5 気が付けば追い込まれておりました
「スカーレットさんや」
「どうしたのじゃ?」
「まずは深呼吸しようか。はい、スーハ―スーハ―」
「ここはマナも潤沢で空気が美味いのう」
「黙れ。俺は分析なんて求めてねえ、実行を求めているんだ」
「なんかサムが怖いのじゃ」
「いきなり魔王にパラサイト宣言されて落ち着いていられるか!」
そもそも俺はソロプレイヤーだ。
町に出向いてもギルドには殆ど顔を出さないしソロで生き抜くためにそれなりの修行も積んできた。
ただでさえ今からセシルとパーティー登録しないといけないってのに魔王付きなんて考えただけで胃潰瘍で即入院コースだっての。
「大体、魔王城に魔王がいないとかあり得ないだろ。勇者が最終決戦で殴り込んできたらどうするんだ!? 勇者泣くぞ!?」
「そんな台本貰ってないのじゃ」
「台本言うなや!」
ダメだ、埒が明かない……
「クーリエさんや」
「はい」
「上司に一言きつめなやつお願いします」
「私もお供致します」
なんてこった、クーリエにまで切れ口鋭く返された。
翼がゆらゆらと揺れている。
こいつもついてくる気マンマンじゃねえか……
「はあーーあぁぁ……」
思わず溜息が漏れる。
「サム、どうしたの? 生きてて辛いの? 縄、貸そうか?」
「勝手に殺すな!!」
「此処は往来があるからの、もっと目立たぬ場所で吊るのじゃ」
「貴様は鬼かっ!!」
こいつらにフォローという言葉は通用しないのだろうか。
サッと見渡す。
やけに呑気だ。
マジでピクニックか何かと勘違いしてやがるだろ……
ぬう、なんかもう悩むのも面倒になってきた。
「私は皆様とご一緒できればそれに越したことはございません」
どうでもよくなってきたところに右手から追い打ちが掛かる。
詰んだ。
「分かった分かった、組みゃいいんだろ。ったく」
「デレたのじゃ」
「えっ……、サムって、嘘……」
「サム様……」
3対1の境界線が変わった。
いっそのこと俺もクーリエみたいに黙り込もうか。
そう思ったが時間の無駄だ。
組むなら組むで生産的に話を進めたい。
「ところでお前ら祝福値持ってるか?」
「知らなーい」
「お主は魔王である妾に何を望んでいるのじゃ?」
「私も祝福値は……」
祝福値。
世界樹から与えられる運に近い要素だ。
これがなかなかバカにならないパラメータである。
先人曰くこれが下がるともう大変。
くじは当たらない、理不尽に強いモンスターと遭遇する、調合は失敗続き、ドロップアイテムは呪われる、と多種多様な残念な展開が目白押しらしい。
それはイヤだから教会で洗礼を受けたり世界樹に向かって毎朝礼拝したりする。
ただし恩恵は種族毎に高低差があるから一様に拝めば上がる訳ではないらしい。
「もしもーし、おーい」
「いきなり固まってどうしたのじゃ?」
「あ、ああ、気にするな、少し解説してただけだ」
「ふーん」
「それよりも……」
俺は道具袋から小振りな水晶玉を取り出した。
「じゃじゃーん」
「何これ」
「魔導水晶だ。これで祝福値が測れるぞ」
俺は魔導水晶を4人の中央に置いた。
手のひらサイズの水晶玉は木漏れ日の光を受けて水面のようにキラキラ輝いている。
「まずは、全員指先で水晶に触れてくれ」
俺の言葉に従い全員右手の人差し指で水晶に触れる。
そこに付属の聖水を数滴。
「よし離していいぞ。あとは反応を待つだけだ」
セシルとスカーレットが興味津々に水晶玉を覗き込む。
束の間、水晶玉は灰色に濁り真っ二つに割れた。
「怖っ!!」
覗き込んでいた2人が同時に仰け反る。
待て待て、俺は冷や汗を噴かせながら取扱説明書のページをめくると後ろの方に詳細があった。
※問 割れました
答 祝福値がマイナスです。現品をお持ちの上、お近くの神官、またはルクルネストにございます所定機関にてご相談下さい。
終わった。
「嗚呼、俺は今日から犬のウンコを踏みまくる人生を歩むのか……」
俺の例えが絶妙に刺さったのか皆無言で見つめ合う。
しかし今まで祝福値がほぼマイナスの状態で生きてきた奴らだ、ここでどーのこーの言ったところでいとも思わないに違いない。
何とか手を打たねば……
ピカーン!
