43 ユスア魔石鉄道駅
「でもみーちゃんがにーさんには厳しくしろって……」
「バッカじゃねえの!? ミシェルの言うことなんかいちいち真に受けたらストレス爆発してロクな死に方しねえっての! それよりあいつに言われたら俺に厳しく当たるのか? 当たるんだな? 分かったよ。ところでオマエの晩メシどうすっかな。まあ別に1食くらい無くても……」
「違うよぉ、みーちゃんが勝手に言ってただけだからぁ」
此処はユスアの大通り。
この先にある鉄道駅へ向かう道中、俺はネチネチとルシオンに説教していたのだがいつの間にかミシェルを罵倒する流れに変わっていた。
こう言っちゃ何だがルシオンと2人で話す時のお決まりのパターンの1つだったりする。
「ねえ、ミシェルさんってエルバード亭であたしにパープルベリーのお酒勧めてきた人?」
「あーん、しーちゃーん」
ふとセシルが話に入ってきた。
こいつの性格的に多分助け船を出したとかじゃないと思うんだけどルシオンの顔があからさまに和らいだ。
これじゃあまるで俺がいじめてるみたいじゃねえか……。
「ん? そうだけど、印象悪過ぎて覚えてたんだな?」
ルシオンがそそくさとフェードアウトしてその位置にセシルが納まった。
「違うわよ。別に普通の人だと思って」
「あー、オマエの普通って占有率90パーくらいありそうだもんな」
「そうね、アンタは普通じゃないから残りの10パーセントだもんね」
「おもしれえこと言うじゃねえか……」
まあセシルからすればエルバード亭で1度だけ会ったに過ぎない相手だからミシェルを普通と捉えても仕方無いだろう。
数を重ねれば奴のどぎつい性格が徐々に見えてくるだろうが、次に顔を合わせるにしても当分先なので恐らく俺の次にミシェルに厳しい言葉を浴びせられてる被害者2号にインタビューすることにした。
「なあルシオン、お前ミシェルのことどう思う?」
「え、みーちゃん? ……あ、うん、怖い時もあるけどいつもは案外優しいよー(棒)」
ミシェルの奴め、こんなのーみそスカスカな奴にまで言葉を選ばせるとは普段どんな態度でこいつと接してるのだろうか。
「何かにーさんが私のこと貶してる気がする……」
「正解だ。泣いて喜べ」
「あーん、嬉しくないよぉ」
場所は違えど交わす言葉はさして変わらず。
しょうもない会話を交わしているうちに目的の場所に辿り着いた。
…
さて、目の前に佇むはユスア魔石鉄道駅。
石造り3階建ての駅舎は長年にわたり受け続けた潮風によって心なしかくたびれているような風合いを醸し出している。
そして駅舎の前には石畳が敷かれた円形の広場。
その中央には噴水が設置され、周囲を売店が囲う構成はどことなくイセリアの中央広場を思い出させる。
だがイセリア中央広場とユスア駅前広場、これらには決定的な違いがある。
そこに佇む人物像だ。
イセリアでは家族やカップルが憩いや安らぎを求めて集まっていた。
それに比べてこの広場に居るのはどいつもこいつも冒険者の恰好をした奴ばかり。
ナイトにウィザード、シーフにアルケミスト。
お前の職業は何なんだと聞きたくなるような奴もチラホラ見掛ける。
まあ居るのは仕方無い。
実際此処がそういう場所なのだから。
ただそんな連中が一斉に俺達を見つめるのだ。
いや、正しくは随分先から見られていたが正しい。
「のうサムよ、先程からこやつらに凝視されておるようじゃがお主に心当たりはあるかのう?」
スカーレットが俺に問う。
やはり注目されている事に違和感を覚えていたようだ。
「ああ、ありまくりだ。理由は後で教えてやるから今は何も言わず俺に付いて来てくれ」
「ウ、ウム。分かったのじゃ」
俺はその場では理由を答えずスタスタと駅舎へと向かった。
後ろを4人が付いて来る。
背中に広場中の視線を受けながら。
駅舎に入って左奥の部屋へ一直線に向かうとそこには『ギルド登録冒険者専用窓口』と記された看板が掲げられていた。
