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ヴァンパイア ラプソディ  作者: ムラサカ
38/50

38 堕天使とはなんぞや

「実はルシオンのことなのじゃがな……」


 だよな。

 むしろあいつ以外思い浮かばない。


「ん? ルシオン? 気になるなら直接訊けばいいんじゃねえの?」

「本人に訊いてもはぐらかされて仕舞いじゃろが」

「そっか、お前、ルシオンに嫌われてるんだな……。パーティー内でのいざこざは勘弁してくれよ」

「勝手に険悪な関係に持ち込むでない」


 おお、流石の魔王も仲間内で揉めるのは好まないようだ。

 まあ半分解ってて煽っているんだけどな。


「だったらそんなに深入りするなよ。大体あの能天気に知りたいことなんてこれっぽっちも無いだろ」

「何を言うか! ルシオンの事を気にする余りここ数日、夜も眠れぬ夢で悶々と明け方まで過ごしておるというのに」

「それ絶対寝てるよな……。ったく仕方ねぇな、手短に済ませてくれよ」

「まったくはこっちの台詞なのじゃ、素直に首を縦に振ればよいものを……」


 スカーレットがルシオンの事を深く知りたがるのは当然と言えば当然だ。

 別に減るものでもないしパーティーまで組んだ手前、俺の知っていることは極力伝えてやりたい。

 だがルシオンはエルバード家が永年タダ飯契約を結んでいる貴重な下僕でもある。

 力になりたいとは言え、さすがにエルバード家にとって不利益になるような情報は漏らしたくない。

 そんな思惑がよぎったせいか俺はとぼけたような返事で応じた。


 さて、何を訊いてくるのやら……。


 …


「ふーむ……」


 俺の目の前でスカーレットが腕組みしながら唸っている。

 かれこれ10秒。


「何だよいきなり考え込んで。訊きたいことがないなら先に戻るぞ」

「違うのじゃ。訊きたいことが多すぎて絞れないのじゃよ」

「いや絞れよ……」

「だから悩んでおるのじゃろが。……そうよのう、手始めにエルバード家の成り立ちとルシオンとの関わりを教えてくれんかのう」

「ウチの成り立ちねえ。構わないけど俺の考察込みで知ってる範囲でいいか?」

「捏造されておらぬのなら無論大丈夫であるぞ」

「しねえよ!」


 真面目さ半分、興味半分といった顔つきで俺の一語一句を逃すまいと待ち構える魔王様。

 こいつの学習能力だ、俺の発した言葉は全て記憶領域に刻まれるに違いない。

 別にいいけど。


「俺がエルバード家の何代目かは知らん。ただエルバード商会は270年前、ヤザリノッチ・エルバードとリステル・エルバードの2人で創業されたってのは家系図から分かるな」

「ほうほう、ではルシオンは何時からエルバード家と関わるようになったのじゃ?」


 くりっとした瞳でスカーレットが見上げてくる。

 今にも一歩踏み出してきそうな雰囲気だ。


「順番に話すから落ち着け。創業者は表面上の話だ。確信は持てないが」

「確信は持てぬが推測できる理由はあるのじゃな?」

「……ああ」


 俺はこくりと頷く。

 それに倣うように向かい合わせのスカーレットも小さく頷いた。


「300年前のダークエルフ紛争は何処が舞台になったか知ってるよな?」

「当然じゃ、バルクネストであるな」

「エルバード商会の看板見たよな? あの天使か堕天使か判らん丸いやつ」

「アゼルネアで掲げてあったアレじゃな?」

「そうそうそれそれ」


 スカーレットは看板と同じくらいの大きさの円を腕を回して宙に描く。

 その様を見て俺は腰に手を当てウンウンと頷いた。


「前に俺の爺さんにその看板の初代のやつを見せてもらったんだけど、保管されていた場所の傍にバルクネストで造られた彫刻が幾つか置かれていたみたいなのよ」

「紛争のどさくさに紛れて流れ出たと考えるのが筋じゃな」

「察しがいいな。爺さんも同じことを考えたんだと思うけど、あの人、実際に彫刻を鑑定に出したんだわ。そしたら……」

「そしたら?」

「全てダークエルフ紛争より前に造られたものばかりだったって言ってたわ」

「そうであったか。となると今では相当の価値があるであろうな」


 スカーレットがつまらなそうに当たり障りのない反応を見せる。

 分かってる、彼女が知りたいのはこんなことじゃない。


「まあそんな話は置いといて、お前が本当に知りたい話でもするとしますかね」

「前置きが長いのじゃ……」

「うるせえよ!」


 何となく大事な話をすると感じ取ったのだろうか、背後から引っ付いていたクーリエがスッと俺の右隣に移った。

 やはりできる側近だ。

 と言いたいところだが何故か俺の右手が拉致られてにぎにぎされている。

 うーん、やはりポンコツ……。


「カッカッカ、クーリエがここまで気を許すのはお主ぐらいなものよ。将来妻となる相手じゃ、多少大目に見てもらえぬかのう」

「仲人気取りの圧がうぜぇ……」


 クーリエも俺の居ない所では誠実であると言いたいのだろう。

 まあ実際そうなんだろうし要所では締めるからいちいち気にすることもないか。


 ただ終始にぎにぎされると話に集中できないので指を絡めてがっちりホールド。

 それに反応してかクーリエは一瞬俺の顔を見上げると身体を隙間なく寄せてきた。

 違うんだクーリエ、形態は同じだがこれは恋人つなぎじゃなくて単にお前の動きを押さえつけているだけなんだ。

 と、隣人に解説を挟みたかったがめんどくさいので俺の視線はスカーレットから逸れることなく再開となった。


「お前がルシオンについて知りたい理由は何となく分かるよ。ダークエルフ紛争と関わりがあるかもしれないからだろ? ただ今から話すことは俺の推測の域に過ぎないから誰にも言わないと約束してくれ」

