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ヴァンパイア ラプソディ  作者: ムラサカ
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4 ダークエルフ紛争

 声の主は猛ダッシュで眉を吊り上げて俺達に詰め寄ってきた。

 チビッコなのになんともすばしっこい。


「いきなり掴み上げて蹴りおったのは貴様かああああぁぁぁぁああああ!」


 チビッコは感情のままにセシルに向かって怒鳴り声を上げる。

 開かれた口から伺える2本の牙がおぞましい雰囲気を醸し出す。


「妾を魔王スカーレットと知っての狼藉、その命をもって償うがいい」


 ちっこくてもそこは魔王、空間を歪める鬼畜に対しても堂々と正面から向かって来る。

 だが目の前でドタバタやられても鬱陶しいので落ち着かせることにする。


「無慈悲な神々に救いを乞いながら後悔を魂に焼き付け嘆」

「ホレ」


 俺は独演中の魔王様に飴玉が入った革袋を放り投げた。


「ん? なんじゃこれは。おっ!? おおー、何とも甘い匂いがするのじゃ」


 袋の中身を見て一瞬でご機嫌モードに移ったスカーレットは緑色の包みをほどいて飴玉を口に含むとバリバリと勢いよく噛み砕いた。

 次の飴も、その次の飴も頑丈な顎でバリバリと瞬く間に噛み砕く。


「ふざけんなこの野郎、お前は今すぐ飴ちゃんに謝れ」


 俺は高速消費される飴玉を革袋ごと奪い返した。


「ああっ、何をするのじゃ!」

「それはこっちの台詞だ。もっとゆっくりと味わって食えや」

「やれやれ、お主は何も分かっておらぬ。噛み砕くとな、いっぺんに味が広がって一気に幸せが駆け巡るのじゃ」

「ったく、おかわりはないからな」


 無性に腹が立って取り返したものの謎の主張に半ば諦め気味に再び投げ渡す。

 まあ飴玉程度で魔王の怒りが静まるなら安いものだし。


「スカーレット様」

「はて、クーリエではないか。確かお主イシャンテに向かったのではないか?」

「はい。此処はイシャンテ北西アゼルネア近郊にございます」

「むむ……、言われてみれば確かに。このマナの濃さは世界樹が近くにある証しじゃ。ん? ということは……」


 スカーレットはセシルに向かってそろそろと指をさすとクーリエは静かに頷いた。


「何よ」

「ああ、いやいや気にするでない、こっちの話じゃ」


 セシルの反応をスカーレットはさらりと流す。


「は? 人を指差しといてこっちの話はないでしょ!?」


 さらりと流されない。

 そらそーだわな。


「では訊くが高等呪文を使ってまで妾を導き寄せたお主の意図はなんじゃ?」

「えっ!? えっと、それはその……」


 すかさずスカーレットは問いに問いで返す。

 チビッコのくせに多少は弁が立つようだ。

 逆にセシルはいきなり話を切り返され言葉を詰まらせる。

 さすが拳で語る脳筋、舌戦は苦手なようである。

 もちろんスカーレットを引き摺り出した理由はあるがここでは決して口を挟まない。

 佛系男子の処世術である。


 と、回答を言い淀むセシルをよそにスカーレットは俺の方に視線を投げかけてきた。


「時にお主は何者じゃ」

「よし、俺は誰かクイズだ、3秒以内に答えろ。いーちにーいさーんブブーッ」

「むむむむむ」


 矛先がこちらに向いたが逸らせる。

 俺から主導権をとろうとは2万年早いわ!


