49 堕天使を飛ばせ!
エルバード家が所有するコバルクの穀物倉庫。
その最奥に位置する部屋に設置された厨房はピカピカに磨き上げられ、塵ひとつ落ちる事すら許されない。
正直この厨房を見ただけでリンフィーネのプロ意識が垣間見えると言っても差し支えないだろう。
それ程までに手の行き届いたこの空間で部屋の主は鼻歌交じりにメレンゲを泡立てている。
「ほら、イザベラおばさんのジャム。追加が欲しかったら悪いけどアゼルネアまで自分で行ってくれ」
俺はカチルの所から回収してきたイザベラおばさんのアプリコットンジャムをシンクの脇にそっと置くと、リンフィーネは泡立てる手を止めてすかさずジャムの小瓶を手に取った。
蓋を開けてまずは香りを確認。
そしてスプーンで掬って味見。
口に含まれた瞬間、彼女の目がこれでもかと見開かれた。
「こっ、これは……、余りの美味しさに数多の死者が発生してしまいそうです」
「いやいや誰も死なないから」
発言こそ物騒であるが、その立ち振る舞いは間違い無く職人のそれだ。
バンシー固有の表現なのかリンフィーネ特有なのか分からないけど、死ぬほど美味いは彼女の味に対する最上級の賛辞である。
「この甘味と酸味を存分に活かすには……、砂糖を減らして隠し味にカルバドスを足してみるですか……」
リンフィーネはぼそぼそと独り言を呟きながら味と香りの世界にダイブしてしまった。
彼女はウンウンと頷きながら流れる手つきで泡立てたメレンゲに卵黄を落とす。
「にーさん」
「ん? どうした?」
「完成の道筋が整いましたです。イザベラおばさんにも死ぬほど最高でしたとお礼を伝えて下さいです」
「ああ分かったよ」
軽く会話を交わすとリンフィーネはまたパンケーキの完成に向けて作業を再開した。
迷いの無い動作を見ていると既に彼女の中には明確なビジョンが浮かんでいるのだろう。
こうなると俺の出番は無い。
厨房の隅っこで静かに彼女の作業を見守る事が俺のできる唯一の行動だった。
…
「できましたです。これには魔王様もにっこりなのです」
納得のいくものが出来上がったのだろうか、リンフィーネの顔に達成感が浮かび上がっている。
ケーキ皿の上にはぽてりぽてりと寄り添い合うように厚みのあるパンケーキが3枚。
俺は重そうに見えて案外軽いケーキ皿を持ち上げるとパンケーキは左右に小刻みに揺れた。
「凄いなこれ……。ふわふわと言うよりぷるぷるじゃないか」
「はいー、久しぶりの自信作なのです。ジャムと生クリームをたっぷり乗せてお召し上がりくださいませですー」
「ああ、ありがとうリンフィーネ。取り敢えずこれはルシオンに食わせてみるからあと3つ頼むわ。遅くなると魔王様が暴れるから急ぎでな」
「ほわー、それは一大事なのです」
俺はケーキ皿を左手に、生クリームの入ったボウルを右手に持って客人の待つテーブルへと向かった。
「すまない、待たせたな」
「うわっすごーい。またりーちゃんの腕前が上がってるよぉ」
「これは……、歴史が動く代物なのじゃ……」
「間違い無いわね……」
スカーレットとセシルは目を見開きながらごくりと唾を飲み込む。
「んな訳ねーだろ。あ、そうそう、先にルシオンに味見してもらうからお前等の分はもう少しだけ待ってくれ」
「あはっ、みんなごめんねー」
俺は心底恨めしそうな視線をものともせずルシオンの前にケーキ皿を置き、クネルスプーンでたっぷりの生クリームをパンケーキに添える。
そして道具袋からアプリコットンジャムを取り出し皿の横に置いた。
シルクで編まれたテーブルクロスの上に佇む純白の丸い皿。
後はジャムを小瓶そのままではなく瀟洒な器で出せば見た目にも完璧な仕上がりだ。