「こんにちは」
中に入りカウンター越しに声を掛ける。
「やあこんにちは、話は聞いているよ。ルシオンちゃんギルドにパーティー登録したんだってね」
対応にあたった駅員から予想外な返事が返ってきた。
ホント、こういう噂はすぐに出回るんだよな。
でもまあそれならそれで話が早い。
「ええ、それで先ずは冒険者の証を貰おうって感じで話が纏まりまして。ところでコバルクまで今夜まだ部屋取れます?」
「ああ、大丈夫だよ」
「ありがとうございます。あと今夜の警備は……」
「今のところAランクが最高だね。おっとその前に全員ギルド登録証を見せて貰えるかな?」
「あっ、はい」
全員の登録証を確認してもらい、俺達のパーティーが間違いなくSSランクであることが証明される。
「珍しいね、リーダーなのにいちばんランクが低いんだ」
「それは気にしないで下さい……」
「でもにーさんがリーダーじゃないとみんな付いて来ないもんねー」
「ウム、ランクのみでリーダーの資質を推し測るには無理があるからのう」
そんな訳無いだろと思ったがルシオンとスカーレットの何気ない発言で若干訝しげな表情を見せていた駅員の顔色が露骨に晴れた。
それは結局のところランクが物を言うという証左なのだが、まあ、いいや、うん……。
「別に疑ったんじゃないんだけどね、気を悪くしたなら申し訳無い。それでは改めて、今日の最後尾お願いできるかな?」
「勿論です!」
いちいちへこんでも埒が明かないので俺は声を張って返事をした。
「ありがとう。じゃあこれが切符ね。日没前には発車するからそれまでにはまた此処に来てね」
「分かりました」
俺は乗車切符を5枚、手渡しで受け取ると道具袋へそっと収めた。
これで発車まで時間ができたことだしゆっくりと昼食でも摂るとしますか。
「おう、昼メシ行こうぜ」
入ってきた扉から駅舎の外に出ると広場に居た冒険者の影が殆ど消えていた。
確かにパッと見で勝ち目無さそうだもんな。
俺は人が捌けた理由が明確に推測できる。
だが推測できない魔王様はその様変わりした状況に怪訝の目を向けていた。
「のうサムよ」
「言いたいことは分かってるよ。でもまあ先に休憩しようぜ」
「なんじゃ、お主は知っておったのか?」
「まあな」
俺はスカーレットの抱いた疑問に触れることなく更に東へと歩みを進めた。
…
駅前広場から線路を越えて少し歩くと海岸から程近い場所に暖簾を掲げた平屋の建物が佇んでいる。
ユスアで指折りの名店と名高い『海辺のフカフカ塩饅頭』は今日も慎ましく営業中だ。
ガラガラガラ――
引き戸を開け暖簾を潜るとほわりと上品な甘い香りが俺達を出迎えてくれる。
生臭い個性は無いが饅頭なんだから正直これくらいが望ましい。
「いらっしゃーい」
見慣れた店員の緩い対応に促されるまま俺達は窓際のテーブルへと案内された。
「あら、今日はお友達も一緒なのね。またいつもと同じでいいのかな?」
「ですね、それでお願いします」
「はぁい毎度~」
俺、というよりルシオンで覚えているのだろう。
よく食うし。
アホ毛生えてるし。
必ずいつもと同じでいいのかと聞いてくるので必ずいつもと同じでいいと返している。
いや、それよりもこの珍妙なメンバー構成に何ひとつ動じない接客の姿勢もどうなのかと。
もしかしたら俺の方が周囲の目を気にし過ぎなのだろうか……。
「お待ちどおさまー。よっこらせっと」
待つこと数分、テーブルの中央に饅頭が山積みにされた大皿がドカッと置かれた。
声には出ていないがその顔は『ほれ、たんと食えや』である。
「漸く来たな。それじゃあ昼メシにするか。普通の食事もあるから他にも勝手に好きなの頼んでくれ」
しーん……。
返事が無い。
理由は明白、既に口の中パンパンに饅頭が詰め込まれているから。
えーと、これが所謂花より団子ってやつ?
