51 俺はコーヒー彼女は紅茶以下略
応接室の中央に置かれた大きな長方形のテーブル。
マズルカ親衛隊長はその上にサンチャーフォ王国の全体地図を広げた。
こんなにデカいサンチャーフォ王国の地図なんて見たことが無かったので思わず身体を乗り出して眺めてしまう。
「ご覧の通りサンチャーフォ王国は東部から南部にかけてを無数の島々にて形成しており、大陸接続部も汽水湖が連なっておりまして大変複雑な地形が特徴です」
「へえ~、サンチャーフォの海岸線ってこんな形してたんだ……」
「ほほう、これはまた精細な地図じゃな」
俺とスカーレットが地図に感心している中、親衛隊長が依頼の内容に移るべく静かに立ち上がった。
「首都サフテンソニアは此処に位置しておりまして、かの有名なラミナケア洞窟がこちらになります」
親衛隊長は地図のほぼ真ん中、海岸線から少し北の位置をペンでマルを付け、そのまた少し北にバツを付けた。
マルがサフテンソニア、バツがラミナケア洞窟のようだ。
ラミナケア洞窟は教科書に載るレベルだから誰もが知っている。
この洞窟の探索を皮切りにサンチャーフォからハイテホーテ大空洞への入口が幾つも発見されたという歴史を持つ由緒正しき史跡である。
「サンチャーフォ王国には元より知られていたラミナケア洞窟の他、ギルドで配布されている冒険者ガイドにも記載されているようにハイテホーテ大空洞への入り口が幾つか存在するのですが、その内のひとつに100年周期で瘴気濃度が上がると囁かれる洞窟がありまして……」
「何じゃと!?」
誰よりも早くスカーレットが反応した。
親衛隊長は敢えて100年周期と口にしたがそれがダークエルフ紛争を意味するのは明白。
彼女の目に力が入るのも当然であろう。
「マズルカよ、その洞窟について詳しく教えるのじゃ!」
「はっ、はい。洞窟の入口はおおよそこの位置になります」
親衛隊長はそう言いながら地図上にバツをひとつ書き加えた。
ラミナケア洞窟から更に北西、カーネリア王国領との国境に近い場所のようだ。
「こちらはハイテホーテ大空洞より流れ出る地下河川の浸食でできた洞窟なのですが、その……、ある一定周期で河川が瘴気を帯びるとの記述が古代文献に残されておりまして、やはりここ最近もそのような報告が上がっている状況にございます」
「河川……、水であるか……」
「左様であります。王国南部にセイレーンが住み着いているのですが今年に入ってから水が汚いと苦情陳情の嵐でして、調べたところこの地下河川が原因であるとの結論が出ております」
「セイレーンからの申し立てであるか。確かにあやつらならば魔力汚染された水にも気が付くのは納得がいくわい。フム、一度現場を見る価値はありそうじゃな」
魔王は腕を組みながら地図上に打たれたバツ印を凝視している。
杞憂に終わるのか、はたまた最悪のシナリオが待ち構えているのか、様々なシチュエーションを想定しているのだろう。
「マズルカ親衛隊長」
「何でございましょう」
「俺達の意思は固まっていますので取り敢えず座ってください」
「おっと、これは失礼」
話が悪い方向に向かっていないと頭にあるのだろう、親衛隊長は余裕と落ち着きが交差する顔つきで椅子に腰掛けた。
「問題が解決する保証は持てませんが俺達でよければできる限りの事はしたいと思います」
「誠意ある対応、心よりお礼申し上げます」
正面の3人は胸に手を当て深々と頭を下げる。
「いえ、Sランク以上は国家有事の際に事態の鎮圧に赴くのが義務ですし」
「そうではありますが……。感謝の意を伝えることしかできない己に歯痒さを感じます」
俺なんかと違って誠実な人なんだろうな。
依頼は受ける。
それさえ決まれば今日はもうできることも無い。
その後多少の雑談を交わしつつ、マズルカ親衛隊と明朝この部屋で待ち合わせとの約束をして会談を終えた。
……
「お気遣いありがとうございます。ですが俺達は適当に宿を探しますので」
「そうですか。それではまた明日お待ちしております」
ギルドの2階が簡易宿泊所になっているので受付スタッフに勧められたが断ることにした。
まあ人目につくパーティーだしね。
「サムよ」
「ん? どうした?」
表に出たタイミングでスカーレットが話し掛けてきた。
「今後宿に泊まる際は個室ではなく大部屋を取るのじゃ」
「何で?」
「お主とセシルの身の安全を考えれば当然であろうが」
「そりゃまあそうだけど……」
男は俺だけとはいえ一応男女混合パーティーだ。
何て言うか、ちょっと物言いが入るかもとか思いながら俺は視線を傾けた。
「別にあたしは屋根さえあれば何処でもいいわよ」
「私もー」
すんごい雑な回答と完全に人任せな回答が即座に返ってきた。
クーリエから返事が来ないがスカーレットの提案だし拒否されることは無いだろう。
「んじゃこれからはそうするわ。取り敢えずこの辺りは宿屋が少ないから鉄道駅の方に行くぞ」
夕暮れが差し迫ったコバルクの街並み、俺はひと言告げながら駅の方角へ身体を向けて歩き出そうとするとクーリエが右隣に立った。
後の3人は後方で怪しい露店を指さしながら謎の盛り上がりを見せているようだ。
「よそ見するのはいいけど迷子になるなよー」
「うっさいわねえ! そんなの分かってるわよ!」
予想通りの返しに俺は苦笑いを浮かべるとクーリエが微笑みながらこちらを見上げてきた。
◇
はぁ~、ゆったりとコーヒーから立ち上る香りを楽しむ。
この束の間のひと時こそ至高!