「食ってみな、飛ぶぞ」
「カッカッカ、言われておるぞ? どうじゃ、思わず天井を突き破りそうな美味さであるか?」
スカーレットは笑い飛ばしながらパンケーキを口に運ぶルシオンに話し掛けた。
(°▽°)
「……ん? ルシオンや? おいっ! ルシオン! 返事をするのじゃ!!」
異変を感じたのかスカーレットはルシオンの肩を強く揺さぶる。
((°▽°)三(°▽°))
「ルシオンが……、息をしておらん……」
刹那、スカーレットは首を捻って俺に睨むような視線を向けてきた。
「貴様っ! ルシオンに毒を盛りおったな!?」
「えっ!?」
魔王の力強い言葉にセシルが驚きの声を漏らしている。
クーリエも突然の出来事に身動きが取れないようだ。
しんと静まり返る室内を緊迫した空気が流れる。
俺を除いて。
「だから飛ぶって言ったじゃねえかよ」
「飛ぶの意味が違うのじゃ!!」
「まあまあ、落ち着いて考えてみろ。本当にこいつに効く毒なんてあると思ってるのか?」
「落ち着いていられるか!! 現にルシオンは息をしておらんのじゃぞ!? そもそも何百年も堕天使を飼い慣らしてきた一族じゃ。独自の殺め方を掴んでおる可能性は十二分に有り得るわ!」
俺の問いに対してスカーレットは論点をずらした。
ということはスカーレットも堕天使に効く毒なんてものは地上には存在しないという認識なのではないのだろうか。
それなら素直に俺の話を聞けと言いたい。
「こいつがこうなるのは一種の発作みたいなものだ。だが安心しろ。解決策はある」
俺は眉間に皺を寄せ、口をへの字に曲げながら右手でVサインを作ってビシッとスカーレットに向けた。
「かーーっ!! 一刻を争う事態だと言うのに何をカッコつけておるのじゃ!」
「カッコなんかつけてねえよ」
ブスブスッ!!
「こうするに決まってるだろ! 起きやがれっ!!」
俺は中腰の姿勢からVサインの先端をルシオンの鼻の穴に突っこみ、力のままに腕を真上に持ち上げた。
その勢いでルシオンの顔は天井を向き、尻が椅子から浮き上がる。
「……あれ? にーさんどうしたの?」
「ダメじゃないかルシオン、食事の最中に寝るなんてマナーがなってないぞ」
「……うん。どうして私寝てたんだろ……」
ルシオンが目を覚ましたのを見て、俺は壁に掛けてあった手頃な布切れで指先を拭った。
「のわーーーっ!! 妾のマントにハナクソを擦り付けるでない!!」
何か怒号が聞こえた気がしたがお構いなしに爪の隙間まで念入りに拭いて拭いて拭きまくる。
「ぐはーーーっ!! 妾のマントが汚物に汚されたのじゃ……」
「マントぐらいでガタガタ言うなよ。俺なんかダイレクトだぞ」
「知らんわ! それより今のは何だったのじゃ?」
「詳しいことは分からないけど、想定以上に美味いものを口にするといっつもこうなるんだわ。で、こいつが固まった時は実際に売れ行きも良いみたいだから一押しメニューの判断基準にしてるのよ。流石に天使の息の根も止まる美味しさなんて触れ込みは出さないけどな」
「お主の一族には恐怖すら感じるわ……」
俺とスカーレットが話し合っているすぐ横でパンケーキに舌鼓を打つ張本人。
恐らく今のやり取りも雑音くらいにしか感じていないのだろう、何一つ会話に混ざってこない。
ふとリンフィーネが厨房から顔を覗かせた。
「にーさん、3人前できましたのです」
「おっ、すまんなリンフィーネ」
「ルシオンちゃん死にましたね」
「おうよ、きっちり息の根止まったぞ」
俺は厨房でリンフィーネとハイタッチを交わすとパンケーキを受け取り、3人にルシオンと同様の配膳をした。
お、何だ?
