100 ディアとリョーシャ
「なるほど、これは完璧です。」
「いやぁ……これは無いよ。」
我々はお昼時の人通りの多い、ユークアイランドの大通りである、ポレポレ通りを歩いている。ジェーンはサングラスと麦わら帽子に、水色のリゾートシャツを着ていて、私はサングラスにウィッグ付きの麦わら帽子……これは去年の忘年会で、クラースさんが女装した時に使用したもの、を被っている。
地毛はダークブラウンの髪なのに、今はピンクだ。たまに水色だったり、緑色の髪色の人を見かける、でもそれは魔力が髪色に影響しているらしい。だからなのか、赤色は居ても、ピンクの髪色の人間は、存在しない。だから私のこの毛は、とても目立つ。
お昼時のユークアイランドには、いつもよりも人が多い。それもそのはず、学生さんたちは、今は夏休みなのだ。ジェーンは研究所のロビーから持ってきた、リゾートホテルの広告入りの団扇で、顔を仰ぎながら言った。
「いいですね、夏休み。街も賑わいます。私の時代、それも私の故郷には、夏休みなんかありませんでしたよ。」
「そりゃジェーンの故郷は永久凍土でしょ、他のエリアだって夏になっても、ここまで暑くはならなかったでしょ?」
ジェーンはやれやれと言った様子で首を振った。
「分かっていませんね、確かにここほど暑くはありませんが、私の時代にも夏はありました。私の故郷も真夏とあれば、マイナス二度まで気温が上昇しましたよ。あ!ここに入りませんか?」
真夏でマイナス二度ってどんだけ、って突っ込もうとしたが、ジェーンが急に立ち止まった。その店の外観を見たが、ケーキのオブジェがちょこんと乗った看板の、真っピンクな可愛らしいお店、ポップコフィンの前だった。
「……あのさ、もっと他にあるでしょ?どこか。」
「どうしてです?ここ、美味しかったではありませんか。」
ポップコフィンの入り口からは少し列が出来ていたが、そこに並んでいるのは、殆ど女性ばかりだった。まあ、この世は男女平等だろうから、ジェーンが並んでも何も変では無いんだけど、私はジェーンの耳元に近づいて小声で言った。
「帽子取った時に、ジェーンだってバレたらどうするの!?後悔するのは寧ろジェーンだよ!あのヴィノクールの一件で、ジェーンは女子からの株が大暴騰しているんだから。」
ジェーンは首を振った。
「それを仰るのなら、あなたの方が老若男女に愛されていますよ。特にステーキ屋さんなんかに行ったら、その辺の男に写真ばっかりせがまれて……!兎に角、こういう店の方が私は落ち着きます。入りましょう?今ここで、あのおねだりポーズをして欲しいですか?」
「いや、いい、いいから……まあ、ジェーンがここがいいって言うのなら、それでいいけど。」
今ここであのポーズはして欲しく無い。恥ずかしいのと、あと、あれは私だけにして欲しいのだ。他の人に見られたく無いのだ。こんな独占欲を持って、いけないとは思っている。私は諦めて列の最後尾に並んだ。ジェーンは私の隣に、今度はあまりくっつかないで立っている。
「ディア」
ん?よく聞こえなかったのかな?まあいいか。
「ディア」
「え?ディアって言ってる?」
ジェーンの方を向くと、ジェーンが真顔で答えた。サングラスもあるので、やたら表情の無機質感が増している。
「そうです、ディア。」
「ディアって何?」
ジェーンは私の耳元に手を当てて、小声で訳を話してくれた。
「変装した格好で本名を呼ぶとは、馬鹿げた行為だとは思いませんか?」
「なるほど?」
「ですので、他の呼び名が必要だと思いました。ディア。」
「はあ……なるほど。じゃあ私はなんて呼べばいいの?アレクセイ?」
「しーっ!」
その音の方がうるさいよ……。
「じゃあなんて呼べばいいの?ア、アレク……」
ジェーンは思案顔になって、少ししてから提案した。
「一般的にはアレクセイの呼び名はアリョーシャかリョーシャです。呼ばれた経験はありませんが、今はあなたがそう呼ぶことを許可します。」
