となるとさあ……、しかもジェーンは身長高いから、余計に此処じゃ、一緒には寝られないんじゃないかな。」
「……結構です。」
私はジェーンの方を、寝たまま向いた。
「なんで?」
「如何なる場合にも対処出来るように、日頃から訓練をするべきです。これから何が起こるか分かりません。我々は行動を共にし、予想外の困難に突き当たる可能性は大いにあります。ここで例題です。ブレイブホースで移動していました、しかし目的地に着く事が出来なかった。夜です。急な天候不良で、我々はイスレ山の中で、雨宿りをすることになりました。簡易テントは一人分、どのように使いますか?」
「何その限定的な状況……私だったら、その辺の木を蔓で括って、屋根を作って、簡易的な寝床を作る。それぐらいだったらギルドで経験ある「その場合は簡易テントを二人で使わなくてはなりませんね。大雨の中、作業をすれば体力を消耗し、体調に関わります。そこは二人で、どうにか一人用のテントを使用すべきです。この狭さでも共に眠れなければ、これから先、何が起こるか分かりません。」
なんか食い気味に答えを訂正された……しかも、なんだそりゃ。まあ確かに、そういう事態にも備えて、日頃から訓練すべきだけど、だったら家でやればいいのに。
でも家だと生々しいか。だったらテントを二人分持っていけばいいのに、でもそう言うと彼は「一人分を落とした」と条件追加してきそうだな。私は観念して、天井のシャンデリアを見ながら言った。
「そっか、ジェーンはそうまでして、私と一緒に寝たいのか。」
「うるさい……。」
え!?うるさい!?しかも敬語じゃなかった!私は驚いて上半身を起こして、彼をじっと見た。ペンの動きを止めた彼が、ため息交じりに、こちらを向いた。ごめん、ちょっと、いや結構、私はにやけてる。
「……キルディア、申し訳ございません、失言でした。」
「い、いや、別に私はいいと思う。そうやって思ってることを素直に言い合うのは大事だと思うから。それに良い意味で、ちょっと驚いた。はは、ジェーンも敬語じゃ無い言葉を話せるんだね。」
「そのようですね、何故だか今は、そうでした。ベッドに関しては訓練すべきなので……乗り越えるべきで。」
辿々しい話し方も、彼らしく無い。私はまた横になって、天井を見つめて言った。
「そうだね、じゃあ乗り越えよう。」
テーブルとは反対側の方に体を向けた。枕が低反発で、これまた心地いい。よく考えれば、休暇を使って旅行に来たのなんて初めてのことだった。リンはよく帝都に行くから、それの何が良いのか疑問だったけど、確かに、非日常感に癒されるのかもしれない。こんな情勢でなければ、来年辺りにでも帝都に行ってみたいな。もう二度と無理かもしれないけど。
ベッドが揺れた。ジェーンが座ったようだ。マットが彼の方に傾いたので、少しバランスが崩れた私は、もう少し、外側に寝直した。
「身体の傷は如何ですか?」
「うん、もう殆ど治ってるよ。昨日診てもらった時に、ケイト先生はまだ休んでいてと言っていたけれど、私の主観では、もう通常と同じくらい戦える。ありがとう。ジェーンは撃たれた肩の傷、どうなの?」
「ああ、あのかすり傷は、もうとっくに治っています。ありがとうございます。」
「それなら良かった。」
何だろう、この会話。しかも互いの傷の治り具合は、日々の会話で毎日のようにしているので、互いに知っているはずなのだ。ジェーンがワザと傷の具合を聞いてきたので、私も答えたが、彼も普通に答えてしまった。
一度出した話題を持ち出すなんて彼らしくない。もしかしたら彼は、私との間に何か話題が欲しいのかもしれない。知っている事実を敢えてまた確認するほど、話題に困窮していたとは……これでは熟年夫婦のやりとりである。
だからと言って何を話そうか。リンだったら何を話すのかな、恋愛のこととか?だからってカタリーナさんのことを聞くのは、ちょっとなぁ。まあいいか、聞こう。
「ねえジェーン、」
と、私は彼の方に体を向けた。すると、なんと彼は、私の方に向かって正座して座っていたのだ。驚いて話題を忘れかけた。
「な、なんでそんなに、かしこまってる?」
「このベッドの上で、あなたに何もしませんと言う意思表示を身体を使って行なっております。それで、私に何を話そうとしましたか?」
「ああいや、たいした話題じゃない。カタリーナさんって、いくつなの?」
「二十歳です。」
「ぶっ」
ジェーンの奥様は私よりも五つ下か、意外な事実に、ちょっと笑いそうになったが、そこは我慢をして、ジェーンに聞いた。
「随分と年の差があるんだね、でも優しい人?」
「年の差もあり、彼女は私を尊敬していると使用人に聞いたことがあります。私はといえば、あの齢にして学はあれど、そこに怠けて向上心を失った人間を尊敬など出来ません。尊敬し合えない夫婦は、夫婦と呼べますか?」
