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ヴァンパイア ラプソディ  作者: ムラサカ
46/50

46 煌めく星空の下、干物を炙る

 走り出した魔石機関車の屋根上、クーリエは最後尾の出っ張りで俺達に背を向けて直立した。

 背後から風を受けて腰まで伸びた黒髪が乱れ舞う。


「ちょっ、大丈夫かよ……」


 そんな先っちょに立ったら少しでもバランスを崩した途端そのまま落ちてしまいそうで、見ているこっちがドキドキしてしまう。

 まあ飛べるから平気なんだろうけど……。


「あの……、もしかしたら気分が優れなく……」


 だが俺の心配をよそに当の本人はくるりと振り向くとぼそぼそと違う心配事を呟きだした。


「こやつは妾が守っておるから心配するでないぞ」


 クーリエが言い切る前に発言の意図を理解したスカーレットが手を振ると、突先の彼女はこくりと小さく頷いて再び俺達に背を向けた。

 そして両腕で腹を抱え、漆黒の翼を緩く広げると、胸を突き出すように背筋を伸ばした。


 直後、上半身だけ前かがみになるような体勢でぐっと肩甲骨を後ろに突き出す。


 ビリビリッ!!


 それと同時に列車の横幅以上に張らせた翼を斜め上にピンと張らせて小刻みに震わせた。


 ぞわっ……。


 キンと一瞬、音の波が全身を突き抜け、時間差で沸き上がる畏怖嫌厭の感情。

 同時に踏み込んではいけない領域に足を踏み入れてしまったような危機感に包まれる。


 クーリエのことだから極力俺達に危害を与えないように調節しているだろうし、直前の2人のやり取りからしてスカーレットが何かしらの障壁を張って魔法抵抗値の低い俺を守っているのだろう。

 それでも俺の肉体にこれだけの影響を及ぼすのだ。

 そう考えると真っ向から標的にされた連中はひとたまりもないに違いない。


「今のは?」

「なぁに、軽い挨拶じゃよ」


 そそくさと戻ってきて定位置と化した俺の右側に腰を下ろすクーリエに訊いたつもりが、口を開いたのはクーリエの右に座るスカーレットだった。

 まあ教えてくれるなら正直どちらでもよかったりする。


「繰り返しの説明になるが、ヴァンパイアロードは内包する能力に反して全くと言っていい程争いを好まぬ種族でのう、その代わりに威嚇の類においては唯一無二の存在なのじゃ」

「じゃあ今のも?」

「体内より発する超音波にちいとばかし魔力を織り込んでこちらの意思を示した訳よ。この列車に害為す者に災いが降り注ぐとな」

「すげえな、そんな事までできるのか!」

「えっ!? あっ、あうう……」


 褒めながら翼をぷにぷにするとクーリエはあわあわしながら頬を赤らめた。

 先程までの勇ましさはカケラすら見えない。


「駅前広場に内通者らしき者がおったからこの列車にも盗賊と繋がっている者が乗っていると考えるのが筋じゃが……、まあ今の術で格の違いを骨の髄まで刻まれたであろうな。これで心置きなく寝られるというものよ」


 スカーレットはそう言うが見張りを置くのはルールなのでクーリエには申し訳無いがお願いするとしよう。


 それにしても駅前広場に盗賊の仲間が居たとは。

 全く気付かなかったわ……。


「でも気付いてたならお前が牽制してもよかったんじゃないの? あのギルドでやったようなやつ」

「それは難儀な話じゃ」

「そうなの?」

「妾の威嚇は蛇を使うからのう。クーリエのように超音波で危機感を植え付ける手法とは根本が異なるのじゃ。故に手っ取り早く見せしめに1人の魂を犠牲にするやり方になってしまうのじゃよ」