電流が走った。
そうだ、あいつがいるじゃないか。
空を見上げる。
まだ間に合うな。
「朗報だ。犬のウンコは回避できるかもしれない」
俺はスッと立ち上がった。
「さすがリーダーはキレッキレなのじゃ」
スカーレットが呼応して立ち上がるとほぼ同時に両脇の2人も立ち上がった。
「アゼルネアは止めだ。今からイセリアに向かう。急げば日が暮れる前に着くはずだろうな」
「そこに何かあるの?」
地理に疎いセシルが尋ねてくる。
「ウチでやってる宿屋があってな、そこに一風変わった居候がいるんだがそいつを捕まえれば祝福値が補正されると思うんだわ」
「へー、もしかしてピュアエルフでも住み込んでるの?」
「いんや、天使」
「アンタんとこ凄いの住み着いてるのね……」
「タダ飯食らいに仕事を与えるいい機会だな」
俺からすればどっこいどっこいだがやはり口には出さず会話を繋ぐ。
まだイセリアまで先は長い。
黙ってついてこさせる為にも機嫌を損なうのは得策ではない。
ふと後ろを覗くとスカーレットとクーリエが並んでついてきている。
「この水色の飴はどうにも好かんのじゃ」
スカーレットはそう言って革袋の中から水色の包み紙の飴をクーリエに手渡している。
「あーわかるわかる、それスースーして私も好きじゃないのよね」
セシルも後ろに向いて同意してくる。
「クリスタルハーブはお子ちゃまには無理か。でもクーリエはこれがいいんだよな」
「はい。私は甘いのはちょっと……」
スースーした飴を口の中でコロコロと転がしながらクーリエが答える。
正しい飴の食べ方を実践しているだけで俺の好感度が上がる。
類を見ない異次元の低レベル審査だ。
「なあ、それよりもそんな恰好で暑くないのか?」
正しい飴の食べ方以上にその身を包む漆黒のマントが気になって思わず聞いてしまう。
「暑いですが極力目立たぬよう心掛けておりますので」
やはり暑いらしい。
それでも翼を上手に折り畳むことで傍から見ればヒューマンと見分けがつかないのならそちらを優先するということか。
「まあ他に誰もいない時くらい自由にしろよな」
マント越しに翼の骨格をぷにぷにしながら伝える。
「はい。ご心配の程、ありがとうございます」
いつも通りの丁寧な返し。
マントの外からも翼が揺れているのが分かった。
……
…………
………………
日が傾いてきた。
イセリアまであと少し。
俺の前をセシルとスカーレットが並んで歩く。
あれからずっと会話が止まない。
今は俺からむしり取ったポーションの温度調整で話が弾んでいる。
それにしても気が合うのだろうか、前方から絶え間なく笑い声が届く。
結果論ではあるが4人で行動することにして正解だったようだ。
「楽しそうだな」
「はい。やはり身分上、城内では歯に衣着せず語り合える者がおりませんので」
スカーレットの満面の笑みに対して心なしか寂しげな表情を浮かべるクーリエ。
夕日に照らされる横顔が切なさを昂らせる。
「気にすんなよ」
俺はクーリエの頭に手を乗せて力いっぱいわしゃわしゃと撫でた。
「はわわわわわ」
「そうなのじゃ。クーリエは細かい事を気にしすぎなのじゃ」
クーリエの慌てふためく姿にスカーレットが振り向きながら話し掛ける。
「しかしクーリエも妾といる時よりもサムといる時のほうが楽しそうであるからお互い様なのじゃ」
「そそそそそそそんなめめ、滅相もございません」
クーリエは夕日よりも顔を真っ赤にして否定する。
そんな全力で抗うなよ、死にたくなるじゃねえか。
「それよりほら、見えてきたぞ」
「うわぁー、すっごい大きな町ね」
ゴリゴリHPが削られたが何とか持ちこたえ前方の町明かりを指差した。
セシルが無邪気な子どものように瞳を輝かせる。
「一応イシャンテの首都だからな、商業規模なら大陸イチだけあって何でも揃うぞ」
「ねっ、ねっ、早く行くわよ!」
「妾が一番乗りじゃ」
「焦らなくても逃げねえよ」
忠告虚しく興奮のままに駆け出す2人。
「俺達も行くか」
「はい」
夕日に照らされる横顔はたおやかで、俺はその艶やかさに飲み込まれそうになってしまった。
2021/03/09
誤字修正しました。
物語に影響はありません。