泳ぐ?
「枢ちゃん、また後でねぇ」
バスを降り各々の帰路についた
学校がある地区よりもさらに田舎
見渡す限りの山、海、山、海
日本の片田舎、ここに極まれりである
「ほんと、平和よねぇ」
殆ど車の通らない道路の脇を歩きながら、枢は呟いた
聞こえて来るものといえば、そよ風に揺れる草木の音くらい
まるで時が止まっているかのような錯覚を受ける
都会の喧騒を避けて田舎に引っ越すという話はよくあるが、その気持ちわからなくもないなと思う
5分ほど歩くと自宅に着いた
父はまだ仕事から帰ってきていない
「うわぁ、水着これしかないのかぁ・・・」
まだ使わないであろう、と荷ほどきをしていなかった夏物が入っているダンボールを開けると、真っ赤なビキニというなかなか派手目の水着が入っていた
去年の夏にちょっと背伸びして買っちゃったものである
(上からシャツでも羽織ればいいかな・・・)
最夏に見せる分にはさほど恥ずかしくはないが、余計な男(圭人)がいる
長袖のものを着て帽子を被れば問題ないだろうと考え、枢はさっさと着替えを済ませた
水着の上に長袖のシャツ、短パン、大きめの麦わら帽子という格好になる
ほんの2、3か月前まではこのようなコーディネート考えられなかったはずなのだが、ちょいとおしゃれになるだけでこの島ではものすごく浮いてしまう
この一か月で散々痛い目をみて学習したのだ
圭人の言葉ではないが、すっかり染まってしまったものである
ーーーーー
自宅を出発し、元来た道を戻る
最夏の家はバス停から海沿いに歩いて3分程度の場所にある
集落自体が小さいのでバス停を中心にすれば、10分もかからずに隅から隅まで歩いていけてしまう
世に言う限界集落というものだろうか
同じ地区に同級生が3人など地元高校ではなかなかありえない話だ
「枢ちゃん、はやくぅ〜」
「長谷川おそか、潮が引いてまうやん」
そんなことを考えているうちに最夏の家に着いた
大きく手を振る最夏の体には、子供用の浮き輪が装備されている
対する圭人といえば水中マスク、釣竿とフリーダムだ
同じ海に行くのに目的がバラバラな気がする
そして何より・・・
「あんたら、なんで体操服なわけ?」
「「???」」
手にするものはバラバラなのに、服装だけは白いTシャツに紺色のハーフパンツと、学校指定の体操着で一致している
まさかその格好で海に行くつもりなのだろうか?
「明日土曜日だよぉ?」
「だからって海に体操服なんて・・・!」
どうやら行くつもりらしい
これから泳ぐというのに、真っ白なTシャツというの乙女的にどうなのだろうか
濡ら透けまっしぐらなのは間違いない
やはりわかってやっているに違いない!
「長谷川こそなんかその格好。潮干狩りに行くおばさんやん」
聞き捨てならないことを吐きやがった
こっちは田舎スタイルに合わせてやっているというのにおばさん呼ばわりだと?
この野郎目に物を見せてやろうと思った
いや思ってしまった
「誰がおばさんよ!見なさいこの水着!!海に行くっていうからせっかく着て来てあげたのに!」
そう言って枢はガバッとシャツの前を開けた
真っ白い肌に真紅のビキニ、それに守られた慎ましくお淑やかでおとなしい胸部があらわになる
「わぁ・・・。枢ちゃんやっぱり大人なんだねぇ///」
「都会んもんは痴女ばっかって本当やったんやな!いやぁ長谷川あんがとう!土下座するけん殴らんといて!」
勢いでやってしまった
最夏は恥ずかしそうに目を逸らし
圭人は普段からは考えられない様なテンションになり拳を天に突き上げていた
とりあえず痴女というワードに苛ついたため、鉄拳制裁を加える
乙女のか弱い拳でも、鳩尾に入ればなかなかのダメージだ
圭人はぐふぅと呻き声を上げ膝をついてしまった
「さ、さっさと行くわよ!案内しなさい!」
「あ、待ってよ枢ちゃ〜ん」
恥ずかしさで死にそうだったが、とりあえず目的を果たすことにする
都会の人間は痴女とかいう間違った解釈が広まってなければいいが、と若干心配になった
歩き出そうとすると、うずくまった圭人が
「ちなみに下はどんな感じですか?」
とキメ顔で言ってきたため、背中にかかと落としを喰らわせる
か弱い乙女(?)に2度も暴力を振るわせるなどこの男にはデリカシーが存在しないのか?