「……スカーレット様、サム様にございます」

「なんと、サムとな!? ……はて、誰じゃったかのう」

「エルバード商会代表、ジル・エルバード様のご子息であります。幼少の頃幾度か城内でお目に掛かられているかと」

「ほおー、そうかそうか、ジルの息子であったか。あの童がこんなになるとは時が経つのは早いものじゃ。それにしても微塵にもへつらわぬところはきっちりと父親譲りじゃな」


 クーリエが仲介に入り俺の正体を明かす。

 そんなことよりエルバード家が2世代に渡り魔王にディスられるとは極めて由々しき事態である。

 いつか泣かすリストに新たに1名追加。


「スカーレット、挨拶もそこそこにすまないがひとつ尋ねてもいいか?」

「ん、構わんぞ」

「俺に何の用だ」

「ああーそれはだな……」


 スカーレットは苦笑いでクーリエに視線を送る。


「私は……、この場で明確に状況を伝えるべきではないかと存じ上げます」

「そうであるか。お主がそう申すのであれば他に懸念することもなかろう」

「ありがとうございます」

「いや、お主の鑑識眼を信じているだけじゃ」


 やり取りが終わるとスカーレットが真っすぐな目でこちらを見てきた。

 どうやら意見が固まったようだ。


「のう、少し時間をよいか?」

「ああいいぞ、クッソ暇だからな」


 太陽が南中に差し掛かろうとしている。

 アゼルネアはもうすぐだから余裕はいくらでもある。


「それはありがたい。立ち話もなんじゃからあそこの木陰に移らぬか?」

「そうだな」


 見上げれば突き抜ける程に澄み渡る青空。

 立っているだけでHPが削られそうだ。

 スカーレットを先頭に立て札の傍の木陰へと移動すると4人向かい合うように地面に腰を下ろした。

 

「ちょっと待て」


 俺はそう言って立ち上がり幹に蹴りを入れた。

 パタパタと音を立てて数羽の小鳥が飛び去っていく。


「こうしておかないと糞が落ちてくるからな」

「さすが樹上生活者は視点が違うわね」

「視点が違うのはお前だ」

 

 セシルが寝言を挟んでくる。

 昨日の遭遇場面から連想されたと容易に想像できる。

 一瞬魔属性の2人から哀れみの視線が刺さりそうになったので即座に軌道修正を図った。

 女3男1、この構図は非常に極めて危険が危ない。

 容赦なく人格が否定されいつの間にやら荷物持ちになっている最たる例である。

 気を引き締めていこう。


「さあいいぞ。気が済むまで事情を語らせてやる」


 そう言ってひとり遅れて腰を下ろした。

 左にセシル、右にクーリエ、正面にスカーレットが既に待ち構えている。


 最初に切り出したのはスカーレット。

 はしたなく大股広げてあぐらをかきながら上半身をぐいっと投げ出してきた。


「お主達、ダークエルフ紛争は知っておるか?」


 有名な話だな。

 自我を失い暴走したダークエルフの破壊活動を契機とした大陸規模の大規模な衝突だ。


 スカーレットはクーリエの方をちらりと見遣り、また視線を戻して話を続けた。


「見ての通りクーリエはヴァンパイアロードなんじゃがの、こやつは200年前のダークエルフ紛争で両親を亡くしておるのじゃ」

「一族の力が及ばなかっただけにございます」


 クーリエは目を閉じて俯き気味に相槌を打つ。

 元々の性格が性格なだけに内心は分からないが時間が洗い流してしまったのだろうか、愁いの様相は窺がえない。


「その紛争でキャスバル大陸で屈強な勢力を誇ったアルジェニア家が崩壊してな、まだ幼く独り立ちが難しいクーリエを妾が引き取った訳じゃ」

「そうか。それは大変だったな。だがセシルは無関係じゃないのか?」

「分かっておる、この者は無関係じゃ。話を続けるぞ」


 黙って頷く。


「アルジェニア家の消失が新たな火種を生んだのじゃ。火種は新たな火種を生み、領土を、財産を、権力を、我欲のままに欲する連中がなりふり構わず名乗りを上げる毎日じゃったわ。で、結局騒ぎが落ち着いた頃には大陸規模で疲弊してしまってな、妾も未だ尾を引きずっているのかのう、近頃は魔王魔王と囃し立てられても今一つ気力が追い付かないのじゃ」


 随分と簡略化されているだろうがスカーレットが魔王と呼ばれているにも拘らず現代の脅威とならない理由がそこにはあった。

 でもそれはクーリエが俺達の前に姿を現すこととはまた違う話だ。


「それで? 気力の衰えた魔王は何を企んでいるんだ?」

「企み事なぞ持っておらぬわ。とはいえ気勢は失っても民は守らねばならぬ。じゃから妾はダークエルフ紛争について調べることにしたのじゃ。そして傾向が見えた」


 スカーレットの瞳に熱が宿る。

 これから語られる内容が決して嘘偽りではないとその双眸が物語っている。


「注視すべき共通点は3つ。間隔はおおよそ100年に1度の割合で発生しておる。暴走したダークエルフは付近を住処としておらぬ。必ずその時代の重鎮が亡くなっておる。因みに100年前の紛争ではサザリア国王と第一王子が無惨な姿で見つかったそうじゃ」