俺から奪い取るかのように食べだすかと思ったらやけに行儀がいいじゃねえか。
いや、これ警戒してるね。
「言っとくけどどこぞのキノコスープと違って毒は入ってないから。まあ心配ならルシオンが平らげるからそのままにしておいてくれ」
最低限伝えるべきことは伝えた。
後の判断は任せておくか。
「あたしは頂くわ。あっ、まおーは神様だからルシオンみたいになっちゃうかもね。そしたらまおーの分もあたしが食べてあげるから安心して」
「この食う事しか頭にない脳筋ダークエルフめ……。お主の介錯なぞ要らぬ世話なのじゃ」
「うるせえな、いいから食うならさっさと食えよ」
セシルがパンケーキを口に運ぶ。
それを見てスカーレットも後に続いた。
「……あたしね、おばあちゃんが森の果物を使って焼いたパイが大好きだったの。世界でいちばん美味しくてこの先もこんな美味しい食べ物は出てこないって思ってたの」
暫しの沈黙を破ってセシルが口を開いた。
幼き頃の記憶だろうか。
感傷に浸っているようだがフォークを持つ手は動きっぱなしだ。
「……」
「待てこら、中途半端に思い出蘇らせながら食うなや。試食なんだからこっちは率直な感想が聞きたいんだっての」
「見れば分かるじゃない。美味しくなかったら食べてないでしょ!?」
「お前何でも食うからイマイチ参考にならないんだよ……」
「うっさいわねえ」
貴様の食べるの基準が味覚以前の話だから黙って食べられたら何の参考にもならんだろが!
と言いそうになったがぐっと堪えた。
俺って大人だな。
「……」
「オイスカーレット、お前もだんまりかよ」
俺はふと黙々と食べ続けるスカーレットに目を向けた。
ジャムと生クリームをパンケーキに丁寧に乗せて、ひと口運ぶ度に目を閉じたまま額を持ち上げてその味覚に酔いしれているようだ。
それはさておき普段誰よりも煩いくせにどうして肝心な時だけ静まり返るんだよ……。
「いやすまんのう。時にサムよ、このパンケーキはイセリアに行けば何時でも食べられるのであるか?」
「そりゃまあ定番メニューの予定だからな」
「城はメイレンに託してイセリアに移り住むのも悪くない案じゃな……」
「お前とんでもない心の声が漏れてるぞ」
「別にお主に任せてもよいのじゃがな。クーリエと二人三脚で末永く魔王業に勤しむのじゃ」
「激しく遠慮します」
魔王業って何だよ……。
そんなことよりこいつらがパンケーキに集中するために静まり返っていたというのが何となく解った。
実を言えば改善点に繋がるコメントがあればよかったんだけど、満足しているみたいだし無いなら無いでまあいいのかな。
「クーリエ、お前も遠慮しなくていいからどんどん食えよ」
「あ、はい、有難う御座います。ところでこちらのパンケーキは先程のバンシーがおひとりで作り上げたものでしょうか?」
「親父と母さんと、あとエルバード亭の奴等も色々意見してたみたいだけど基本的にはあいつひとりでここまで仕上げたのは確かだな」
「そうでございますか……」
俺の言葉を聞いてクーリエは再びパンケーキに視線を落とした。
「何だ? お前もこういうの興味あるのか?」
「いえ、その……、両親が生前、寿命について仰った際に長寿種として長く続けられる趣味を持つと生きる上での糧となると言われたものでして」
「えっと、確かクーリエが5歳の時に亡くなったんだよな」
「はい」
俺、5歳の頃母さんとどんな話してたっけ。
鉄拳制裁は何度も食らったけどこんな将来を見据えた会話はしていなかったというのだけは覚えてる……。
「ヴァンパイアロードが生涯続けられる趣味か……。俺には到底考えが及ばないなぁ」
1000年は生きるとされるヴァンパイアロードに向かって100年と生きられないヒューマンが口出しするのもおこがましい気がして俺は言葉を慎んだ。
ふとスカーレットから視線を感じた。
何だ?