枢の中でクソ野郎認定を受けてしまう圭人であった
ーーーーー
「ついたよぉ。ぷらいべーとびーちぃ〜」
しばらく歩くと、最夏は両手を広げ笑顔でこちらに振り向いてきた
プライベートビーチと言ってはいるが、他に人がいないだけである
時期も時期だし時間も時間だ
それに加え・・・
「いや、防波堤じゃん」
砂浜などなかった
個人の所有物であろう小型の漁船が何艘かあった
想像とは全くちがう光景に、枢は唖然としてしまった
「いやっほぅ!一番乗りぃ!」
「んなぁ!?」
大声を上げて海に飛び込んだのは圭人だ
学校ではダラダラと過ごす様子しか見ていないため、この様な行動は枢にとって意外であった
今日一日だけで随分と印象が変わった気がする
「うはー冷たかぁ!まだ早すぎたかもしらんなぁ」
「圭人ぉ、準備運動してっていつもいってるのにぃ」
などと2人は話しているが、枢は未だに現実を受け止められていなかった
この田舎の綺麗な海、真っ白い砂浜で膝くらいまでの深さのところに行き、キャッキャウフフみたいなことを考えていたというのに
「最夏?最夏はあんな野蛮な真似しないわよね?」
「???」
友人に助けを求めようとしたが準備運動を始めていた
どうやらやる気満々の様である
「あ、枢ちゃんもしかして泳げなかったぁ?」
「そーゆー問題じゃなくて!てか泳げるわよ!」
一応スイミングスクールに通っていた時期もある
カナヅチではないが、そーゆー話ではない
どうにかして最夏を止めなくては
「ほら、危ないじゃない?まだ水温も低いだろうから心臓とか止まっちゃうかもしれないし、それにその服のまま濡れちゃったら・・・」
「とぉーう」
「最夏ぁぁぁぁぁ!?」
手を伸ばした時にはもう最夏は間延びした掛け声とともに皐月の海へと飛び立っていた
「ぷはぁ、ちょっと冷たいけどきもちぃーねぇ」
水面から顔を出した最夏はとても満足そうだ
枢が心配そうに最夏を見つめていると、船に乗り移るための物であろう小さな金属製の梯子を登ってきた圭人が、こちらに声をかけてきた
「あれ、長谷川は泳がんの?」
「泳ぐとは言ったけど飛び込むとは言ってないわなよ!」
「おもろいとになぁ。あ、俺は向こうでイカしゃくってくるけーん」
いうだけ言って釣竿を手にどこかへ歩いて行ってしまった
イカをしゃくる?いまいち何を言っているのかわからなかったが釣りをしてくるのだろう
どこまでもフリーダムな島人め
「枢ちゃん、はやくおいでぇ〜」
そう言って最夏は水面から笑顔で手を振っていた
「あーもーわかったわよ!わかったから心の準備させてぇ!」
覚悟を決めた枢であったが、覚悟というのは半分諦めで出来ているのだなと同時に思った
大丈夫、たかが3メートル程度だ
とんでもない失敗をしない限り死ぬことは無い
私はできる女だ!と自己暗示をかけ助走距離をつけた
帽子とサンダルを脇に置き大きく息を吸い込む
次の瞬間走り出し、硬いコンクリートを蹴り上げ宙を舞う
空中に飛び出したその時点で枢はあることに気がつく
(あ・・・スマホ、ポケットに入って・・・・)
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
もう絶叫するしかなかった
最後まで読んでいただきありがとうございます!
次話でやっと主人公が出てきます
感想ご指摘等もらえると嬉しいです