 イセリアギルドでスカーレットに睨まれた時に受けた背筋が硬直する感覚。

 それはつまりあの屋内程度の広さだから成し得たのであって、流石に魔王であれどこんな動いている列車の上で広範囲に同じ現象を起こすのは難しいのかもしれない。

 確かにスカーレットよりクーリエの方が細かな作業とか得意そうだもんな。


「何はともあれ夜襲を掛けられる心配は無くなったからのう。これで気兼ねなく食事の支度に取り掛かれるのじゃ」


 食事の支度をしない奴がどの面下げて言いやがる……。

 そう言いたい気持ちをぐっと堪えて俺は道具袋に手を突っ込んだ。


「なあ、これ知ってるか?」


 道具袋から包み紙で幾重にも巻かれたソレを取り出し、その中身を剥き出しにして見せつける。


「魚? よね。変な臭いするけど」

「まんま魚であるな。じゃが生気が感じられんわ」

「そりゃまあ干してあるからな。どうせならユスアの名物でも食べようかと思ってクーリエと散歩に行った時ついでに買ってきたんだ。それよりお前等、干物は見たこと無いのか?」

「無いわね。そもそも魚自体そんなに見掛けなかったもの」

「キャスバルには魚を干す風習が無くてのう。食事という行為は腹を満たすと同時に獲物の魂を取り込むという概念が根付いておる故、鮮度が良い程食材の価値が高いとしておるのじゃ。まったく、どいつもこいつも死んだら速やかに魂が抜けると言うのに聞く耳を持たぬ奴ばかりなのじゃ……」


 ふむ、2人の話を聞く限りではキャスバル大陸と神護の樹海には魚を干すという文化は存在しなかったみたいだな。

 とはいえこいつらなら干してあろうが気にせずガツガツ食うだろ。


「はいよ」

「にーさんありがとー」


 俺は魚の干物の口から串を刺してルシオンに渡した。

 ルシオンは満面の笑みで串を受け取ると丸太の窪みにはまっていた火の魔石を持っていたナイフで器用に拾い上げる。

 でもって翼をぱたぱたと震わせて丸太の上を弱々しく舞う炎を掻き消すと待ってましたと言わんばかりにもくもくと立ち上る煙。


「ゲホッ! んもー、ちょっと何なのよ!」


 走る機関車の上で煙をモロに浴びたセシルが文句を垂れる。

 知らんがな、丸太の風下に陣取るオマエが悪い。


 こいつのことだ、即座に立ち上がって俺の場所を奪いに来るだろう。

 そう身構えていたのだがセシルは座ったままマジックワンドを握って胡散臭い詠唱を始めた。


円環疾風サラウンドゲイル


 後先考えずに水でも出すんじゃないかと思っていたがその口から唱えられたのは拷問魔法。

 いつの間にかワンドの先に見覚えのある小さな黄緑色のリングが浮かんでいる。

 セシルはリングを丸太に飛ばすと、ワンドを上に振って飛ばしたリングを上空へと持ち上げた。

 ほわほわと昇っていくリング。

 それをぼーっと見つめているとパチンと指を鳴らす音が耳に届いた。

 きっとそれが発動のサインなのだろう、セシルに纏わりついていた煙が上空のリングに引き寄せられて天に放たれていく。


 まるで煙突のように機能する黄緑色の輪っか。

 虚無魔法で漬物石造るし、グラヴィティハンドの時にも感じたがやはりこれも拷問魔法のくせに実用的な魔法にしか見えない。

 もしかしてコイツ、便利系の魔法ばかり率先して習得してるんじゃないのか?