いや、こいつらなら花も食いそうな気がする。
その前にいただきますくらい言えっての……。
まあ言ったところでどうこうなる連中でもないので俺は目の前に置かれた温かいお茶を啜って現実から目を背けた。
イセリアではなかなかお目に掛かれない緑掛かったこのお茶、ヤマトに武者修行に行った時に散々飲まされた味だがこうして大人になると改めて良さに気付かされたりする。
そして何よりこの渋さが饅頭の甘さをスッキリ流してくれるおかげで更に饅頭が進む恐るべき無限ループシステムが構築されているのだ。
緑茶侮り難し……。
ふと右を見るとクーリエが両手で湯飲みを包み込むように持ち上げてお茶を啜っている。
俺と目が合うと気を緩ませていたのを見られてハッとした表情を見せたがすぐにまた柔らかく微笑んだ。
「茶が美味いな」
「はい」
クーリエは急須を手に取ると俺の湯飲みになみなみと注いで自分の湯飲みにもお茶を足した。
「ありがとう」
「あ、いえ」
俺が饅頭を手にするのを見て彼女も1つ目の饅頭を手に取った。
あーそっか、俺が食べるの待ってたんだ。
別に俺に気にせずどんどん食べてほしいけど性格的に遠慮するだろうから敢えて言うのは止めておこう。
という訳でクーリエとシンクロするように饅頭を真ん中で2つに割り口に運んだ。
餡の香りを堪能し、渋めのお茶で流し込んでふぅと小さく息を吐く。
一連の動作を同時にこなして俺達は微笑み合った。
「はぁ~、至福よのう。先程のアレとは雲泥の差であるな」
クーリエとほんわかしていたところに雑音が紛れ込んできた。
何か邪魔された気分なので冷めた目で睨んでおく。
「何じゃその目は」
「いや、うるせえなって思ってだな」
「酷い心の声なのじゃ。そもそもお主があんなモン食わすから自然と言葉に出たのじゃろうが」
よく分からんが魔王は俺に事の発端を擦り付けようとしている。
こいつこそ酷い奴だ。
「そーよそーよ、アンタがあんな嫌がらせするからそう思うんじゃないのよ。ホント性格曲がってるわね!」
「カチーン」
「うわっ、あたしカチーンって口に出す人初めて見たかも……」
更にうるさいのが参戦してきた。
1分前の静寂が遠い昔のように思える。
「お前何言ってんだよ、こんなの最近のイセリアじゃ常識だぞ。都市化が進んだのはいいけど息苦しいことも多くなって、それが直接的な原因なのかは判明していないけど自己の過剰な抑制ってのが近年問題視されてな。で、表情や感情の起伏が薄い子供を減らそうと町全体が取り組むようになったのよ。だから感じたことを意図的に言語化するってのは町の方針からすればごく有り触れた行為なんだわ」
「そっ、そうなんだ。知らなかったわ……」
「あはっ、しーちゃんまたにーさんに騙されてるー」
ギロッ!!