お子ちゃま連中には到底分かるまい。
鉄道駅の近くで宿を確保して夕食を済ませ、部屋に戻った俺達は昼に寄ったフカフカ塩饅頭の持ち帰りが並べられた丸テーブルを囲みながら互いの顔を突き合わせていた。
セシルとスカーレットとルシオンはフルーツミックスジュース、俺はコーヒー、クーリエは紅茶を啜りながら。
「何だよ今のうちに話しておきたいことって」
「明日、マズルカと合流してしまえば我等だけで話せる機会も減るであろうからな。まあ奴等に知られて問題が起きる訳でもないが先ずはこの場で情報を共有しておくのじゃ」
スカーレットは小さな身体をぐっと乗り出して俺達を顔を見回した。
「マズルカの言っておった内容を纏めると我等が調査に向かう先は十中八九カーネリア王国聖域区じゃ。しかしながら冒険者の証を得るまではカーネリア王国領に立ち入ることは禁じられておる。そうであったなサムよ」
「ああ。でもまあ洞窟が聖域区に繋がっているなら途中で進めないようになってるだろうな。だからそこは気に」
ドンッ!!
丸テーブルが大きく揺れる。
「ジュースおかわり!」
こんのガキャー少しは空気読めや!
「あ、にーさん私もおかわり欲しいなー」
「ついでに妾の分も持ってくるのじゃ」
「はいはい」
俺は宿屋の亭主を見つけると金貨を握らせ、何でもいいから甘いジュースをありったけ持ってくるように頼んで部屋に戻った。
ったく、めんどくさいから次からは部屋じゃなく居酒屋でミーティングだな。
「で、どこまで話したっけ。聖域区?」
「であるな。まあ王国領に入れぬのは想定済みとして、それ以上に厄介なのが100年周期と言っておった点じゃ」
スカーレットはオレンジ色のジュースを一気飲みすると背もたれに身体を預けて腕を組んだ。
「ここまで条件が揃えば推理を働かせるのも許されるであろう」
場を仕切る魔王は顔をくっと上げて俺達を見渡して話を続けた。
「マズルカは明言を避けたが昼間の件は間違いなくダークエルフ紛争を指しておる。既にお主等には伝えてあるが妾は以前よりダークエルフ紛争の首謀者がカーネリア王家に近しい者と睨んでおる。加えて瘴気が発生する河川の源流はカーネリア王国聖域区。ここまで来ると逆に矛盾点を突く方が難しいわ」
それでも100パーセントと言い切ることは躊躇われるのか、スカーレットは『推理』という言葉を用いた。
だが彼女の口調、内容、そして何よりその瞳が確信的な力強さを示している。
迷うことは無い。
俺もその考察に同意だ。
「これはもう疑う余地すら無いな。そうなると何処から切り込むのが最適なのかを探らなくちゃならないんだけど、怪しそうな奴は目星を付けてあるのか?」
「そこまでは到達しておらん。そもそもダークエルフ紛争が起きる度に最も深く関与した者は亡くなっておるしのう」
「そう言えばそうだったな……」
証拠隠滅の為か、単に用済みとなったからか、とにかくダークエルフ紛争が起きればそれに深く携わったと疑われる人物の命が散る。
しかも魂だけを抜かれた形で。
「てかその推理だと聖域区の地下にダークエルフ紛争を引き起こす為の何かが存在しているのか、それとも神の力を持った何者かが潜んでいると考えるのが普通だよな?」
「そうじゃ。余計な考察を省いて過去の事例だけを抽出すれば概ねそのような想定がなされるであろうな」
「よりによってカーネリア聖域区か……、世界でいちばん厄介な場所かもしれないな……」
俺はふと道具袋からギルドで貰ったカーネリア冒険ガイド初級編を取り出してペラペラとページをめくった。
あった、これだ。
・カーネリア王国・
大陸中南部に位置する大陸最大国家。
その名の通りカーネリア大陸第一国を名乗る列強国。
経済力が抜きん出ているものの当代国王が平和至上主義であるため、軍隊は防衛を目的とするに留まっている。
地底にハイテホーテ大空洞(詳細後述)を構えており、洞穴入口近辺より高純度の魔石が産出される。