俺達の会話が気になるのか?
「なあスカーレット、お前って趣味あるの?」
どうせなので無駄に長生きな魔王様に訊いてみる。
「趣味とはちと異なるが暇潰しに城の地下にダンジョンを掘っておるわい」
「……ナニソレ」
「妾が不在の際に勇者一行が攻めてきたら下手すれば城が荒らされるじゃろ? それを未然に防ぐ為にも正門脇に如何にも隠してありますと言わんばかりの地下へと通じる階段を設けてあるのじゃよ」
「はあ!? そんなのあったか!?」
「お主が来訪した際は常に妾が城に居ったから階段は封じておったのじゃ。お主の事じゃ、そんなもん見付けたら絶対に潜るに決まっておるからのう」
「よく解ってるじゃねえか……」
完全に俺の性格を見抜かれていて何だか悔しい……。
「当然探索中に息絶えられても困るからのう、各フロアに水源と帰還魔法陣は必ず配置してあるのじゃ」
魔王様は自身のちょっとイタい趣味を自慢げに語る。
確かに終わりは無さそうだから1000年続けられる趣味かもしれない。
仮に俺があと1000年生きられても絶対しないけど。
「おかわり」
いつの間にかセシルが完食していた。
相変わらず食うのはえーな。
「感想述べたらおかわり出すわ」
「かっ、感想!? そうね……、ふわふわしていくらでも食べられそうな感じね」
「……そうか」
清々しいまでにスカスカな感想。
訊いた俺が愚かだった。
反省反省。
「リンフィーネー、おかわり頼むわー、ってもうこんなに焼いたのかよ」
厨房を覗くとテーブルの上に大量のぷるぷるパンケーキが置かれていた。
「感覚を掴むにはただひたすら繰り返すしかないのです。今日はお客さんが5人も居るから腕が鳴るのですよ」
「俺までカウントするなよ……」
リンフィーネはふんっと鼻息を荒げて握りこぶしを作る。
菓子作りに対する情熱、技術習得の為に惜しまぬ手間、高い集中力と分析力、そりゃ美味いに決まってるよ。
そんな彼女の自信作を存分に振る舞おうとパンケーキの盛られた皿を手に取った。
「あ、そうだ」
俺は厨房から離れる前にリンフィーネに尋ねた。
「イザベラおばさんのやつじゃなくてもいいから何かジャムとか無い?」
「それでしたらそこのバスケットにあるからお好きに使って下さいなのです」
「はいよー」
リンフィーネが指さしたバスケットに被された布切れをめくると中には小瓶に詰められた色とりどりのジャムが並んでいた。
赤に黄色に緑に紫。
これはバターか。
バターも合いそうだな。
「ん? これって……」
その中に1つだけ黒っぽいサイコロ状の固形物が入っている小瓶が。
「なあリンフィーネ、これ貰ってもいいやつ?」
「はい。バスケットの中にある物は全て経費で落としてありますのでご自由にお持ち下さいなのです」
「あ、経費ね……。じゃあ遠慮無く貰っていくわ」
アンデッドとは思えぬ所帯じみた返答にどこかしら戸惑いを感じながら俺は小瓶を1つ道具袋に押し込み、その他諸々のジャムをバスケットごと持ち出した。
「パンケーキはすぐに持ってくるから好きなジャムでも選んでろよ」
俺はテーブルの中央にとすんとバスケットを置くと我先にと手が伸びてきた。
めんどくさいから勝手に選ばせておくとするか。
その後も俺は厨房から焼き上がったパンケーキを運び出し、飢えた連中にひたすら提供を続けた。
……
…
「はぁ~、妾は満足であるぞ」
「うぷ、あたしももう無理かも……」
「んもー、すーちゃんもしーちゃんも頑張り過ぎだよぉ」
スカーレットとセシルが椅子にもたれ掛かっているのに対し、どこぞの堕天使は早々に大食いバトルから抜け出してホットミルクを啜っていやがる。
多分こいつのことだ、エルバード家に寄生している立場上、またすぐに食べさせてもらえるとでも思っているに違いない。
「あ、あの……」
「ん? どうした?」
「すみません、このジャムなのですが……」