「ねえサム、ちょっと聞いてる!?」

「ん? あ、ああ、どうしたんだ?」

「別に面白いものなんかじゃないから口開けて見上げないでよね」

「いや、拷問魔法も使い方によっちゃあ便利なモンだと思って感心してな……」

「ハァ……、何言ってんのよ。魔法だってただ覚えるんじゃなくて使い勝手のいい形に応用してこそでしょ? まあアンタみたいに士官学校通って大きな町で不自由なく暮らせるなら術式を覚えて終わりかもしれないけどさあ」


 何となく嫌味に受け取れるがセシルの樹海で暮らしていたという事実が説得力の塊なのは確かだ。

 つか俺、イセリアで産まれてマジでよかったわ……。


「ねえねえにーさん、これもう焼けたかなぁ」


 22年間、ぬるま湯に浸かり続けた人生をしみじみと噛み締めているとルシオンが俺の目の前に程よく焼けた魚をチラつかせてきた。


「あー、いい感じっぽいな」


 その言葉を聞いてルシオンはパクリと魚に齧り付く。


「ん~、お魚さん美味しいよぉ」


 串を持たぬ左手を頬に当ててその美味さに酔いしれるルシオン。

 それを無言で見つめる約2名。


「大丈夫そうね」

「雑食性の強い堕天使だけでは判断しかねるが傷んではなさそうじゃな」


 こいつら、本当に食えるか様子見てたのかよ……。

 まあでも魚がカサカサになって臭いもするからいきなり食えと言われても抵抗があるのは仕方無いのかもしれない。


 未知の食材に対する不安と好奇心。

 この旅の裏テーマがグルメツアーである以上、軍配は否応なしに好奇心に上がるのは明白。

 俺から串を受け取った2人は軽く臭いを嗅いだ後、ルシオンがしていたように熾火を保つ丸太で魚を焼き始めた。


「お前も食うか?」


 俺はじっくり火を通した魚を隣に座るクーリエに差し出した。

 とはいえあまりこういった生臭さのあるものは好まない気がするから強くは進めないが。


「あっ、はい。有難うございます」


 予想に反してすんなり受け取るクーリエさん。

 俺はてっきり「はうー」とか言って困惑するものだとばかり……。


「魚、普通に大丈夫なのか?」

「ええ、好き嫌いの前に魚だけは常に有り余っておりましたので習慣的にいただいておりました」


 遠慮がちに魚を齧る彼女の口から予想だにしなかった返事が来た。


「そうなの?」

「はい。城の裏手に川が流れているのですが」

「川? あー、そういえば川があったような……」

「その……、メイレンが毎日のように大量に魚を釣り上げてくるものでして……」


 趣味が掃除と魚釣りのサキュバスか……。

 俺が今までに培ってきた妖魔に対するイメージは一体……。


「まったくじゃよ。メイレンの奴め、毎日毎日ビクに目一杯釣ってくるのはいいが当の本人は喉を通らぬとかぬかすのでな、結局城の者で手分けして食っておったのじゃ」


 常識と思い込んでいた知識と現実とのギャップに戸惑っていると、半ば強制的に食べさせられていたもうひとりの被害者が参戦してきた。


「そうだったのか……。それならこの先は魚が出なさそうな店の方がいいか?」

「野宿ならば仕方が無いが、町で提供されるものであるなら焼いただけの魚は勘弁願いたいのう」

「分かったよ。頭に入れとくわ」


 せっかくカーネリアに来ているのだからスカーレットとクーリエにはできる限り好きなものを食べさせてやりたいよな。

 そんな思いを巡らせているとさっきから黙々と魚に食らい付く奴が視野に入った。


「なあセシル、お前、苦手な食べ物ってあるのか?」

「……今のところ無いわね」


 一応流れでセシルにも聞いてみたが何となく予想通りの言葉が返ってきた。

 例外無く魚の干物もお気に召しているようだ。

 ていうか出てくりゃ片っ端から食らい付きやがって、大体さっきの饅頭は何処に消えたんだよ!

 オマエ、胃袋に虚無魔法でも詰まってんじゃねえの!?