「ああ、どうもね、リョーシャ。」
「……。」
何も言わない。ジェーンを見ると、彼は少し照れているのか、少し俯いていた。多分、照れているっぽい。サングラスで殆ど目元は見えないので、多分だけど。昔に比べると、彼は色々な表情を見せてくれるようになった。
悪しき考えが浮かんだ。ニックネームでこんだけ照れたんだから、もっと何かしてみたら、彼はもっと照れるだろうか?そんないたずら心で、私は隣に立っているジェーンの小指をギュっと掴んでみた。
「な、なんの真似でしょうか、キ……ディア。」
「変装するなら、こういう仕草も、あってもいいかなって。」
「それは確かに、道理に適っています……なるほど、なるほど。」
やっぱり照れた。きっと彼はニックネームで呼ばれたり、指掴まれたり、そういう人間らしい経験を殆どしてこなかったに違いない。ジェーンの反応は少し、面白かった。
すると、私たちの席が空いたようで、店員さんに呼ばれた。席へとすぐに案内されるかと思ったが、店員さんは入り口近くの壁に貼ってある、ポスターの前で立ち止まった。
「こちらご存知ですか?今話題の、夏休み限定ツアーのご案内を致します!」
私はキョトンとした。隣のジェーンはポスターに顔を近付けて、よく観察し始めた。月下の海に浮かぶ海賊船と、洞窟の中でピカピカ光る金貨の山の写真だ。店員さんは、お客さんに説明することが義務で慣れているのか、かなりの早口で説明し始めた。仕事って大変だ。
「今、当店から応募すると、特別な割引サービスが受けられるんですよ!このツアーは夏だ!海だ!夏休みだ!夜の海に浮かぶ海賊の幽霊船を、みんなで見に行こう!洞窟にはお宝が!?勇気のあるそこの君も、洞窟探検で、ここにしかないお宝をゲットしよう!お父さんお母さんも大満足の二泊三日!宿泊は豪華海賊クルーズで、専用のスタッフも完備!子ども達がお宝を探している間は、ゆったり船のスパや、ご馳走を楽しもう!勿論小さいお友達の君にも、ご馳走が待ってます!場所はミステリアスな七つの孤島!興味のある方は、こちらの用紙に書いて……店内スタッフに、渡してください……興味ないですよね、すみませんでした。」
なるほど、親子向けのツアーか。最後のテンションの落ち具合が面白かった。私は笑顔で言った。
「そっか、ありがとうございました。じゃあ席に、「ディア!お宝です。」
え……?
え……え……?
ジェーンはポスターに釘付けになっている。私も驚くし、店員さんの女性も驚いている。他のお客さんも、ジェーンの大声に驚いている。私は何かの間違いだと思うことにした。
「は、はは……リョーシャ、面白いねぇ、お宝だねぇ、さあさあ、行こうか。」
「何を仰いますか!お宝ですよ!」
ジェーンは力強くポスターを指差している。待って、待ってよ。私は周りのお客さんを気にしつつ、彼に近づき、小声で話しかけた。
「何言ってんの……?お宝って、これはね、子ども向けの企画なの。ツアーに参加したからって、これがごっそり手に入るわけじゃ無いんだよ……ジェ、アリョーシャの時代には、こういうツアーは無かったのかな?」
「ああ、ディア。私はこれが、子ども向けの企画だということは重々理解しておりますよ……そうではありません、違います、よく見て頂きたい!ポスターを見て何か、気付くことはありませんか?」
「ええ?」
私は今一度、ポスターをよく見た。洞窟の宝箱から黄金のメダルがたくさん放出されている現場の写真だ。その周りにはCGでキラキラのエフェクトがかかっている。確かにお宝ではあるが、それがどうしたというのだ?私は困惑しながら、ジェーンを再度見た。
「ディア、もっとよく見てください。」
もっと目を凝らしてポスターをじっくり見た。金貨の山、その中腹あたりに、何か小さな緑色の宝石がある。
「……うん、光ってるね。緑色の石があるけど。」
そしてジェーンが私の耳元で言った。
「それ、探していたパーツです。」