言わずもながらその魔石こそがカーネリア王国の経済の要である為、魔石産出地の周囲一帯は王国領となっており大神官クラス以上の権力者にしか足を踏み入れる事の適わぬ聖域に指定されている。
また魔石産出地上空は旅客鳥通行禁止区域となっており禁を犯した者には平和至上主義の裏の顔を拝まされることになろう。
「大体さあ、初級冒険者向けのガイドブックにこんなこと平気で書いてあるんだぜ!? ホント有り得ない国だっての」
「うわっ、確かに今読み返すととんでもない内容ね……」
1度は冊子に目を通したセシルであるが、置かれた状況を改めて理解した上で読んで漸くこのヤバさに気付いたのだろう。
あからさまに『マジかよ』って顔してやがる。
「観光客向けのやつは至って普通なのに冒険者向けになると途端にコレだもんな……」
お前の中途半端な野心は早死にを招くぜと言ってるようなものだ。
なんなら割と具体的に。
でも、俺はその先を確かめなければならない。
セシルの為にも。
そして、母さんの為にも。
「ところでサムよ」
「ん? 何だ?」
「お主この調査の件、妙に前向きに受けておったが理由でもあるのかの?」
スカーレットが塩饅頭を掴みながら話し掛けてきた。
「ある。大ありだ」
饅頭を持つ手が止まり、やはり理由があるのかといった表情でスカーレットは俺の次の言葉を待っている。
「冒険者の証を貰う上で鉄道に乗れる区間はユスアからコバルクの間だけなんだ。ってことは当然ここから先はガレオンまで歩くのが普通だわな」
「ほう、お主もしや……」
「気付いたようだな。明日ここから馬車でサンチャーフォに入って依頼通りに洞窟を調査する。俺達は国王御璽の押された手紙を持っているからそれとマズルカ親衛隊長のサインがあればサフテンソニアのギルドはパスできるのよ。ギルドをパスできるならそのまま馬車でスーカントまで乗せてもらって、できれば首都のサラトナまで送ってもらえれば最高だな」
「そこまで目論んでおるとはお主も策士よのう」
「地図を見た感じだけどコバルクからサフテンソニアまで歩いて10日、サフテンソニアからサラトナまで歩いて10日ってところかな。任務があるとはいえそれだけの距離を馬車で越えられるなら願ったり叶ったりって訳よ」
俺は塩饅頭をかぶりつき、ぐいっとコーヒーで流し込んでニヤリと笑った。
正直此処から何日掛かるのかと思っていたところに国家レベルでの依頼。
渡りに船とは正にこのこと。
受けない方がおかしいってもんだわ。
「もちろんリスクもあるけどな。SSランクパーティーである以上、俺達の行動は常に第三者の把握されていると思っていた方がいい。つまりそれはスカーレットとルシオンがカーネリア王国に対して何らかの調査をしているというのがバレてるのと同じだ。結果的に都合の悪い展開に持ち込まれるかもしれない。それでも……、20日間も歩くくらいなら受けた方が賢明な気がしてな」
「確かに難しい選択じゃな。我等の動向が筒抜けとなると下手に動きが取れぬ。身動きが取れないだけならまだしもセシルと分断される可能性を秘めておるのはちと危険を感じるのう」
「んー、基本的には犯罪でも犯さない限り、冒険者パーティーに過度な干渉はできないってルールがあるのよ。ただグレイス辺りの立場だとルールそのものを捻じ曲げちまえるもんでな……」
グレイスを例に挙げたけど実際あいつが個人の判断でセシルを隔離することは無いだろう。
お堅い性格だし。
しかしながらあいつに匹敵する権力を持ってる奴は他にも居る。
できれば目を付けられないでほしいものだ。
「まっ、最悪近衛兵に囲まれてもクーリエの誘惑魔法が炸裂するだけだ。そん時は頼んだぞクーリエ大先生」
「えっ!? はっ、はわわ……」
いきなり話題を振られてテンパるクーリエ。
それでもいざフィールドに出れば右に立つ者は居ないレベルのディフェンダー。
まあ仲間内で卓を囲むひと時くらいはリラックスしてほしいものだ。
あわあわする隣人を眺めながら俺は塩饅頭を口に運んだ。