 サザリア大陸は国王の崩御を発端に100年経った今でも分裂騒ぎを繰り返している。

 ダークエルフ紛争が決して忘れ去られることのない禍であることを身をもって教えてくれる生きた教科書だ。


「エルバード商会もサザリアから甚大な被害を被って撤退したままだもんな……」


 エルバードに関わる多くの尊い命が失われたらしい。

 それにまつわる心が痛む話を俺は何度も聞かされていた。


「サム、それにお主はセシルと言ったか、お主らはカーネリア王国とは繋がりはあるかの?」

「ないわね」

「あんな税金泥棒との関わりなんざ、言い寄られてもこっちから願い下げだ」

「そうか、ではその言葉を信じ結論を話すとしよう」


 草の香りを含んだ柔らかい風が止んだ。


「……ダークエルフ紛争の首謀者は、十中八九カーネリアの者じゃ」

「「はあっ!?」」


 セシルと俺は驚愕とも悲鳴とも取れる声を上げた。

 思考の整理が追い付かず次の言葉が出ない。


「勿論仮説であって推測に過ぎん。じゃがそれなりに調査は行ったからの、憶測の域ではない程の信憑性はあると自負しておるわい」


 木漏れ日の中、傍から見れば噂話に捉えられても仕方がない光景だが紛れもないスカーレット自らの陳述だ、恐らく腹の中では確信めいたものがあるのだろう。


 ふいにスカーレットは視線を空に向けて息をついた。


「サザリアの件からかれこれ100年かのう。いつ何時世界が新たな悲劇に見舞われるかも分からぬ。そんな折に昨夜この付近でダークエルフの覚醒反応が確認されてな、実地調査すべくクーリエを派遣した訳じゃ」

「そしたらダークエルフとおぼしき人物に同伴者がいて咄嗟に転移魔法で救出しようとしたら吹っ飛ばされたのか」

「はう」


 朧げながらもクーリエが目の前に現れた理由を知ることができた。

 本人からすれば散々な顛末であったのだが。

 とはいえダークエルフの覚醒反応は別大陸からも検出できると分かった以上、セシルにも不用意な行動は慎んでもらう必要がある。


 スカーレットとの再会は実に有意義な価値を俺にもたらしてくれた。

 視野が一気に広がった気分だ。


「ふたりともありがとな」

「ん? いきなりどうしたのじゃ?」

「いや、気になってわざわざ様子を見に来たんだろ?」


 今こうして4人で向かい合っているのはスカーレットとクーリエが常に紛争に対して危機感を持ち合わせている結果なんだと思うと自然と感謝の気持ちが湧いてくる。

 また国交が回復したら些細ではあるがキャスバル大陸発展の為に尽力しようと心に誓う。


「困ったときはお互い様じゃ。そもそも妾は蹴られただけじゃがな」


 スカーレットはカッカッカと高笑いしながら飴をバリバリ噛み砕く。


「ああ、そういえば俺も昨日助けたつもりが隣町まで吹っ飛ばされたわ」

「……私も、です」


 3人の冷ややかな目がセシルに突き刺さる。

 俺から掠め取ったポーションをチビチビ飲みながら他人面しているが当事者はこいつだ。


「ちょ、ちょっと、なんか私が悪者みたくなってない!?」

「絶望の種とはよく言ったもんだ」

「否定はできぬ」

「……」


 突如始まる追い込み漁。

 追う側は実に楽しい。


「んもう、悪かったわよ」

「ぁあ!? 態度がなってねえぞ。あとついでにダークエルフであることは隠せ。覚醒なんてもっての外な」

「そうじゃな、カーネリアに嗅ぎつけられたら厄介じゃ」


 3対1の場面、ここぞとばかりに注文を付けておく。


「じゃあセシル、そろそろ行くか?」


 俺は背伸びして立ち上がろうとする。


「妾もついていくのじゃ」

「ブッ」


 不意の一言に腰が砕けてそのまま仰向けに倒れた。

 起き上がりたくない。


「これこれ、そんなに歓ぶでないぞ」

「オッマエ少し前向き過ぎねえ!?」


 俺はすかさず起き上がり的確なツッコミを返す。

 イカン、ペースが乱れる……

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