「まあでも愛があれば「愛など。笑止。」
そんな食い気味で言う?しかもジェーンは可笑しかったのか、肩を震わせていた。全く彼の笑いのツボが理解出来ない。ジェーンの笑いのツボ三選というブログの記事があったら、すぐにブックマークするのに。
私はツールアームを曲げて、それを枕にした。そして手で口を押さえて、今もまだ笑っている彼を見つめた。
「私は大事だと思うけどな、愛。」
「ではその愛というものが、一体どういうものなのか、あなたは説明出来ますか?」
「……私は恋人さえ居たことないから、まだよく知らない。こんなに仲のいい友達だって、つい最近出来たばかりだけど、その友達もいつかは帰る。でもこの経験はいいものだったって確実に思える。だから昔よりは愛を知りたいと思った……だから、そろそろ欲しいと思えてきた。」
「何をですか?」
「こ、恋人だよ。この情勢じゃ難しいから、落ち着いたら……なんて何年後になるか、分からないけど、その前に死ぬかもしれないけど。でも世が落ち着いたら、私にだって自然に出来るかもしれない。」
「私は応援します……良き人格の、何者かと知り合った際は、あなたに紹介させてください。」
「おお、ありがとう。」
私は彼に微笑んだが、彼はさっきとは打って変わり、鉄壁の真顔だった。何だろう、その温度差。笑うべきだろうか、ちょっと迷っていると、彼が口を開いた。
「私からも質問をさせてください。「はい?」先日クラースの船の上で、リンとお話しする機会がありました。その際に伺ったのですが、あなたはどうやら、自分と同等に強い者、また頼りになる者を好むそうですね。」
ジェーンはウォッフォンのメモを確認しながら、そう聞いた。そのメモには一体何が書かれているのか、ちょっと見てみたいので覗こうとしたが、隠されてしまった。
「いけません、これは私のメモです。質問に答えてください。」
「うん……リンはそんなことをジェーンに話したのか。うーん。覚えているよ、」私は座り直した。「ジェーンが来るちょっと前ぐらいに、リンと二人でバーに行った。その時にさ、やっぱり女同士だから恋愛の話になる。いくら私に聞いても答えなど出ないような、例えば、芸能人で誰が好き?という話題を提供してくる。私が知っている有名な人って言えば……ザーク大佐ぐらいだよ。ルミネラ騎士団に居た、よく話題にもなってたゴリゴリマッチョな人。今は引退してるけど。」
「ほう、続けてください。」
と、ジェーンはウォッフォンのメモに書き込みながら聞いている。
「適当にザーク大佐って言っても、リンは、ああ……って残念そうな反応をする。次にリンは、どんな人が好み?って聞いてくる。これもよくあるパターンね。ちなみに彼女はギャップのある人が好み。そしてその後は大体、私はどうなのかとしつこく聞かれて……実はね、」
「はい、はい。」
「……適当に答えた。」
変な間が流れた。
「では嘘ですか?」
「晩御飯何作ったの?と聞いて、適当に蕎麦と答えて、実際に出て来たのが、うどんだったら嘘になる?」
「それはそうです。なるほど、リンを納得させる為の嘘ですか……全く、あの人間は荒波を立てる。」
「え?何?」
今、小声でジェーンが何か言った気がするが、彼は何事も無かったかのようにメモを書き続けた。きっと彼は私の恋人を見つけるのを協力してくれるから、そうして覚えようとしてるのだろう。書き終えたジェーンが私を見た。
「では、どのような人物を理想とするか、本当のことを教えて頂きたい。」
「うーん」困った、思い付かない。でも、もしかしたらジェーンみたいに落ち着いている人だと、一緒に過ごしやすいかもしれないと思って、答えた。
「話のリズムが同じくらいで、結局優しくて、そうだなあ、私を受け入れてくれる人。」
「そうですか……」彼はメモをしながら答えた。「そのような人物でしたら、すぐに見つかりそうですが。まあ、見つけた際はお知らせします。」
「はい、ありがとう。因みにジェーンは?」
「は?」
「どんな人が好きなの?」
彼はメモを仕舞い、首を傾げた。それから何処かを見つめて。考えてからこう言った。
「純粋な人、です。」
「そっか。」
ある意味、人間らしい人ってことなのかな。ってことはもしかして。
「じゃあリンとか結構好みだったりする?」
ジェーンが大きなため息をついた。
「はあ……。一体、あの人間の何処が純粋なのでしょうか。スライムのように奇怪な思考に、私は付いて行けませんよ。さて、一度作戦を練りましょう……うっ。」
正座を崩したジェーンが悶え始めた。足が痺れたらしい。私は彼の背中をさすりながら考えた。純粋な人か、一体どんな人が純粋なのだろう。あまりよく分からなかった。