 それにしても魚ひとつ取っても少なからず嗜好に差が出るのだから今後何食わせりゃいいのやら。

 セシルは何でも食うから取り敢えず置いといて、ルシオンは辛くなければ基本的に文句は出てこない。

 スカーレットは甘いものに目が無いけど逆にクーリエは甘いものが微妙なんだよな……。


「ほれサムよ、ぶつぶつ独り言言っておらんと酒を持ってくるのじゃ」

「ったくこのアル中魔王が……」


 俺は野宿の時に残った酒を道具袋から取り出してスカーレットに向かって放り投げた。


「それ、昨日までの残りだけど足りないなら前の方に食堂があるから行ってみれば?」

「あっ、あたし今日はお酒いいや」

「んー、私もいいかなー」


 セシルとルシオンが酒を断った。

 いっちょまえに休肝日だろうか?

 正直キミタチは飲もうが飲まなかろうが長生きしそうだから好きにしてほしい。


「何じゃ妾だけであるか? つれない奴じゃのう」

「だってクーリエだけ見張りなんて可哀そうじゃない」


 セシルの言葉にルシオンが同意を示すような眼差しを送っている。

 一応パーティーメンバーとして責任を共有しようという意思はあるようだ。


「カッカッカ、意気込みは十分じゃが案外お邪魔虫になりそうじゃからのう。妾は遠慮無く頂くのじゃ」


 スカーレットは俺に視線を向けて笑い声を上げる。


「やだ……、ケダモノ……」

「待てやコラ」


 セシルが突然ゴミを見るような目を俺に向けてきた。

 そして容赦無い罵声。

 甚だ遺憾である。



 結局、スカーレットが酔い潰れる何時ものパターンで夜が更けていった。


 …


 もう日付が変わる頃合いだろうか、俺とクーリエは2人並んで焚火の炎を眺めていた。

 クーリエ1人じゃ寂しかろうと見張りを買って出たはいいものの、スカーレットが言っていた通り敵襲の気配は微塵も無い。


「それよりあいつらデカい口叩いた割にさっさと寝ちまうのな」

「いえ、皆様お疲れの様子でしたので」

「にしても見張るだけってのも思いの外退屈なもんだな」

「はい」

 

 こつん。

 クーリエが俺の肩に頭を寄せてきた。

 俺は応じるように彼女の腰に手を回す。


「ですが1人ではありませんので」

「そうだな」


 夕方と同じシチュエーションであるが幸いなことに妖怪逆さ魔王は下で爆睡中だ。

 邪魔者は何処にも居ない。


「あーーーーっ!! 何アンタクーリエに襲い掛かってんのよ!!」


 いや、居た。

 煩いのが梯子を伝って顔を覗かせていやがった。

 誰だよこんな騒がしいのパーティーに入れたのは……。


 ズカズカと梯子を昇ってきたかと思ったら1ミリも空気を読まないどこぞのダークエルフがクーリエの右側に腰を下ろした。

 貴様は恋愛小説から何を学んだというのだ……。


「喉乾いた」


 俺は無言でマジックポーションを差し出すと光の速さで掠め取られていった。

 こいつ絶対シーフの方が向いてるやん。


「アンタも疲れてるんじゃないの? クーリエとあたしで見張ってるから下に行って休みなさいよ」

「いいっての」

「いいわけないでしょ! ほら、折角気遣ってんだからお言葉に甘えなさいよ」


 甘えないと殴るわよみたいなオーラを撒き散らしてセシルが睨んでくる。

 やめろよ、間に挟まれたクーリエが固まってるじゃねえか……。


 さて、どうするかな……。

 こいつはこいつで強情なところがあるからこうと決めたら簡単には退かないし……。

 まあ取り合えず任せておくか。


「分かったよ、俺も少し休むから。クーリエ虐めんじゃねえぞ」

「虐めないわよ!」


 俺は捨て台詞を残して梯子を降りると、ガラガラと音を立てて列車の扉を開けた。

 それにしてもあの2人だけで話すことなんてあるのか?


 俺はちょっとした罪悪感を抱きながらも梯子を降り切ったところにある足場に留まって扉を閉めた。

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