驚いた私は思いっきり仰け反った。そしてジェーンにまた近づいて、小声で聞いた。
「嘘でしょ?こんな、小さな緑。」
「本当です。あの緑色の石、のようなパーツ。あのマット感のある輝き、あの形、間違いありません。」
ま、まじですか。私はため息をついた。近くで立ちながら、我々のことを待ってくれている店員さんに聞いた。
「こ、このツアーって……大人だけでも参加出来ますか?」
「は、はい。出来ますけど……。」
店員さんは明らかに我々を変な目で見ている。そりゃそうだ、こんな派手な格好で、こんなツアーに反応して。私は更に質問した。
「これは大人一人でも参加出来ますか?」
「は、はい、一応大丈夫ですけど……。」
その時、ジェーンが私の手を引いて、少し店員さんから離れて私の耳元で話し始めた。息がかかって、こそばゆい。
「何を仰いますか、私一人で参加など、絶対に無理に決まっています!」
私は周りを気にしつつ、小声で彼を宥めようとした。
「大丈夫だって、豪華クルーズで行くんだから。」
「設備の問題ではございません!これは幼いお子様連れの家族向けのツアーです!私一人で参加すれば、目立ちます!」
「大人二人でも目立つよ!絶対にやだ!」
「それに子どもに話しかけられたら、どうすればいいのです?」
「アマンダみたいに仲良くすればいいじゃない。」
「いえ、アマンダは火山という共通点があったので、奇跡的に仲良くなれたのです。他の子どもは無理です。一緒に来てくださいディア、どうか!」
ジェーンの声が段々と大きくなってきた。これはまずい。
「さっき私の小指を握ってきたではありませんか!あれは嘘だったのでしょうか!?ほんのちょっとの出来心で、私を弄んだのでしょうか!?」
「ちょ、ちょっと何を熱くなってんの……ま、まあ嘘っていうか、半分嘘じゃないというか……調子に乗ってごめんなさい。」
ジェーンは私の腕をがっしりと掴んだ。ツールアームの方なので、取ろうと思えば取れるけど、面倒臭いのでやめた。私はポスターに書いてある、ツアーの日にちを確認した。
やはりと言っていいのか、親の夏休み期間を狙って立てられたツアーなので、当然ソーライ研究所の夏休みとも日にちが合う。
「……なんで夏休みにリョーシャとクルーズ旅行に参加しなきゃならないんだ、リンでも誘ってよ。」
「リンと二人で泊まって何されるか分かりません。ここで真実をお話ししますが、先日クラースの船で、私は彼女に誘惑されました。」
「え!?本当に!?なんて言われたの?」
「……彼女のことをどう思っているのか、それを聞かれました。その辺りの具体的な会話について、私は話したくありません。兎に角!絶対に来てください、私はあなたが良いのです!」
彼がツールアームを揺らしながら、おねだりをしてきた。もうここまで来ると、店員さんも私を見て、一緒に行ってやりなよと言わんばかりの顔で頷いていた。確かに、誘惑の前科があるリンと二人で行かせるのは少し可哀想かもしれない。
それにしても、リン、私とジェーンをくっつけようとする割には自分が誘惑するって、一体どうなっているのか謎が多すぎる。この世は謎が多すぎるのだ。だからオーパーツだって存在する。そうかリンはオーパーツなのかもしれない。
ああ、どうしよう。今はオーパーツよりも、ジェーンのパーツを考えるべきだ。でも本当にパーツがそこにあるのだとしたら、私は協力するべきか。
そして私はやっと、頷いた。
「はあ、もう分かった。参加するよ。」
「ああ、それは良かった。申し込みは今からでも可能でしょうか?」
「はい!こちらの用紙に記入をお願いします!」
ジェーンは店員さんに付いて行き、レジのところで申し込み用紙を書き始めた。このご時世、まともな夏休みは取れないとは思っていたけれど、出来れば家でゆっくりと、昼からお風呂でも入ったり、涼しい室内でゆっくり映画でも見て過ごしたかったが、まさかこうなるとは。さようなら、私の夏休み……。
私はポップコフィンで静かに目を閉じた。




