47 真夜中のガールズトーク
ガタンゴトンーー
ガタンゴトンーー
魔石機関車は同じリズムを刻みながら海岸付近を南下していく。
2本のレールの上を課された使命のままに。
空を見上げる。
一面の星空。
そして光の粒の中に世界を淡く照らす半月がぽっかり。
えっと、月が今あそこにあるからまだ夜明けまでは多少時間がありそうだ。
目に入る風景は深い雑木林から見通しの良い草原へと変わっていた。
イシャンテからリペイコへ国境を越えたという分かりやすいサインだ。
姿を隠せる場所も極端に減ったことだし野盗の襲撃は無いと見ていいだろう。
「ねえ、クーリエってサムのこと好きなんだよね?」
「えっ!? サム様ですか? ……はい。お慕いしております」
車両にもたれ掛かって空を眺めること数分、先に口を開いたのはセシルであった。
酷い会話の切り出しだ。
普通、星が綺麗ね、とかそういう所から入るだろが。
近所の噂話大好きおばさんでもそんなストレートに行かねえぞ!
「でもね、惚れたら負けって言うから。いくら好きかもしれないけど少しは冷たくしないとアイツ絶対調子に乗るから気をつけなさいよ」
「あ……、あの……」
会話のつかみを外したどころか秒で説教モードかよ!
絶対とか言いやがってクーリエ困ってるじゃねえか……。
「ところでセシル様はそのような特定の殿方は……」
「ねえ、それよりその『様』ってのどうにかならないの? 同じパーティーなんだからあたしのことは呼び捨てでいいんだけどさ」
「すみません……、ですがセシル様はかけがえのないお仲間ですので」
「……理由になってない気がするけどまあいいわ。そういえばアンタには1度ちゃんと謝りたかったのよ」
「私に、ですか?」
「うん、初対面の時に体当たりでふっ飛ばしちゃったじゃない。でもあれってあたしが封印環外して覚醒したのが原因だから。だからその……、あの時はごめんね」
ちゃんと謝りたいと言う割には妙にふわっとした謝罪に聞こえるが、このフランクな感じがダークエルフ界隈の一般常識なのだろう。
知らんけど。
「いえ、その……、私は全く気に留めておりませんので……」
「んもー、堅苦しいわね! そんなんじゃサムに好かれないわよ。絶対あいつテキトーに生きてそうだし」
「えっ!? でで、ですがその……」
絶対絶対って俺の事言いたい放題じゃねえか!
こんのクソガキがクーリエ脅すなや!
「でも好きな人がいるってちょっと羨ましいかも。ほら、あたしダークエルフだから」
「セシル様……」
「クーリエも絶望の種にまつわる話、聞いたことあるでしょ? 100年毎に世界樹が花を咲かせる筈なのに一向に花は咲かなくて、代わりにダークエルフが来て世界を壊しちゃう話」
「……はい」
「何か重苦しいわね、いいのよ気にしなくて。天地大戦の後から100年周期でダークエルフ紛争が起きてるのは事実なんだし」
セシルの口からダークエルフ紛争という言葉が紡ぎ出された。
それは彼女の諦念の表れだろうか、それともこのパーティーに一縷の希望を見出しているのか。
願わくば後者であってほしい。
「あっ、そういえばまおーとクーリエってずっとダークエルフ紛争について調べてたのよね?」
「はい。過去の周期から想定しますと、今この瞬間発生してもおかしくない状況です。ですがいつまで経ってもセシル様に異変が現れないようでしたら他のダークエルフが当事者となって世界の何処かで災いを引き起こしているという可能性も考えられます。ただその場合は覚醒ダークエルフ特有の魔力波動が検知されますので即座に認識できる筈ですが……」
「確かにそうね。あとダークエルフ紛争の首謀者はカーネリアの関係者ってまおーが言ってたと思うけど何か知ってるの?」
「判明していることですと、過去の紛争事例から例外なく国王家に深く関わる者が失踪した後に落命しています。その中でひとつ共通した特徴があるのですが、その落命した者は比較的精神が脆い傾向が見受けられまして……。想像の域は出ませんが、心理的につけ込まれやすい者を何者かが操作したのではないかと推測されます」
「怖っ! 乗っ取った上に用が済んだら殺しちゃうんだ……。何かあんまり知りたくない話ね。今日はもういいわ。また今度聞かせてもらえる?」
「畏まりました」
ダークエルフ紛争を調査している側、ダークエルフ紛争の当事者になりかねない側、立場は違えど目指している先は同じだ。
既知の情報は極力共有して対策にあてられればそれだけ脅威の芽を摘めるというものだろう。
今日はもう終わりみたいだけど。
「あたしね、いっつも怖い夢ばかり見てたんだ。クーリエも寝てる時夢は見るの?」
「……はい。その、多少は……」
「何かよそよそしいわね。あっ、もしかして夢にサムが出てくるんでしょ」
「……」
「ちょっと、何顔赤くしてんのよ! ホント、アンタもあいつもいい年して奥手なんだから」
「い、いえ、そういうわけでは……」
何故小説で疑似恋愛に浸る奴に言われにゃならんのだ。
クーリエも言い返してやれよ……。
「でも幸せそうな夢で安心したわ。樹海に居た時に見た夢は岩に挟まって動けなかったり、大きな足みたいのに押さえつけられて息ができなかったりそんなのばっかでさ、何か原因があるんじゃないかって調べてもらったのね。そしたら四点結界が魔力を体内に閉じ込める影響からなんだって。だけどダークエルフはこれしてないと自然に覚醒して魔力が流れ出ちゃうから我慢するように言われて、あたし何の為に生きてるんだろって偶に考えるようになっちゃって……」
「セシル様……」
「違うの違うの。そうじゃなくて、今は調子がいいって言いたかったの。クーリエと知り合った前の日に久しぶりに封印環外して淀んだ魔力解放してからかな。ごはんが美味しいし、おやつも美味しいし、お酒だって飲んでみたら甘くて美味しかったし。だけどそんなことよりみんなと一緒にいるのが楽しくて。だからサムには少しだけ感謝してるの。あっ、今言ったこと絶対あいつに言っちゃダメだからねっ!」
「はい。セシル様と私だけの秘密です」
「あーもう! アンタっていい人過ぎでしょ! あたしがもっといいの見付けてあげるからサムなんか捨てちゃいなさいよ」
「えっ!? それは……、あの……」
「……やあね、冗談だからそんな泣きそうな顔しないでよ」
「すみません……。ですが私はサム様が……」
「白馬の王子様?」
「……」
「あーあ、あたしにも白馬の王子様転がって来ないかなー」
深刻な話かと思ったら食いしん坊が俺を貶すだけ貶してのーみそお花畑トークに急展開しやがった。
語彙力とかどうでもいい。
とにかくスゴイ!