「アンタねぇーッッッ!!」
「うるせえなぁ、店の中で大声出すなよ。追い出されるぞ?」
「えっ!? ちっ、ちがっ……」
俺はお茶をフーフーしながら目を合わせずセシルを牽制。
セシルは俺に指摘されるとキョロキョロと周りを伺いながら咄嗟に引き下がった。
流石に店から追い出されるのは嫌と見える。
「でもお前見てるとな」
「なっ、何よ……」
俺は真っ直ぐにセシルを見つめると彼女はたじろぎながら視線を逸らせた。
「なんつーか変に垢抜けてないよな」
「はぁっ!? またバカにしてんの!?」
「違う違う。まあ都会に馴染んだ奴等よりかは一緒に居て暇しないってことだな」
「それって何か田舎者って言われてる気がするんだけど……」
「そうは言ってねえよ」
相変わらずオフェンス一辺倒でディフェンスはペラペラの紙。
覚える魔法もその傾向にあるからタチが悪い。
セシルは神妙な面持ちを浮かべながらそれでも止まることなく饅頭をパクついている。
こいつの考えていることはほぼほぼ表情と言動で察知できるから今後も変な色に染まらないでほしいものだ。
それとルシオンは後で説教。
「どれ、話は終わったかの?」
会話が途切れたタイミングを見計らってスカーレットが口を開いた。
「ん? どうした、トイレか?」
「違うわ! ホレ、先程の駅前の件じゃが……」
「ああアレね」
先ずは饅頭を詰めるだけ腹に詰めて会話が落ち着いてから振ってくる辺り然程気にはしていないのだろう。
それでも一応聞いておこう程度だろうから俺も簡単に説明するとしよう。
「前に冒険者の証を貰うなら直接コバルクに向かう道は野盗が出るから、ユスアから機関車に乗るルートをギルドが推奨してるって言ったじゃん?」
「ウム」
スカーレットは食事の手を止めて俺の話に耳を傾けてきた。
何だかんだで知りたがりな性格が垣間見える。
「で、実際に迂回したらイセリア湖の近くでノーグワースの奴等に襲われたよな? そんな感じで未熟な冒険者が多い下りの夜行列車も野盗の格好の餌食なんだわ」
「まあ察するに難くないであるな」
「だからその日いちばんランクが高いパーティーはタダで乗れる代わりに最後尾の車両に乗って」
「立哨の任務に当たれという訳であると?」
「そーゆーこと」
彼女は結論をいち早く察知し、結論へと結びつけた。
俺の独断で魔石機関車の安全を任されることになったが心の片隅で嫌な顔されたらどうしようとも思っていたので少しホッとする。
「当日の正午に最後尾を任されるパーティーが発表されるんだけど、俺達を見て察したんだろうな」
「それで建屋から出たら既に散っていたのであるか」
「イセリアギルドに登録していればルシオンを見ただけで大半の奴等は勝ち目が無いって判るからな」
「難儀なものじゃな……」
夜行列車の最後尾は冒険者にとって名誉ある特等席だ。
コバルクの港湾にエルバード商会の倉庫が置かれている都合上、俺はルシオンを連れて昼夜問わず幾度となく列車を利用してきた。
でも乗車は商業的な利用だった為、防衛を任される機会は存在しなかった。
ユスアで毎日行われる審査をパスした、その日いちばん頼りになるパーティーに羨望の眼差しを向けていた俺がまさかその対象になるとは……。
もちろん俺だけの力ではない。
いや、むしろ俺なんてほんの些細な戦力に過ぎない。
それでもやはり念願の最後尾を任命されて言葉にできない感慨深さをひしひしと感じる。
道具袋から乗車切符を取り出してまじまじと見つめた。
このパーティーは強い。
そんなことは分かり切っている事実なのだが、こうして具体的に示されると本当に俺がリーダーでよかったのかと自問してしまう。
「何じゃあ? その辛気臭い顔は。まさかお主、今になって殿を任された事に怖気付いたなんて言わぬじゃろな?」
魔王は俺の顔を見て饅頭片手にニヤリと笑う。
「バッ、バカ言うなよ……」
「カッカッカ、周りの顔色なんぞ窺わんでも我等はお主をリーダーと認めておるわい。でなければこの饅頭にも巡り合えなかったからのう」
そう言いながら彼女は再び饅頭を口に運んだ。
こいつのことだ、話の矛先が饅頭に変わったが間違いなく俺の心境を見透かしていたに違いない。
ふと右から視線を感じた。
見るとそこにはいつもの微笑み。
「そうだクーリエ、海見に行こうぜ」
「えっ!? あっ、はい」
突然の振りにも快く応じてくれる。
他の3人も見習って欲しいものである。
一応その3人とやらにも目を向けてみる。
甘い饅頭にいつの間にか頼んでいた甘そうなジュース。
それと巨大プリン。
俺とクーリエの会話に混ざってこないし、こいつらはまだ此処で粘りそうな雰囲気だ。
「腹も満たされたしちょっとそこら辺散歩してくるわ」
俺はその場に立ち上がったが案の定一緒に立ち上がったのはクーリエだけ。
実は俺達に気を遣ったのか、それともまだまだ食い足りないのか、十中八九後者であろうが気にすることなく席から離れた。