「分かったのじゃ」

「クーリエもいいか?」

「畏まりました」



 魔王と側近に決して口外しないように念を押して、俺は彼女達にエルバード家しか知らない堕天使の話を始めた。



「あいつが誰にでも『さん』や『ちゃん』で名前を呼ぶのは気付いているよな?」

「妾も長らく地上に居るがすーちゃんと呼ばれたのは初めてなのじゃ。くーちゃんよ、お主もそうであろう?」

「はい、スカーレット様」


 あ、やっぱり真面目に返答するのな……。


「まあ魔王に対しても全くブレないからな、恐らく地上の生命、もしかしたら天界でも全員ちゃん付けだったかもしれんぞ」 

「容易に想像できてしまうのう……」


 堕天使の武勇伝が容易に想像できて2人で顔を見合わせて困惑してしまった。

 取り合えず後で説教するとしよう。


「でもな、あいつが唯一呼び捨てで呼ぶ人物がいるんだわ」

「あ奴が呼び捨てにする相手であるか? 想像もつかんのう……」

「ルグラン」

「ルグラン?」

「ルグラン・エルバード」

「なんと! エルバード家の者であるか!?」


 正面から唾が飛んできた。

 落ち着けやコラ。


「ルグランとの約束があるからとかで肝心な部分は話そうとはしないんだけど、あいつも抜けてるところがあるからしょっちゅうポロっとルグランって奴のことを漏らすんだわ……。でー、そんな断片的な情報を整理するとまず俺がルグランに似ているようでな」

「顔? それとも性格であるか?」

「母さんもルグランの面影があるって言ってたから多分顔だな」

「そうであるか……。ルグラン……、フム……」


 スカーレットは視線を宙へ泳がせて思考を巡らせているようだ。

 魔王はどのような穿った見方をするのか、考えが纏まるまで俺とクーリエは静かに見守った。


「深く考えても何も出てこぬからのう、いちばんに思い浮かぶのはルグランが配偶者であるか息子であるかと想定するのじゃが……」

「それだとどこかマズいのか?」


 渋い顔を示すスカーレットに問い掛ける。


「堕天使が子を授かるというのがまず想像できん。配偶者であるならばルシオンとは別に堕天した者が居る可能性が否定できぬがルグランと名乗る天使を存ぜぬものでな」

「じゃあこの線はナシか……」

「それがナシとも言い切れんのじゃ。そもそもルシオンなどという天使も聞いた覚えは無いからのう、そうなると互いに偽名であるとも考えるのが筋じゃろう」

「でも偽名の可能性そのものが仮説だからそれを認めると何でもアリになっちまうな」

「そうなのじゃ。結局は堂々巡りで話が進まぬわ」

「確かに……、ていうかルシオンって偽名だったのか……」

「妾も全ての天使を網羅してはおらぬ故、肯定も否定もできぬが事実としてルシオンは天地大戦に関わっておるし今もあそこで……」

「グーグーいびきかいて寝てるもんな」


 俺達は揃ってキャンプの方向に目を向けた。

 実際にあそこに居るんだ、偽名とか存在の有無とかそういう仮の話は根本的に意味が無い。


「あいつは言葉を濁すことはあっても決して嘘だけは言わないんだ。だから名前はどうであれ700年前の天地大戦に天使として地上に降りたのは間違いない。あとエルバード商会の創業者になっているヤザリノッチとリステルのことも詳しく知っていたから」

「その頃には堕天使として地上に降りていたと推測できる訳じゃな?」

「絶対とは言い切れないけどそう考えるのが普通だしな」


 スカーレットと会話を交わしながらパズルのピースを1つずつ埋めていく。

 あくまで推理だからそれが正しいピースの位置なのかは分からない。

 だけど情報を交換しあうことでおぼろげではあるが真実に近付いているような感覚に浸ることができた。


「それよりさ、そもそも天地大戦って何だったんだ?」


 ふと話の流れでスカーレットに訊いてみた。


「何じゃ? そんなことも習っておらぬのか?」

「いや、大雑把には習ったけど詳しくも習ってないんだ。ただ700年前に起こったってだけで……」

「そうであったか……、お主がルシオンの主を務める上で天地大戦を知ることは必須であろう。どれ、簡潔に説明してやるわ」

「おう、悪いな」


 スカーレットは最後に残った赤い飴玉を口に放り込むとローズピンクの髪をかき上げて視線を僅かに煌めく星へと向けた。

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