クーリエはさっきから頻りに気にしているジャムを差し出してきた。
「ああこれね、リンフィーネ、ちょっといいか?」
「あらまにーさん、何でございますですか?」
厨房に向かって声を発するとリンフィーネが外はねの髪をピョコピョコ跳ねさせながらテーブルにやってきた。
「これって確かお前が作ったやつだよな」
俺はクーリエが持っていた小瓶を手に取ってリンフィーネに見せた。
「はいなのです。こちらは野ばらの蕾で作ったジャムなのです」
「だそーだ。俺はあまり好きな匂いじゃないけど気に入ったなら持ってってもいいぞ」
「にーさんはひと言余分なのです。ですがヴァンパイアロードのお墨付きならば増産も視野に入れるのです」
「まあ好きにしろよ……」
小瓶をクーリエに渡してきゅっと握らせると、彼女はぺこりと俺とリンフィーネに頭を下げた。
「いやはや、経費で落とした砂糖とレモミキャンを加えて煮詰めただけですからそんなに畏まらないでほしいのですー」
ひと言余分なのはオマエだろがと言いたくなったがこいつの腕がなければ出来上がらなかっただろうから黙っておくとしよう。
「それじゃあ腹も満たされたことだし日が暮れる前にギルドに向かうとすっか」
俺は壁に立て掛けた剣の鞘を掴むと席上の4人がすっと立ち上がった。
その流れでスカーレットはリンフィーネに歩み寄る。
「お主、名をリンフィーネと申したな?」
「はは、はいでございますです」
「褒美じゃ、受け取るがよい」
「ほわー」
そう言いながらスカーレットはリンフィーネを抱きしめた。
褒美とか言ってたけど何してんだ?
数秒が経過してスカーレットは抱擁を解いた。
リンフィーネに変化は無い。
「なあ、褒美ってナニ?」
「なあに、冥界の祝福を授けただけよ」
「ふーん」
「訊いてきた割には反応が薄いのう」
「しょうがねえじゃん、意味が分からないんだから」
俺の冷めた反応が不満なのか、スカーレットは堕天使のハナクソで汚染されたマントを纏いながら説明を始めた。
「そうじゃな、『バンシーの特徴を濁した』とでも表現すればお主でも理解できるじゃろ」
「そんな事できるのかよ……」
「アンデッドキラーとして真っ先に挙げられるのはその筋に通じたクレリックとエクソシストじゃ。一般的にバンシーは世間に害を為さぬと認識されておる故、遭遇しても奴等からの攻撃対象にはならぬ。じゃがそうは言っても完全に安全が保障されている訳でもなかろう。ここが町中であろうとこやつが用も無い限り倉庫に留まるのは本能的に察知しておるからに他ならぬ。そうではないか? リンフィーネよ」
「いやー、コバルクの皆様はいい人で溢れておりますですが、たまーに妙な視線を感じることもあったり無かったりでありまして……」
リンフィーネはとぼけた表情をするもののスカーレットの指摘に対して肯定を臭わせる。
そうか、こいつがいっつも倉庫に居るのは身の安全の為でもあったのか。
「バンシーが魂を持たぬのならば外部に対して魂を抱いておると見せ掛ければよい。それだけで脅威の芽の大半は摘める筈じゃ」
「よく分からないけどスゲーな」
「カッカッカ、冥界を治める者として造作もない事よ」
スカーレットは腕を組んで高笑いを繰り出した。
見た目で判断できないから何とも言えないが、リンフィーネに強そうな加護が与えられたみたいだからここは素直に感謝しておこう。
「あ、にーさん、もう発つでありますですか?」
「ああ、この後ギルドに寄らないといけないからな」
俺達がもうここから離れると感じ取ったのか、リンフィーネは俺に声を掛けてきた。
いつもは別れ際も淡白に対応してくるからそのひと言に軽い違和感を覚える。
「その……、旦那様にお伝えしたいことがありますので少々宜しいでございますですか?」
「ん? あ、ああ」
リンフィーネはそう口にするとササっと厨房へ入って行った。
「わりい、すぐに済ませるからちょっと待っててくれ」
親父に伝えたいこと?