いろんな意味で!
あと人は転がって来ないと思うぞ。
「あの、ひとつお尋ねしても宜しいですか?」
「いいわよ。何でも訊いて」
お?
今度はクーリエが尋ねる番か。
あまり横に並ぶ姿を見ないペアなだけにどんな会話が進むのか気になるところだ。
「セシル様はその……、怖くないのでしょうか?」
「えっと、ダークエルフ紛争のこと?」
「……はい」
「怖いわよ」
「えっ?」
「だから一目散にイシャンテまで逃げてきたんだもの。でもね、アンタ達見てるともしかしたら何とかなっちゃうかもしれないって思えてきて、そしたら朝が来るのが嫌じゃなくなっちゃってさ。この先どうなるかなんて分からないけどそれまでは楽しい気持ちでいたいかなって。図々しいかもしれないけどね……」
「セシル様はお強い方です……」
「んもー、どうしてアンタが辛気臭い顔してんのよ!」
2人の心境は理解できる。
少し不安だったけど俺の出る幕じゃなさそうだ。
このまま屋根上は彼女達に任せておいてもいいだろう。
「……ですが、その、無理が祟っては心身に障りますし」
「だーかーらー、そういうことばっかり言ってるからサムが調子に乗るのよ! ああいうのはもっとビシッと厳しくしないと!」
「はう……」
車内に入ろうとした矢先、またしても会話の雲行きが怪しくなった。
それより俺、調子に乗ってるように見えるか?
「ねえ! そんなことより空見なさいよ! すごい星……」
「はい。とっても綺麗です」
ちょっと待て!
こいつ今頃星空に気付いたのかよ!!
ていうかさっきから話題が飛び過ぎなんだよ……。
瞬く星々に魅了されているのだろうか、先程から言葉を交わしている気配が無い。
断言はできないがここから何か事が起こるといった感じでもないだろう。
少し横になるか……。
俺は欠伸を噛み殺しながら音が立たないように列車の扉を開けて中に入った。
「ほう、盗み聞きであるか。男らしさを微塵にも感じさせぬなかなかに香ばしい趣味であるな」
細々とした月光が差し込むその先から呟くような声がこちらに向く。
ったく、夜明け前から人を小馬鹿にしやがって……。
「そんな趣味はセシルだけで十分だっての。それより何だよ、もう起きてたのか?」
「夜が明けたら別の国に居ると思うと気が急いてしまってのう」
「お子ちゃまですか……」
「聞き耳立てながら夜を更かす奴に言われたくないわ」
スカーレットはベッドからピョンと跳ね起きると開いたままの扉から外に首を出して辺りをキョロキョロと窺いだした。
「おおー、風の匂いが変わったのじゃ」
朝が早い魔王様は鼻をすんすんさせて、頬を撫でる空気が昨日と違うことを実感しているようである。
俺としては植物の分布の違いでリペイコに入ったのは分かるけど、それを風から感じることはできない。
微妙な温度差?
それか風の精霊が違うとか?
ちょっと気になるけど俺とは認識に対する根本的な能力が異なるだろうから風の何がどう変わったのか聞くのは止めておこう。
どうせ理解できないしな。
「どれ、妾も見張りに回るとするかの。お主も明日に備えて少しでも休んでおくのじゃぞ」
スカーレットはひと言言い残して梯子を軽やかに昇っていった。
車内にぽつりと取り残される俺。
それと爆睡中の我が下僕。
「らめらよぉ。もうたべられないよぉ」
この野郎、夢の中でも腹いっぱい食ってるのかよ……。
ていうか、こいつ見張りするからって酒断ったくせにしっかり寝てんじゃねえか。
まいっか。
細かいことは気にしちゃイカン。
俺はベッドに転がって夜明けまで休むことにした。