皆の前では話せないことなのか?
そんな考えを抱きながら、俺は4人に告げてリンフィーネの後を追った。
「どうした? いつもは手紙で親父と遣り取りしてるんじゃなかったか?」
「違うのです。ただ、どうしてもあそこでは話せないのでありまして……」
リンフィーネは俯き気味に呟く。
その曇った表情は今から話す内容が決して明るくないと物語っている。
俺は覚悟を決め、彼女の言葉に耳を傾けた。
「にーさんと一緒に来られた栗毛のお方なのですが……」
「セシルか!? あいつがどうしたんだ!?」
「死の兆候が見受けられますのです」
「……セシルが、か」
普段からへらへらほわほわしているがこいつは立派なバンシーだ。
その口が死を宣告する。
それはつまるところ確実なる落命を意味する。
やはりあいつがダークエルフ紛争の当事者になることは避けられないのか……。
「私はバンシーでありますので死に関する発言を告げられた方に多大な精神の負荷を背負わせてしまうのです」
「そうだな……」
言われて気付いた。
確かにこいつが直接告げるのは得策ではない。
「ですのでこの事を魔王様にお伝えしてほしいのであります」
「スカーレット? あいつならセシルを助けられるのか!?」
「可能性は十分にありますです。あのお方はバンシーの予言を塗り替える力を持っておりますので」
「分かった。恩に着るよ」
俺はリンフィーネに感謝しながらなるべく顔に出さないように4人の待つテーブルへと向かった。
「待たせたな、んじゃ忘れ物は無いか?」
「あはっ、それにーさんの口癖だよぉ」
「スマンスマン、確認取らないとオマエを忘れて行っちまいそうだもんでな」
「あーん、そんなのダメだよぉ」
嘆き声を上げながらルシオンが俺の横に寄ってきた。
うーん、今度どこかで置き去りにしてみるか。
「何かにーさんが悪い事企んでるよぉ……」
「遂に気付いちまったか。あとオマエが捨てられるのは運命であって決して悪い事ではないからな。夜露を啜って逞しく生き延びるんだぞ」
「そんな運命勝手に決めないでよぉ」
「にーさんとルシオンちゃんはとっても仲良しでありますので置いて行かれることなんて有り得ないのです」
「だよねー」
「ですですー」
「……」
リンフィーネのフォローにルシオンが笑いながら同調する。
あまりに単純過ぎて返す言葉が見つからない。
「じゃあそろそろ行くわ。お前もあんまり根を詰め過ぎるなよ」
「分かりましたのです。それでは皆さんお元気でー」
「りーちゃんまたねー」
逆に元気が出なくなりそうな声援を受けて俺達は倉庫を後にした。
数時間ぶりの空の下。
いつまでも食べ続ける奴等のおかげでとっくに昼過ぎじゃねえか。
俺は今夜の宿泊先すら決めていない状況に焦りを感じ、足早に歩き出した。




